1話『朝の通りは少し冷える』
「おぉ……!もう来てる人いたんですか」
「……ん?あぁ……はじめまして。お噂はかねがね聞き及んでおります。さぁ、どうぞこちらへお座りください」
「ありがとうございます」
白い髪を揺らして、彼は勧められた席に着く。
貸し切りの飲食店。
4人掛けテーブルの下座に座る白髪──十 命──は、愛用の十手を壁に立て掛け、昨晩の疲れを癒していた。
対して、その横に座る金髪──泡 芥──は、今先程まで読んでいた本を閉じて、懐へと仕舞った。
店の出入り口のベルが「カランコロン」と心地良い音を立てたのは、丁度その時だった。
「おぉ〜う。命ぉ〜〜!来てたかぁ〜!昨日はうちの手が回らない仕事やってくれてありがとなぁ!ほらよ。これはその報酬だ」
「わぁ〜。助かるよ。……5万円!?いいの?」
「あ〜!良いんだよ良いんだよ!前々から國の組織として動くわけにはいかねぇから手をこまねいてたんだ。それでも少ないくらいだよ。……んで、そっちは見ねぇ顔だが……?」
「はい。先日、クズレの國の復興同盟に参加させていただくこととなりました。黄金色商団守銭奴の泡 芥と申します。以後お見知りおきを」
「……かっっった!!!」
「うん。どうやら皆いるみたいだね。迅速な到着、感謝するよ」
「まぁ……一応この國の王様から集合要請だから……ね〜?」
「ふふ……。ちゃんと王様が出来てるならよかったよ」
入ってきたのは2人。
黒の作業服──と言ってもアレンジしているので和服テイストに仕上がっているが──に身を包んだ金のインナーカラーを入れた黒髪──炉屋 イロリ──は、腰に差した刀を外して、粗暴な態度で芥の前に座る。
そして黒のスーツを着た黒髪──神成 生命──は、命の前面、上座に座る。
さて、役者が揃った。
「さて、お話を始めようか」
生命が告げた。
「今日君たちをここに呼んだのは他でもない。現在、クズレの國で巻き起こっている重大事件、引金薬の違法売買と流出。その解決のために呼んだ……」
「引金薬……」
命が繰り返し呟いた。
生命は「良い反応をするね」とでも言いたげに、にんまりと顔を緩ませ、続ける。
「あぁ……。1から説明をしよう。まずは引金薬について……。そうだなぁ……これは私よりも芥から説明してもらった方が良いかな?」
「はい。お任せください。詳しく話すと時間を取ってしまうので、簡単に且つ大雑把にお話致します。まずは、我々の持つ異常な力、魔の手についてです。……それでは、炉屋」
「んぁ?なんだぁ?」
「魔の手が発現する原因をご存知ですか?」
「異常な魂の歪みだ。|嫌な経験だったり……変な奴に取り憑かれたり……由来こそ十人十色って言ったところだが、結局は……魂が壊れた。って所じゃないか?」
芥はコクリと頷き、続ける。
「その通りです。心や体、もしくは魂が直接、壊れると言うのが主な原因です。まぁ……正確に言えば、その結果、命の危機に呼応して答える魂の力ですが。……引金薬はそれを故意に引き起こすモノです」
一拍。
静かなこの場所で、落ち着いたこの場所で、その一拍はあまりにも長かった。
芥がゆっくりと目を閉じ──
──目を開く。
「……つまり、引金薬は無理矢理、人ならざる力を引き起こす違法ドラッグです」
「あぁ……。だから最近、魔の手関連の仕事が多いわけねぇ〜?」
命の冗談混じりのクレームにセイメイは申し訳無さそうに応える。
「……うん。そういうことになるかなぁ……。まっ!それを解決する為にもここに呼んだわけだよ。黄金色商団守銭奴団長、泡 芥。掃除屋特務隊隊長、炉屋 イロリ。そして……便利屋Hand's社長、十 命。君たちには1つ仕事を頼みたい。」
「お金をいただけるのであれば、なんなりと」
「まぁ、あんたの為の組織だからな?」
「便利屋……だからね……」
三者三様。真面目な顔、おちゃらけた顔、疲れた顔をしているが、向いている方向は同じだ。
「頼もしいね。それじゃあ早速だけど命、君には引金薬の回収をお願いしたい。前もって引金薬の在処は芥に調査をお願いしているからね。連携して、流通してしまった引金薬の回収を行ってほしい。芥は継続して情報収集。イロリはこれから増えるであろう魔の手関連の暴力沙汰にいつでも対応できるようにしてほしい。必要なら掃除屋常務隊の方から4分の1は引き抜いてもらっても構わないよ」
「あー。要するに俺等が突発的事件の解決。便利屋が引金薬の回収。黄金色商団がそれ等の動く基礎になる情報収集か」
「そういうことだね。……でも実際、連携と言っても何もなしでは面倒だからね。特別に用意したよ。これをね!」
生命はテーブルに4つの黒い板を出した。それぞれがその黒い板を手に取ると背面にそれぞれの組織のマークが入ってるのが分かった。
「私の方で独自開発した平板連絡機でね。取り敢えずはこの4台でしか繋がらないけど……超高耐久且つ霊気エネルギー式だから充電不要だよ。上手く活用してくれ」
「平板連絡機……へぇ〜〜。本の中でしか見たことねぇや。電源は……ここか!」
ピロピロピロン♪
「……通話機能。メール機能。メモ機能。カメラ機能。ライト機能。……なるほど、これは便利ですね。旧古時代ではこれを誰もが持っていたわけですか。壊れてしまったんですね。この世界は……」
「さっさと事件解決して、復興を進めないと……ですね?神成国主?」
「あぁ……クズレの國の為とはいえ、各陣営に無茶をしてもらっていて申し訳ないが、どうか、これからもよろしく頼むよ」
ダダダダダンッ!!!
