11話『刺客と死角と四角の資格』
既に幾度と放たれた空気の矢。その全てを命は受けながらも、確実に、明確に、弓の元へと近付いていた。
「お前達の目的は……なんだっ!?」
目と目の間に皺を作り、睨む命へ見つめ返す。その不死身は決して倒れず、決して歩みを止めることはない。霊気を持たない……それは決して弱さの証拠にはならない事を弓は思い知った。
「くっ……!空気矢っ!!!」
ドパァンッッッ!
一層強く放たれた矢。しかし、何の変化もないただ対象の元へ真っ直ぐに飛ぶ矢だ。必死の思いで放った矢は──。
「ふ…ぁぁぁあああああ!!!」
ガァンンン!!!
──ついぞ十手で落とされた。
「答える気は……ない……か……!分かったよ……!たお「ふっ……」……何笑って──」
「一撃必殺ォォォォォオオオッ!」
直後、命の服が揺れる。白い髪がはばたく。傷一つ無い肌にピリリとしびれが走る。
殺意だ。圧倒的な殺意。ありありとなんてものでは、ない。殺すという意志を投げつける狂気的な闘志を宿した殺意が、自身の背後に存在する。
命が振り向く。
「──ぐぶぅぅぅっっっ!?」
命の顔が歪む。殺意に驚いた訳じゃない。状況に絶望したわけじゃない。その様に反抗心を持ったからじゃない。……そんな事を自覚する時間は無かった。
では、何故命の顔が歪んだのか?
答えはいとも簡単で、分かりやすい。
拳の拳が命顔を殴ったからである。
「へっ……!死なネェからなんだよ……!ぶっ殺してやんヨォォォ!!!ばぁ〜〜〜〜かっっっ!!!」
「品がないですよ……まったく……」
拳の魔の手である一撃必殺とは、言わばその身に宿す霊気……エネルギーを全て拳に纏い、相手にぶつける力である。つまり、ビルの上から落とした花瓶が落下によりエネルギーを増し地面に打つかる時と同様、その拳持てるエネルギーが最大出力で放たれる。
その仕様上一撃を放つ度に霊気の回復と魔の手の再発動が必要であるという点を除けば、爆発じみた一撃を好き勝手に引き起こす凶悪な魔の手であった。
喰らった相手は木っ端微塵になる威力の一撃は、バァァァンンン!!という派手な爆発音と砂埃を巻き起こした。……命の顔面を跡形も無く消し去って。
「おぉ〜〜〜……。ドンパチやってる音がするからわざわざ出てきてみたがぁ〜……こりゃぁ酷いなぁ?大丈夫かぁ〜……?命ぉ〜?……って聞こえてねぇか……」
和服に寄せられた構造の黒の作業着が宙をはばたき、気だるげな金髪の男は中央広場へ舞い降りた。腰に差した漆黒の鞘は暗くなりつつある空と溶け、その手に握られた……これもまた黒い刀はその刀身を殺意とともに闇に隠す。
「……目的と人数、所属を言え」
「アァ……!?んなも──」
タンッ!
