8話『怠い』
「さぁ〜てと、良く集まってくれたなぁ!便利屋Hand'sのお二人さぁ〜んっ!」
掃除屋本部、その隊長室。
便利屋Hand'sの二人は上座のソファに座らされ、掃除屋特務隊隊長・炉屋 イロリと向き合っていた。
「まぁ〜!早速!今回の3箇所同時悪魔の手の件についてはなそ〜か〜!じゃぁっ!まずはぁ〜こっちの持ってる情報を伝えるぞ〜」
「うん。お願い」
「取り敢えず、3箇所の被害としては掃除屋特務隊で受け持った2箇所で、民間人に5名程負傷者が出た。……が〜、今は一命を取り留めているな。それから、紅鈴が連れてきた奴も目覚めてるぞ。ただぁ……」
イロリは便利屋Hand'sの2人から目を離し、机上のモノに目を移す。L字型の黒い銃火器……によく似た注射器。手の平サイズで、中に薬は込められていない。
「あぁ……やっぱり引金薬で引き起こされた悪魔の手状態だったのか。……にしては半身は人のままだったけど。」
「あっ。社長も違和感あったのかぁ?悪魔の手にしては、堪え性が無かったから変だなぁとは思ってたんだよ」
2人の意見にイロリが続ける。
「ご明察だぁ〜!確かに今回、引金薬が使われていた。胸に弾痕もあったしなぁ……。ただ……普通とは違うところがあった」
「「違う所……?」」
2人の声に頷くイロリの顔が不意に止まる。
「あ〜……命に説明すんの難しいなぁ〜……んっとなぁ……」
そう。魔の手を持たない。それどころか十 命は霊気すらも持たない。
自然に生きていれば、本能的に扱えてしまう霊気。子供がハイハイからその両足で立つ様になるように、ごく自然に、当たり前である霊気をどう伝えたものかとしばし天井を見つめ、口を開いた。
「まず、魔の手ってのはなぁ〜使うためのエネルギー源の【霊気】。んでもって、その力の性質を形作る【魂】から成り立つんだ。ここまでは良いか?」
「霊気がやる気、魂が行動みたいな感じだよね?」
「そうだな。大体そのイメージで良いぞぉ〜!」
「へぇ〜……知識としては知ってたけどそんな感じなんだ……気にしたこともなかったや」
「んでなぁ〜……悪魔の手ってのは霊気の方に異常が起きる過霊気型と魂の方に異常が起きる魂変質型の2種類があるんだ。どっちにせよマトモに理性も知性も働かねぇ暴走状態なのは変わらねぇけどなぁ〜……後、処理とかが面倒なのもな」
フッ……と乾いた声を思わず漏らしたイロリ。それもそうだろう。3箇所の同時襲撃、悪魔の手状態の人間を生きた状態でここまで運べたのは便利屋Hand'sの絡繰良 紅鈴だけ。他の2点では、悪魔の手の討伐を行った。……といえば聞こえは良いかもしれないが、言い換えれば、人を殺しているのだ。
掃除屋特務隊とは掃除屋の中でも戦闘を得意としている少数精鋭の部隊だ。かと言って、腕が立つのと敵を生かして制圧できるのはまた別の話である。
イロリの間延びした話し方が、より鮮明に疲労感の姿を露わにさせた。
「そんで……引金薬を使うと体内の霊気を過剰に引き上げて、魔の手を覚醒させるんだが、その引き上げられる霊気が自身の受け止められる霊気量を超えると悪魔の手として暴走する。これが引金薬による普通の暴走の形なんだがぁ……」
机上の引金薬を手に取ったイロリが、手首のスナップだけで命にそれを投げ渡す。
「おっとっと……!」と難なく受け取れた命に話を続けた。
「今回は、霊気が過剰に引き上げられた痕跡もあれば、魂自体が大きく変質してる。……つまり……だ。元々、特定の魔の手を持っていて、そこに過剰なエネルギーが入り込んだ事で、魂が壊れたってことだと掃除屋医療隊の奴は考えてる。長くなっちまったな……理解できたかぁ〜?」
「僕は問題ないけど……」
横を見る命。話の途中からすぅーーーっと夢の世界へ沈んでいった便利屋Hand's唯一の社員がそこにいた。
「分かった?紅鈴……?」
命は手に持つ引金薬の銃口のある方を持ち、グリップの部分でコクン……コクン……前に倒れそうな紅鈴の頬をつついた。
「んぁ……?ほう〜……。……。ふぁ〜〜〜。……大丈夫だぞ」
「それ、僕が聞いてるから自分聞かなくてもって言う前置詞が付く上での大丈夫だよね?いや良いんだけどさっ!」
「あれだろ?要するに、魔の手持ちに引金薬撃ったら悪魔の手の特徴どっちも出てたって事だろ?「ちゃんとわかってるじゃん!偉いねぇ〜!」俺は子供かっ!ンン……!んじゃぁ次はこっちのターンって感じかぁ?」
