第五十一話
周りを見ると、一面真っ白の世界がそこには広がっていた。右には巨大な天秤がある。光源も無いのに、なぜこれほどまでに明るい。
世界から隔離と言っても、ここはVRの世界なのだから別に変わらない。しかし、景色が特別変わったのだ。俺は、この現象を知っている。
「私だけが会得した、スキルの頂。領域系スキル。対象と自分を別の領域に連れて行くもののことを言う。凄いだろう?」
「いいや? ところで、この領域はどんな効果があるんだ?」
「……凄くない、か。それほど言うのなら教えてあげよう。このスキル……【断罪核羅】は、自分のステータスを二十パーセント上昇させ、対象のステータスを二十パーセント下げるというものだ。そして、何より……」
そういうと、マイクは指を左に向けた。警戒を解かずに右を見てみると、そこには先ほどの天秤があった。やっぱでけえ。
「あれは?」
「あれは、『正義の天秤』。この領域内でのみ発現するアイテムだね。あれは、こちらが劣勢であればあるほどその状況を覆すように力の整合を破壊し、さらには広範囲殲滅のスキルを一つ私に与える、神々の天秤だ」
「つまり、負けることは無いと?」
「そうだね。多対一だろうと関係ない。私は、最強であり続ける」
「そうか。じゃあ、より戦いたくねえな」
「そうはいかないんだよね」
そう言ったマイクは超速で肉薄。反応の遅れた俺は寸でのところで黒龍を撃つが、それを回避したマイクは俺の頭を掴もうとしてきた。流石にそれはまずいな。
ぐんっ、と首を逸らすことで回避し、逆に膝蹴りを叩き込む。が、やはりステータスの差は顕著であり、あまりダメージは入らなかった。蹴り飛ばし、反動で離脱する。
「うーん。やはり反応速度は早い。これは、力で押すしかなさそうだ」
余裕そうに微笑むマイク。ムカつくが、一応確認しておく。
「……今のうちに聞いていいか?」
「なんだい?」
「マイクってアメリカに居そうな名前だし、お前ってアメリカ人なのか? ほら、金髪にしてるし。にしては日本語が上手いか。だが、日本人だとしたらお前と同じ種族だということに腹が立つ」
「うん? ……マイク……? 誰だい? それは」
「え? お前」
「……私はアイクだよ?」
「…………マ?」
「そうだよ。何を間違えて覚えているのかは知らないけどね」
「……スゥー……それはスマン。本当にゴメン」
いつから名前を間違えていたんだ? それすら分からない。おーん? マイクって思いだしたのいつだっけ?
俺が困惑していると、アイクはフッ、と笑い、片手を上げる。すると、途端に莫大な熱を感じた。【火傷無効】が無ければ『火傷』を負っているであろう熱だ。
「さて、これがさっき言った広範囲殲滅スキル、【核爆発】だ。詳しく説明する気も無いが、この空間内の生命は例外なく死に絶える。ああ、私を除いてね」
「それは例外だろ。つーか、それだけはマジでまともに受けられねえな」
「だが、逃げられないだろう? 対象範囲はこの領域内全てだ」
「くははは。だったら、領域を上書きするのみだ」
「……なんだと?」
あの核が落ちて来るまでにこの空間を塗り替える。どうするかって? 簡単だ。
こちらも領域を使う。
「【災獄旧海】“海”」
その瞬間、真っ白な世界と荒廃した世界が二極化した。互いの力が拮抗しているのだ。
「んなっ!? この系統のスキルは私しか持っていないはず……」
「いんや? 俺もだいぶ前から持ってたぞ。だからこそ、便利なのは知ってる。ああ、このスキルは領域だけじゃなくて現実にも干渉できるからな。それを考えるとこちらの方が便利か」
「ッ! 小癪なァッ!」
アイクから謎の覇気が放たれると同時、こちらの領域が少し押される。出力が上がったな。
「領域の押し合いならばッ! その領域自体の強制力と使用者のMP量が左右するはずだ! ならば、俺に負ける要素があるわけ―――」
「確かにMPはボロ負けだろうな。競うなんて烏滸がましいほどに俺のMP少ないし。だが、領域の強制力なら、こちらに分がある」
災厄シリーズ領域系スキル【災獄旧海】。旧き世界の記憶を再現する。かつての世界が滅んだ災厄、世界海化。その災厄のスキルは、当然最上級に位置する。
「っ、このおおおおっ!!」
「恐らく今回は決着がつかない。今のところは互いに出力が同等だからな。だが、このまま競り合っているとお前の領域が消滅し、あとから展開した俺の領域のみが残る。さあ、どうする?」
互いの拮抗している空間を見るに、もう五秒といったところか。それまでにアイクがどうにか判断せねば、恐らくこいつは死ぬ。いや、普通に乗り切られて俺死ぬかもしれんが。
ふと上を見たアイクは安堵したように息を吐いた。
「来てくれたのか……レオナルド」
「は?」
途端に、二極化された世界に虹色が舞い降りる。すると、双方の領域が消滅し、元の空間に戻ることになった。
「なっ!? どういう……」
「急に目の前に変な空間が現れましてね。どうやらアイクが焦っていたので、助けに入りました」
「…………なるほどね。領域系統は拮抗すればこの世界にも現れるということか。ところで、リリィはどこだい? まさかだけど」
「ええ、置いてきましたよ? そうでなければ、あなたは死んでいたでしょう?」
「いや、私にはまだスキルがあった。対応することはできた」
「そうですか。では、どうしますか? 律儀に待ってくれているカナデさんと戦いますか?」
「私はそれでも構わないよ。レオナルドの助けがなくとも、【勇者顕現】さえあれば―――」
「それはダメです。この先に対処できないときにのみ使ってください。ここは退くべきでしょう」
「……だが」
めんどくせえ会話を続けている二人。レオナルドの【世界芸術】のせいで攻撃ができないのが性質が悪い。
もう俺アオイのとこ行こうかな。というか、確かにアイクが【勇者顕現】を使ってきたら俺はもう何もできない。流石にボコされるのみだろう。
コイツの弱さは、相手を一方的に叩きのめして愉悦に浸りたいというその心。そして、足りない技術だ。ステータス上トップに立つプレイヤーだろうが、立ち回り方やスキル発動のタイミング、体の使い方が理解できていないようでは一級とは言えないだろう。
いや、ゲームを殆どプレイしない俺が言うのもなんだが。
というか、機会を見て上手いこと逃げ出さないと、二人がかり来たら殺される……!
