15話『今話:引金薬』
「ここ最近、貴方は引金薬に関する仕事を多く神成 生命から受けていた様ですね」
「そう……ですね……。寝る暇もないくらいには……。僕は良いんですけど……紅鈴が辛そうで、…。元からある隈が広くなってパンダみたいになってますよ」
いつもは紅鈴の寝転ぶそのソファに身を預け、泡 芥に答える命。新鮮な感覚を味わっていた。
「引金薬は本来作られるはずのなかった代物です。材料が……材料なので……」
「と言うと……?」
「先程お話した通り、空虚の神は貴方の命という不純物を取り込んでしまった事により、石へと変わり果てました。そして、十 命と神成 生命の手により、祠へと再び封印された。それで物語はハッピーエンドを迎えたはずでした。ですが……その世界はそれを許さなかった様です。……祠から石像が持ち運ばれていた。これはつい最近、貴方に引金薬の仕事を任せるようになってから神成様が気付いた異変です」
「あ〜……」とおもたげな声が命から漏れた。分かってしまったからだ。引金薬の正体が。
「つまり……引金薬……使う時に胸に撃ち込まれてるあの弾丸は……」
「「空虚の神の欠片」」
「……と言う訳です。当然の事ですが、紅鈴さんの様に適合できる者は少ない。……ですが、元の化物だった頃よりかは、うんと適合しやすくなっているかと……。まぁ……その中でも適合できなかった者が悪魔の手へ成っているわけですが……」
命は衝撃を受けていた。かつて自分にこの不死身の体を与えたあの神が、長い年月をかけ、今度は人を化物へと変える元凶となった。何度も自分へ手を伸ばしてくるその化物に恐怖さえ覚えた。けれど、この話の先を知らなくてはならない。自分ならば何かできることがあるのかもしれない。その可能性がほんの僅かでもあるのなら……助けるのが便利屋Hand'sであるから。
そもそも、崩れ行くこの國を知って、眺めているだけなど、十 命には無理な話である。
「今の状況はよ〜〜〜く分かりました。ありがとうございます!芥さん。……でも、まだ分からない崩壊信仰はいったい何を考えているのかが分からない!そもそも引金薬を作った目的っていったい……?」
「引金薬は目的が合って作られたものではない。それよりもずっと恐ろしい事を彼女達は考えています。崩壊信仰の司教、結締 紫。彼女は、空虚の神を完全な存在として蘇らせる事を目的としています。……世界を崩壊させる為にっ!ですから黄金色商団守銭奴は貴方をサポートします。世界あってこその商売ですからね」
一拍。
目をつむり。息を吸って。息を吐いて。目を開く。
わずか数秒のその一拍で、芥の顔つきが変わった。命へと真っ直ぐに、力強く伸びる視線。しっかりと見開かれた目が、そこに確かな想いを乗せている事を命へ伝えた。
「……お願いしますっ!便利屋Hand's!十 命さんっ!どうか……!この世界を……!救って頂けませんか……!?」
「はいっ!ご依頼確かに承りました!便利屋Hand's一同、全力でっ!世界を救わせていただきますっ!」
芥の依頼にものの数秒の間すらもなく、命は依頼引き受けの応えを返したのであった。
◇ ◆ ◇
「良く集まってくれた。待っていたよ……三従士♪」
炎が揺らめく暗がりの部屋。所々が割れて欠けた小さな石像の前に闇に溶け込んだ黒のローブを着た女性が立っていた。その背丈、2メートルはあるかという所で、且つ酷い猫背である。その為、おどろおどろしいベタつく存在感がある。空気が重い。
そんな魔女の様な黒ローブの前にあるわずか数段下の踊り場に片膝をついて、顔を下げる者が3名。左から霧夜 、七夕、真昼である。
ここは崩壊信仰の教会。天井はそのほとんどが砕け散り、そこら辺に雑多な大きさの瓦礫として散らばっている。元々そこに輝かしく存在したのであろう何かをかたどられたステンドガラスは男女の歩み寄った足元しかない。ここは教会であるが、果たして建物と言って良いのだろうか?いや、この崩壊した世界で掃除屋本部や神成 生命の再興している美しい都市が以上なのである。それをこの教会はありありと示していた。
髪が、ローブがバタつく風が吹く。それに伴い消え去る雲。そこから現れるものが1つ。夜空に輝く金色の丸。白く光を三従士の前に立つ女性へスポットライトの如く放った。
今宵は満月である。
「それで……絡繰良 紅鈴はどうなった?……霧夜くん?」
「はい。接触する事は出来たのですが……十 命に邪魔をされてしまいました……!大変申し訳ございません。今、三従士軍に追わせています……!」
つらつらと語る霧夜。嘘こそついていないが、誤魔化す言葉を口から出すその男に七夕は溜め息をついた。
「……それで?」
「……?」
「それで、絡繰良 紅鈴は今どこにいるの……?」
「……ここには……おりません」
「そう……。……。……やってしまいなさい」
バギィッッッ!!!
