事故
― サイモリの家 ―
サイモリ「成程、という事はトモエは全て見ていたという事か。まさかストーカーまでするとはのぉ〜」
スケベジジィはビニール袋から牛丼、味噌汁、サラダ、割り箸を二人分出してテーブルの上に置いた。
トモエ「当たり前よ。アサヒに辛い記憶を蘇らせるなんて…。あなたのやってる事はアサヒを苦しめているだけよ。」
トモエは俺を抱いたままスケベジジィを睨む。
サイモリ「記憶を思い出したのがたまたま辛い事だっただけだ。もしかしたら、これから楽しい事を思い出すかもしれんぞ?」
トモエ「そんな事ない!」
トモエは大声で怒鳴った。しかしスケベジジィは冷静だった。
サイモリ「まるでアサヒの過去を知っているみたいだな。もしや桜山家と関係があるのか?」
スケベジジィは胡座をかいてトモエを睨みつけた。
トモエ「関係無いわよ」
トモエはイラついた声で否定した。スケベジジィとトモエの睨み合いが2分続いた。
サイモリ「ブッ、ワハハハハ!」
スケベジジィが突然自分の膝を叩いて笑い出した。トモエは目をまん丸にして驚いていた。
サイモリ「いやぁ流石、桜山家の幼き御当主!!わしに対して全く怯まないとはな!参った参った!」
アサヒ「御当主?」
俺はトモエに抱かれたまま顔だけスケベジジィの方へ向けた。
サイモリ「ああ。桜山家はな、神術士の御三家の内の一つ。トモエはわずか11歳で桜山家の御当主になったとんでもない女の子なんだよ。ちなみに御三家は桜山家と天乃家、鷲宮家だ。」
アサヒ「ええ!そうだったの?」
トモエ「ええそうよ。だから私ならアサヒを幸せに出来るわ。」
トモエが笑顔で答えた。だが、スケベジジィは腕を組んで何か考え事をしていた。
サイモリ「む〜幸せか…どうしてもアサヒの幸せがトモエに甘え続ける事とは思えんなぁ」
トモエ「それはどういう意味?」
またトモエがスケベジジィを睨んだ。だがスケベジジィは怯まずに話を続けた。
サイモリ「もし記憶を失う前のアサヒが過去が辛い事ばかりなら、記憶喪失した後に神術士になりたいという思いは残らんだろ?」
トモエ「そ、それは…」
トモエが動揺し始めた。
サイモリ「記憶喪失になっても神術士になるという事を覚えているのは、並ならぬ覚悟があったとわしは思っとる。その覚悟を持った者が、女に甘える事が幸せとは思えんな。
これはあくまでわしの予想だが、記憶を失う前のアサヒは神術士になって何としてもやらなければならない事があったのだろう。例え記憶喪失になってもな。わしが生きてきた中でこれ程強い覚悟を持った者は神術士にはおらん。」
トモエ「アサヒが特別だとでも言うの?」
スケベジジィが笑った。
サイモリ「そうだな。わしにとっては特別だな。アサヒにはわしやトモエが思ってる以上に諦めない根性がある。コイツが記憶を取り戻した時は、大きく化けるぞ!」
俺はスケベジジィの真っ直ぐな目を見た。人を疑う事なく信じる目だ。胸の奥が強くなる。そうだ、俺はスケベジジィの期待に応えたいと決めたのに、裏切るところだった。
俺は優しくトモエの手を振り解いた。
トモエ「アサヒ?」
アサヒ「トモエ、俺の事を心配してくれてありがとう。でも俺、やっぱり神術士になりたい。俺は腑抜け野郎だから、心配させる事もあるかもしれないけど、その分トモエが安心出来るように頑張るよ。」
トモエ「だけど…」
トモエの心配な顔に対して俺は笑顔で返した。
アサヒ「大丈夫だよ!俺の事を信じてくれるスケベジジィや応援してくれるアキナ、あと友達のシュンとミドリがいる。それに…」
今度は俺がトモエを優しく抱きしめた。
アサヒ「俺の事を心配してくれるトモエがいる。だから俺はどんな事があっても頑張れる。会ったばかりなのに、こんなに俺を思ってくれてる人がいるんだ。俺は幸せだよ。」
トモエ「う、うぅ。うわーーん!!」
トモエが泣き出した。そしてトモエから青い龍が召喚され、龍が俺の体を巻き付いてきた。そしてトモエは窓を開けた。
トモエ「お持ち帰りする!!」
アサヒ・サイモリ「やめろ馬鹿!!」
― 体育館裏 ―
アサヒ「うへー」
俺は疲れたので階段に座った。現在体育の授業で妖量のコントロールの為に素振りをしていた。でも5回が限界で疲れてしまった。俺が素振りで使っている木刀は僅かに妖量の乱れを感知すると地面にめり込む程重くなる。だからこそ妖量が乱れないようにコントロールしなければならないが、これが凄く難しくて疲れる。
それに今日の朝、トモエが渋々自分の家に帰った後にスケベジジィが狩ってきた邪神を俺は食べた。食べたと言っても心臓?のようなものだった。とても不味くて記憶喪失前の俺はよく食べていたなって思った。
サイモリ「だーーー!?」
ドォオオオオオオオン!!!