丁度、生命の言葉が終わると同時に響く銃声。タイミングが良いのか悪いのか。
兎にも角にも、会議中断の音である事は確かだった。
◇ ◆ ◇
「便利屋ぁぁぁ!!!ここに居るのは分かってんだぞぉ!!!出てこいぃぃぃ!!!」
数にして十名弱。
既にその姿はボロボロで、顔を見れば、昨夜、便利屋Hand'sが無力化した組織であった。
このクズレの國で、便利屋Hand'sを目の敵にする組織は少なく無い。昨日の襲撃も便利屋Hand'sを呼び出す為にわざわざ予告を送られてきた程である。
掃除屋特務隊、黄金色商団守銭奴などの戦闘組織は他にもあるが、掃除屋特務隊は主にクズレの國の為に動き、黄金色商団守銭奴は金銭の為に動く。
それ故に民間の為に動く便利屋Hand'sは、こういった荒くれ組織との抗争が多く、クズレの國のヘイト役とも呼べる存在であった。
「はぁ〜……。中で重要な会議してんだぁ……!帰ってくれねぇか……?」
四角い店の上に座り、ウェーブのかかった紅い髪を揺らす。深い隈と尖った歯が、威圧感を重く放った。
「お前はっ!絡繰良ぁぁぁ!!!」
ダダダダダンッ!!!
「うぉぉ!?あっぶねぇ!急に撃ってくんじゃねぇよ!死んだらどうすんだ!?」
紅髪の青年──絡繰良 紅鈴──は、無法者達に声を荒げる。眉を寄せ、歯を剥き出しにしているその顔は、本当に、心底、面倒なのだと言うことをおっぴろげに表していた。
「じゃあ!死ねやぁぁぁ!!!」
ダダダダダンッ!!!
「ちっ……!せぇ〜〜〜っかく、日々の疲れを癒す日光浴中だったってのによぉ……!【傀儡傀儡】っ!」
刹那、紅髪の右手が紅く染まる。それは瞬く間に解けていき、右腕からは無数の紅い糸が垂れた。
「……っ!魔の手だ!気をつけろ!」
「遅ぇよ……!」
全員に危険を伝えた彼は、ただその注意を伝える一瞬だけクレイを視界から外してしまった。
それが致命的だった。
伸びた紅い糸が彼の首を締め上げる。銃を手放し、ジタバタと藻掻く彼は、必死に紅い糸に爪を立てるが、きつく締め付ける糸に隙間が生まれることはなかった。
「もう一度言うぞぉ……?帰ってもらっても良いかぁ……?」
「……っ!!!そんなものでは脅しにならん!構うものかっ!撃てぇ!!!」
ダダダダダンッ!!!
彼らは続けて凶弾を放つ。紅鈴に向けて銃弾が迫る。それが、紅い糸で拘束された仲間ごと撃つことになってでも……だ。
「正気かよ……!?仲間を大切にしろよ!馬鹿やろぉ!!!」
紅鈴は自身の後方へ捕まえていた彼を投げ捨てると、銃弾を避ける為に駆け出す……が既に銃弾は目前で、避ける事は到底不可能──。
「お待たせ」
ガン!ガガガガッン!!!
──かと思われた。
宙に一閃、白く駆ける十手。
無数の弾丸を弾き、見事に紅鈴と銃撃者の間に割って入る。
「……待った?」
「い〜〜や。今始まったばっかだよ……!」
「そう。掃除屋と……黄金色商団後の護衛の人は……いない?」
「あー……どっちも店の前で返してたよ」
「何をごちゃごちゃと話しているっ!便利屋ぁ!!!」
敵が銃に手を掛けるその瞬間、命と紅鈴の後ろから更に2人。髪の金色を靡かせて、たった一撃で敵を1人ずつ無力化した。
「てめぇらぁ……!一回、死んどくか?」
「なんの金にもなら無い事をするのは、嫌ですが、今回はサービスしておきますよ。……便利屋さん?」
鞘から抜いた黒い刃が、懐から取り出された黒の拳銃が、底知れぬ殺意を振りまいた。
「何故……掃除屋特務隊と黄金色商団守銭奴が……ここに!?くそぁ!分が悪い!お前ら!逃げるぞ!撤退!撤退だぁ!!!」
それに伴い、散っていく蜘蛛の子。
一時の安寧が戻った。
「神成様は今回の会議はこれで終わりだと言っていた。僕もこれで失礼する。情報に関しては後ほど携帯に送信しておく。……それでは」
「ふぅ……俺も溜まった書類整理に戻るとするかぁ!便利屋ぁ!なんかあったら気軽に呼び出せよー!んじゃ!また!」
取り戻された静寂。
静と動の顕著のもまたクズレの國だ。
「……どうするよ。社長?」
「帰ろうかぁ!便利屋Hand'sに!」
人のいない閑散とした通りに、朝食談義が響くのはすぐ後の事だった。
作者の忘れたとき用メモ
11個空間を空けてから◇ ◆ ◇すると真ん中に来る。