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まほろばの鬼媛 短編シリーズ集

この"母娘"の物語にタイトルなどあるのだろうか?番外編 ~ かつて聖女と呼ばれた者と異邦の鬼姫 ~

作者: いわい とろ






 ―― さて、今回は佐世保市街地をほっつき歩く東雲いづるに纏わる一つの話である ――






 その日、いづるは市内中心部から鉄道の駅の方へと向かって散歩していた。

 この散歩の途上、いづるは主要地方道に面した高台の上に立つ教会の側を通り掛かった。

 そして不意に立ち止まったいづるは何を思ったか? その教会の方へ続く階段を上り始めたのである。






 さてさて、佐世保を含む九州地区は、戦国の昔に西洋の宗教が流入してきた関係から、それを信仰する人間が少なからず存在していた。

 しかし、江戸の世に於いては邪教認定を受けて、彼らは潜伏を余儀なくされ、その状況は江戸の世が終焉を迎えた後も続く事となる。

 そして所謂"二十世紀"に入り、ヤマト国と高天原の繋がりが復活を果たしたあと、その宗教は肩身が更に狭くなった上、三度に渡る碧蒼戦役の過程で信者の多くがヤマト国を離れる事となった。

 ただ、ヤマト国に留まり、信じる教えを守る者達も居たものの、彼らはヤマト国側の視点では"異端"とされてしまっていた。

 そんな異端扱いされた者達の信仰の拠り所となっていたのが、各地に残る教会であったという。

 ヤマト国側も異端とは見なしても、その信仰を否定まではしなかった。何故なら、彼らが信じる神と高天原由来の旧き神が、呼び名こそ違えど本質的には同一の存在だったからであった。


 さて、そんな異端扱いされた者達の拠り所である教会の敷地に足を踏み入れたいづる。

 なぜ彼女はそこに踏み込んだかというと……



『……さてっと、確かこの教会に今はいるんだっけかな? あの元"戦闘狂"にして、旧き世の聖女サマは。』



 こんな事を口に出したいづる。どうやら知り合いがこの教会にいるらしい。

 そのあと彼女は教会の大きな扉を開け放ち内部に踏み込む事となる。


 そして、踏み込んだ教会内部の奥。

 祭壇の手前に、屈み込みながら熱心に祈りを捧げている一人の女性……厳密には"シスター"と呼ばれる妙齢の女性聖職者の姿があった。

 その女性の姿を見るなり、いづるは声を掛けている……



『よう戦闘狂……じゃなかったな。今はしすたーだっけ? 何か仰々しい仕事をしてるんだっけか?』



 こう言い放ったあと、いづるはその人物の名を呼んだ……



 ―― ジャンヌダルクと ――
















 かつて西洋にて、とある二つの国が百年に渡り領土を巡って戦いを繰り広げていた。

 そんな先の見えない、決着がいつ付くのか解らない最中、戦争当事国の一方に救世主的な存在が現れた。

 その人物、自ら"神の声を聞き、国を救う"者と称し、母国の危機を救う使命を自らに課して戦地に赴いた。

 その者に率いられた軍勢は各地で敵対勢力やその協力者達を撃破し、結果として国を救うという使命を果たす事には成功した。


 だが、その代償は大きすぎた。国内最後の有力敵対勢力との戦闘中、突出し過ぎた為にその者は包囲され、遂に捕縛されてしまう。

 捕まってしまった件の人物……ジャンヌダルクは、敵対する相手国"イングランド"に身柄を引き渡され、人々を唆した魔女として処刑される事が決まる。






 ……その日、イングランドの首都"ロンドン"の一角。処刑場として使われる広場には、山のように積み上げられた大量の薪があった。

 そしてその薪の山の中心に立てられた木製の十字に縛られたジャンヌダルク。

 あとは処刑の命令により火を放たれてその身を骨も残らずに灰塵に帰する。


 そう、帰するハズだった。

 思いもよらぬ"異邦人"が現れるまでは……






 ロンドンの空は処刑日和のハズだったのが、俄に暗雲垂れ込める空へと変わろうとしていた。

 そんな空を、十字に磔られていたジャンヌは悲愴な思いで見ていた。

 薪の山の周囲にいる松明を持つ兵士達が指示を受ければ直ちに薪の山に火を放つ。

 そうなれば自らの存在が焼き尽くされるは必定。その運命が目の前に迫っている事を心の中で嘆いていたのだった。


 そして、執行人の指示が下り、周りの兵士達が手に持つ松明を薪の山へと投げ込む。

 この薪の山には燃えやすい様に当時はわりと貴重な油が染み込まれた事もあり、点いた火は炎へと変わりつつ山の中心に磔られているジャンヌへと迫っていた……



『ああ、私は遂に焼き尽くされる……。主たる神よ、私はあなたの声を聞き今に至りました。その結果がこの様な結末であるなら、私が生まれてきた意味はどこにあったのですか? 母国の為に全てを捨ててあなたの意思に全てを委ねた私の人生は、ここで苦しみの果てに惨たらしい最期で終わるのですか? 私は、私は……』



 ……放たれた火が炎となり、自身に迫る中、ジャンヌの瞳から自然と涙が溢れ出していた。

 志し半ば、母国の未来、そして自身の掴めたかも知れない幸せ。それらが炎と共に灰塵に帰する……

 それらの想いが涙となって溢れ出したのだった。


 そんなジャンヌの想いなど知るよしもなく、周囲の野次馬や兵士達は自国に屈辱を与えた魔女が焼き殺される事に歓喜し、その涙すら嘲り笑うのである。


 だが、そんな色々な想いが交わる坩堝(るつぼ)と化していたその広場に……轟音を伴い、あたかも天の意思とも言える(いかずち)が突如として落ちたのである!

 その結果、ジャンヌを焼き尽くそうとしていた炎が派手に吹き飛び、ジャンヌ自身も磔用の木製十字ごと地面に横倒しとなってしまった。

 更に吹き飛んだ炎が野次馬や兵士達の頭上に降り注いだ事から、あちらこちらで炎に巻かれる者が続出し、果ては近くの建物にも延焼し出す事態を引き起こしたのだった。


 そんな混乱状態が生じてる最中、混乱から立ち直った一部の兵士達は、雷が落ちた薪の山の跡地の煙の中にジャンヌとは異なる複数人の人影を見る事となる。

 さて、その人影の正体とは……




「痛っ! ……おい東雲、"世界転移法"は毎回こういう物なのか!?」


「いや、そんな事はねぇハズなんだが? 何か今日に限ってこんな事になってしまったんだが? むしろ説明求めるってヤツだぜ。」


「はぁ? お前なぁ~。何だその投げ槍染みた思考放棄は! 少しは考える事をだな……」


「待て水の。周りを見てみろ。」


「どうした風の……ん? 東雲、どうやら言い争っている場合じゃなさそうだぞ?」


「んぁ? ……あ~、何やら焦げ臭いやら、見知らぬ連中に取り囲まれ掛かってるって感じか? こりゃ。」




 周囲の煙が晴れていくと、東雲いづる(当時16歳)とその同行者達は、周りをイングランド軍の兵士達に取り囲まれている事に気づいた。

 もっとも、それがイングランド軍の兵士達である事に、いづる達はこの時点では気づいてはいなかったが。

 そして、いづるの同行者の内、水と風以外の人物が足元に転がっている木製十字に磔られてる女性の存在に気づく。



『いづる、みんな。何か、倒れた柱、人が磔られている。』



 そう語る、一同の中で体格が一際大きい人物が指差した先には、倒れた柱に磔られてる女性の姿があった。

 それを見た風の……鬼の王である"澄風"が『土の、よく気づいたな。……とりあえず助けるか。』と述べると、女性を縛る縄をいとも容易くほどいてみせた。

 しかし、ほどいたとはいえ、女性がすぐに立ち上がれそうになかった事から、いづるが近寄って手を差し伸べている。




「アンタ大丈夫か? ほい、手を貸してやるから。とりあえず立てるか?」


「!?!?(聞いたことがない言葉だ……。とりあえず何を言ってるのか解らないけど、私を助け起こそうとしてくれるみたい。)」


「あ、こりゃ~、もしかして言葉が通じてないパターンってヤツか? 参ったな、外国語はサッパリなんだよな……」


「いづる、鬼力、言語拡張に使え。たぶん、会話くらい、できる。」


「うおっ!? そりゃマジもんのマジ話か"つっちー"。よし、なら早速やってみっか。」




 いづるから"つっちー"と呼ばれた"当代の土の鬼の王"から助言を受け、いづるは意識を集中する様に鬼力を自身に付与しだした。

 すると、今まで雑音染みた周りの喧騒の内容が理解できる様になったのである。

 だが、それに気をとられる暇はなく、いづるは件の女性……ジャンヌに再度話し掛けたのだった。




「アンタ、アタシの言葉が理解できるか?」


「えっ!? ええ、理解できるけど……さっきまで解らなかったのに急にどうして。」


「お、その反応なら大成功ってヤツだな。それより立てるか? 手を貸してやるけど……」


「え、ああ、ありがとう。それより貴女達は一体?」


「アタシらか? んまぁ、一口で言うなら"天空よりの使者"……ってのは冗談だが、まあ通りすがりの暇人とでも言っとこうか?」


「……(天空よりの使者!? もしかして神様が私を助ける為に遣わした使者? だとしたら私、まだ希望を棄てずに済む。)」


「どうした? 立てないのか? なら……」




 そう言うなり、いづるはジャンヌの腕を掴んで一気に立ち上がらせた……のであるが、勢いが強すぎて抱き寄せる格好となってしまったのだった。

 この展開にはジャンヌも予想してなかったのだろう。抱き寄せられた事で心拍数が明らかに上がるのを感じずにはいられなかった様であった。



『あっ……なに? この感覚。この気持ち。急に胸が高鳴るなんて……』



 俗にドキドキするとは言うものだが、この時のジャンヌはまさにその状態だったようである。


 だが、状況はそんな気分に浸る暇はなかった。

 既にイングランド軍兵士達により、いづる達は包囲されていたのである。

 それに気づいたジャンヌは再び緊張と絶望の淵に引き戻されそうになった。

 しかし、彼女の周りのいづるや愉快な友人共の表情には焦りも絶望も全くといっていいほど無かった。むしろ、余裕綽々といった雰囲気を醸し出していた。

 取り囲む兵士達を一瞥して、水の王(水梨鈴鹿)、風の王(澄風)、土の王(愛称つっちー)と共に来ていた最後の一人……

 火力だけなら鬼の王最強でもある"当代の火の鬼の王"の女性が『なんだこの有象無象(うぞうむぞう)共は。それで包囲しているつもりなのか? つくづく人間というのは身の程知らずだな。無知は罪である事をちょっとだけ知らしめる必要があるな。』と述べるなり、軽く腕を一振りする。

 すると、周辺に散らばっていた火が燻る薪から突如として引き剥がされる様に火が飛び出し、包囲する兵士達に襲い掛かったのである。

 無論、どうなったかは語るまでもない。先ほどまでジャンヌを焼き尽くそうとした炎が彼らを飲み込んだのである。

 その結果、兵士達は断末魔を発して倒れる者。水を求めて走り出す者。何とか身体に絡み付く火を消そうと手足を必死に動かす者など……

 謂わば兵士達が阿鼻叫喚の地獄絵図状態に陥ってしまった訳である。


 この混乱に乗じて、いづる達はジャンヌを連れてその場から離れている。

 見に来ていた野次馬が進路上に居たが、澄風の力によって強制的に押し退けられたらしく、脱出路はどこぞの海割りの逸話よろしく開かれたのであった……






 それからどれだけ走った事か?