校庭が突然爆発してスケベジジィが吹っ飛ばされていた。
アサヒ「スケベジジィが吹っ飛ばされてる!?シュンとミドリ、あいつら凄いな!!」
アキナ「あっ!アサヒ君また素振りしてるの?」
アキナが体育館裏のドアから出て来た。
アサヒ「おっアキナ。」
俺はアキナを見て驚いた。それと同時にずっとアキナに頼みたい事があった事を思い出した。
アサヒ「そうだ!アキナに教えて欲しい事があるだった!」
俺は立ち上がってアキナへ土下座した。
アサヒ「アキナ、俺に武器形成について教えてくれ!」
アキナ「そんな、土下座までしなくても普通に頼んでくれれば教えるよ!ああ〜でも私、教えるの下手なんだよね…」
アキナが困った顔で両手の人差し指をツンツンしていた。
アサヒ「そうなのか?じゃあ、武器形成する際の寿量の放心はどんな風にコントロールしてるの?」
アキナ「こう、両手からブワーとなって、それをカチカチと自分の手で氷を固めるイメージ…かな?」
アサヒ「?」
アキナが身振り手振りで教えるが全く分からない。感覚派なんだろうな。
アキナ「そうだ!トモエさんから教えてもらったやり方があったんだ!!」
アキナは合点ポーズをした後に階段を降りて俺の前に来た。そして両手の手のひらを俺に向かって差し出した。
アキナ「アサヒ君、私の両手に手を乗せて。」
アサヒ「あ、ああ」
俺は戸惑いつつも言われた通りにアキナの両手のひらに自分の両手を重ねた。
アキナ「よし!鬼さん、アサヒの手に拳プロテクターが乗るように武器形成お願い。」
鬼が召喚された途端にアキナの両手から寿量が俺の両手を伝って拳プロテクターが形成されていく。俺は寿量の繊細なコントロールに驚いた。手の甲の桜の模様ですら細かく出来ている。そして拳プロテクターは完成して、俺の両手に乗る。非常に軽いが、手触りだけで硬い事が分かる。
アサヒ「これが…武器形成…」
神使の武器形成の技術に感銘を受けた。それと同時に自分には武器形成は絶対出来ない事が理解出来た。
アキナ「どう?感覚は分かったかな?」
アキナは俺に対して笑顔で聞いて来た。
アサヒ「あ、ああ。神使は凄いなぁ」
俺は劣等感を感じていたが、なんとか笑顔で誤魔化した。
アキナ「じゃあ今度はアサヒ君がやってみようか!」
アサヒ「へ?」
アキナは拳プロテクターを消して、また武器形成を始めようとしていた。
アキナ「私が寿量を放出しているから、それを感じて真似して。」
アサヒ「い、いきなり?」
アキナ「大丈夫大丈夫!完璧に出来なくてもいいから。まずはカケラを作るところからだよ!少しずつ頑張って行こう!」
アキナに圧倒された俺は取り敢えず自分で武器形成をやってみる事にした。再びアキナの両手に自分の両手を重ねた。
アキナ「鬼さん、また武器形成お願い。だけどゆっくりでね。」
鬼は何かする素振りをせず立ってるだけだが、アキナに寿量が出て来た。どうやら何もしなくても寿量は分け与えることが出来るらしい。
アサヒ「ぐぬぬ」
俺は旭道初段を使い、紫色の妖量を放心する。両手に伝うアキナの寿量の流れを真似して妖量をコントロールしているが上手くいかない。
アサヒ「クソ」
アキナ「アサヒ君、焦らないで」
アキナの言う通りだ。落ち着け、そして思い出せ、武器形成中のアキナの寿量の流れと木刀を5回素振りしたあの感覚を!
アサヒ「フゥゥ」
俺の両手の紫色のオーラから黄色い石ころのようなものが形成されていく。
アキナ「凄いよアサヒ君!なんか黄色いカケラが出来てるよ!」
アキナが褒めた途端に黄色い石ころが発光し始めた。
アキナ「アサヒ君、なんか光って…」
俺はこの時嫌な予感を感じた。
アサヒ「離れろアキナ!!鬼!!」
俺は鬼へ向けてアキナを蹴り飛ばした。鬼は俺の叫びで嫌な事が起きる事を察知してくれたのか、アキナをキャッチして抱いていた。そしてすぐに旭道二段に引き上げた。一瞬石ころを投げようか頭をよぎったが、間に合わないと思って石ころを両手で包んだ。途端に爆発した。
ドォオオオオオオオオオオオン!!!
アサヒ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
旭道二段を使っていたのに両腕が千切れて吹っ飛んだ。両肘から激しい激痛と共に血が大量に出て来た。俺は膝から崩れ落ちるように倒れて気を失った。