第七話
寝過ごしちまったよ。
「いやー、キメラか。今までのてんこ盛りはちょっとずるくないですかね?」
顔は、犬と猫と鼠。胴体の足は恐らく犬猫の物だな。翼が生えていて、尻尾が毒蛇。フルコースじゃねえか。
『ファアアアアアアアッ!!』
「ぬぅ……。近寄れねえなぁ。いや別に近寄らなくてもいいんだけど。とりあえず、【災厄伝播】【ピンポイントアタック】」
パァァンッ! と弾丸を撃ち出す。しかし、それは生み出された氷塊にて相殺された。弾丸並みの威力を持つ氷とか。恐ろしすぎるだろ。
だが、正面からのやつは対応されてしまうというのが分かった。ならば、側面に回り込―――。
ブウンッ! 『キシャァッ!』
「あっ、尻尾の毒蛇って自分で動けるのかよ! じゃあ死角ねえじゃねえか!」
いけるかなーと思いながら、毒蛇に向かって銃口を向ける。しかし、そいつは毒を吐いて視界を潰してきやがった。これ自体にダメージは無いが、視界が紫一色だ。余計なことを。
「じゃあ、圧倒的な速度で殺す!」
残っていたステータスポイントと、この洞窟でレベルアップし、得たステータスポイント。これらすべてをAGIに振る。これで、俺のAGIは50を超えた。
ギュン! と急加速し、キメラの視界から消える。そして、背後から毒蛇の眼を射抜いた。
『キュアアアアアッ!! ヌンムアアアアアアッ!!!』
「せめて聞き取れるように叫んでくれればいいのに、なっ!」
暴れた尻尾の薙ぎ払いを軽く回避し、逆に蹴りを叩き込む。あっ、俺のSTR10だから弱いじゃん。
グルン! と体の向きを変えたキメラの眼は、しっかりと俺を捉えていた。もうちょっと待ってね。うん。ほんとにちょっと待っ―――
『『キュワアッ!!』』
「ッ! 炎と氷の弾幕カーニバルっ! 俺じゃなきゃ躱せないねっ!」
さすがにAGI50の素早さで回避できないわけがなく、炎の雨と、氷の弾丸を躱し続けた。そして、それらが尽きたことを確認すると、キメラへ駆け出す。ある程度の距離まで近づかないと威力が減衰する。これは、昨日の対狼戦で学んだことだ。現実とはやはり勝手が違う。
「喰らえ」
パァァンッ! と、二発の弾丸がキメラを襲う。今回は両方ともクリーンヒットした。しかし、HPバーの変動は小さい。火力不足か。やはり2倍されていようと、ハンドガンのDPSは低いな。
って、うん?
「いや、弾がねえ!? うっそぉ!? 今!? ここでぇっ!?」
目の前にラスボスがいるというのに、なんと弾切れ。インベントリを見ても、箱どころかマガジン一つ入っていない。初期用ハンドガンの弾もない。つまり……。
「ナイフ一本で戦えって!? 頭おかしいんじゃねえの!?」
そう言いながらも、【狩人の血鷲】をしまい、【初期用ナイフ】を装備する。無いよりはマシだし。
というか、俺は楽しく銃を撃つためにこのゲームを始めたはずだ。だというのに、なぜこんな戦闘をしているんだ?
自問自答を繰り返す俺をよそに、キメラはなおも暴れる。
『キュラアアアアッ!!』
「……なるほどな。俺の性格上、仕方ないか」
確かに、銃を撃ちたいから始めた。しかし、今は銃が使えなくなった。だがそれでも、こんな異形のボスと戦う理由。それは、単純だった。
―――気に喰わねえ。
負けるということが、途中で諦めて終わるということが、とても気に喰わない。それだけだ。
『キシエェェェッ!!』
「……お前ちょっと笑ってないか?」
そう言いながらも駆けだす。ナイフだから超接近しないといけないのマジ面倒。
タタタタタタッ!! と駆けていると、ピロンッ! とスキルの獲得音が聞こえた。今何を手に入れたんだよ!?
『暗殺者専用スキル:【消音】を獲得しました』
……なるほど。効果を流し読むに、走っている時の足音を無くすパッシブスキルのようだ。便利そうだな。暗殺者専用と言っているくらいだ。他のクラスだと手に入らないんだろうな。
実際、走っていても自身の足音が聞こえない。先ほどはあったタタタタタタッ! という音が無くなっている。確かに、暗殺向きだな。
そのまま駆けていると、猫の頭が俺を見失っている様子だった。
「っと、なるほど。猫の頭は、音で俺の位置を把握してるのか。とすると、犬は匂いか?」
ギュンッ! と加速し、キメラの体の下へ潜る。そして、持っているナイフで腹を斬りつけた。元のSTR200に重ねて、【災厄伝播】の二倍効果。これによって、400という驚異的なSTRを生み出す。そして、何度も斬りつけることにより、とてつもない勢いでHPバーが減っていく。それにキレたキメラが尻尾を振って来るが、軽く飛び上がって回避し、逆に尻尾に乗ってやった。
「逆に斬りやすくていいじゃねえか。じゃ、このまま決めさせてもらうぞ!」
右手に持つナイフで何度も尻尾を切り裂き、高ダメージを与える。残り一割ほど。いいダメージの入りだ。
「っと、尻尾振り回すな! 俺STR低い―――あ」
振り回される尻尾に捕まり切れず、吹き飛ばされてしまう。壁に激突したら死ぬのでは?