 いづる達はロンドンの郊外の林の中に身を潜めて様子を確認していた。

 各人は今後の事を相談しつつ、鬼の王の権能を行使して追手の有無やら何やらを調べていたらしい。

 その間、いづるはジャンヌと会話を交えていたのだが、この時いづるは初めて助けた女性が"ジャンヌダルク"である事を知ったのだった。

 もっとも、いづるが知るジャンヌは世界(西洋)史をかじっただけのうろ覚えレベルの存在であったが……




「へぇ~。アンタがジャンヌダルクって奴だったのか。名前だけならアタシらが住むヤマト国でも知ってる奴はそこそこ居るな。」


「ヤ、ヤマト国? 貴女はそのヤマト国から来た異国の人なの? って、ヤマト国という名前の国は聞いた事ないのだけど……」


「んぁ? ああ、ヤマト国ってのは……大雑把に言うなら"世界の東の果てにある島国"だな。人によっては"日出る国"と呼ぶ場合もあるみたいだが、その東の島国の更に東の海の向こうにも陸地があるから、結局自己顕示欲から称してるに過ぎないって感じかな?」


「自己顕示欲から"太陽の生まれ出る国"と称する東の果ての島国……。そんなところにも私の名を知る人達がいるなんて。もしかして私、ちょっとした有名人?」


「う~ん、たぶん……な。物知り連中辺りには知られてる位には……かな? ま、それはそうと少しは元気になったみたいだな。」




 そう語りながら、いづるは自身の周囲の空間の不特定の一ヶ所に腕を突きだした。

 すると、その腕の先端部が空間に溶け込む様に消えたかと思った次の瞬間、再び消えた腕の先端部が何かを掴んだ状態で現れたのである。

 その腕の先、手に握られていたのは、一個の林檎であった。いづるはそれをジャンヌに渡して食べる様に勧めたのである。


 この、突然の出来事に驚かない訳にはいかなかったジャンヌだった。

 何せ、腕が途中で消えてる様に見えたと思ったら、林檎を掴んで再び現れたのである。

 もうこの時点で、ジャンヌは目の前の自身と年恰好が比較的近しいと思われる……実際は年下の少女。更には一緒に来てる四人の存在が自身の既知の外側に在する存在であると思ったという。


 とりあえず、渡された林檎を食してみたが何か毒があるわけではなく、普通に甘酸っぱい林檎であった。

 その林檎を食しつつ、ジャンヌはいづる達を観察していた。つい先刻まで処刑されるという恐怖に支配されていたとは思えないほどの、精神的回復力ではあるが、それでも疲弊していた事には代わりない。

 そんな状態で視線で見渡し、いづるらの発言に耳を傾けていたが、聞こえてくるのはまさに自身の知識にない話のオンパレードだったらしく、それらの話を頭の中で整理すると……



『彼らには人には無い力を行使する能力があるみたい。ヤマト国という国の人間は皆そんな力を持ってるのかしら? そして私の名前が知られてもいる。ヤマト国……一体どんな所なの?』



 ……という結論になってしまうのだった。


 一方、いづるは鬼の王達からロンドン市内の状況を聞かされていた。

 鬼の王の力により、容易く情報を回収できてしまう事にちょっとだけ羨ましく思いつつ、いづるは彼らの話を聞き終えた……



『なるほど。今はジャンヌを捕縛する為の兵隊達を集めているのか。そして、市内はまだ喧騒が収まっていない……と。』



 これらの話を聞き終えたいづる。これからどうするか?と土の王ことつっちーから問われ、少し考えた末……



『そんなら直接この国の首領様に会いに行くしかないな。どうせ戦争をしている、そんな奴らの天辺(てっぺん)でふんぞり返ってる様な奴だ。口先野郎だろうと予想ができるぜ。』



 いづるの口からその様な話が出た事に、ジャンヌは酷く驚く事となる。

 この国の首領……つまりイングランド王に直接会いに行くという事を聞いて目を丸くしてしまったのだ。

 そんな彼女の反応を見て、いづるは『そんなに驚く事か? どうせ宮殿とかで偉そうにしてるだけのクソ雑魚ナメクジなんだろうし、チョイと世の中の広さを教えてやるだけだから安心しろ。』と語り、ジャンヌを安心させようとした。

 しかしなお心配を露にするジャンヌに対し水の王こと鈴鹿が『東雲は一度言い出したら退かない主義みたいでな。私達も付き合いは数年ほどだが、こいつの頭の中身はだいたい把握している。ま、とりあえず東雲に任せてみてはどうだ?』と答え、言外で心配無用だと告げたのだった。


 結局、ジャンヌはいづるの行動を見届ける事となり、いづるはつっちーを引き連れ直接イングランド王の宮殿に乗り込む事となる。

 その間、ジャンヌは他の三人の鬼の王らに保護され続ける事となった。






 イングランド王の宮殿の謁見の間では、玉座に座るこの時代のイングランド王と、彼の視界内に入る形で政治を司る貴族達が集まり会議を開いていた。

 無論、その主題は処刑場から逃げ出したジャンヌダルクと、彼女の逃走を助け、かつ複数の兵士を焼死させるなどした怪しげな術を用いた連中の行方に関してだった。

 まずは警備部門を預かる貴族が逃げたジャンヌダルクの行方に関して現状集まった情報を元に、その逃走先の絞りこみを行っている事を報告し、再捕縛されるのは時間の問題と雄弁に語った。

 しかし、別の貴族から『逃走を手助けした者が何やら摩訶不思議な術を用いたとも報告を受けている。どうやってそんな者を相手するつもりだ?』という意見が出て、会議は紛糾した。

 この過程でジャンヌが魔女だから、その仲間が助けに現れたという意見や、そんな仲間がいるならどうして戦場で捕縛できたんだ?という意見などが飛び交い、会議の長たる国王は幾分渋い顔になっていた。

 そしてある貴族が『この戦争を終わらせるため、奴らの側の融和派に誘い水を流した事で、ジャンヌダルクを生け贄とする事で話を纏めたというのに、肝心のジャンヌダルクに逃げられたのでは約束が違うと向こうの奴らに詰問されかねん。』という一言が出てきてしまう。

 この一言に、会議参加の貴族達や国王は暫しの沈黙をしている。なぜなら、この場にいる全員がこの"外交的努力"を知っており、国王もその策を了承したからであった。


 斯くして会議の参加者全てが、その一言を受けて沈黙してしまったのだが……

 実に間の悪い事に、その一言を聞いてしまった人物がいたのである。



『……へぇ~、そういうカラクリだか小細工があったのかよ。つまりアンタらクソ雑魚ナメクジとジャンヌの母国のクソ雑魚ナメクジによる密約ってヤツの結果が、あの処刑って事か。実に醜さ全開の話だな。』



 ……唐突に一同の耳に入った"女性の声"に、初めは宮中の女官が発した戯言かと思った関係者一同だったが、それなら良かったと思わざるを得ない事態がその直後に起きてしまう。

 女性の声が聞こえた後、宮殿全体が揺さぶられるかの様に揺れたと思った次の瞬間、謁見の間の壁の一角が突如として粉々に砕けたのである。

 そして、粉々に砕け、土煙が舞う中、その砕けた壁の穴から二人組の見慣れない衣装を纏った女性が現れたのである。

 一人は言わずもがな東雲いづる。もう一人はつっちーの愛称で呼ばれている土の鬼の王であった。

 当時、既に身長が170cm近くはあったいづるも女子としては大柄の部類だったのだが、会議場の貴族達が驚いたのは、いづるの側に控えるつっちーの方であった。

 いづると比して明らかに大きすぎたのである。実際の話、つっちーの身長は何と2m前後はあり、その分ガタイも並みの女子とはかけ離れた巨体であったのだ。

 その容姿も、素朴さや朴訥さがあるものの、男装すれば男性と見紛う程だったが、とにかくそんな彼女の巨体から放たれる威圧感は凄まじく、その場にいた貴族達が身動き出来なくなる程だった。


 そんな動けない貴族達を無視して、いづるは一気に国王の目の前に移動した。無論、余りの速さの為に貴族達も国王も全く認識も反応もできなかったようである。

 そして、いづるによる一種の詰問が始まったのだが……




「さて、テメーがクソ雑魚ナメクジの親分こと国王ってヤツか?」


「なっ! 余をイングランド王と知っての暴言か!?」


「アンタの肩書きなんぞどうでも良いんだよ。それよりさっきの戯言は事実か?」


「……(な、何だこの小娘は。睨まれただけで背筋が寒くなる。まるで生きた心地がしないっ!)さ、さあ? 何の事だ? 余は斯様な謀議は存ぜぬ。彼処にいる者が主導した事であろう。」


「へ、陛下!? 陛下も参加して許可を出していたではありませんか! 急に我らに責任転嫁するとは……」




 責任転嫁して保身に走る国王、責任を擦り付けられて抗議する貴族達。

 この醜い光景に、いづるのハラワタは少しずつ煮えくり返し始めていた。後年、美鶴の保護者となった大人のいづるなら然もありなんで済ませていたかも知れないが、この時のいづる的には極めて許しがたい話だったようである。

 余りの汚く醜い光景に『おい、貴族とか自称してるクソ雑魚ナメクジ共。お前らが如何に汚ならしい存在かは理解させて貰ったぜ。そして国王とか抜かしてるこのオッサンもな。類友とは言うが、クソ雑魚ナメクジの周りにはクソ雑魚ナメクジしか集まらねぇらしいな。お前ら、揃いも揃って人間以前に"生き物"として最低だな。』と謗った挙げ句……



『こういうの、確かアタシの記憶が間違って無ければ"ブリカス"って言うんだっけか? ブリテンはカスって意味らしいが、まさにお前らの為にある言葉だな。』



 ……と、どこで覚えたのか解らん単語を持ち出して罵ってみせたのだった。

 これには国王……より先に貴族達が激しく反発している。しかし、いづるには何処吹く風だったらしく、つっちーに対して『つっちー、チョイとそこら辺の壁なり床なり適当に砕いてくれ。』と要請している。

 頼まれたつっちーは、黙ったまま近くの別の部屋の壁の前に立つなり、右拳を握り締めると壁に向かって殴り付けたのである。

 その結果、つっちーに殴られた壁が縦横数mに渡って粉々に砕け散ったのである。穴が開くならともかく、粉々に砕けた事に貴族達は再度唖然としていた。

 それを目の当たりにした国王は『……つ、つまり、君たちに逆らったら我々がその壁と同じ運命を辿る。そう言いたいのだな?』と、明らかに声を震わせながら発言している。

 いづるは国王のこの発言に半分は同意しつつ『壁だけで済むと思うか? そこのつっちーが本気になればこの宮殿どころかアンタの国も粉々にできるぜ? そうすりゃ、国王とか貴族とか言う肩書きも価値を無くすよなぁ?』と、極めて悪い、極悪人の如き表情を浮かべながら言い返している。

 この極悪人仕様となったいづるを前に、国王は『な、何が望みだ!? 地位か? 名誉か? それとも金か?』と、如何にも小物臭さ全開な事を宣ったのであるが……



『ああっ? 何言ってんだオッサン。そんなつまらねーモンでアタシを買えるとでも思ってんのかぁ? 仮にアンタの国の全てをくれてやると言われてもお断りだぜぇ? ……めんどくさいし。』



 ……と、最後に若干余計な一言込みで拒絶の意を示したのであった。

 その上でいづるは『とりあえずアンタを含むクソ雑魚ナメクジ共にはお仕置きが必要だな。……ジャンヌダルクという戦争に強いだけの"普通の女性"に魔女という汚名を被せたからには、自分たちもそういう汚名を被る覚悟はあるんだろうからな。』と述べた上で、斯く宣言したのであった……



『あいにくアタシは普通じゃない女性でね。仮にお前らがどんな汚名を被せても痛くも痒くも無いんでな、敢えて宣言するぜ? ……我こそ、世界を滅ぼせる魔王、魔神なり!』



 ……と。

 このいづるの"魔王魔神宣言"を受けて、イングランド王も貴族達も呆れていたものの、このあと彼らに待っていたモノ、それはのちにヤマト国の某所でふんぞり返っていた"妖怪狐の稲荷神"を懲らしめた時と基本的に同じ方法であった。

 ただ、その時と比べ、まだまだ若い頃のいづるであった為か、手加減具合が乏しめ気味であった事もあり、彼らは骨の髄、魂の隅に至るまで"恐怖"や"絶望"を刻み込まれる事となったのであった。


 そして、それらを済ませたあと、いづるは"魔王、または魔神"として彼らに斯く宣言をしたという……



『忘れるな。この世界に本物の魔女は存在しない。在るは我のみ。我のみが魔なる者なり。それ以外は魔なる者に非ず。ゆめゆめ忘れるなかれ。

 もし忘れたならば我、再びこの地に降り立ち、一切の情けもなく邪智暴虐の限りを尽くし世界を無に帰するであろう!』



 ……と。
















「いや~、あの時の国王と貴族達の間抜け面と来たら笑いが、笑いが込み上げてくるぜ。」


「いづる、調子乗りすぎ。」


「うぇ!? ちょっとつっちーさん、そこで釘を刺しに来ますかぁ?」


「東雲、土の言う通りだぞ。お前は調子に乗ると余計な事まで言い出しかねんからな。」


「けっ、鹿野郎までそれを言うかよ。……まあ、それはそうと、魔女でも何でもない人間に汚名を被せて殺そうとか、人間が聞いて呆れるとはこの事だぜ。頭の中身が野生動物の段階で止まってるんじゃ~ないのか?」