地面を蹴った音だ。四方を掃除屋本部に囲まれた中央広場はその音を何度も反響させる。音が夜空へ消えて、静寂が訪れるまでのその玉響で、夜空に紅く飛沫が舞った。
「……っ!?拳っっっ!!!」
拳は左肩から、右の腰にかけて切り裂かれた。熱を持った血が、ただ流れる。命の様に直ることなどない。自身の内から、ただ血が溢れ出た。止まらない。止めれない。
「……ぐっ……ぁ……!」
バタン……。と倒れた相方を見て、ハッとした弓が空気の矢をつがえるが、それも意味をなさなかった。
首元に当たる冷たい金属。それが、刃物だと気付くまでに弓はしばらくかかった。あまりに重かった。あまりにも冷たかった。そのくせ、それはあまりにも圧を発さなかったからである。
矢を放つ事もできず、動きを止められた弓は空気の矢を、単なる空気へと溶かして、両手を顔の横に移動させる。敗北宣言であった。
「……。我々はご存知の通り……崩壊信仰。人数はここには2人ですが……今、クズレの國全域を襲撃しています。ここにも直ぐに新手が来るはずだ。……理性が残っているかは知らないが……な?」
「目的は……?」
「どの目的を知りたいのかは知らないですが……まぁ……全て教えましょう。その首元に押し当てている刀を……鞘へ戻したら……ですが……」
睨み合う2人。
折れたのはイロリであった。
片手で素早く刀を払って血を飛ばす。飛沫は三日月状に飛んで、地面を濡らした。和服の作業着の肘で刀身を拭いて、視線は弓のまま、正確に刀を鞘へと戻した。
「早く言え……!」
イロリが目の鋭さを増したことなど気に求めず、両手を下ろし、肩の力を抜いた弓は言葉を続けた。
「ふぅ……。……目的は3つ。1つ、絡繰良 紅鈴の捕獲。これは、我等が崩壊信仰の司教様の命です。2つ、クズレの國の崩壊。これは、貴方がたのリーダー、神成 生命からの命です。そして3つ、十 命との接触。これは……今貴様が殺した!拳の願いだぁぁぁぁぁ!!!百発百中っっっ!!!」
神速の一撃。
一切の予備動作を見せなかった弓が、途端に引き絞り、ものの5秒で放った不可避の透明な矢。
……を切った漆黒の刃は、続け様に、弓の腹を貫いた。
「……どの道殺すつもりだったんだろ?」
「お前がやらなきゃやらねぇ〜よ……」
2人を斬り伏せたイロリが辺りを見る。幾人もの倒れた人々、それは主に掃除屋の面々だ。イロリが手を肘だけ動かし挙げると、物陰からすぐに掃除屋医療隊が駆けつけ、倒れた仲間を運んでいった。
崩壊信仰の2人も同様に連れて行かれる。イロリが、直接指示を回したのだ。聞かなくてはいけないことがまだある。あまりにも情報が足りていない。先のことを考え、また溜め息を吐いたイロリが違和感を覚えた。
壊された掃除屋本部。倒された仲間たち。倒した敵2人。1つ足りないこの状況に欠けているものがある。
「……命は……?」
復活したであろう古くからの知人を見ていない。確かに先程までいたはずだ。消し炭になった程度ではどうにもならない。本人にすら制御できない本当の意味での不治の病はとうに彼を美しい体の状態で治しているはずだ。それなのにいない。
だとするなら答えは2通りだろう。復活した命が自らの意思で何処かへ行ったか。復活する前の体を誰かに持ち出され、誘拐された。その2つに1つでなければおかしい。
おかしいという点ではもう一つある。神成 生命の命令だ。それが本当だとするのなら……と思考で顔がうつむくイロリ。
辺りの騒々しさよりも騒々しい胸騒ぎの音を落ち着かせるイロリを月光がじんわりと照らした。
◇ ◆ ◇
「……大丈夫……ですか?」
酷く体を震わせる少女。少しでも触れたなら、くずれてしまいそうなその少女。声かけるか迷ったが、そんな彼女をこれ以上見ていられ無かった。
だから剣は声をかけた。
「ひゃぁ!?……え……えぇ……と…そ……そそ…その……!」
当然怖いだろう。理性が無かったとはいえ、街で暴れていた奴なんだから……。などと考える剣は、申し訳がない気持ちを奥歯で噛んで、明るい声をふわりと投げ渡した。
「大丈夫っ!大丈夫ですから!落ち着いて……!あの……ほら……もし良かったらベッドの下に隠れててください。多分ここが一番安全だと思うんで……!」
「す……すいません……本当は私が護らないと……ですのに……」
申し訳ないです……と眉を下ろした子々子にどうぞどうぞ……!とベッドの下へ誘う剣。よいしょよいしょ……とベッドの下に隠れる子々子を尻目に輝士 剣を思考する。
そうだ。俺は元々、多くの人を助けようと崩壊信仰に入った。戦えない者を、生きていけない者を支える為に、崩壊信仰へ入ったんだ。決して、人を殺す為ではない。ましてや、引金薬の実験台になる為に入ったわけではない。誰かを護る剣に……成りたかったんだ。
ガタンッ!
