エピローグ
エピローグではないかも。これをエピローグにする予定もなかったし。
とある大企業・社長室
コンコンコン
「誰だ」
「私です。知佳です」
「入れ」
「失礼します」
あまり音をたてぬように、父の仕事の邪魔にならぬように静かに社長室に入る少女。まだ幼いが、しっかりした眼差しだ。
「で、どうだ。あいつの様子は」
「またゲームに潜っています……。一応今日の分の課題は終わらせたようですが、すぐにゲームを始めて部屋に鍵を掛けたようです」
「そうか……。いや、それはいい。お前の方はどうだ。学校、楽しんでるか?」
「はい。いつも通りですが、皆と仲良くできています。一昨日は理科の時間に発表があったのですが―――」
数少ない親子の会話を楽しむ少女。父の方も、一週間ぶりの会話に花を咲かせていた。出張から帰って来たばかりだが、子供想いのいい親であった。
「それと、ゲームでもいい友達が出来て色々と助けてもらっています」
「ほう。いい友達か」
「そのうちの一人は、兄を徹底的に叩き潰すと言っています。かっこいいお兄さんでした」
「叩き潰す……それも、徹底的に、か。よいな。本当にしてくるのならばいいものだ……はぁ」
さっきまでの嬉しそうな表情は何処へやら。一気に疲れ切った様になり、苦悶の表情を浮かべる。そう、少女の兄のこと。自身の息子のことで。
「……最近は課金した額が増えたそうだな」
「たしか……百万代に突入したはずです。あのゲーム課金したところで強くなれるわけではないんですけど」
「お前もハマっているのだな」
「あ、はい。お金を掛けなくても強くなれますし、何より現実の自分とは違うことができるので、楽しいんです。それに皆さん、優しいですし」
それに、強いですし。と心の中で付け加える。多分本気を出したらめっちゃ強い、と。だが、まだ兄には届かない。課金して大量に買ったスキル。度重なる装備の強化。一日の大半をゲームに潜っている男には、学生のみんなではまだ届かないようだ。
「ゲームの中で、なんという名前でやっているのだ? まさか、知佳ではないのだろう?」
「はい。カリノ、という名前でやっています」
「かりの……? カリノ……ああ、Carinoか。まさか、自分に『可愛い』と名付けるとはな」
「そ、それは触れないでください。名前の意味に気付いたのは、お父様を含めてまだ二人なのですから」
「一人には気付かれているではないか。誰だ?」
「さっき言った、青少年です。カナデ、というプレイヤーで、頭がよさそうです」
「カナデ、か。……ん? カナデ? ……ふむ……」
何かを考え始める社長。あ、この状態になったら何を話しかけても無駄だ、と悟った知佳は、「失礼します」と部屋を出た。
廊下を歩いていたメイドに頼み、おやつを用意してもらった知佳は、自室でゆっくりと楽しんだ。比較的大きめのバームクーヘンだ。
「なんでお父様はカナデという名前に反応したのでしょうか……? どこかで聞いたことがあったのでしょうか?」
はむはむとバームクーヘンを食べながら、自分の課題を進めようと動き始めるカリノであった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
『ああ、急にすみません、心響さん。今、お時間よろしいでしょうか?』
『大丈夫ですよぉ。あ、四十分ほどだけですけどぉ~』
『それほどあれば十分です。いくつか聞きたいことがございまして』
社長はある人に電話をかけ始めた。投資家であり、時折社長と飲みに行く仲の女性だ。会社の方針を相談することもあるので、社長はかなり恩を感じている。ちなみに心響はこの会社の三十パーセントの株を持っている。
『たしか心響さん、従妹がいると……』
『かなちゃんのことぉ? んもう! かなちゃんね、めっちゃくちゃに可愛いのよぉ! 最近ね、電話したんだけど、私達今度、かなちゃんの家に泊まることになったのぉ! たまたま三人とも時間が空いたから行けることになったんだけどぉ……いや、三女は学校休んで行くんだけどねぇ。みんな、かなちゃんのことが好きだからこういうことしちゃうのよねぇ~。今かなちゃんの住んでいる家は、私が買ってあげたものだから、やろうと思えば好き勝手出来るのよぉ。もう、今から楽しみなのぉ!』
『そ、そうですか。では、その従妹さんは、ゲームを……VRゲームをされていますか? 最近流行りの、FFOといったものを』
『いや~、どうかしらぁ……。かなちゃんって、ゲームしないのよぉ。私たちはしているから一緒に楽しめたら、と思ったんだけどぉ、かなちゃんは基本どのゲームもしないから……。一時期チェスのオンライン対戦ができるゲームにハマっていたらしいのだけれどぉ……唯一のライバルが急にそのゲームにログインしなくなっちゃったらしくて、もうまともに戦える相手がいないから、って嘆いていたのよねぇ。私達だったら十分も経たずにチェックメイトって言われちゃうから申し訳なくてぇ……』
『そうですか……。お手数おかけしました。ありがとうございました』
『あ、もういいのねぇ。こっちこそ、かなちゃんのこと話せて楽しかったわぁ。また話しましょうねぇ~』
そして、プツッと電話が切れる。知りたい情報が得られた気がしない、と思った社長。心響さんは“かなちゃん”とやらについては饒舌になるようだ。
「……あまりしたくは無いが、こちらで個人的に調べるか」
孤独な社長室で、社長は背凭れに身を預けた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ぶえくしょーいっ! あー、はだがずびずびずる。誰か噂でもしてんのか?」
「えー、大丈夫なのー? 風でも引いたー?」
「ゲーム終わりに急すぎて笑える」
「ところで、なんでお前たちここにいんの? 俺、玄関のカギ閉めてたよな?」
「あ、開いてたよー? 本当に大丈夫なの? 頭回ってないじゃん!」
「ちょっと様子を見に来ただけ」
第二回イベントが終わり、現実世界に帰ってきてから、まずはお風呂に入った。体感四日も風呂に入っていなかったんだしな。現実がどうとかは関係ない。
そして、風呂上がり。飯でも食うか、と考えていると、リビングに何かいた。
「え、また明日って言ったよな? 何しに来たんだよ」
「いやー、晩御飯食べたくなってきたから、こっちで貰おうと思って」
「私も。親には許可貰ってきた」
「……お前らなァ……」
そんなことを話している間にも手は動く。いつの間にか目の前には今日のメインのピカタが。
ああ、ピカタってのは、イタリア発祥の料理だ。肉とか魚に下味をつけて、小麦粉をまぶして溶き卵に絡め、フライパンで焼いたものである。語源はpiccata。つまり、『槍の一突き』である。フォークでぶすっと刺してから一回裏返せば焼き上がる、というとこから名前が付いたようだ。
「奏だけずるいよー。そんなにおいしそうな……って、あれ? 多くない?」
「は? お前ら食うんじゃねえのかよ。食わねえんだったら冷蔵庫入れて来るけど」
「食べる」
「いただきまーす」
「食うのかよ」
うっひゃー、おいひい! と喜ぶ理慧。優華も、うんうんと頷きながら食べている。まあ美味しくできて良かった。
それから三人で晩御飯を済ませ、明日へ備えるのだった。
二人はちゃんと帰りました。