「いづる、多分それは人間社会が未成熟なだけだと思うけどな。風を通して探りを入れたけど、何処もそんな感じだったみたいだぞ?」


「マジかよ。……まあ、澄風の探りなら間違ってはいないんだろうけどさ、それでも酷くね?」


「……東雲よ、話はそのくらいにしておけよ~。こっちのジャンヌとやらが目を白黒させて困ってるみたいだからな。」


「えっ? ……あはは、こりゃ調子に乗りすぎたかな? "火倉(かぐら)っち"が止めに入るとは、明日は雨でも降るか?」


「私は雨女ではない。が、仮に雨が降ったとしても我が火の力で雨など蒸発させてくれようぞ?」


「まて火の。それは水を司る者として看過できない事なんだが。」


「……ふっ、冗談だ。蒸発自体はできるが、やり過ぎると困る奴がいる事くらい理解している。」




 王宮殴り込みから暫くののち、こんな会話をしながら、いづる達一同はジャンヌダルクを伴って彼女の母国へと向かっていた。

 その目的は単に彼女の帰郷に同行するというだけでは無かったのであるが、当のジャンヌはいづるから知らされた話に内心戸惑っていたままだった……



『……まさか我が国の、国王陛下の周囲にイングランドと内通している者がいたなんて。確かに最後に会った時の陛下の御様子はおかしかった様に感じたけど……まさか陛下も私がイングランドに捕らわれる事を承知していたのでは? いや、そんなハズは。そんな事あって欲しくない。』



 ……考えれば考えるほど、悲痛な思いが重くのし掛かるジャンヌ。

 いづる達の会話に目を白黒させつつも、頭の中は重苦しい現実に如何に相対するかで一杯だったという。


 だがしかし、そんな気分もある出来事で一旦頭の外に出ていかざるを得なくなる。

 それはイングランドと彼女の母国……フランスを分ける海峡を前にした時であった。




「さてっと……、今から飛んで海峡の向こう側にむかうとするか。つっちー、済まねぇがジャンヌを抱えて飛べるか?」


「ん、抱えて飛ぶなら、なんとか。だけど、速度は、そこまで出せない。」


「了解だぜ。飛ぶ速度はつっちーに合わせる。他のみんなもそれで良いか?」




 いづるからそう話を振られた"火、水、風"の各鬼の王達は基本的に了解の意を示している。

 なお、風の王である澄風は先行して様子を見ると宣言してさっさと海峡の向こう側へと飛び去って行ったのだった。


 この出来事にジャンヌが驚かない訳もなかった。いや、彼らの発言自体、理解の範疇から逸脱していたのである。

 人間が空を飛ぶ……普通の常識ならあり得ない事だが、ジャンヌの周りの面々はその常識が通用しない存在だった。そして……




「キャー! そ、空に浮かんでる。私、空を飛んでるー!」


「ジャンヌ、暴れない。落ちてしまう。落ちたら、下は海だけど、助からない。」


「あ……ご、ごめんなさい。私、今凄い事を体験してるからその……」


「魔女とか言う汚名、やはり汚名だった。本物の魔女、空を飛ぶくらい常識。まず驚かない。そういう意味でジャンヌ、普通の人間。」


「あっ……ありがとう。私を人間と言ってくれて。魔女扱いされた時はとても悲しく辛かった。だけど、ある意味本物がいてくれた事で、私が魔女じゃない事を示してくれた。」


「本物……。"この世界"では、私達、本物の魔女か。いづる、魔王とか魔神とか、勝手に称してたけど。」


「……(ん? この世界? まるで他所の世界があるって言いたげな言い回しのような……。気のせい、よね?)」


「どうした? 何か気になる事、ある?」




 つっちーから斯く訊ねられたジャンヌは『何でもないよ。ちょっと考えすぎたみたい。』と一言述べた後、海峡を渡り終えて着陸するまで終始無言になっていたとか。


 しかしジャンヌがここまで色々思考を張り巡らせるのも無理は無かった。

 絶望に染まっていた処刑の日。命消える刹那に現れたいづる達異邦人。そして、神にも比する巨大な力でイングランド王や貴族達を屈服させた事。

 更には空を飛ぶという経験などを経て、彼女の頭の中では思考の大渋滞が起きていたのであった。






 さて、フランスへ帰還したジャンヌダルク。いづるらを伴いパリへと至るのであるが、そこに至る過程で、自分が囚われた後の事を聞き知る事となる。

 まず率いていた軍は国軍に取り込まれたらしい。元々は国を救うという命題を掲げた事から集まった義勇兵の集団だったが、幾多の戦いを経て、規模も経験も大きくなり、正規の国軍より強くなっていた。

 この話を聞いた鈴鹿は『精強な兵が遊撃といえる義勇軍である事に脅威を感じた者がフランス王の周りにいたのだろうな。ましてやそれを率いるのが女性となれば、男の将軍とか貴族連中がどう思うか……』と分析していた。

 つまるところ、フランス貴族の中にジャンヌとその軍を危険視する者がおり、その者が主導してイングランド側勢力と結託。

 遂にジャンヌを戦場で孤立させて捕らえさせる様に仕向けた……と。しかもそれが両国貴族らの手打ちの証でもあった可能性が高い。

 現にジャンヌダルク率いる軍の為に、イングランド側勢力はフランス領内での既得権、及びイングランドのフランス領内での飛び地を喪失しつつあったと言われている。

 恐らく泣きを入れたのはイングランド側である。しかし強かなイングランド貴族達は、フランス側内部の不協和音を察知しており、その中心にいたジャンヌダルクの存在を好しとしないフランス側勢力に接近。

 戦争を終わらせる手打ちの条件としてイングランド側がジャンヌダルクの身柄を戦場で確保する事、そしてフランス側を唆した魔女として処刑する事。指導者不在の軍は国軍に吸収して兵を各地に分散させる事で消滅させるという筋書きで話を纏めていたのだろうと鈴鹿は解釈していた。


 だが、そんな御約束は、ジャンヌダルクがイングランドから生還し、パリにその姿を現した事で破綻する事となる。

 ジャンヌの軍に属していた者達の内、パリに居た者達は指導者の帰還に大いに喜び、続々と彼女の周りに戻って来た。

 しかし、この事態はフランス側の対イングランド融和(和平)派にとっては寝耳に水、仰天動地の大事(おおごと)だったようである。


 ジャンヌダルクの帰還は、時のフランス王の耳にも入り、すぐに召し出して無事を確認したいとの意を示したのであるが、反ジャンヌ派の融和派勢力が言葉巧みに国王を説き伏せ、この時は果たされなかった。

 また、ジャンヌ帰還と聞いて配属先から勝手に離れた元ジャンヌ軍の兵達には命令違反の行動をしたとしてパリから他の土地の駐屯地への異動命令が出てしまった。


 この事態にパリ郊外の支援者の別邸に在し、静観していたジャンヌは酷くショックを受けてしまったという。

 その様子を見ていたいづる達は、イングランド貴族達以上に汚い連中がフランス側に居る事を認識する事となったのである。




「ったく、鹿野郎の見立て通りに話が進んでるじゃねぇかよ。こっちのくそ雑魚ナメクジ、ナメクジにしては知恵が回るらしい。」


「鹿野郎は余計だ東雲。しかし裏工作の巧みさは我々鬼には無いモノだな。お陰で正規の手順ではフランス王には会えないらしい。」


「けっ、だったら無理やり会いに行くしかねーな。こっちの王様もジャンヌに会いたがっていたんだろ?」


「そうらしいな。だが、周りに止められたみたいだ。よほど会ってしまうと都合が悪いと思う連中が国王の周囲にいるらしい。」




 鈴鹿の発言を聞き、いづるは『そんな奴ら、イングランドのくそ雑魚ナメクジ同様アタシが蹴散らしてやる。魔王魔神を自称したついでだ、こっちにも深く刻み込んでやる……』と息巻いていた。

 もっとも、それには鈴鹿からのストップが掛かる事となる。



『落ち着け東雲。……既にジャンヌダルク生存によって"この世界"での中世欧州の歴史が変化を起こしつつある。他の世界に影響を与える事は無いとはいえ、このままでは歪みに近しい修正力が働きかねん。』



 最後に鈴鹿が口に出した修正力という言葉が気になったいづる。更に詳しく訊ねたところ……



『珍しく食い付きが良いな東雲。……修正力とは謂わば"世界があるべき流れに戻るための反動"と言えるものだ。今回の件で言うなら我らが来た時に死ぬ運命から逃れたジャンヌが、別の形で死ぬ運命に直面するかも知れないという事だ。』



 ……という説明がなされたのだった。

 その話を聞き、いづるは納得半分、不納得半分の気分になったという。

 特に別の形で死ぬ運命に直面するというのは納得しかねる話であったという。

 何とか死ぬ運命を避ける事はできないモノかと鈴鹿に問ういづるであったが、鈴鹿としては具体策がある訳でもなく、即答はできなかったようである。


 翌日、別邸内の礼拝所でジャンヌが祈りを捧げている姿を見たいづる。

 つい声を掛けた事から、彼女が軍を率いて戦うきっかけとなった話を聞き知る事となる……




「神の声が聞こえただぁ!?」


「ええ、ハッキリと聞こえたわ。私はその声に導かれる形で戦いに身を投じたのよ。」


「いやいや、マジでそれ言ってるのかよ? 神の声とか簡単に聞こえるモノでもねぇと思うが。」


「だけどハッキリと聞こえたのよ。"ジャンヌ、救え、守れ、さすれば光はそなたと共に"って。」


「う~ん、何か出来すぎた話じゃねぇか? ……そもそもその神の声、男っぽい感じだったか? それとも女っぽい感じだったか?」


「え? 声の感じ? ……どうだったかな? どちらにも聞こえたような、どちらでもないような。数年前の事だから、今となってはよく覚えてないわ。」


「時間経過による忘却かよ。……こうなりゃ"直接話を聞く"しかなさそうだな。」


「え? 直接って……一体どういう事なの?」




 いづるの発言を聞き、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるであろうジャンヌを横目に、いづるは自身の周囲に在する余人には見えないポケットに何度も手を突っ込んでは何かを探し始めていた。

 このポケットこそ、ジャンヌに林檎を食べさせた際にその林檎を入れていた空間の正体とも言えるものであった。

 なお、このポケット、実数はいづる本人も把握はしていないらしいが、一説では約六万五千数百はあるとされる。余りにも数が多いため、いづる自身が物を入れたままそれを忘れているというケースもあるようだ。

 ついでに一言付け加えると、このポケットの中に入れた物は入れた段階で経年劣化、時間経過が入っている内は停止するという特徴があった。


 そして、このポケットこそ、この時鬼の王達がいづると共にこの世界に来る事ができたカラクリ仕掛けであり、フォレスティア王国のサレナ姫を自分の世界に連れ出す事ができたカラクリ仕掛けの正体でもあった。