窓が強く開かれる。
「おいおい……5階……それも窓だぞ……?ちゃんと扉から入ってきて貰えないか……?プライベートもクソもねぇじゃねぇか……」
「おや……これは失礼した。生憎、私も急いでいてね……。どうも……はじめまして!私の名前は神成 生命……突然だが……君を捕縛させてもらう!」
「……【一刀両断】っ!」
緊張する体、貫かれた2箇所から吹き出る血が、包帯を染め上げ、患者服に赤黒い染みを着けた。それでも、ベッドから飛び出た剣の片手には黒い刀身だけがある。そう、刃だ。黒い刃を素手で剣は握っていた。
ただ、刃と言うにはあまりにも太く、歪である。……自然生成された鉱物。と言うのが最も正しい表現だろう。酸化によりその全身を染め上げられた鉛色。刃の様に鋭く、且つ重さを纏った鈍い輝き。多角形状のその刃物は──刀の風格を醸し出している──輝安鉱である。
(ん……?なんだ……この力……!?これは……輝安鉱……?いや……だが……そんな力俺は……。……。……。考えてる暇はないな。下にはあの子がいる。……守る力には変わりないなら……やれるっ!斬れる……!違うか……?俺……!!!)
「……ふぅ。肩慣らしには丁度いいかな……?」
そう言う神成の右手には黒いL字の物体が握られていた。銃ではない。銃型の注射器。霊気に干渉し、人の魂を無理矢理叩き起こす薬物。……引金薬である。
「……君たち崩壊信仰には感謝しないとね。安心安全且つ……神の霊気を取り込むなど……実験無しでは不可能な事だからね……さっ!前置きは終わりだよ……!来いっ!空虚の神ァァァッ!!!」
バァンッ!
部屋に紅が飛び散る。
カーテンが。
天井が。
ベッドが。
紅く、染まる。
「【死角無き包囲網】ッ!」
白い箱が空中に浮いた。半透明で、美しく輝く、神々しさを持つが、それ以上に不気味さを放つ白い四角形が、神成の掌の上で、クルクルと回っている。
「……なるほど。これは不思議な感覚だね。自然と力の使いが分かる。出来る事が分かる。まるで……ずっと前からこの力を持っていたみたいに……ね?」
「俺の仲間を……!実験に使ったのは……!お前の覚醒の為なのか……!?……。……っ!……俺の仲間はそんな事の為にっ!!!うぁぁぁぁぁぁあああっ!!!!!」
飛び掛かる剣。輝安鉱が軽くカーテンが紙の如く切れる。それだけじゃない、飛ぶ際に壁、床、天井、切れない物が無いかの如く触れる者を全て切り裂いた。
輝安鉱は、ただ一つ、剣の手だけを切ること無く、遂に神成の首を斬り──迫る刃。歩みだした際に床を切った。刃を上げる際に壁を切った。刃が上がった際に天井を切った。その刃が迫る。……が、止まった──落とす事など無く、白の四角形に止められた。
「ふふ……展開っ!」
刃を止めた四角形が膨張する。大きくなる。面積を増す。人ひとりを包み込める程の大きさになったそれは十字の形で展開される。四角形を展開図にした時のそれだ。
「……っ!?や……べぇ……!」
「組立っ!」
ハエトリグサ。エモノを待ち、喰らうその植物と同じだ。展開された白は、刹那でその形状を四角形へと組み立てる。その中に輝士 剣を封じ込めて……。
「──っ!!!──!!!」
自身を閉じ込める四角形を切りつける。しかし、VIP室の壁や床のようにはいかない。切れない。傷の1つすらつかない。見るからに大声を上げているが、完全に上下、左右、前後を覆われた剣の声は一切外へと漏れることは無かった。
「さてと……命はどこへ行ったかな……?」
タンッ!
ひと蹴り。強く床を蹴って、窓から飛び出す神成。ものの5分もしない内に、病室は空へと様変わりした。
(……!か……神成様っ!?ど……うして……?剣さん……大丈夫なの……?音がしない!こわい……!!!助けたいけど……守りたいけど……動けないっ!!!)
ただ1人、人看 子々子を除いて。




