3話『白い十手と紅い糸』
廃車が道の両端に転がり、倒れた看板や瓦礫が辛うじて道を開く中央通り。時刻は現在、12時半だと言うのに、荒々しい喧騒に包まれていた。
硝子の割れる音。何かが爆発する音。コンクリートの硬い地面がわずかに振動で揺れた。朝とは打って代わり曇り空。薄暗い道を駆けて、怪物から逃げる人々。ただ2人、今まさに迫る怪物を見つめ立っている者がいた。
白い髪を後ろで1本に束ね、片手に白の十手。黒い甚平を羽織り、首を鳴らす十 命。
紅い髪、黒のインナーに紅芋色のノースリーブジャケット、酷い隈が目を覆い、元の目の鋭さも合って、目付きはかなり悪い。迫る怪物を睨みつけ、小さく「傀儡傀儡」と呟くとその右手を紅い糸に支配させた絡繰良 紅鈴。
「おぉ……!すっごい筋骨隆々っ!しかも2メートルはあるねっ!こっわ!」
「見ろよぉ……。右手が……鉄……か、ありゃぁ?何にせよあれ喰らったら死ねるなぁ!」
「う〜〜〜ん。助けれるかなぁ……?」
「制圧と討伐。判断は社長に任せるぜぇ〜……?」
ニヤける紅髪。
「うん……。じゃあ、制圧でっ!」
白髪もまた笑顔で答えた。
「お〜け〜ぃ!」
人より少し大きい体躯。その右半身はくすんだ金属と化しており、苦しそうに呻いている。怪物は逃げることなき、2つの獲物を見つけると、全力疾走で向かってきた。その雄叫びで通りを揺らして。
雄叫びで空気が揺れる。一際大きな衝撃が2人を駆けたその時、頭上でガダンッ!と言う音がなった。
鉛の空が広がる1点。自身の頭上。そこに深く黒い影がある。見つめれば、見つめるほどそれは広がっていき──。
「避けてぇっ!」
ダゴォンッ!
──コンクリートに換気扇が落ちてきた。雄叫びの衝撃で廃ビルから落ちてきてしまったのだろう。2人とも即座に身を避け、傷を受けなかった。傷を受けなかったが、目を取られてしまった。換気扇に。
目の前には今尚迫り来る脅威がいると言うのに。
錆びた拳が命へと迫る。
「グォォォォォォッッッ!!!!!」
「やっ……ばっ!んなぁ!!!」
ガキィンッ!
間一髪である。十手を構え、致命症を避けた。然し、命のその身に余る衝撃は、命を近くの廃車へと叩きつける。形状はまだ美しかった車が、凸の字から凹の字に凹んでしまう程の痛みが命を悶絶させる。
「……いっ……てぇ」
「社長……!」
「ばっ!……前っ!」
「っ!?……らぁぁぁっ!!!」
紅鈴の頭に迫る剛腕。硬く、重く、速いその一撃が紅い頭を紅に染めてしまうその一瞬。紅鈴はその身を捻り、強引に左手の裏拳を怪物の右手に叩き込む。ダメージこそ与えられた様に見えない攻撃だったが、腕の軌道が僅かにズレる。顔スレスレを流れる金属に顔を歪めるも、紅鈴はなんとか攻撃を対処しきる。
直後、その場から跳ねるように立ち上がる命の前に駆け付けた。
「ふぅ……。ふぅ……。あっぶなかったぁ……!殺す気かよ!あいつっ!」
「殺す気でしょうよ。あいつは。……思ったより、強いねぇ。怪我人が出てないと良いけど……!」
「いや、お前は自分の心配しろよっ!大丈夫なのかよ……体は?」
「すっっっごく痛いけど、動けるよ!」
「グォォォォォォッッッ!!!」
再び迫る猛進してくる鉄の塊。2人は、しっかりと敵を見つめ、構えた。
「「今度は目を」」
「離さないっ!!!」「離さねぇぞっ!!!」
目の前の怪物に駆ける紅と白。怪物の間合いまで入ると、豪腕が二人を抱き締めるように迫った。
ガンッッッ!!!!!
鈍い金属音。硬いものと硬いものの打つかる音。それは……怪物の腹に十手の先端が当たる音だった。怪物が腕を打ちつけるよりも速く打ちつけられた十手の威力は、怪物を吹き飛ばすには十二分であった。
そしてその横、紅い手もまた、怪物の腹に手を付いている。そう、殴っているわけではない。手を大きく広げ、腹に付けている。その手から無数の紅が侵食する様に怪物の腹に紅い糸がギチッ!と巻かれていた。
「グゥッ……!ォォォオオオオオッ!!!」
吹き飛ぶ怪物。紅い糸を伸ばしながら飛んでいく怪物は、廃ビルの外壁に打つかる。怪物は顔を歪めるが、その手はしっかりと自身の腹部の紅い糸を掴んで、2人を睨む。
「良いぞぉ……!そのまま掴んどけよぉぉぉ!!!」
鉄の体が空高く舞う。
「うぉぉぉぉらぁぁぁぁ!『穿紅花火』ぃっ!!!」
紅鈴が、両手で糸を掴み、コンクリートを駆け、引いた1本背負い。怪物は鉛の空を背に、黒の地面に叩きつけられた。
「制圧成功!……ってとこかぁ〜?」
「上出来だね♪」
2人は顔を見合わせ、笑顔を交わすのだった。