 さてさて、ポケットの中に腕を突っ込んで数分。

 遂にいづるは目的の物を掴み取る事ができたらしく、その物を取り出す事となる。

 それはジャンヌから見れば奇妙なモノであったという……




「おっ、これだこれ。確か"伝神器(でんしんき)"とか言う小道具だったな。貰って何年になるか忘れたが、ここで使う事になるなんてな。」


「……(えっ!? 何あれ。私には単なる棒状の……いや、手のひらで持てる程度の棒みたいなのにしか見えないのだけど。)」


「よ~し、早速使ってみようか。確か"鬼力"を込めてっと……」


「……(ええっ? 今度は棒状の物を片手で持ちながら一方を耳元に当てたわ。そしてもう一方を口元に近い所に。一体なんなの? あの道具。)」




 ジャンヌが見慣れない道具を使ういづるを見て困惑の色を隠せないでいた。

 彼女は知らない。その物は後世において"携帯電話"と呼ばれる代物に形状が酷似している事を。


 鬼力を込めた伝神器が淡く光始めると、程なく「プルルル」という音が聞こえてきた。

 何の音か解らずにあわあわし始めるジャンヌを横目に、いづるは黙って伝神器が繋がるのを待っていたのだが……



『ピー、ただいま我は忙しい。用件ある場合はこのあと続けて鳴るピー音のあと、喋って貰いたい。』



 ……という音声が聞こえたのである。

 これにはいづるも『はぁ!? 留守伝(るすでん)だとぅ!? あのポンコツ神め、どこで油を売ってるんだよ!』と怒鳴り散らしていた。

 しかし、いづるは諦めない。彼女にはポンコツ神の他にも知り合いはいたのだ。

 気を取り直してその知り合いを呼び出そうとしたのであるが……



『ピー、ただいま妾は忙しいのじゃ。用件あるならば次に聞こえるピー音のあと……』



 ……最後まで聞くまでもなく、いづるは音声を遮断した。

 そして直後『弐式ポンコツ神も留守伝かよ!! どいつもこいつも役立たず過ぎるにも程があるだろうが! こっちも忙しいってのに!!』と、再び怒鳴り散らしていた。


 そのいづるの姿に、初め困惑していたジャンヌだったが、流石に二回目の時点では何か可笑しい物を感じたのか?思わず笑いが込み上げてきていた。

 ジャンヌから笑われている事に気づいたいづる、思わず『な、笑うな~。一人でアホやってるみたいで惨め過ぎるじゃねぇかよ……』と弁明するのだった。


 そしていづるは三度めの連絡を取るべく、伝神器に鬼力を込め始める。

 いづるの行いが理解こそできないまでも、何かをしようと試みている事だけは理解したジャンヌ。

 その結末まで見届けようと思い、黙って見守る事となる。


 そして、三度めの正直は……




「誰であるか? 予は今いそが」


「無駄な戯言は言わせねぇぞ"参式ポンコツ神"がっ!!」


「うぬっ!? ……その声は東雲のいづるんであるか? 随分と久しいな、元気にしておったか?」


「いづるんは余計だポンコツ三号。それより聞きたい事があってだな……」


「ポンコツ三号……いづるんよ、予は左様な名前ではないぞ。予の事を呼ぶならせめて」


「"御劔様(みつるぎさま)"だろ? そんなの知ってらぁ。」


「うぬぬ……知ってるならばそちらで呼んで貰いたいぞいづるんよ。それより予に聞きたい事があるのだろう?」


「そっちもアタシの事をいづるん呼びするのは止めろ。それより聞きたいんだが、あんたや他のポンコツ連中、ジャンヌダルクって名前の人間に何か入れ知恵しなかったか?」


「ん? ジャなんとかという人間に入れ知恵とな? ……予は左様な小細工なぞやる気は無いし、なぜそんな事をやらねばならんのだ? 他の者達は何か言わなかったのか?」


「ポンコツ神も弐式ポンコツも留守伝だった。」


「何と……。やれやれ、あ奴等……。ん~とだな、あ奴等とは深層意識で通じているから、奴等が何かやってれば予も察知はできる。」


「って事は、つまり……」


「誰もジャなんとかとやらには入れ知恵はしておらぬという事じゃ。」


「お、そうなのか……。んじゃとりあえず解ったわ。とりあえず用件終わったから伝神器を切るわ。それじゃ」




 ……と言いつつ、伝神器を切ろうとしたいづるに対し『まていづるん、話の筋はだいたい解ったがヌシが直接予に連絡をとってきたからには何か問題に直面しておるのだろう? なら今からそちらに出向こうぞ。』と言い放ったのである。

 それを聞いて驚くいづるだったが、即座に『こっちに来るのかよ! 確かに来た方が話が進むから助かるには助かるが……』と述べると……



『予を信じよ。予が参じるならば如何なる問題も一刀両断よ。』



 ……と一言述べ、伝神器が切れた直後、その伝神器が激しく輝き出したのである。

 その輝きの眩しさにジャンヌは目を開いていられなくなっていた。またいづるも眩しさから目を閉じていたが、気配の程から御劔様が向かって来ている事を察したという。そして……




「……けよ。目を開けよ。予が直々に参じてやったぞ。」


「すぐに目を開かなくても来てる事は理解できたから、そう()かすな。」


「やれやれ、いづるんは……それよりそっちにいる娘がジャなんとかとやらか?」




 そう語る御劔様に対し、目を見開いてその姿を確認したいづるは、その発言を頷きつつ肯定の意を示した。

 すると御劔様はすぐにジャンヌの側に近づき『目を見開くが良いぞ娘。凡百の者は心の目を持ってる訳ではないのだからな。』と呼び掛け、目を開くように求めたのだった。

 かたやジャンヌはと言うと、非常に幼さが残る声に語り掛けられた事に困惑しつつ、ゆっくりと目を見開いた。

 そして、その開いた目に映ったのは……



『輝くような長めの金髪。それを後頭部で一つに纏めている。そして見た事無い衣服を纏っているけど、何処と無く神々しさすら感じる……子供?』



 ……このような印象を受けた存在が目の前に立っていたのである。




「ジャなんとか、今実に失礼な事を思っていなかったか? 例え隠しても無駄であるぞ?」


「ジャなんとかではありません。ジャンヌです、ジャンヌダルク。」


「予にとってはどちらも同じ様なモノじゃぞ。所詮名前など"個体を分ける為の記号"でしかないのじゃからな。」


「こ、個体。記号……」


「唖然としておるな。それが現実というモノじゃぞ娘。……まあ、それだと味気ない故、そちらの流儀に従ってやるがの。」




 何処と無く上から目線で斯く語る御劔様の態度に、ジャンヌは呆れ具合込みで唖然としていた。

 そしていづるの方を向くなり『この子、一体何者なの!? なんだか神々しさがあるかと思ったら尊大過ぎる雰囲気満載なのだけど……』と、すがる様な視線で語る。

 するといづるは『あ~、別に悪気がある訳じゃ無いけどそいつはいつもそんな感じだぜ。』と語りつつ、御劔様に対して『……少しは加減しろ。それだから参式ポンコツ神って言われるんだよ。』と耳打ちしている。

 もっとも御劔様は即座に『参式ポンコツ神とか、あとポンコツ三号などと呼ぶのはいづるんだけであろう? 他の者はちゃんと気を使っておるのに。汝だけぞ? 予や他の者を雑に呼んだり扱うのは。』と突っ込み返している。

 その突っ込みに対していづるは特に言い返す事はなかった。実質、真実を突きつけられて何も言えなかっただけなのであるが……






 さて、軽いジャブの様なやり取りを一通り済ませたところで、いづるの方から本題が再提起される。

 ジャンヌがいう"神の声"が誰なのか?を……




「先ほども申し渡したが、予や他の者は一切関知してはおらぬ。ジャなんとかの空耳では無いのか?」


「空耳だけで国を救おうとして、戦いに身を投じる物好きなんているのかよ?」


「そこに居るであろう。ジャなんとかと申す"戦闘狂"が。」


「せ、戦闘狂……。私はそんなつもりでは。ただ母国を救いたい一心で……」


「そのような強い念が空耳を誘発したのでは無いのか? まあ、念のためにこの世界を担当する"司界神"に色々話を聞くとしよう。それで明確になるであろうよ。」


「え? この世界? 司界神? あの……この子、一体何をする気なの? ……というか、改めて何者なの、この子。」




 ジャンヌがその正体に関して気にしながらも、再び目を白黒させる様な事を(のたま)う御劔様。

 ほどなくジャンヌといづるの目の前から姿が消えたのである。

 突然の出来事に驚くジャンヌに対して、いづるは然も当たり前の事が起きた位にしか思ってなかった。

 全く驚かない、そんないづるを見てジャンヌは『いづるにとっては見慣れた光景って事!? こうも驚かないなんて、いづるの国であるヤマト国ってこんなのが当たり前なのかな……』と、何やら勘違い気味の事を思っていたのだった。

(ヤマト国の名誉のために言うと、恐らくヤマト国民であっても驚く事限りなしであろう。また、当たり前ではない事も併せて記しておく。)






 さて御劔様が消えて僅か数十秒。再び御劔様が虚空から出現した。

 消えたり現れたりする度に驚き放題のジャンヌを見て、いづるは『お~い、これまで散々色々見てきてるのに……。それだとこの先身体が幾つあっても足りなくなるぞ~。いっそのこと頭空っぽにした方が精神衛生上良いと思うぜ?』と助言した。

 そんな光景を横目に御劔様の口から出た言葉は、ジャンヌを更に深く困惑させるのであった……



『あ~、この世界の司界神に問うてきたが、奴も知らぬ存ぜぬと申していたぞ。一応言っておくが、仮に嘘を語ろうとも即座に発覚するから、そういう点で奴は嘘は申しておらぬであろうよ。』



 その確信を持ったかの如き力を込めた言葉に、ジャンヌは何も言えなかったという。

 一方いづるは『……嘘も何も、テメーの方が上位なんだから初めからお見通しだろうが。ま、司界神とかいう奴も圧迫受けて奥歯ガタガタ震えてた事だけは想像できるぜ。』と思い、圧迫を受けたであろう見知らぬ司界神に同情するのだった。




「さてジャなんとかよ。汝が聞いたとされる自称"神の声"とやらだが、空耳でなければ恐らく……"悪霊"のそれでは?」


「悪霊!? そんな……そんなハズは。確かに国を救えと」


「まあ昂る気持ちは理解出来なくもないが聞け。汝、この土地では長らく戦に明け暮れてはいないか?」


「私の発言食い気味!? ……た、確かに百年余りイングランドと戦争をしていましたが。それが私が聞いた声と一体どういう関係が……」


「大有りじゃな。百年、予にとっては大した刻ではないが、人間にとっては長い刻であるな。そんな期間、戦に明け暮れていては、死んでも死にきれぬ者達の霊が各所で徘徊して廻っていようぞ。」


「……」


「ましてや教会とかいう場所などは、そういう"まつろわぬ霊"が集まりやすいのであろう。何せ生者の念が集まりやすい場所でもあるからのう。」




 そんな話を聞いて、いづるの口から『教会って所謂"悪霊ほいほい"みたいなモノなのか? ヤマト国にも一応あった様な気がしたんだが……』という発言がなされ、ジャンヌは何度目かの困惑をしていた。



『いづるの国にも教会!? ヤマト国って遥か東の果てにある島国って聞いたけど、そこにも教会があるって事は……そこまで誰かが布教に赴いたって事!?』



 心の中でジャンヌは斯くの如く驚いていたが、ヤマト国に十字の教えが伝わったのは西暦換算で千五百年代前半~半ばである。まだまだ先の話であった。


 さて、ジャンヌが聞いた声が悪霊の声であるという話を聞き、いづるは『なる~、悪霊の声を神の声と錯覚したって事か。ましてや聞いた場所が教会となれば認識違いが生じるのもやむ無しって事になるか。』と語ると、御劔様は『そういう事よな。神聖な場所を標榜するほど、悪霊もたかり集うのじゃ。』と語り、話を締めに掛かるのだった。




「わ、私、わたしは一体何のために戦ってきたの? 悪霊に唆されて戦って、魔女と呼ばれて……」


「悪霊とて、好きで悪霊になった訳ではあるまい。生きていた時に果たせなかった思いや願いを抱えたまま命尽きて、長く放置されている内に悪霊化したに過ぎぬ。そんな時、自分達の声が聞こえる者が現れれば、望みや願いを託そうと試みるのは自明の理よ。」


「……」


「汝、ジャンヌと申したな。恐らく汝は余人と比して僅かだが"霊力"を持っておるのであろう。ま、その僅かが雲泥の差なのじゃが、その為に汝の運命は大きく変わったのであろうよ。」


「……霊力、ですか? しかし生まれて物心付いた時から聞こえていた訳ではないのです。その時突然聞こえたのです。」


「突然、か。恐らく元々持っていたが、環境の為にそれに気づかなかっただけであろう。……そこのいづるんも似た口じゃしの。」


「え? いづるも?」




 突如として話を振られたいづる、少し渋い表情を見せつつ『子供の頃の、記憶を無くした後の話だ。ま、記憶を無くす前から既に何かしら持ってたんだろうけど、記憶が無くなってから力に目覚めたから……似た口か?』と、最後に一言余計な文言を添えつつ述べている。

 ジャンヌはいづるが記憶を無くしているという事に内心驚いていたが、それを差し引いても自身と似たり寄ったりな存在という事を聞き知る。

 もっとも、直後に御劔様から『ジャンヌよ、いづるもまた自分の母国を外敵から守った経験がある娘じゃ。そういう意味では汝と共通項があるかもな。』と教えられ、これにはジャンヌも今までになく驚き、いづるは『余計な事言うなポンコツ三号。変に見られるのは御免なんだよ……』と、若干不貞腐れ気味に語っている。