「そうだね。と言ってもほとんど僕か……」
ゴホン……!と切り替えのスイッチを入れ、姿勢をイロリへと戻した命は引金薬を目の前で軽く振って話を始めた。
「恐らく……今回の事件を引き起こしたのは崩壊信仰って組織だね。三従士の1人、霧夜って人と1戦交えたけど、強かったよ。あのまま戦闘続けてたらちょっと厳しかったかも?って感じ……」
「崩壊信仰かぁ……。なるほどなぁ……!そこかぁ〜〜〜!これは……めんどくさい事になったなぁ〜……」
両腕をソファの背に回し、天を仰ぐイロリ。ただでさえ重そうだった体に更に重りが増してしまう。
「知ってるの?」
「知ってるも何も……。俺等のお得意先だよ……!……お得意先なんだがぁ……なぁ……分からない事がやたら多くてなぁ……。度々他の國に取引に行ってるみたいでな。その護衛に何度か掃除屋常務隊を向かわせた事があるが……なぁ……」
「歯切れ悪ぃなぁっ!なんっだよ!はっきり言えよぉ!」
「……ん〜。いや。なんでもない。……兎も角だ。あそこの事なら教えてやれる。クズレの國が出来る前からある宗教組織でなぁ……。その名の通り、世界崩壊を信仰してる。……と言っても今まで特に荒事を起こしたわけじゃねぇからぁ〜……解体するわけにもいかなくてなぁ。実際今まで保護と言う形で、監察をしてきたがぁ……どれだけ調べても問題の1つも出ないもんで、どう扱うべきか神成も手を焼いていたんだぁ〜」
「じゃあ〜〜ぁ!……これで倒せるってことだなぁ?」
ウェーブのかかった紅い髪を揺らして、ニヤリと不敵に笑う紅鈴。つい先程狙われている事を知ったというのに、引く気の一切無い瞳。真紅のそれは、窓から入り込んだ光に照らされ、ごうごうと燃える炎の様な輝きを帯びていた。
「一応言っとくけど……崩壊信仰の目的は君だからね?……紅鈴?」
「どのみち戦うんだろ?」
「待て待て待てぇ〜……。狙いが紅鈴?……命じゃなくてか?お前なんで狙われてんだよ?喧嘩売ったんじゃねぇだろうなぁ〜……?」
「んなことしねぇわっ!こちとら買い専門なんだよぉ!名前自体今日知ったんだぞ!?」
「……そうかぁ、悪かったな……疑って」
静まる空間。お互いに出せる話を出し終えたのだ。となると決める事が必然的に現れる。
「今後どうするぅ〜?」
あっけらかんとした乾いた口ぶりでイロリは今後の方針決めに舵をきった。
う〜ん……と頭を悩ませ、30秒程で命はようやく声を返した。
「取り敢えずはその、助かった子に引金薬の場所を聞いてみるかなぁ〜。後は引金薬の場所について、黄金色商団守銭奴に催促するかな……。そっちは?」
「まぁ……警備の厳重化と見回りと……被害諸々の書類仕事……だなぁ〜……。そ〜んじゃぁ〜……俺は早速取り掛かるとするわぁ〜……!」
顎をクイッ!と向ける3名の間にあるテーブルとは別のテーブル。そちらには一度に持つと重いだろうと思うぐらいの量の書類が積まれている。
便利屋Hand'sの2人は苦笑いをするしかなった。
「僕達もそろそろ行こうかな!」
「あいよぉ!」
紅鈴が扉を開け、命を待つ。部屋を出る前、数秒立ちつくした命は唐突に振り返り、ソファに凭れ、こちらを眺めるイロリを見つめ返す。
「んぁ……?どうし──」
「──何か……手伝えることがあれば連絡してね……?助けるからっ!」
「それじゃぁ!」と手を振り、2人は部屋を出ていった。
「……らしいぜ?神成ぃ?」
テーブルの下へ手をやるイロリ。カタリ…!と音が鳴り、手を持つ黒い板……スマートフォン。画面には連絡中@神成 生命と表示されている。
「……なるほどねぇ。崩壊信仰の奴等はまた勝手に動いたのか。こちらとしても隠蔽が面倒なんだけどね。はぁ……折角手綱が死んで、便利なコマが手に入ったと思うんだがなぁ……消すか。」
「俺たちがやりましょうか?」
「いや、私がやるよ。暫く殺りあって無くてね……良いストレッチになりそうだ。あぁ……それと。崩壊信仰の子がそっちに居るんだね。後で貰いに行くよ」
イロリの拳から血が垂れる。力任せに握られた手が、小刻みに震える。
「……どうかしたかい?」
「あぁ……。いや、なんでもない少々疲れていて、ボーッとしてただけだ。用件の方は分かった。準備しておく」
「いつもすまないね。ゆっくりと休んでくれ。では……またね」
口の中の鉄の味に顔をしかめたイロリは、ソファに深く身を預け、深く深くため息を吐いた。