高木ユウマ大尉の声明
― リムジン ―
ヒマリ「ねぇどうして?どうしてユミコのお父さんが?なんで?」
ヒマリちゃんは全身を震わせながら、目を大きく見開いてショックを受けていた。それは当たり前だ。だってヒマリちゃんは過去にユミコと遊んだことがあるから面識があるんだ。それにレイコさんがいなくなっちゃったばっかりで、まだ気持ちの整理ができていない。
アカリ「ヒマリ」
アカリちゃんはヒマリちゃんの手を優しく繋ぐ。
ヒマリ「アカリ?」
アカリ「動揺する気持ちは分かるけど、まずは落ち着きなさい」
ヒマリちゃんがアカリちゃんの顔を見る。アカリちゃんは真剣な眼差しだけど優しく語りかけるようになだめた。
ヒマリ「う、うん…」
応えるようにヒマリちゃんが落ち着く。だけどまだ身体を小刻みに震わせていて、まだショックが残っている様子だった。
ユウマ「まず我らが決起したのは決して、日本軍解体に対する反対では無いので誤解しないようお願い致します」
日本軍解体、これは確か世間から大巫女と神術士だけで戦力になるから日本軍は要らないって沢山言われて、それが議会にあがったから政府が来年に軍隊を解体することに決まったんだよね。
ユウマ「我々が決起したのは、政府と神術団体が国民の平和を脅かし、さらに国家を危機的状況に陥れるような行動を取っていることが理由です。
先日の関東全域に避難勧告が出されたことを思い返してみてください。神武拳を使う少年が率いるテロリスト集団が、ダイダラボッチを復活させ、創造神様を狙って東京へ侵攻した時のことです。実は、政府はこの事態が起こることを事前に把握していました。何故ならこのテロ行為は政府によって仕掛けられたものだからです。」
アキナ「政府が、仕掛けた?」
ミツキとカズヤが頭をよぎる。
アキナ(彼らの復讐が、政治家に利用されていたって言うこと?)
それなら余りにも酷過ぎる。結局最期まで大人達に踊らされていたなんて…
ユウマ「これは神武拳は穢れたものだと再認識させる為だけに、国民の多くの命と平穏を奪ったのです」
トモエ「なるほど、道理であいつら研究所の侵入方法やダイダラボッチの復活方法を知っていた訳ね」
ユウマ「我らがこの情報を入手できたのは神術団体に同士がいたからなのです。つまり政府は神術団体と裏で組んでいたのです。それだけではありません。彼らは神武拳を否定しているにもかかわらず、神武拳を使用するとある少年のクローンを大量に生産していたのです」
ヒマリ「やっぱり…」
ヒマリちゃんから静かな怒りを感じた。正直私も怒っている。だって散々神武拳を差別していた癖に自分達は身を守る為にアサヒ君のクローンを作っていたんだから。
ユウマ「彼らは有事の際に自分達の身を守る為に護衛として作りました。しかしそれに飽き足らず、欲求不満の解消に使用していたのです。創造神様や神々を祭る立場であるにも関わらず、このような命を弄ぶ行為を許して良いのでしょうか?」
ミネコ「え、つまりアサヒさんのクローンで遊んでいたってことですか?」
ミドリ「何よそれ…いい歳して最低…」
ミドリちゃんが強い嫌悪感を表していた。
アキナ(アサヒ君のクローンも…そうか、アサヒ君は被検体だから人権が無いんだ)
あいつらにとってアサヒ君はモルモットと一緒。だからこんな酷い事ができる。
アキナ「許せない…」
更にお腹の底から怒りが湧いてきて、私は両手の拳を震わせる。
ユウマ「そしてダイダラボッチを1人の少年に押し付けて始末し、この世からダイダラボッチを無くそうとしているのです。そう、彼らは自分達に都合が悪ければ無関係な子供を巻き込んで消し去ろうとする組織なのです。
しかし何故、神術団体と政府が神武拳を今更また否定し始めたのか。それは私が邪神戦略研究会を結成し、遂に一般人でも神武拳を使用できる技術を生み出したからなのです」
一同「!?」
みんな絶句していた。だって神武拳は武士が邪神を食べ続けて多くの死者を出してようやく使えるようになる奥義だ。それを普通の人でも使えるように?