 この話を聞いた事で、ジャンヌのいづるに対する評価が個人的感情込みで上がったのは言うまでもなかった。

 これ以降、ジャンヌのいづるを見る目が尊敬とか敬意とか、色々含んだモノになったという。この事が後の人生を左右する決断に決定的な影響を与えるのであった……
















 支援者の別邸に拠ってから数日。ジャンヌはなおフランス王との面会を望んでいた。

 だが、王の個人的感情とは別に、周囲の者達はイングランドとの取り決めの前提条件に拘る余り、強行策に出ることとなる。

 それはまさに"ジャンヌダルク暗殺計画"であり、手持ちの手勢や雇った暗殺者を持って彼女を亡き者にしようとする計画であった。


 そして計画は実行に移されるも、ジャンヌの周りにいた面子の存在を過小評価していたようであった。

 言わずもがなその面子とは四人の鬼の王の存在であり、東雲いづるの存在であった。

 計画を立てるのは人間が得意とするところだが、結局実行の段階で表に出ざるを得ない時点で、もぐら叩きの如く暗殺者や手勢を一方的に潰していったのである。

 無論、そのやり方はイングランド王や貴族達に対して行ったソレと同じだったのだが……




「けっ! つまらねぇ小細工をやりやがって……おととい来やがれってんだ!」


「東雲、啖呵を切る相手はあの雑魚ではない。暗殺目的で部隊規模の軍を動かしたとなれば……」


「……おい鹿、まさかとは思うが、国王が裏で糸を引いてるのか?」


「まだそうとは決まってないが、国王の判断を仰がずに勝手に軍を動かすとなれば、反逆の意ありとなりかねん。暗殺者どもの雇い主はそれだけは避けたいだろうからな。」


「ジャンヌが知ったら悲しむだろうな。捕らえられるまで必死に戦ってきたのに、母国が自分を見捨てるとかふざけるな!って言いたくもなるだろうし。」


「……これからどうする? 一応向こうの雇い主に報告させる為に雑魚一人逃がしたが。」


「決まってるだろ。会いに行くんだよ、国王に。もうお行儀良くやる義理はねぇ。ここからは"魔王、魔神"として振る舞わせて貰う。」




 ……こう言い終えたいづる。この発言内容は翌日実行される事となった。


 翌日、いづる達はジャンヌを連れてフランスの王宮へと乗り込んできた。

 ジャンヌ自身はちゃんとした手続きを経ての王宮入りを望んだが、暗殺計画の黒幕が王宮内にいる事などから黒幕の姿を直接見届けるのが良いといづるに諭され、付いて行く事を了承したのであった。

 そして王宮に乗り込んだいづるらは、邪魔する守衛の兵を尽く無力化していく。

 それはもはや一方的な蹂躙と言えるモノで、命こそ奪わなかったが、その精神を崩壊寸前、廃人寸前まで追い詰めて無力化していったのだった。

 この乱入者の存在に、暗殺計画を立案したフランスの一部貴族達は顔面蒼白となっていた。

 なぜなら、先だって仕向けた手勢や暗殺者らが廃人寸前になってしまった事を、いづるらが意図的に逃がした者から聞かされていた為であったからだ。

 その為、彼らは急いでフランス王の下へと向かった。まあ自己保身目的であるのは明らかだったのだが……




「陛下の下へ辿り着けばなんとかなろう。ジャンヌダルクに反意ありという風に言上すれば我らに大義名分が生じる。」


「しかしジャンヌダルクの周りの者達は何者なのだ!? 王宮の守衛が全く赤子の様に捻られるとは。イングランド王や貴族達が悲惨な目に遭ったという噂話を聞いたが、まさか……」


「奴等を悲惨な目に遭わせた者達と同じ輩が乗り込んできたとでも言うのか!? ……つまり、奴等との約定を破壊したのは、今来ている暴徒という事か?」


「であれば恐ろしい。確か自らを魔王魔神と称した者がいるはず。そんな輩に目を付けられれば我らとてどうなるか……」




 顔面蒼白した状態で、一部貴族達は国王の下へと急ぐ。

 そして何とか国王がいる王宮内大広間へと辿り着いたのであるが、安堵したのも束の間、直後に大広間の壁の一角が突如として粉々になったのである。

 これには玉座に座っていた国王も思わず立ち上がり『何事であるか! 狼藉者であるならば容赦はできぬぞ!』と叫んだものの……



『あぁ!? 容赦しないだぁ? どの口でそんな大言壮語を吐いてるんだぁ!? そういう戯言はこの壁と同じモノを同じ様に粉々に砕ける位に強くなってから言いやがれ!!』



 ……と、逆に国王に啖呵を切る女性の声が飛んできたのであった。

 そして壁を粉々に砕いた際に生じた土煙が突風と共に吹き飛んだあと、そこに現れたのはジャンヌダルクを連れたいづる達であった……




「なっ! ジャンヌ、ジャンヌダルクではないか。そやつらはそなたの部下か何かか?」


「陛下、お久し振りで御座います。彼らはイングランドに囚われた私を救い出した者達です。しかし今はそれどころではありませぬ。」


「なにっ? そなたを救出した者とな!? ならば何故その者達が我が王宮に対して斯様な狼藉を働くのだ?」


「それは……陛下への面会が果たせぬ故に御座います。何度となく申請致しましたが……」


「なに? 何度も申請したと!? 余はその様な話は聞いておらぬぞ。……大臣達はなぜ余に話を回さなかったのだ!?」



 そう言いつつ、国王は群臣達の方に視線を向けた。

 その群臣達の中に暗殺計画を立案した貴族達も含まれていた。正確には混ざり込んでいたというべきか?

 彼らは揃いも揃ってバツの悪そうな表情を浮かべていた。それを見たいづるが『なるほどねぇ~。ジャンヌを暗殺しようとしたくそ雑魚ナメクジがそこの有象無象野郎の中にいるって感じか?』と口走る。

 その発言を聞き、国王は『何だと? ジャンヌダルクを殺そうとした者が居ると言うのか!?』と、非常に驚きながら述べている。

 その様子をいづるの側からこっそりと見た御劔様は『……ふむ、どうやらあの国王とやらは何も知らぬようじゃの。と、なれば、国王の許可無く勝手にやらかした愚か者があの人だかりの中にいるという事か。』と述べると、いづるや他の四人の視線は自ずと群臣達の側を向く事となる。




「どういう事だ! 誰がジャンヌダルクを殺そうと画策した? そなたらの中に左様な不心得者が居るならば、余は黙って左様な者をその地位に留め置く事は出来ぬ。」


「陛下、誓って我らは左様な愚行には関与しておりませぬ。陛下も知っての通り、ジャンヌダルク殿は我が国をイングランドから救った救国の聖女というべき存在。それを殺そうとするなどもっての他です。」


「ならば何故そのジャンヌダルクは、この者達を擁して王宮に乗り込んできたのだ? ……余にあれこれ吹き込んで面会を断念させたのはお前達であろう? ジャンヌの話が事実ならば、その後の数度の面会の申請を余の預かり知らぬところで却下した者がいるのではないか!?」




 国王からの強い叱責に、群臣達は暗殺計画立案者達も含めて平身低頭していた。

 沈黙は金……ではないが、黙っていれば嵐は過ぎ去ると思っていたのかも知れない。しかし、いづるの口から出た一言で彼らは動揺を余儀なくされる。



『あ~、国王のオッサンよぉ~。イングランド王や貴族共とか言うくそ雑魚ナメクジ連中は、こっちの連中と密約ってのを結んでたらしいぜ?

 何でも戦争を終わらせる条件としてジャンヌダルクを人柱にして魔女として処刑するとか何とか、そんな感じのな。』



 この一言に『何だと! その様な話、余は全く聞いていないぞ! ジャンヌが捕らえられた時、余は救出を望んだが、そこの群臣達に止められてやむ無く諦めていたのだ。』と叫び気味に述べると……




「貴様ら、余を(たばか)ったな!?」


「め、滅相もありませぬ! あの時は救出できる状況ではないと思い……おお、そうです、こちらに控えている者達が左様に進言して、我らもやむ無しと思った次第です。」




 ……と、群臣達が自分達の後ろに隠れ気味に控えていた者達を表に押し出してきた。

 その者達こそ暗殺計画の立案者達であった……




「いづるん、あの者達が恐らくは……」


「何!? アイツらが暗殺計画の首謀者達か? ってよく解るな~。」


「いづるんよ……、汝は予を一体何だと思っておるのじゃ? 単なるポンコツ三号ではないのじゃが? ……まあ、それはそうと、あの者達からドス黒い意志が滲み出ておるわ。そしてジャンヌに向けて殺意込みの悪意を向けてもいる。」


「マジかよ!? ん、そう言えば鹿野郎が反動がどうとか言っていたが……」




 ……と、いづるが口に出した……まさにその時、押し出されていた貴族達の中の一人が立ち上がると同時にジャンヌめがけて突進してきたのである。

 その手には短剣が握られていた。そして『うおおっ! ジャンヌダルク、我が国の為にここで死ねぃ!』と叫んだのである。

 突然の出来事に、国王も群臣達も、ジャンヌ本人も動きが取れなかった。ただ、鬼の王達だけは違っていたが……



『なっ!? 何ぃ!? いつの間に……』



 短剣を突き立てる形でジャンヌを突き刺そうと試みた貴族の男だったが、ジャンヌまであと数歩というところで大きな影によって阻まれてしまった。

 彼を阻んだ者。それは土の鬼の王ことつっちー、その人であった……




「短剣、その他の刀剣、全ては土より掘り出し、加工して産み出された物。"土を司り統べる王"の前、土より生まれし全ての物、一切全てその意のまま。」


「なっ!? た、短剣が、短剣がねじ曲げられた!? 確かに突き刺したハズなのに……。こんなバカな事が!」


「貴族、人間、未知の物があるを知らない。だから愚行する。知れば殻に隠るだけ。実に無意味、無価値。いづるが毛嫌いする、解る。」




 ジャンヌの手前に移動して壁となったつっちー。貴族の短剣は彼女の身に触れた途端、まるで粘土細工か飴細工の様にぐにゃりとねじ曲がったのである。

 この異常な出来事を目の当たりにして、この貴族の男は驚愕するしかなかった。

 その直後、つっちーから睨まれた貴族の男は、魂が抜けたかの様にその場で口から泡を吹く様にして気絶。

 続けて他の暗殺計画立案者達に対しても睨み付けたところ、彼らもまた泡を吹き出し次々と気絶していったのであった……




「……いづる、こいつら、どうする?」


「あ~、そうだな~。そこにいる国王のオッサンが始末を付けたくてウズウズしている様に見えるから、オッサンに任せれば良いんじゃね?」


「ん、わかった。そうする。」




 その様に語ると、つっちーはその両腕で鬼の一睨みによって気絶させられていた暗殺計画立案者達を鷲掴みにし、次々と国王の面前に放り出していった。

 その光景に唖然としつつも、我を取り戻した国王は『近衛兵、何をしておる。この不埒な愚人達を直ちに捕縛し、牢屋に押し込んでおけ。それと大臣達に命ずる。直ちにこの者達の屋敷や所領を接収せよ。』と命令を発している。

 無論、不甲斐ない大臣達に名誉挽回、汚名返上の機会を与えたとも言えなくもないが。


 彼らが動き出す中、国王はジャンヌの元へと駆け寄り、これまでの非礼を詫びている。

 そして願わくば、改めてフランスの為に力を貸して欲しい旨を伝えたという。

 それに対して彼女は即答を避けたという。国王の無実、自身を暗殺する企てに全く関与していない事は理解できたが、余りにも群臣達の声を聞きすぎて自己の意志や主張を引っ込める姿に、どこかしら幻滅していた節があったという……
















 王宮乱入から一週間。ジャンヌはいづる達と共に王宮の一角に寝泊まりを許され、大過なく過ごしていた。

 その一週間の間、彼女はいづるらが住むヤマト国の事をもっと知りたいと思い、その事を伝えたという。

 それに対していづるや他の面々は答えることがすぐには出来なかった。当然の事だが、いづる達はジャンヌの居る"世界(蒼の月・地球)"とは異なる"世界"から来ているのである。

 その事をどの様に伝えれば良いのか解らず、あやふやに誤魔化していた……というのが、この一週間の動きであった。


 その間、国王主導で政権内のイングランド内通派の検挙が行われており、暗殺計画立案者達だけでなく、他に数名の貴族や官僚が内通者として捕縛されていた。

 それの解決に一定の目処がたった頃、ジャンヌは再び国王から招かれ王宮の大広間に参上していた。

 また、いづる達も後ろ楯という名目で付いてきており、近衛兵達もいづるらを止める事は出来なかった様である。

(先に乱入してきた時に守衛の兵達を戦闘不能、戦意喪失、自我崩壊一歩手前まで陥れた相手を止めるなど、恐れ多すぎてとても出来なかった模様であった。)


