12話『傀儡傀儡』
「起きましたか?十 命」
「ん……んぁ……?」
目を覚ます命。
リズミカルに一定に揺れる体。まだ力は入り切らないが、視界が次第にクリアになる。崩壊した街道。倒れた街灯。凸凹なガードレール。錆び付いた自動車。
(ここは……クズレの國、市街地のどこかだ。そして……僕は今……おぶられているのか……。十手は……あ……腰に差してある……やってくれたのか……)
「勝手で申し訳ありませんが、連れ出させていただきました。今、貴方に居なくなられたら困るので」
仮にも人並みには身長があって、筋肉のついた男をおぶっていると言うのに、息が安定している。まるで歩いているかのように走っている。
「……結構……肉体派なんだ……ね……芥さん。もう……自分で歩けるけど……」
「大丈夫ですので、おぶられていてください。貴方を飲食店・曙へと連れて行きます。細かい事は後ほどお話致しますので……!」
「あ……あぁ……分かった……じゃぁ……その……お願いします……」
若干の恥ずかしさを感じながらに、命は一定の揺れに身を預けるのだった。
◇ ◆ ◇
「……つ……えぇ……!」
絡繰良 紅鈴はその身を紅く染めていた。傀儡傀儡によってではない。出血である。体中のいたる場所から垂れる鮮血が廊下にぽつ……ぽつ……と続いていた。
「はぁ……。いい加減……倒れていただけませんか?紅鈴さん……?私も暇では……ないんですよ……」
(やべぇ……。やべぇぞ!何が起きてるのかさえ分からねぇ……!なんだこれ……。視界が急に暗転したり……急に痛みがすると思ったら……メスが刺さってやがるっ!何だ……?何が起きてるっ!?)
「……抵抗しても無駄なんですよ。結局は……皆、今日この日を持って、クズレの國の人間は死ぬことになるんです。……さしずめ、崩壊信仰による崩壊進行と言った所でしょうか?貴方のしていることは愚行です。自己の正義や常識的正義は、こんな廃れた世界では意味をなさない事ぐらい分かるでしょう?……それとも本当に殺しましょうか?十 命の奴隷さん?」
「ぁ゙?」
体に刺さったメスをそのままに、悲鳴を上げる体を構える。何者なのか?目的は何か?など関係ない。邪悪から誰かを護るのもまた、便利屋Hand'sであるのだから。
一息を吸って、吐いた2〜3秒。
精神を落ち着かせる。霊気を紅い糸の巻かれた手に込める。紅い糸がじんわりと暗がりの廊下を赤く光を放ち、照らす。床を。壁を。窓を。廊下を。その先にいる無表情な白衣の男を。
呼吸を正した紅い瞳は紅い糸よりも何十倍か重い光を内に込め、白衣・喜助を睨み付けた。
「もういい。その口開くな。死に顔が滑稽になるぞ?」
(……?雰囲気が変わった……!?)
「折角なんか知ってそうだったし……ぶっ倒して情報の1つや2つ手土産にしてやろうかと思っていたが……。悪いな、命、無理だわ。『傀儡傀儡』……」
その名を再び呼ばれた魔の手は小さな糸同士を束ね、捻り、いくつかの真紅の太い糸を練り上げた。
紅よりも紅く。
糸よりも硬く。
そして、焔よりも熱い。
「知った様な事言いやがって……!分かってねぇみてぇだから……教えといてやるよぉ……!俺が奴隷?はっ……!ふっっっざけんじゃねぇぇぇ……!!!俺はっ!十 命のっっ!!!部下だっっっ!!!!!」
廊下の向こうに立つ喜助ヘ手を伸ばす。彼の体を捕らえるように開かれたまま手を伸ばす。その周りに無数の真紅の糸が展開している。
ぐるぐると周り、ながらも一直線に、ただひたすらに喜助へ飛んでいく。狭い廊下だ。当然逃げ道もない。その状態で伸びる幾本かの真紅の糸。どうしようもないだろう。……常人なら。
喜助は白衣の内側にあるメスを迫る糸へ投げていく。カンッ!カンッ!と1つ、また1つと糸ごと壁、床に刺さるメス。だが、全てを捕らえられたわけではない。計4本。自身へとまだ殺意を伸ばすその糸を前に汗が垂れる……が、問題はなかった。
糸が伸びてくる速度に差がある。喜助へ迫る間隔にばらつきがあったのだ。ならば、1本ずつ対処するだけだ……!と喜助がメスを持って糸へと突き出した。
されど糸にメスが当たることは無かった。
糸が流動した訳では無い。急激に軌道を変化した訳では無い。つまり、避けた訳では無い。
すり抜けたのだ。そこに確かな殺意と共に存在感を放つ糸が存在しない。そう思う他ない現象だった。
「な……ぁ……!?」
それだけではない。あろう事か、すり抜けた糸は自身の中に入り込んで来る。物理的にではない。霊気的にだ。電気の様なビリビリとしたソレが喜助の中に流れ込む。自分の中に別のものがねじ込まれる感覚。不快感と嫌悪感。
拒絶しようと手を引くも遅い。既に他の四肢にも糸が入り込んでいた。
「傀儡傀儡が糸を操るだけの魔の手だとでも思ってたのかぁ……?なぁ……?おかしいと思わなかったか?違和感を感じなかったか?傀儡や傀儡はぁ……操られた人形を指す……言葉だぜぇ……?はぁぁぁ……!!!」
構えた手を床に向かって振りかざす紅鈴。それに連なり事が起きる。喜助の体が、刹那の間に宙をふわりと浮遊する。直後、その身に強くベクトルが掛かる。床方向への強力なエネルギーが働いた。
紅鈴がその手を地面へ振りかざす速度と遜色ない速度で床に叩きつけられる喜助。
ぽた……ぽた……と鼻血を垂らして顔を上げれば、見えるのは天井へと腕を振り上げた紅鈴。ここまで語れば、言うまでも無いだろう。連なり天井へと打ち上げられる物体が1つ。……喜助である。
背中から勢い良く天井に打つかる。ボンッ!という鈍い音と共にバキィッ!と悲鳴を上げる喜助の体。重力に従い、落ちてきたそれを窓方向へと紅鈴は蹴り飛ばした。
パリィィィンッ!