「テメェこの野郎! マジで死ね!」
激突する寸前空中で態勢を整え、壁に足を向ける。“着地”という形になったので、ダメージも軽減されるだろう。そう、考えていた。
『暗殺者専用スキル:【静着】を獲得しました』
「……あ? なんかいい感じのをゲットしてる」
簡単に言えば、どのような速度で壁にぶつかろうと、地面に叩きつけられようと、脚からであればダメージが0になるというものだ。着地の極みかな?
嬉しい誤算でダメージが0になったので、そのまま壁を蹴り、キメラに向かう。FFOは慣性のダメージ計算も入ると聞いた。超速度で迫ったら、そこそこのダメージが入る、はず。
「これでっ、終わりだァ!!」
『キシェアアアアッ……』
ザシュッ! という音と共に巨大なキメラが光となって消える。今は疲れすぎて何も考えられない。
「あぁ、疲れた。本来こうやって倒すもんじゃねえし、仕方ないか」
通常、マシンガンやショットガン、アサルトライフル等で殲滅すべきなのだろうが、あいにくと使用武器はハンドガンな上、途中で弾薬切れ。通常ありえない、ナイフ一本での戦闘となった。【災厄伝播】とかいう意味の分からんチートスキルのおかげで早期決着となったが、まあ、普通は負けてるな。多分。それとも、俺が下手なだけで他のプレイヤーは高威力のナイフで戦ったりしてるのか? まさかな……。
それから五分ほど寝転んでいたが、そろそろ動かねえとな、と思い、体を起こす。すると目の前には、金と黒の装飾が施された宝箱が一つ置かれていた。横三メートル、縦一メートルほどだろうか。結構大きめだ。そして何より、荘厳だが、禍々しさを感じる。
「はー、なんとなくいいもんが入ってくれてればいいんだが……。オープンッ!」
ゆっくりと蓋を持ち上げ、中を確認する。
「おっ、おおっ、おおおおおおおおっっ!!!!」
つい、この世界に初ログインした時よりも叫んでしまった。よかった。周りに誰もいなくて。興奮は止められないからな。
まず目に入ったのは、檳榔子黒色のロングコート。少し青みがかった黒は、やはり美しい。
そして、その内側に着るんだろうな、と言わんばかりの長袖。これも、黒を基調として作られているが、ところどころ黄金に彩られている。
ダークグレーのズボンは、いかにも軍隊が履きそうなズボン。ここだけリアリティが高い。これらは、三つで一つのようだ。
長ブーツは黒茶(?)に近く、走りやすいのかは分からん。こんなやつ履いたことないし。でもかっこいいから好き。
そして、極めつけは横の武器二つ。ハンドガンとナイフ。これはあかんて。
ハンドガンはデザートイーグルをベースとして作ってあるのか、フォルムは似ている。しかし、模様が少し違い、イケメンになっている。
ナイフも、初期用の、のぺっとしたものではなく、課金してようやく得られるようなカッコいいタイプに変わっていた。
「やばい。マジ、最っ高!! 一日三十時間楽しめるって! かっけぇぇぇ~~!!」
興奮していても、意外と冷静な部分はあるもので、しっかりと各装備の説明を読んでいく。
【ユニークシリーズ】
ある特定のダンジョンで、特定の条件をみたし、初挑戦かつソロの攻略者にのみ贈られる唯一無二の装備。譲渡不可。
【魔王シリーズ】
『闇沌ノ纏』
【STR +5】【DEF +5】【AGI +5】
【破壊進化】
スキルスロット【魔王降臨 ※使用不可】【不絶の混沌】
『森羅ノ糾刻』
【STR +5】【DEF +5】【AGI +5】
【破壊進化】
スキルスロット【王権】【空欄】
『黒龍』
【STR 30】
【銃撃進化】
スキルスロット【空欄】【空欄】
『終ノ刃』
【STR 200】
【破壊不可】
スキルスロット【極刑】
あ、これやばいやつだ。
そんなことを思っていると、魔法陣の光に呑まれ、俺は街へと転送されていった。
Lvが10にも満たないカナデが攻略できたのは、難易度変異の法則があるからです。
プレイヤーのレベルが高いほど、パーティーの人数が増えるほど敵は強くなります。保有武器も含め。
そのため、ソロかつハンドガンで攻略したカナデの時のキメラは設定上最弱です。Lv30程でも苦戦するはずですが。
それと、この装備を取った時点でFFOの世界のインフレが進みます。