 大広間にて、国王に拝謁したジャンヌの衣装は、フランスに勝利をもたらした姫騎士ではなく、馬子にも衣装の喩えではないが、(れっき)としたこの時代の宮廷で女性が纏うドレスのそれと同じであった。

 事前にそれを見ていたいづるは『なんつーか、色々コテコテ過ぎて自由に動ける代物じゃねぇな。女だからこれしか着るな的な、何か束縛上等な意匠を感じなくもないぜ。これなら町娘の格好の方がよほど自由だぜ。』と述べている。

 もっとも、即座に鈴鹿から『東雲が自由過ぎるだけだろ? 衣装にはその場に適した物がある。お前は帝の前でも雑な旅姿で現れているが、本来は許されるものではないのだ。』と、非難を含んだ突っ込みが入り、いづるが若干膨れっ面になる場面が生じたとか。


 さて、大広間での謁見にて国王は改めてこれまでの非礼と、イングランドに囚われた際に助ける事が出来なかった件について詫びを入れている。

 その上で、ジャンヌに対して貴族の称号を新たに下賜する決定をこの場で明らかにしている。

 実はこれ、何気に重要な決定であった。というのもジャンヌは元々平民である。そして女性でもある。そんな出自の者を貴族の列に加えるというのは、ほぼ前例がなかった事であった。

 その決定を伝えられた側のジャンヌは明らかに驚いていた模様であった。彼女の認識からしても前代未聞だったらしく、国王直々の伝達であったにも関わらず、即座に反応が出来なかった様である。

 暫しの沈黙が流れ、心配した国王が改めて彼女の意志を確認したところ、彼女は……



『陛下、その儀は誠にありがたく思います。しかし、私はそれを受ける訳には参りません。私はただ、国を救いたい一心で動いていたに過ぎません。

 ゆえに貴族の称号を得たとなれば、却って批判を受けるは確実。更にその決定をした陛下にも批判の矛先が向かう事でしょう。』



 ……と語り、国王からの下賜の話を断る事を明らかにしたのであった。

 更に彼女はその場で『陛下、私は命を救われました。そして、私を救った者達は遥か東方、地の果てより参ったと聞き及んでおります。願わくば、私にその東方へ赴く許可を賜りたいのです。』と述べている。

 無論、これを聞いたいづる達は大なり小なり驚いていた様である。一方、話を聞いた国王は『ふむ……、余としてはそなたに引き続き国を守って貰いたいと思っていたが、よもやその様な想いを秘めていたとは……。』と語ったあと、暫しの黙考を経て、遂にその願いを許可する事としたのだった……






 拝謁を終え、王宮内の宿泊の為の部屋に戻ったジャンヌに対し、いづるは『あ~、真面目な話、本当に"アタシらのヤマト国"に行きたいのか?』と訊ねている。

 すると彼女は『そうよ。東の果ての国、一度で良いから見てみたいし。』と答えている。

 その、疑いを知らないが如き目を見ていづるは『まずいな~、アタシらが所謂"並行世界"から来ているって事をどう説明すりゃ良いんだ?』と思い、内心頭を抱えたくなったとか。


 結局、その日は何も言い出せず過ぎ、旅の支度の為に王宮内から支援者の別邸へと移った後も、いづるは中々言い出せずじまいであったという。

 そんな中、いづるは鈴鹿と以前話した内容の再確認をしていた……




「なあ、この世界だとジャンヌダルクは生きているが、他の世界のジャンヌダルクは死んでるんだよな? となれば、その"本来進むハズだった運命"が形を変えてこの世界のジャンヌダルクに襲い掛かるかも知れないんだよな?」


「ああ、あくまでも可能性の話だが、運命レベルというのか? そっちに引っ張られる事はあり得るという事だ。先の彼女に対する暗殺計画しかり、大広間での刺殺未遂の件しかり……恐らくこの先も。」


「何かと問題に巻き込まれるって事か。はぁ~、その都度アタシらで守らないとならねーって事か。」


「まあ、外的要因による問題ならな。しかし、それ以外の要因による場合だとどうなるか……」


「それ以外の要因? 何だ? 何かがジャンヌに降りかかるって言いたいのかよ?」


「可能性の話だ。降りかからない可能性もある。だが、この手の話は顕在化しないとハッキリしない。」


「はぁ……つまり"目に見えない"何かがジャンヌダルクの命を奪いに来るかもって事か。流石にそういう奴だと対処するのが難しいかも知れねぇな。」




 この様な会話をしつつ、何とか"世界の修正力"からジャンヌを守る方法は無いかと思案していたいづる達二人であったが、そんな時、つっちーが少し慌て気味に二人の元に駆け込んできたのである。

 そしてその口から『二人共、大変、すぐについてきて。……ジャンヌが倒れた。』という一言に、いづると鈴鹿は驚き、急ぎジャンヌの下へと向かうのだった……






 一同が部屋に戻ると、そこにはベッドの上で横になってはいたが意識はあるジャンヌと、火と風の王達が見守る形で立っていた。

 いづるが『一体何があったんだ!? 少し前まで何とも無かったじゃねぇか! 急に倒れたって聞いたから慌てて戻ってきたんだが……』と述べたところで、風の王である澄風が『案ずるには及ばないよ。倒れたというのは土の奴の早合点だ。正確には急に気分が悪くなって、しゃがみこんだだけだよ。』と語った事でいづると鈴鹿は安堵の表情を見せた。

 当然、直後に『つっちー、大袈裟過ぎるだろ! ビックリしてしまったじゃねぇか! 心臓が幾つあっても足りないってモンだぜ。』と突っ込むと、気落ちした様に消沈してしまうつっちーであった。

 そんなやり取りを見て、ジャンヌは『みんな心配してくれてありがとう。とりあえず私は大丈夫。……ちょっと倒れたというのは確かに大袈裟だったけど、そのくらい言わないといづる達はすぐに戻って来ないと思ったのよね?』と述べ、つっちーの方に視線を向けている。

 その、優しさを含む視線を向けられたつっちーは言葉こそ無かったが、少し照れる仕草を見せていた。


 このあと、ジャンヌが倒れたと聞いた国王が医師を遣わして診察させたが、この診察の過程でとんでもない事実が判明する事となるのだった……




「なに!? それはまことなのか!?」


「はい陛下。わたくしも医師を長年しておりますので、色々と見てきています。ゆえに断言できますが、今のジャンヌダルク殿の身体には……」


「っ!? ……なんたることだ。余がジャンヌの救出を躊躇したばかりに、その様な事態になってしまうとは。くっ、おのれイングランドの者共め。」


「陛下、如何致しますか?」


「……群臣や国民に知られると面倒な事になるな。主治医よ、ジャンヌは今なら動けるか?」


「は、今ならまだ動くには問題無いかと。」


「よろしい。……では、ジャンヌには早く我が国より出る事を勧めるとしよう。それと、この話だが、ジャンヌを助けた異邦人達にも通達すべきか?」


「それは……陛下の御心のままに。しかし事が事なので伝えても差し支えないかと存じます。」


「そうか……解った。彼らには余が直々に話をしよう。」




 ……程なく、いづる達は国王が直々に話があるという事で呼び出しを受ける事となる。

 ジャンヌの事を御劔様に任せ、一同は王宮内の国王執務室へと通され、そこで彼の口から思いもよらぬ事実を告げられたのである……




「……という訳だ客人。今、ジャンヌの身体には"別の命"が宿っている。」


「え、あ、その……アタシはまだよく解らねぇトコがあるけど、つまり何か? ジャンヌの腹に子供がいるって事か!?」


「うむ、結論から言えばそうなる。……しかし、その命は端的に言うなら"祝福されない命"なのだ。」


「祝福されない命……だと? はっ!? もしやそれは……」


「ん? どうしたんだよ鹿野郎。妙に歯切れが悪い感じだけど。何か知ってんのか?」




 国王の話を聞き、何かに気づいた鈴鹿。そしてその反応が気になって仕方ないいづる。

 その空気感から、風の王である澄風、火の王である火倉さんの両名も何かを察したのか?その表情が普段になく厳しめになっていた。

 唯一、沈黙を保っていたつっちーですら感じるところがあったものの、基本的には所謂ポーカーフェイスを保っていた。


 そして、訳が解らないままのいづるだけが非常に気になって仕方なかったが、周りの面子はいづるがまだ未成年者である事から、その事実を話すべきか否か迷っていたのである。

 幾ら圧倒的な力を保有していても、基本的には16歳の少女であり学生でもある。その事実を知れば、精神的衝撃は間違いなくあるだろうし、事が事なのでイングランド側に如何なる報復を仕掛けるか知れたものでは無かったのである。

 既に一度、いづるの手によって廃人の一歩手前まで精神的に痛め付けられたイングランド王や貴族達に、とどめを刺す様な事になれば、イングランドは国家として存続できなくなるやも知れない。

 ジャンヌ救出により"この世界"の西欧の歴史に変化が生じてる上、国家崩壊というオマケまで生じたらどうなるか?

 特に鈴鹿あたりはこの辺りで"この世界"から引き上げるべきという考えを持つに至りつつあった……
















 さて、暫くして未だに不思議がるいづるを横目に、四人の鬼の王達は一種のテレパシー(念話術)を使い、ジャンヌが待つ支援者の別邸への帰りの途上、善後策を練っていた。

 特にいづるに如何に説明するか? そして誰が説明役を行うか? それを決めようとした。

 普段から生真面目な鈴鹿では衝突し易いという事から外れ、つっちーもまた口達者という訳でもない事から外れ、火と風、二人の王のいずれかが説明役となる事となった。

 しかしここで火倉さんが立候補したのである。驚く三人に対し彼女は『風の、お前だと言わんで良さそうな事まで口に出しそうだからな。ここは私の出番という事だ。』とテレパシーで語り、遂に三人から承諾を取り付けたのであった……



『東雲よ、ちょっと大事な話がある。済まんが私に付き合って貰えるか?』



 この一言を火倉さんから言われたいづる。急な話に首を傾げる素振りを見せたものの、四人の王の中で実は接点が薄めだった火倉さん側から話を掛けられてはいづるも断る事はできなかったという。

 まあ、接点が薄めだからこそ、より深めになれればという考えをいづるが持っていた……かどうかは定かではないが、とりあえず話を持ちかけられては断る理由も無かったと言えた。


 そして、いづると火倉さんは他三人と別行動を取る形で王宮の敷地から出たところで飛び去る形で離れ、郊外の人気の無い場所に降り立ち、そこで話を始める。

 そして、その話はいづるにとっては怒りと憎しみと哀しみが滲み出るものとなったのである……




「さて東雲、今から話すのはジャンヌダルクが捕らえられて我々に助けられるまでの間、彼女の身に何が起きたかについてだ。」


「ん? アタシらに救われるまでの間? どういう事だよ。」


「ふむ、その様子だと中々に甘々(あまあま)な砂糖菓子思考のようだな。……今から話すのはこの世界の、この時代の女性が戦場などで囚われたらどうなるか? についてだ。」


「囚われたらどうなるか? どういう意味だ?」


「ふぅ……、無知なのは時として罪にもなるし、時として助かる場合があるが、今回は事実と知識の双方の面で大事な話だ。……東雲、お前は子供が如何にして出来るか知ってるか?」


「は? 何でぇ、そんな事か? そりゃ……(こうのとり)がなんとかしてんじゃね?」


「……本当に無知なのは時として罪になるとは言うが、よもやここまでとはな。先々代様達はいづるにはさほどモノを教えてもいない、という事だけは解った。」


「おい、何でそこで婆さん達が出てくるんだよ。それと何気に婆さん達を軽蔑してねぇか?」


「軽蔑はしていない。敢えて言うなら知識の偏りに異を唱えているつもりだ。」


「知識の偏りって……婆さん達がアタシに教えた知識に問題があるのかよ?」


「大有りだ。今から話すのは先の戦役の際に、我々と共に戦った"兎人兵"達の身にも起きた……悲劇と同じ話だ。」


「兎人兵? 確かあの小柄な嬢ちゃんねーちゃん連中か? それとジャンヌとどういう関係が。」


「……東雲、今から言う事に関しては心して聞け。お前も女なのだ、油断すればお前もそうならないとは限らんのだからな。」




 こう火倉さんが一区切り入れる形で述べたあと、いづるは彼女の口から衝撃的な事を聞かされるのである。それは……



『……単刀直入に言う。ジャンヌダルクは、囚われて処刑場に送られるまでの何処かの段階で"性的辱しめ"、要するに"強姦行為"を受けている。』



 ……と。

 これを聞かされた瞬間、いづるの頭の中身は一瞬真っ白になったらしく、その表情は目は丸くなるし、それ以外の部分も困惑が露出するモノだった。

 しかし、そんないづるを前にして、火倉さんは更に話を進めた。



『先の戦役の折り、我々と共に戦った兎人兵の中に、武運拙く敵に捕らえられた者がいた。捕まった彼女達に待っていたのは、凌辱的扱いだった。』


『我々の敵だった連合の連中は、当時兎人兵を人間として扱わなかった。所謂捕虜としての待遇すらせず、謂わば物として扱ったのだ。その結果が逃げられぬ様に手足の自由を奪い、慰め物として命が尽きるまで辱しめの限りを受けさせるという末路だった。』