ミドリ「何よそれ!トモエ、あなた桜山家の当主なんでしょ?邪神戦略研究所について何か聞いてる?」
トモエ「いいえ、何も聞いてないわ…」
ユウマ「とは申しましても神武拳の派生である旭道というものですが。しかしこれは九つに分割する事によって神武拳を一般人でも使用でき、妖量が少ないので暴走するリスクが無いのです。これは立証済みなのでご安心ください。
そしてこれが実用化した暁には、大巫女や神術士になった子供達が戦う必要が無くなり、我々軍隊が崇高な使命を果たすことができるのです。
しかし政府から承認は得られませんでした」
マカナ「立証済みということは実際に旭道を使用した奴がいるのだな」
アカリ「だとしたら革命じゃない!?私達の出番無くなるわよ!?」
トモエ「だからこそ、政府は承認しなかったのよ」
トモエさんが深刻な表情になっていた。私は気になって慎重に聞いてみる。
アキナ「どうして?」
トモエ「神術士の一族と神術団体の価値がなくなるからよ。それだけじゃない。やがて創造神や神々がいなくても人類は自分達だけで国を守ることができるようになるわ。要するに、これは神を否定する行為なのよ」
アキナ「神様を、否定…」
私達は創造神様や神様から多くの恵みを頂きながら守って貰ってきた。それはユミコちゃんも分かっている筈だ。だからみんなが感謝している。なのにどうしてお父さんはそれを否定するようなことをするのだろう?
ユウマ「何故なら神術団体と政府が利権を独占するためなのです。この通り、神術団体と政府は利権を独占するためならば国民の命すら犠牲にする卑劣な行為に及んでいます。
確かに旭道は神武拳と同様に妖量が含まれているので否定する理由は理解できます。しかし、だからといって国民の命や平和を脅かすことを正当化することは決して許されません。
政府は国民を守る立場にあるべきであり、神術団体はその役割を理解し、協力する責務を負っています。それにもかかわらず、これらの組織は己の利権のために国民の安全を軽視し、不正行為に及んでいます。そのため、我々は国民を守る為に決起致しました。
なので我らは国民の皆様へ危害を加えることはございません。また、事態は収束に向かっておりますので今しばらくお待ちくださいませ。しかし、外出をお控えくださいますようお願い致します」
ユウマさんの声明が終わった時、空気が鉛のような重さで息苦しくなる。
シュン「まぁ、アサヒを探す俺達には関係無いことだがな。クーデターなんかサイモリ先生とミツハ先生が何とかするだろ。旭道を使用できるようになったからといってあの2人には勝てないよ」
シュン君が他人事のように話すけど、そのおかげで空気が少し軽くなった。
ヒマリ「だけど、ユミコのお父さんは生きててほしいな」
トモエ「大丈夫よ。英雄の親なんだもの。殺しはしないわ」
不安そうなヒマリちゃんにトモエさんが柔らかい笑顔を浮かべて励ます。
クーデターはもうすぐ終わるようだし、事態がこれ以上悪化しないことを祈るばかりだ。
― 嵐山の森 ―
ダイダラボッチ(しかし愚かだな人間は。邪神がいるにも関わらず仲間割れするとはな)
アサヒ「愚かなのは神術団体と政府だ。人を御する立場の癖に説得をせず、強硬手段へ移行した。この時点でもう政治は崩壊している。俺から言わせれば命をかけて責務を全うしている子供達がいるのに、一番偉い大人が勝手なことをしているんだ。殺されても仕方が無い。
寧ろ邪魔がいなくなって良くなったんじゃないか?よく言うだろ?真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であるってね」
俺は岩に座ってスマホから高木ユウマの声明を聞いていた。
アサヒ(この顔、どこかで…そういえばユミコから家族写真見せられたことがあったな)
ユミコから夏休み旅行したことを自慢された時、スマホの写真を見せて貰ったことがある。その時にユミコと一緒に男性と女性が笑顔で写っていた。男性の髪がユミコと同じ赤い髪だったからはっきりと覚えている。
アサヒ(そうか、ユミコの父親か)
ダイダラボッチ(それでどうする?)
ダイダラボッチが脳内から話しかけてくる。
アサヒ「ユウマ大尉と合流して一緒に創造神を倒す交渉をする」
俺は岩から降りて歩き出す。
ダイダラボッチ(交渉?全てを捨てたお前に交渉できるものがあるのか?)
アサヒ「あるよ。俺の身体とお前に残っている研究所だ。旭道を実用化できたとはいえ奴らは本物の旭道を知りたい筈。それに俺達にはヒサジロウの研究所がある。つまり神武拳についての資料が腐るほどあるんだ。これは必ず飛びつくぞ」
ダイダラボッチ(なるほど、そういうことか)
俺はほくそ笑みながら枝を掻き分けて森を歩く。
アサヒ「それにしてもユウマ大尉か…」
ユウマ大尉の揺るぎない眼差しを思い出す。
アサヒ(国民の命の為じゃない。あれはきっとユミコの為だ。でなければ旭道なんてものを実用化しようなんて考えない。おそらくあの人は俺と同じで世界を変えたいんだ。ユミコのような子供が戦うことの無い世界へ…)
アサヒ「高木ユウマ大尉…気に入った!速く会って仲間にしたいな!」
死んだユミコはこんな事は望んでいないだろう。だけど俺はやり遂げる。だって子供が戦わずに平和に暮らしてる方があいつは喜ぶから。
アサヒ(しかし、まさか旭道を普通の人でも使用できるようにするなんて凄いな…)