「じゃあ、俺がこの場から去るから。追いかけてくんなよ。じゃあな!」
「待てっ! ……逃げたか」
「どちらかというと逃がしてくれた感じもしますがねえ。まあ、実際にぶつかったらどうなるか分かりませんが」
「私が勝つ。それだけは確かだ」
「そうですか。では、索敵を続けましょう」
何度も聞いて来たセリフに呆れたように対応するレオナルド。この自意識過剰な男とは長い間友なのだ。もはや慣れている。
二人は、カナデが去った道と反対方向に歩き始めた。
ドドドドドドッ!! 「うわー!」「なんでアイクが!?」
なお、それのせいで一般プレイヤーの被害が増えていたようだが。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「おっ、アオイ。無事だったか」
「……無事ではない」
「それもそうだな。虹色のやつは? 破壊出来たのか?」
「さっき勝手に消えた」
「おお、そりゃよかったな。さて、もう日も暮れてきて、一日目の終わりだ。どうする? どっかで休息をとるか?」
「……近くの家に籠ろう。見張りは交代交代で」
「了解ー」
取り敢えず、こぢんまりとした民家に入り、一夜を過ごすこととなった。時間加速とやらがされているようだが、現実ではどのくらいの時間が経っているのだろうか?
そんなことを考えていると、アオイがインベントリから様々なアイテムを取り出していた。
「……え? それ何?」
「……ん? ベッド。それと、肉」
「いや、聞きたいのはそうじゃないんだが……なぜここにある?」
「……持ってたから。買ってたから」
「…………そうか」
最初は野宿だと思っていたからな……しっかり家の中で寝る準備をしているとは。恐れ入った。
バッチリ寝る準備ができたアオイを尻目に、俺は外へ出た。夜空が綺麗だったのだ。
……本当を言うと、そこに潜んでいる敵に気が付いたからだ。
「そこにいる奴、出てこい。さもなくば辺り一帯を燃やし尽くす」
シーンとした静寂が周囲を包む。俺が口から出まかせを言っていると思っているのか? まあ、確かに燃やすはブラフだが、別に殺すという点は嘘ではない。
そこで黒龍の銃口を家の窓付近の草むらに、白龍の銃口をその奥の草むらに向けた。
「出てこねえんだな? じゃあ、まずは撃つ」
パァァァァァンッ!! という炸裂音の後、「うぐおおっ!」や「痛った!」という悲鳴が聞こえた。やはりいたか。確認はできたため、そのまま連射する。【連】ももちろん使ってある。
「……お、倒したな。こうやって地道に稼ぐしかないのか……。明日はどうすっかな」
このままのペースでは、かなり下位の方になってしまう。それは俺もアオイも望んだことではない。俺から誘っといてそれは顔向けできないじゃないか。
「……決めた。アサシンシリーズで駆けまわろう」
AGIの暴力でマップを駆けまわり、見つけ次第アオイに殺してもらう。完璧(笑)な作戦だ。ひとまずこれはアオイに提案してみよう。
家に入って寝室を覗いてみると、アオイがスヤスヤと眠っていた。特に危険は無さそうだが……もう少し意識を持ってくれよ。俺だって男なんだからさ。
「……だからこそ、ここを攻めさせるわけにはいかねえな」
改めて気を引きしめ、見張りをすることになったのだった。
余裕ぶっこいていますが、実際に互いに全力で戦えば、十三秒で決着がつきます。あ、カナデのぼろ負けです。領域勝負も、【災獄旧海】に引きずり込んでも勝率は五パーセントほどです。