『この事実は、私の同期だった当時の火の鬼の王候補だった者が、別の兎人兵部隊と共に敵の前線基地に強襲を仕掛けて占拠したあと、基地内を探索した際に多数の捕虜兎人兵の亡骸を発見し、検死を行った過程で発覚したものだ。』


『そして、恐らくジャンヌダルクもそういう兎人兵達と同じ目に遭っている。普通なら彼女も廃人になってもおかしくはなかっただろうが、母国を救うという意志の強さが廃人化する手前で踏み留まる結果となり、あの時私達が来るまで自我を保つ事が出来たのだと思う。』


『だが、そうして命永らえた事で、彼女の身体には父親が不明な"望まれぬ、祝福されぬ命"が宿ってしまった。処刑されていたならば、生じる事なき命が今、彼女の身体にはある。』



 ……一通り話を進めた火倉さんは、いづるの様子を確認してみた。

 彼女の目の前にいる16歳の女子は、目を丸くしたままその視線もどこか虚ろ気味になっていた。

 後年、美鶴を預り、小蓮を連れて旅をする事となる頃のいづるならともかく、この時のいづるには余りにも刺激が強すぎた話であり、同時に現実であった。

 程なくいづるは俯きながら身体を震わせ始めていた。そして、声になるかならないかの圧し殺した小声で……



『何だよそれ。人を人と思わねぇってのかよ! 女を、女性を、一体なんだと思ってやがるんだよ! 女は、そんな事の為に産まれてきて、存在してんじゃねぇんだぞ!』



 ……と独白しつつ、次第に身体の震えが大きくなると同時に彼女の身体の周囲に鬼力の迸りが生じ出していたのである。

 その様子を見て、火倉さんは慌てるまでもなくいづるを宥めようとしたのであるが……



『っ!? 何だ、この見えない壁みたいなモノは。 東雲に、近づけない……だと!?』



 ……近づこうとした火倉さんは見えない壁みたいなモノに阻まれ、中々近づけない状態となってしまう。

 そんな中でも『……東雲っ! 気をしっかり持て。お前の怒りは理解できるが、ここで力を暴発させても解決にはならんぞ!』と叫んで、いづるを正気に戻そうとしたが、火倉さんの声はいづるの耳に入ってはなかった。



『くっ、何てザマだ。これでは他の王達に対して面目が立たんな。このままいづるの力が上昇を続けたら、この世界がどうなるか……』



 こう思った火倉さん。最悪、自身の鬼の王としての力を完全解放する事も念頭に起き始めていた。

 だが、そんな彼女。そしてこの世界にとって実に運が良かった事があった。それは……



『……随分と帰りが遅いと思ったら、何やら面倒な事になっておるのぅ。どうやら予の出番が来たという事かの?』



 ……この一言と共に、いづるの背後を取る形であらわれたのは御劔様、その人?であった。

 御劔様、視野に映る出来事を見るなり、咄嗟に腰に携えていた"直刀"を抜き、次の瞬間……



『どりゃあ!』



 この一言を発していづるを背後から切りつけたのである。

 いや、厳密には切りつける直前に直刀が所謂"ぴこぴこハンマー"のような形状に変化し、そのハンマーヘッド部分がいづるの後頭部に直撃。

 直後、いづるは『ふぎゃ!?』という情けない声を発してその場に前のめりに倒れ気絶したのであった。


 この光景を見ていた火倉さんは『何? 私ですら近づけなかった東雲にいとも容易く近づいたばかりか、本人が反応するより早く一撃を加えて気絶させるなんて……。"あの時"も感じた事だが、一体何者なんだ? この御劔様と称する娘は。』と、驚きを以て思っていたのだった。

 そんな火倉さんを見た御劔様は『ふむ、いつぞやの候補だった今の鬼の王と言えど、予の正体を知らねば斯くの如き反応になるのも道理よな。』と、明らかに彼女の内心を見透かすような事を思っていたのであった……






 いづるの意識が戻ったのはそれから数時間後、支援者の別邸内の別の部屋のベッドの上であった。

 目が覚めた時、室内には御劔様だけが居て、意識が戻ったのを確認すると『目が覚めたか? 昨夜は随分とご立腹だったようじゃの。危うくこの世界最後の日となるところじゃったぞ?』と話し掛けている。

 その一言を聞き、いづるは昨夜の事を思い出そうとした。怒りに身を任せ、力を解放しようとした辺りまでは辛うじて覚えていたものの、そこより先の記憶がぷっつりと切れていた。

 それを認識した直後、いづるは鋭い厳しめの視線を自身を見ている見かけ子供な存在に向けていた。しかし向けられた方はどこ吹く風じみた感じでのらりくらりと……その実、殺意込みの視線をかわし続けていたのだった。


 そのあと、いづるはジャンヌの事が気になり、若干ふらつき気味の状態で起き上がると、そのまま彼女がいる部屋へと向かった。

 そして、その部屋の扉を開けて乗り込むと……



『あら? おはよういづる。どうしたの? 随分と怖い表情をしているけど……』



 ……未だにベッドの上に居たが、その縁に座る形でどこから仕入れたかわからない林檎の皮を剥いているジャンヌの姿があった。

 それ以外の面々の姿が見られない事から、いづるは昨日聞いた事を訊ねる事となる……




「なあジャンヌ、アンタの身体の事なんだが……」


「……解ってるわ。私の身体には別の命が宿ってる事は。」


「っ!? ……アンタは、アタシらに会う前に」


「いづる、そこから先は言わないで。……正直、私にとっても思い出したくない事なのよ。」


「……そっか。当然だよな、死ぬほど思い出したくない事なんだよな。」


「そうね。……あの忌まわしい出来事を思い出したくない。できれば記憶を消したいくらい。」




 そう語ったところで、林檎を剥いていたジャンヌのその手が止まり、同時にその手が震え出している事にいづるは気が付いた。

 そしてジャンヌの隣に座ると、震える彼女の手を握って『安心しろ、もうアンタが酷い目に遭わない様にアタシがする。アンタの運命だってアタシが変えてやる。』と言葉を紡ぎ出していた。

 それを聞き、ジャンヌは一瞬息を飲んだあと『ありがとう。私の事でそこまで言ってくれるなんて……。』と言ったのち、彼女の眼からは自然と涙が溢れ出していたという。


 この時、いづる個人は理屈抜きでジャンヌを"自分が住まう世界"に連れ出す決意を固めていたという。無論、彼女が色々驚く事は明らかだったが、彼女にとって今の世界に居続けさせる事が何らよき事に繋がらないと、いづるは判断したようである。

 しかし、この時のいづるの判断が本当に"ジャンヌダルクの運命"を大きく変える決定打になるとは、全く思ってなかったらしい。

 実は、この意志を決意した段階でジャンヌダルクの運命に関する流れが別の方向に変化していたのである。それは"この世界の復元力"の枠から外れ、新たな路に切り替わった事を意味していた。


 その事をもっとも理解していたのは、部屋の外で会話を立ち聞きしていた御劔様だったのだが。



『ふむ、いづるんが斯くも明確に意志を明らかにするとはのぅ。……ま、確かに今の世界に留めて置いても、"この世界"がジャンヌを排除しようとするじゃろうからな。その枷から逃れるにはそれしかあるまいて。』



 その呟きを最後に、御劔様の姿は"この世界"から消えたのだった。

 あとになり、それに気づいた鬼の王達が探そうとしたが、いづるが『気にしなくて良いぜ。ポンコツ三号もやる事が終わったと思ったんだろうし。まあ、また何かあったら自分から顔を出すだろうさ。』と、そんなに気にしなくて良いと言わんばかりの事を述べたという。


 それから数日後、ジャンヌを伴っていづる達はパリを離れ、彼女の故郷に向かう……ように見せ掛け、人目の無い森の中に入り込んだ。

 そこでいづるはジャンヌに対してネタばらしをするのだった……




「あ~、ジャンヌ。今から先の事なんだけどさ……」


「ん? どうしたの? 妙に神妙な顔をして。」


「えっと、そのなんだ、今からアタシらの"住む国"に向かう訳だけど、実は一つ言わないといけない事があるんだ。」


「言わないといけない事? 貴女がそんな神妙な顔を見せて言おうとしてる事となると……よほど大事なことね? 解ったわ、私は何を言われても驚かない。既に私自身や周りの事で散々振り回された訳だし、何を今さらって奴ね。」


「そ、そうか。そこまで考えてるなら話すわ。……実はアタシら、"この世界"とは別の世界から来てるんだ。」


「は!? べ、別の世界!? 冗談……じゃなさそうね。貴女や他のみんなを見てれば何と無く解るわ。明らかに私達の世界の人間とは色々違い過ぎるし。」


「あ~、そう理解しますか~。ま、確かにその認識は間違って無いぜ。何せこの世界でアタシらに噛みつけるだけの存在は皆無だからな。」


「ふふっ、そうでしょうね。他にも居たらイングランドとの戦争だって結果が違っていたでしょうから。……それで、どうやって私をいづるの世界に連れていくの?」




 ジャンヌから違う世界への移動方法を問われたいづるは『あ~、方法自体は、アタシ基準になるけど単体ならワリと簡単なんだよな。そこに他のみんなを連れて移動となると、チョイと工夫を一捻りって事になる。』と語り、続けて……



『アタシの周囲の空間には、見えない袋が無数にある。ま、これは概念みたいな物だけど、ジャンヌには一旦それの中に入って貰う。その上で今見てるアタシの存在をこの世界から消して"アタシの本体がいる世界"でジャンヌを袋から出す。それで世界転移完了って案配な訳だ。』



 ……と語り終えている。

 何やら小難しい事を言っているという事だけは理解したジャンヌ。

 たた、ここまで来たからにはこの先何があろうとも退くつもりは無かった。

 もはや"救国の聖女"ではなく一人の自由意志を持った女性として、自らの未来を掴む事を望むのだった……




「よし、ジャンヌの覚悟も決まった事だし、早速始めるとするか。」


「東雲、やるからにはさっさとやれ。あの感覚には余りなれてないんだ、手早く済ませろよ?」


「おっ? 流石の鹿野郎もびびってるぅ~?」


「五月蝿い! さっさとやれ!」



 世界転移前に鈴鹿と軽くジャブの応酬をしたところで、いづるはジャンヌにちょっとした種明かしを見せている。

 まず四人の鬼の王達をいづるの周囲に集めると、いづるが軽く腕を振った。すると、その腕の振りの軌道上にいた王達が次々と姿を消したのである。

 それはまさに"神隠し"とも言える物であり、これにはジャンヌも驚いたようである。

 そしてジャンヌの番となり、いづるの前に立った時、二三会話を交えたという……




「んじゃ、次はジャンヌの番だな。突然始めると何がなんだか解らなくなるだろうから、とりあえずジャンヌは次にアタシが呼び掛けるまで眼を閉じて欲しい。」


「うん? 眼を閉じるだけで良いの?」


「ああ。何せさっき言った袋ってのがちょっと癖があるやつでな、入った物……生き物だろうが何だろうが、経年劣化ってのを停止させるらしいんだ。」


「経年劣化を停止? それって……」


「言い方を変えるなら、袋の中に入った物の時間が凍結される。中の物は入った時の状態を保ったまま保存されるって事になるかな? まあ、そんな感じだ。」


「……中々恐い事を言ってるわねいづる。それって、入れた物の事を忘れたら、永遠に出てこれないって事になるわよね?」


「あ……確かにそうとも言うなぁ。そういや、この前の林檎も入れて何年になるか解らねーんだよな。」




 そう語り締めつつ、乾いた笑いを発してしまういづるであった。


 そして改めてジャンヌを袋の中に入れる事となる。

 入れる前、最後にいづるはジャンヌに斯く語り描けている。



『それじゃジャンヌ、次はアタシの世界で会おうぜ。』



 その直後、ジャンヌダルクの姿は"この世界"から消失し、程なくいづるもその身が消えたという。

 いづるが消えた後、その場には一枚の人形(ひとかた)の紙依代だけが遺され、それは森の風に乗せられ何処へとなく飛び去って行った……
















 そして時は現代、佐世保市内の教会へと戻る。

 教会内の客室で、東雲いづるはジャンヌダルクと昔話を交えていた。




「いや~、お前をこっちに連れてきてから色々大変だったなぁ。連れてきて早々、サレナ姫……あ、今は石田小百合と名乗ってるんだが、その姫様から妙な目線で見られたんだよな。」


