18話『紅い記憶』
「クレイくんっ!みぃつけたぁ……!」
「……はやすぎだろ!?あ〜……ほんっとココネってほんと!なにしてもうまいよなぁ……!どうやってんだよ〜!」
ベッドの下から這い出てくる紅い髪の少年・紅鈴は、素直な尊敬の言葉と目で自信を見つけた鬼・人看 子々子を褒めた。
そう。この鬼……いや少女は天才である。兎に角、何をしても強いのだ。負けの反対側にいる。そんな言葉がよく似合う。
かくれんぼの鬼ならば、必ず制限時間以内に全員を見つけてしまうし、逃げる側ならば、決して見つからない場所へ隠れる。チャンバラならば例え相手が体の大きな男の子3人を同時に相手しようがボロボロになりながらも最終的には3人を地面に寝転ばせてしまう。
「ふふっ!わたしはてんさいだからねっ!まけるきがしないよ〜!あっ!それとね!いまのはね……!あしのさきがベッドのはんたいから、でてたよ!おまぬけさんっ♪」
底無しに明るく、底無しに元気。そんな彼女は、この孤児院にいる子供たちのアイドル的な存在であった。いつも周りに誰かがいて、いつも周りの誰かが笑っている。彼女が話しかければ、泣いているあの子もたちまち笑顔に変わる。誰もから愛される凄い子である。
「よぉぅし!じゃあ……おれもおにかっ!じゃっ!てわけしようぜ!おれ、そとさがしてくるよ!ぜってぇにココネよりもたくさんみつけてやるぜ〜!うぉ〜〜〜!」
「よぉ〜〜〜し!まけないぞ〜!しょうぶだ〜!わ〜〜〜!」
紅鈴もまたそんな子々子を好いていた。それ故に知らなかった──。
「おぉ……?子々子。元気だな……!」
「あっ……せんせぇ……」
孤児院の先生がいつも白衣を着ている理由も。
「今日は……いよいよ実験の日だよ。ご飯の時間が終わったら……地下室に来るんだ。良いね?」
「……はい」
「よし!いい子だ!さぁ!遊んでおいで!」
子々子が、孤児院の何人かが……苦しんでいる事も。
「……?ぎしき……?なんのことだ……?ん?」
──今日。この時までは。
◇ ◆ ◇
それから時間は経ち、ご飯の時間。
紅鈴の席は隅っこ。子々子の隣である。
「なぁ……ぎしきってなんのことだ……?」
「えっ……なんでしってるの……!?」
明るい彼女から笑顔が消える。子供ながらに紅鈴でも分かった。あぁ……これはだめなことをされているのだと。
すぐさま紅鈴の手を取って部屋を後にする子々子。今、この部屋に大人が誰もいない事は奇跡だった。
就寝室の押入れ。皆の布団が閉まってあるその場所に、2人の子供が入った。
「いい?……そのことばはみんなにいっちゃだめだよ?とくに……せんせぃたちには!ぜったいだめ!」
「でも……きょうするんだろ?……ぎしき」
「あっ……き……きいてたの……?」
「……たまたま……うん」
子々子は不思議な気持ちだった。自分の中に押さえていた恐怖が、体に溶ける感覚。恐怖を自覚すると共に、恐怖が遠のく。……そんな感覚があった。
辛い事を話すだけで、苦しい事を伝えるだけで、人はこんなにも恐怖へ立ち向かえるものなのだ。だから喋ってしまった。目の前の少年に。苦しい事を。儀式を受けたくない事を。そして、助けて欲しい事を。彼が垂らした救いの糸を掴んでしまったのだ。
「ぎしきっていうのはね……」
◇ ◆ ◇
「くそやろうぉぉぉぉぉっ!!!!!」
少年が2人きりの空間を飛び出し、駆けて行く。ただひたすらに先生の元へ。
ドガァンッ!!!
力任せに開けられた扉は、壊れかねない悲鳴をあげて、壁にぶつかり、その反動でバタンッ!と閉まる。
「おや?どうしたんだい!?紅鈴……?」
バギィッ!
「ブ……!グフゥ……!」
顔面に放たれる怒りを纏ったパンチ。
椅子から先生は吹き飛んだ。
すぐに周りの先生が紅鈴を囲む。
そんな事など気に留めず、子々子に儀式をする事を伝えた先生をただひたすらに紅鈴は殴った。その小さな手を紅く染めて。
◇ ◆ ◇
「反省したか……?くそ餓鬼ぃ……!」
「だまれっ……!くずっ!」
ドゴンッ!
少年の腹に深々と蹴りが一撃。ガハッ!と血を吐き、牢の床が紅黒く汚れた。
「……反省……したか?」
「おまえがしんだら……はんせいしてやるよぉ……!」
「くそ餓鬼がぁぁぁ!!!」
ズバンッ!
硬い何かが切れる音。いや、何かじゃない。今、見えている者が切られたんだ。……首を。
儀式を子々子に行おうとした先生の首が落ちる。無慈悲に、無感情に、黒い床へドゴンッ!と音を立て、落ちる。
しかしそこにまだ首はあった。血が吹き出して、白衣を紅く染めているその場所にまだ、頭がある。人の顔じゃない。山羊の様な顔がニタリ……とネバネバした笑みを浮かべている。やがて、先生の体が崩れ落ち、その全貌が現れた。
黒のローブ。それと同化するかのように境目のわからない黒い、どこまでも黒い腕。指は見るからに生物を殺す力を持ち合わせていて、唯一、爪が純白なのが妙に気持ち悪い。変わらずニタリ顔の山羊。瞳が金色に鈍く光り、口の中は歯も舌も紅黒くなっている。
これが……!こいつが──!
「ぎしきっていうのはね……かみさまのごはんになること。いけにえっていうんだってさ。きにいられたらとってもすごいちからがもらえるんだって……でもね……でも……」
子々子の体が震える。
押し入れの中、その闇の中で微かな戸の隙間から入ってくる光を反射したものが、ポツンと木製の床に落ちて染み込む。
紅鈴はわけもわからず彼女を抱きしめていた。彼女の冷える心に紅鈴の体温が伝わって行く。入り込むその暖かさと比例して、止めどなく涙が溢れ出す。
「わたし……そんなちからいらない……ただ……みんなと……いっしょにいたいよ……いたいのいやだよ……つらい……こわい……わたし……わたし……しにたくないよぉ……」
バァンッッッ!!!!!
紅い髪の少年が、押入れの戸を乱暴に開けて、飛び出した。
「──かみさま!!!」
「ナンジャァ……?小僧ゥウ……?」
この日紅鈴は空虚の神の欠片をその身に取り込む事になる。