ガラスの割れた音。紅鈴が操る真紅の糸、その鈍い輝きがガラス片の1つ1つを輝かせる。まるで夜空に浮かぶ紅い星たちの様な光景である。
「ぬぅ……!うぉぉぉぉぉっ!!!」
それでも喜助はまだ動いた。その凄まじい精神力で、己の身を動かしたのだ。そんな彼が起こした行動は変わらない。メスの投擲である。ダーツの如く放たれたメス。狙いの的にあったのは……紅鈴の心臓が秘められた胸元である。
スッ……チャッッッ!
余程良い切れ味なのだろう。ほとんど音を鳴らさないで、体の中へ入り込む。されど、刺された本人は違った。体の中から響く胸にメスを刺された音が、脳に、心臓に、魂に、命の危機を知らせる。じんわりと、胸から体の中と外へ溢れていく温もりを感じながらに、紅鈴は力を振り絞った。
「う……らぁ……あぁっっっ!!!『穿紅花火』ィッ!!!!!」
美しく紅の一本背負い。窓から外へ放り出された喜助は再び廊下へと戻されると、その勢いを殺すこと無く天井に身を擦られながら、掃除屋本部医療棟のVIP室の扉へと叩きつけられる。
扉は凹むどころでは済まなかった。室内方向へと飛んでいき、砂埃を巻き起こし、轟音を響かせる。喜助をその凹みの内側に拘束して、VIP室の壁にヒビを大きく入れて、転がった。
「ひっ……!?ひぅぅぅぅ!!!!!」
ドンッ!
ベッドが大きく揺れる。……と共に「い……痛い……です……」と小さく声が漏れた。
そして、驚いた少女がベッドの下から顔を出す。人看 子々子である。キョロり……キョロり……と辺りを見渡す彼女は、目を見開く事となった。今先ほど自分を殺そうとしていた喜助の現状などを見てではない。……紅鈴に、紅鈴の心臓に刺さったメスがあったからである。
「あ〜……その……看護師さん。ごめん……タオル……返せそうに……な……い……わ」
バタンッ!
VIP室の入口から壁に体重を預け、身を壁に引きずりながら入ってきた紅鈴が、ついぞ体の力を失い倒れる。無理もない十数箇所のメスの刺し傷そしてそれによる出血、霊気の過剰消費による心と魂への強い負荷、そして何より心臓から今尚、生命を奪いつつある最悪の刺さり方をした1本のメスという致命傷。
死んでもおかしくは無かった。
「く……紅鈴さんっ!?」
駆け寄る子々子。直ぐ様、仰向けで倒れた紅鈴の胸に耳を当てる。不規則な鼓動。それも徐々に、微かながらも明確に小さくなっていく鼓動。
「ひぁ……だ……だれ……か……!」
それでは間に合わない。そんな事は子々子自身が強く理解している。その場から逃げ出そうと……誰かに助力を求めようとした体へ問い掛ける。
「見殺しにする気なのか?」自分自身が自分自身へと投げかけた問。答えは元より決まっている。それ以外にあるはずがなかった。
「助け……なきゃっ!!!」
優しい淡いピンクの霊気。片手で心臓へ霊気を無理矢理にでも流し込みながら、メス1つ1つ抜いていく。そして抜く度にその傷だらけの肌についたメスの切り傷を撫でていく。じんわりと桃色が傷を覆えば、少しずつ……ほんの少しずつだが傷口が治っていくのだった。




