2話『1人の朝食作り』
コンコン。
カシャ。
カチャカチャカチャカチャ……。
ジュゥゥゥ……。
「さて、行けるかなぁ……!」
現在、十 命は窮地に立たされていた。自身の目の前には、鮮血の如く赤く染まったご飯、黄金にその下には黄金に輝く黄身が敷かれ、その身をフライパンの熱で焦がされていた。
霊気エネルギー式のコンロの火力を少し上げ、眉を吊り上げた顔で、目の前の難関と向き合う。
初めて作るオムライス。手や顔に汗が流れる。決してコンロの火力が強いからではない。オムライス。それは作り手の技量が試される究極の一品。赤いご飯を包む黄金の羽衣。それをいかに上手く作れるかが美味しさに関わってくると言っても過言ではない。
美しき半円。美麗なるドーム。あの180°にオムライスの命が吹き込まれる。オムライスとは決してケチャップライスを卵で包んだ料理ではない。オムライスとは、ケチャップライスを卵の毛布によって美しく包みこんだ料理なのだ。
命は息を一つ吐く。体から力を抜き、精神を集中させる。今日の朝ご飯の完成度が月の工程で決まるのだ。何が何でも成功しなくてはいけない。
ゆっくりと落ち着いて息を吸う。体を適度に緊張させる。指の先まで血が巡る。自身の感覚が体を巡り、心に覚悟を満たしていく。
目指すは究極の180°。
フライパンの上に片手でふわりとお皿を被せ、もう片方の手でフライパンを強く握る。
「ぬぅぉぉぉぉぉぉ!!!いけぇぇぇぇぇ!!!!!」
タンッ!
フライパンが回転した。お皿が回転した。先程までと180°反転した手先。片手にはしっかりとオムライスの重みが乗った。
そしてゆっくりと、フライパンを上げるとそこには──。
なんと美しい黄金の輝き。
太陽の如く明るく照らす生命の証。
完全なる180°の楕円形。
──究極の朝食がいた。
「いや、なにしてんの?」
ホカホカのオムライスを片手に持つ命にケチャップの髪色の男は冷たく言葉を刺すのだった。
◇ ◆ ◇
「うん。すっげぇ食べづらい。な……何?なんで机に肘ついてこっち見てんの?新手の嫌がらせ?」
「いや、この究極のオムライスを紅鈴はどうやって食べるのかなって……」
「え、普通にスプーンでこうやっ──」
そう言って紅鈴がその手を降ろし、オムライスへスプーン入刀をするその刹那。
「待って!!!」
命が紅鈴の腕をパシッ!と掴んだ。
「──うぉ!?な……何?」
「もっと外見を楽しんで!この尊い180°に目を奪われてっ!」
「冷めるだろっ!?」
紅鈴は再びスプーンを降ろす。
「あっ!あぁぁぁぁ!!!」
「んぅ……!美味い!結構……いや、かなり美味い!えっ!すっげぇ美味い!噛むほど美味いんだけど……えっ!?なにこれ……どうやって作ったんだ!?」
「え?普通に、愛情込めて、覚悟決めて、頑張った」
「……そっかぁ。さすが社長だな!」
詳しく聞くのは諦める紅鈴だった。
◇ ◆ ◇
ポンポッポポポン♪ポンポッポポポン♪
ポンポッポポポン♪ポンポッポポポン♪
「おぉ……!電話……ってなにこの間抜けた音……!あの人のセンスどうなってんの……」
軽い力の抜ける音。腑抜けた拍子抜けの着信音に命の口から思わず、ツッコミが飛び出た。目を線にして、黄金色商団守銭奴と表示されている画面の応答ボタンをタップした。
「はい。便利屋Hand's、十 命です」
「わっ!!!ほんとにお話出来たぁ〜〜!これがスマートフォン!!!桃母感動ですっ!!!」
冷たく、事務的な声を予想していた命の耳を貫いたのは全く別、寧ろその真反対とも呼べる跳ねる可愛らしい声だった。ただ──。
「えぇっと……どなた、ですか……?」
「あっ!!!すいません!こんな珍しい霊気製品……興奮してしまいましたぁ!私は、黄金色商団守銭奴っ!!!芥の秘書やってます!基井 桃母と申しますっ!!!以後!お見知り置きを!」
──耳元でメガホンで話されるかのような声量で、思わず命は顔をしかめた。
「あ……はい」
完全に桃母のペースに呑み込まれる命。その抑えることを知らない声量に反する礼儀正しい言葉遣いに、やや混乱しながら相槌を打つ。
「今回は、芥に代わり、緊急のお仕事のお電話をお掛けさせて頂きましたっ!!!」
「引金薬関連ですか?」
「おぉ!よくおわかりでっ!!!その通りです!今、中央通り付近で、引金薬によって暴走したとみられる人が暴れていて!」
「ん?それ系なら掃除屋特務隊の方が向いてない?」
そう。掃除屋特務隊は機動力と戦闘力に優れる戦闘集団。人数故の戦力的にこういった荒事は掃除屋特務隊の方が向いているだろう。
然し、そちらに連絡をしないと言うことは、しないなりの理由もあるわけで……。
「あぁ!他2箇所でも事件が発生していて!掃除屋特務隊さんがそちらに向かっています!」
「あー……。分かりました。任せてください。すぐに向かいます」
「はいっ!!!それでは失礼しますっ!!!!!」
ツー。ツー。ツー。
電話の切断音。その直後、背後のソファから声が飛んだ。
「依頼か?」
「うん。中央通りで、悪魔の手状態の人が暴れてるらしいよ。……急ごうか!準備してくる!あっ!お皿水につけといて」
「あいよ〜!」
紅鈴は呑気に手を挙げ、答えるのだった。