4話『ツナシ・ミコトは便利屋である』
「特務隊は……今、手が空いてねぇんだよな?」
「そうだね。3箇所同時に悪魔の手の対処をさせられる。……明らかに計画されてるね。……と、その前にこの人を直してあげないと!」
怪物の前にしゃがみ込み、安否を確認を確認しようとした命を、「必用無いよ」と声が邪魔をした。
「……誰……ですか?」
掃除屋の作業服も、黄金色商団のスーツも着ていない。無論、便利屋Hand'sの2人の知り合いではなく、おまけに2人が気配を感じないほどに突如として現れた男。
丁度良い高さで腰掛けられる瓦礫に座り、上目遣いで二人を見ていた。髪の奥に隠れているジトォ……とした黒い瞳。吸い込まれそうな2点の黒い丸は明々に敵である事を告げた。
「人に聞くなら自分からが筋でしょう?便利屋Hand'sの命くん」
「分ってんなら良いだろ別に……」
命が反応を返すよりも速く、紅鈴の口から不満が漏れる。男は、フフッ……と笑いを返した。薄っすらと、されど深く。
「そう辛辣な事言わないでくださいよ。紅鈴くん。……殺しても良いんですよ?私的には」
「……あぁ?」
「もう一度、お聞きします。……誰ですか?」
男はふらり……と立ち上がると、2人に背を向け、積み上げられた瓦礫の頂に立つ。2人を見下し、ニタニタとした笑みを浮かべるも、目だけは変わらず黒を映している。
「僕は……」
クズレの國を照らす太陽が彼の背後に重なる。
強い光が彼を黒く染め上げる。
「崩壊信仰の三従者が1人。霧夜 。ここには、絡繰良 紅鈴を迎えに来ました。邪魔をするなら殺してでも連れて行きます。悪しからず」
彼は、ズボンから鋏を取り出すと、空中へ放り投げる。宙を舞う鋏はその影を刻一刻と広く、濃くしていく。ついには人の背丈程の大きさになると、2枚の刃が重なる部位から何かが外れる。
ネジだ。
2振りの太刀と化した鋏は、その重さからか急激に落下し、鉄の怪物を貫いた。霧夜と名乗ったその男は、軽く飛んで怪物の上に降り立つと、命の顔を覗き込んで告げる。
「絡繰良 紅鈴をお渡し下さい。命くぅん?」
「……どけろ」
「はい……?」
「足をどけろつってんだよぉ!!!」
霧夜は間一髪、命の振った十手を避けた。怪物に刺さった2振りを引き抜きながらに、宙を舞いながら後退する。
血が噴き出す。
命の白い体を紅に染め上げて血が飛び散る。
紅く染まってしまった青年がチラリと怪物だった人間を見る。胴体に2つの紅い穴。助かるはずの無い致命症なのは明確だった。その人間の心臓を、今まさに死が握り潰しているのは誰でも分かる当たり前だった。
それだと言うのに……。
「紅鈴……。|この人をお願い!掃除屋本部に医療隊が居るはずだ。あの人達ならなんとかできるかも知れない」
それだと言うのに、命は紅鈴に指示を投げる。顔に着いた紅を黒の甚平で拭う。けれど、その視線が目の前のニタニタ顔の男から外れることはなかった。
「はぁ……!?何いってんだよ!こいつと1人で戦うつ──」
「──紅鈴っ!!!」
「……わぁーーーかったよ!!!すぐ戻るっ!!!」
「クソっ!」と吐き捨てた紅鈴は赤い糸でその血染めの人間を包み込むと、軽々と片腕で抱き上げ、廃れた街を駆けて行く。
遠ざかる足音に耳を傾ける命は、笑みを崩さない霧夜に問う。
「1つお聞きしてもよろしいですかね?」
一拍。
息を吸って吐いた一拍を置いて霧夜は続ける。
「紅鈴くんをこの場から逃がすのは賢明な判断です。英断だと素直に褒めてあげましょう。……ですが、何故?何故……あのゴミも救おうとするのです?アレは、紅鈴くんの重りにしか──」
「──目の前に助かるかもしれない人が居る。困っている人がい居る。それなら助けるのが便利屋だっ!覚えておくと良い……!」
その手に握る2振りの太刀からポツ……ポツ……と鮮血を垂らして、淡々と語る霧夜の言葉を遮る。
命は唯一、紅に染まっていない十手を強く握って応えた。
便利屋だから。
便利屋Hand'sだから。
便利屋Hand'sの社長だから。
口から出る言葉に心を込めて、黒い瞳に投げつけた。
「……勉強になりました。あまり話しすぎるのも良くないですね。始めましょうか……。ぬぅっ!?」
ギィィィィィンッ!!!
霧夜の言葉が終わるやいなや、その首元に白が迫るモノが1つ──目にも留まらぬ速さで投げられた──十手である。
霧夜は鋏で十手を弾き返す。
静かな街に戦闘開幕の金属音が響いた。