硬い何かが折れる音を響かせて、霧夜は教会の壁に飛ばされる。既に数え切れない程の風穴のある教会に1つまた風穴が増えた。
さて、それでは何が起こったのか?……蹴られたのだ。不意に現れたその人物に。
「がっ……はっ!!!」と口から紅い液体が垂れる。そんな状況であるにも関わらず、ここにいるものはびくともしない。当然の事であるかのように、振る舞っていた。いや振る舞うと言うとおかしいのかもしれない。何故ならそれは彼らにとって当然そのものであるのだから。
「……こ……これは手厳しい……!危うく死んでしまうところでしたよ……!」
霧夜は自身を吹き飛ばしたその者を睨む。黒いスーツに黒い髪。背丈は180と言ったところか。本来持つ穏やかな表情が嘘であるかの如く、目は殺意で見開かれている。
神成 生命で肉体は間違いなかった。ただ、この場にいる誰もが、彼を神成 生命とは認識していない。彼は……いや、彼女は──。
「なに遊んできてんだよ。死んだお前を拾ってやったのが誰か忘れたのか?てめぇの首切り落とすぞ?あぁ……?なぁ……?紫様に迷惑かけてんじゃねぇよっ!霧夜ァァァ!!!!」
「……落ち着きなさい。瑠璃」
「はぁい♡紫様ぁ♡」
──近松 瑠璃。崩壊信仰の司教である結締 紫の右腕にして、死体に干渉する魔の手、【人形愛好家】を持つ少女。その身は今、神成 生命である。当然声も神成 生命である事からセリフとの違和感が激しいが、ここにいる者にとってそんな事は慣れたことだった。彼女の本来の声と姿など覚えている者はいないだろう。
「七夕くん……。君は……手助けしなかったの……?君がいれば絡繰良 紅鈴の回収なんて造作も無い事だと思うんだけど……?」
笑顔だ。にこやかでどこまでも温かな笑顔で、彼女は七夕に問をフレンドリーに投げ掛けた。……何がフレンドリーだ。それを笑顔と呼ぶには余りにも悪意が込められていて、陰気を纏っていて、殺意を帯びている。
彼女の静かなる怒りが言葉に乗っていることなど教会のあちらこちらに巣を張っている蜘蛛や罠にかかった虫たちですら分かった。
「私は確かに霧夜の状況は知っていました。当然……手助けしようとも考えましたが……生憎……絡繰良 紅鈴を連れてこいという命令はあくまでも……霧夜に告げられたものでしたので、余計なことはするまいと考え、助力は致しませんでした」
「……ふ……む。愛想がない奴だな……本当に」
「崩壊信仰を捻じ曲げた奴に愛想を振り撒けと……?」
バァァァァンッッッ!!!!!
七夕に向かって投げつけられた空の四角が投げつけられる。七夕は迫るそれを一目すらも気にかけず、足で蹴り上げ無力化した。
「文句があるならば……どうぞ降格でもクビでもなんなりと……!再三言っていますが……崩壊信仰は……貴方のものではないとご忠告だけお伝えします。それでは、私はこれで……!」
黄金色の髪を揺らして、月が照らす夜へと消えていくのであった。少女がそれを追いかけた。




