13話『命を無くした者と命を喰われた者』
「イロリ隊長っ!」
掃除屋本部。その中央広場にて、立つイロリに掛かる声。
「んぁ〜……?どしたぁ〜?」
声こそ変わらず間延びしているが、その顔付きはまるで違う。そこに親を殺した仇でもいるかのように、ぼうっと何も無い虚空を睨み付けるイロリ。その気迫は鬼と言っても過言では無い様である。
「大変です!町中とクズレの國周辺の領地から悪魔の手化しているかどうかを関わらず、魔の手を持つ者達から襲撃を受けていると報告がっ!!!」
「あぁ〜……。そろそろぉ……切り替えるかぁ……。しっ!分かった!ん……んんっ!!!」
炉屋イロリは掃除屋特務隊の隊長。特務隊の仕事は荒事。言わば怪物掃除である。つまり、掃除屋特務隊の隊長とは、言い換えれば、掃除屋の戦闘面に置いて最も高い指揮権を持っているということである。
こういった騒動を今まで落ち着かせてきたのは掃除屋特務隊であった。だからこそイロリは分かっていた。今回は今までとは余りにも分からないことが多すぎるという点を誰よりも強く感じていた。
だからこそ、胸の中で虫が蠢く感覚がある。ずっと得体のしれない何かに髪を引っ張られている感覚がある。しかし、迷っている暇など無い。分からないならば、分かるまでぶつかってみる。簡単な方法だが、確実であろう。
すぅ〜……と息を込めて目を見開くイロリ。
次の瞬間、掃除屋本部に雷轟が響いた。
「……聞けぇ!!!!!」
耳が壊れそうな程の雄叫び。
何度も反響して、高く深淵の夜空へ飛び上がっていくその声は、掃除屋本部にいる者の誰もに聞こえていた。
「現状動ける戦闘能力のあるものは5人一組にして、悪魔の手の対処に当たれぇっ!魔の手の状態で暴れてるやつは幹部格以上で相手をしろぉっ!正し幹部格は2人一組で行動しろぉっ!医療隊っ!戦闘能力の無い常務隊っ!お前達は本部に残り運ばれてきた負傷者の対処に専念しろっ!!!良いかぁ!?第1目標は国民の救助っ!第二目標として崩壊信仰の馬鹿の無力化だっ!かかれぇぇぇぇぇ!!!!!」
直ぐ様、与えられた命令に従う掃除屋の面々、ドタバタとうるさくなった掃除屋本部。それを見守るイロリの前に一人の男が舞い降りてきた。
「やぁっ!イロリっ!ハキハキしてて聞き取りやすいいい声だね。120点だよ」
イロリが声の方を睨む。ニコニコとした表情で白い四角の浮いた物体に腰をかける神成 生命がそこに居た。白い四角の中には一人、倒れて気を失ってしまっている人物が居る。病院服の青年。輝士 剣だ。
状況自体は良く分かる。輝士 剣の捕縛と十 命の殺害の為に掃除屋本部へ来たのだろう。そんな事は炉屋 イロリには十二分に分かっていたことだ。分からないことは……。
「これはどういう事だぁ……?崩壊信仰から聞いたぞ……。クズレの國の崩壊は神成の命令だと聞いたぞ?あんた……何を企んでる?何を思い描いてる?何で今日1日でここまで日常が壊れる?……。何故……何故?掃除屋特務隊を使わない?崩壊信仰を利用する?……確かに掃除屋特務隊は前々からお前から告げられた殺しの命令を背く事は多々あった。だがっ!」
「……ふぅ……ん」
「だがっ!お前はここまでのゲスじゃねぇだろぉ……!!!話せっ!神成 生命っ!お前をそこまで何が変えた?今日……!お前に何がっ!?何があったぁ……!!!!!」
神成は自身の掌の中に作り出した小さな白の四角形をクルクルと回して話を進める。
「簡単な事だよ……。君もそろそろ気付いているんだろう……?分かっているはずだ……!理解しているはずだ……!ただ……お前はそれを否定したいそれだけなんだろう?……お前が……そして、お前の仲間が背負った罪を否定したい。人殺しという……最低な罪を……なぁ!?違うかぁ!?イロリィィィ……!!!お前は知ってるだろ?私がとっくに……死んでいるなんてこと……を……。……。……。なぁっっっ?」
炉屋 イロリの視界が暗転する。何もかもを世界から切り離される。何も見えない。感じない。分からない。分かりたくない。心が急激に止まっていく。魂が急激に冷めていく。そして、そうして、炉屋 イロリは眠りについてしまったのだった。最悪の。最悪の眠りに。
◇ ◆ ◇
「着きましたよ。こちらが……飲食店・曙。……私が、引金薬を流して貰っていた場所です……!」
「……えっ!?」
唐突なカミングアウト。命の頭は真っ白である。まぁ……元々髪の色は、白であるが。
「その理由も中でお話し致します……」
十 命を地面へ降ろし、テキパキとした一挙手一投足の美しい振る舞いで扉を開ける。「さぁ……中へ……!」と流されて入れられる命は驚嘆する。その内装に。そっくりなのだ。見紛うことなど無い。間違えるはずがない。世界の一変、命がよく知るその場所を模写したかのような内装──疲れた紅髪が良く寝ている半ばベッドへと化したソファ。部屋の隅にある机上には、やや形こそ違えど、ほぼ同じ様に扱える事が直感的に分かるタイプライター。側にあるポールハンガーには、今自分の着ているズタボロの布切れよりもずっと綺麗な状態で保管されている黒い甚平。台所にある皿や調味料は確かにどこでも買えるものではあるが、いつも使っているものと遜色なく瓜二つな代物──まさに、ここはもう一つの便利屋Hand's事務所であった。
「……あ……ぁぁ……これ……は?」
唖然当然。普段自分のよく知るその場所がそのまま写されている。扉を抜けると途端に現れた愛事務所。瞬間移動した気分である。もちろん、同じ空間である事にも驚いたが、命が唖然とする理由はそこでは無かった。
完全完璧に同じなら同じ空間ならば、そう言う魔の手を持つ者がいる。で片付けられる。しかし、違う所が多々ある。新品の紙は揃えられているが、いつも使うファイルを置く棚は空っぽ。ソファは紅鈴がよく寝る為、その重みでついてしまったクセや曲がりは一切無い新品である。
……となれば、答えは1つ。
この部屋は人の手で人為的に便利屋Hand'sを模倣して作られた実務的な作品である。
「お気に召して頂けたようで良かった。こちらは黄金色商団守銭奴が独自に作らせていただいた。便利屋Hand's、その第二事務所です。……正しくは……便利屋Hand'sのお二人の隠れ家……でしょうか?」
「隠れ家……」
確かにこれなら生活や仕事にはほとんど支障なく生活できるが、隠れ家という言葉が十 命の脳裏にやけに強く意識される。
その言葉はまるで自分が狙われているかのような言葉である。そして、そんなものをわざわざ、なぜ?黄金色商団守銭奴が作ったのか?
命の口から問いの言葉が出るより早く、泡 芥は続けた。
「これは黄金色商団守銭奴からの前受金だと思って下さい。命さん。貴方は……いえ、便利屋Hand'sは今、狙われています。貴方がたの得意な力を……この國にっ!」
空の事務所に無慈悲な言葉が鳴った。