「サレナさん、妬いていたのね。……まあ、無理もないかも? 彼女も私と同じクチと聞いて、妙に親近感が湧いた物よ?」


「ん? 何で姫様が焼くんだ?」


「いづる……私が言ってるのは貴女が考えてるのとは違う"やく"よ。」


「え!?!? な、違うのかよ!? ……焼く、じゃなければ何なんだ!? 解らねぇ、全く解らねー。」




 何やら頭の上で『?』が幾つも躍っているのが見えている様に、ジャンヌダルクには見えていたという。

 そんないづるを見て『基本的にはあの頃から変わらないわね。まあ、いづるには変わって貰いたく無いのだけど……。』と思いつつ、更に次のような事を思っていたのであった……



『私は昔"救国の聖女"と呼ばれたけど、私が母国を救った様に、貴女が私を救ってくれたのよ。だから、私にとって、そして"あの子"にとっても貴女こそ"救世主"なのよ……』



 ……と。

 その時、そんな客間に突如としてノック無しで入り込んできた人物がいた。

 その姿、どことなく若き日のジャンヌを思わせつつ、そこはかとなく違う……そんな容姿をした女性であった。

 ただし、入り込んできた勢いで足が縺れて床にダイブしてしまったのであるが……




「いった~い!」


「一体がなんだって?」


「いづる、また聞き違いしてるわ。」


「えっ? また間違ったのか!? ……ヤマト語ムズカシイネ。」


「なにボケた事を片言棒読み風に言ってるの? それはそうと……貴女もいつまでも床とキスしてないで起きなさい"アンナ"」


「ううっ、わたしだって好きでキスしてないよ、お母さん。」


「……お? アンナって、あのバブバブ言ってた奴か? 随分見ない間にでっかくなったなぁ~。」


「ふぇ? ……お母さん、こっちの……オバサンはどちら様で?」




 アンナと呼ばれる女性からオバサン呼ばわりされた瞬間、いづるの目尻がピクピクと引き吊った……ようにジャンヌには見えたという。

 それを示すように『ほぅ、会ったそばからオバサン呼ばわりか。こりゃ、躾甲斐があるってモンだなぁ~。』と述べつつ、凄く恐い悪党染みた表情になっていた。

 これにはアンナも蛇に睨まれた蛙状態となり、一気に顔面蒼白となったのは言うまでもなかった。


 もっとも、ジャンヌが止めに入った事で、いづるも恐い雰囲気を引っ込めてはいる。

 昔のいづるだったらどうなっていた事か……と思いつつ、ジャンヌはアンナと呼ぶ"娘"にいづるの事を説明している。

 その話を聞いて、アンナは『あー! 貴女が前々からお母さんが言ってた「いづる"姨様(おばさま)"」なんですね! 失礼しました。娘のアンナです……って、何だかわたしの事を知ってるみたいだけど。』と語ると、いづるは『まあ、そりゃもちろん。何なら臍の緒が付いてた頃から知ってるぜ?』と返答している。
















 ジャンヌがいづるの世界に来てから数ヶ月後、彼女は臨月を迎えていた。

 この時、高級中等学校(高校)のニ年生となっていたいづるは、軍立病院の産婦人科施設で出産を控えるジャンヌに面会していた。

 こちらの世界に来てから、色々と手続きをする間もジャンヌの腹は徐々に大きくなっていた。

 いづるはそんなジャンヌの状態に興味津々だったらしく、何度も彼女の元を訪ねていたのであった。

 そして臨月を迎え、病院で面会をした時……




「もうすぐ出産って奴か~。何だかあっという間だったな。」


「ええ、貴女や周りの親切な方々の助けがあればこそよ。」


「……なあ、今さら言うことじゃないけど、向こうで"祝福されない命"と言われたモンを今から産む事に、ジャンヌは抵抗感は無いのか?」


「あら、まさに今さらね。……確かにこの子は向こうだったらそんな扱いを受けていたでしょうね。だけど、こちらの……いづるの世界は違う。どんな命にも幸せになる権利がある。ましてや救国の為に命のやり取りをしていた私だからこそ、この子の未来は守りたい。」


「未来を守る……か。もう英雄としてのジャンヌダルクじゃなくて、一人の命を産み育もうとする母親の思考だな。向こうの連中が聞いたら驚きそうな話だけどな。」


「ふふっ、いづるも母親になれば解るわよ。……例え、命の授かり方が不幸な出来事による物だったとしても、この子には親を選べない。なら、この子を守れるのは私しかいない。そう私に言ったのはいづるだよね?」


「げっ!? や、止めろ~。こっぱずかしくて同じ事は二度と言いたくねぇぜ……」




 ……と、気恥ずかしくなってジャンヌに対して背中を見せる様に、回れ右したいづるであったが、その直後『……アタシにもそんな時が来るのかなぁ。全く想像できないぜ。』と小声で呟いたのをジャンヌは聞き逃さなかった。

 その上でクスクス笑うと、いづるはそれが自分に向けられたモノだと察して『うわっ! 笑うな~。アタシが一体何をしたって言うんだよぉ。』と、抗議したのであった。


 それから暫くしてジャンヌは出産する。

 分娩室の外ではいづるだけでなく、水梨伊鈴や今川美清など、こっちに来てから世話になった面々が集まり、その時を待ったという。

 そして、分娩室の扉の上部にある赤ランプが消えた後、部屋の奥から新たな命の叫びが聞こえたのであった……




「どうやら産まれたみたいだねぇ。まあ、私には縁遠い話だけど、命の咆哮はいつ聞いても力強いモノだねぇ。」


「伊鈴婆がそんな感傷的な事を口にするとは意外過ぎるぜ。アタシなんか……」


「そわそわしていたわねいづるさん。まるで我が事のように心配しているのが丸わかりよ?」


「ちょ!? 水のねーちゃん、言葉にして表明しないでくれぇ。恥ずかしいってモンじゃねぇんだよ……」


「おやおや、いづるが恥ずかしがるなんてね。ま、あの子の出産に至るまでにはアンタも深く関わってるから尚更かねぇ?」


「うるせぇ! ……だけど良かったのかもな。訳解らん汚名を被されて産まれる世界より、こっちという、むしろ縁なき世界で産まれた方が縛られる物も無いだろうしさ。」


「だけどこれから大変よ彼女。産まれた子の父親が解らないのでしょう? 将来父親の事を聞いたときどう答えるのかしら?」


「ねーちゃんよ、そこのところも一応考えてるぜ。元々昔の人間なんだ、だったら産まれる前に色々あって死んだって事にすればいいという風に話を進めてる。」


「昔の人間……ねぇ。確かに見方を変えればそうなのでしょうけど、あまりにもベタな話よね。それでいつまで隠せるか……」


「ん、バレたらバレたで、その時考えれば良いさ。今はこの話で事を進める。婆さんもねーちゃんもそういう事で協力してくれ。」




 そんな会話をしていた最中、分娩室の扉が開き、女性の助産師が毛布に包まれた産まれたての赤ん坊を連れて現れたのだった。

 そして『見てください、元気な女の子ですよ。』と述べつつ、その場にいた三人に見せたのであった……




「うわぁ、これがジャンヌの腹に入ってたのかよ。」


「あらあら、可愛らしいわね~。将来はお母さんに似るのかしら?」


「二人とも、この子の歩みは今始まったばかりさね。そう、母親とこの子の、未来への旅路がね……」




 三者三様の、厳密にはいづると美清両人の発言を聞きつつ、伊鈴は母娘のまだ見ぬ未来への期待と希望を祈るような呟きをする。

 そして三人は後日アンナと命名される赤ん坊の顔を覗き見るのであった……
















『……とまあ、そんな訳でアタシ達がお前の誕生の時に来ていたって訳。』



 アンナが産まれた時の事を一通り語ると、近くの茶菓子に手を伸ばしつつお茶を飲み始めたいづる。

 その姿を見ながらアンナは『わたしが産まれた時にも立ち会っていたなんて……姨様って、もしかして暇人なの?』と思った事をあっさりと口に出している。

 次の瞬間、思わず口の中のお茶を吹き出しそうになり、それが中途半端だった事からむせる事となった。

 この無様な姿を見ながらジャンヌは思わずクスクス笑いを始め、その様子を確認し、むせた状態で抗議を試みるいづる。そしてそれを更に客観的に見るアンナという構図が繰り広げられるのであった……






 暫くののち、夕方となり教会から立ち去り帰宅する事となったいづる。

 ジャンヌ母娘に対して『ジャンヌの方は人伝に聞いているかも知れないが改めた宣言しておくぜ。当面アタシはこちらに留まる事になった。今後も今日みたいな感じでひょっこり顔を出すかも知れねぇから、その時は"美鶴"共々よろしく頼むわ。』と去り際に一言述べている。


 そして立ち去っていくいづるの姿を見送りながら、ジャンヌ母娘はこんな会話をしていた……




「……話に聞いていたけどね、いづるも"母親"になったのよね。もっとも、血の繋がりは無いらしいけど。」


「血の繋がりがない? 姨様の娘さんって何か訳ありの子なのかな?」


「だと思うわね。もっとも、それを私達が深く詮索する事じゃないとは思うけど。」


「……詮索する事じゃない、か。」




 去り行くいづるを見ながら、アンナがさりげなく口にした一言を聞き、ジャンヌは『気にしてるのかしら? 自分の素性を。そして父親の事を。……いつかは話す時が来るのかも知れないけど、出来ればその時が遥か遠い未来である事を私は望みたい。』と心の中で思い、続けて……



『もし、その時が来たなら、その時にはいづるにも立ち会って欲しい。私一人だと上手く伝えられない。こればかりは神にもすがる事はできないから……』



 ……と、強く思うのであった。






 斯くして、かつて"救国の聖女"と呼ばれた女性と、"護国の鬼姫"と呼ばれた女性の邂逅と再会の小話は一つの幕を降ろす。

 だが、同じ世界、同じ土地で暮らす以上、いつでもどこでも何度でも会える。その事実は変わる事なく……


 今日も西の海に陽は沈み、また新たに東の山の向こうから陽は昇る。そんな日常が続くのであった……






 ― つづく ―
















 余談である。

 いづるの世界に来て、ジャンヌダルクはこの世界にも自身と同一存在が居た事を知る。

 もっとも、そちらの存在の末路は自分が辿ろうとしたモノと同じであり、何の助けもなく灰塵に帰した事を知ってしまう。

 この時、いづるに『この世界の自分を助ける事は出来ないの?』と問い掛けたのであるが、いづるが答える前に水梨鈴鹿の方から『それを仮にしたら、この世界の歴史が大きく変わるだろうな。すでに"向こうの世界の歴史"は変わってしまったが、それを此方でも行う訳にはいかないのだ。心苦しいとは思うが我慢して欲しい。』と告げられ、ジャンヌは無念さから涙を浮かべつつ承知したのだという。






 ジャンヌが佐世保の教会でシスター、または神父の代理を行うようになり、この教会にはヤマト国内ではごく少数派となった十字の教えを信じる者達が大挙として来るようになったという。

 その過程で彼女は自身の娘を身籠った経緯を、自身の話としてではなく喩え話として語っている。そして『如何なる形で生じた命とはいえ、その命に罪は無く、その命にも未来を掴む権利はある。』と述べ、命の大切さ尊さを語っていく。

 その姿を見たある信者は、彼女に理想の"聖女"の姿を見たと語ったという。


 なお、さすがにジャンヌは自身の素性に関しては伏せていたようである。昔の人間に当たる存在が生きてここに居るなんて信じる者はいないかも知れないが、それでも念のために伏せるようにいづる周りの者達から要請されていたという。


 そして彼女の唯一無二の家族であるアンナだが、この娘もシスターとしての教養を身につけているのだが、ある意味完璧な母と比してどこかおっちょこちょいな部分があった。

 娘の実父が誰なのかは正直解らない。おっちょこちょいな気質はその実父のモノなのかも知れないが、今となっては確認する術がない。

 そもそも(向こうの世界に於いて)生きているのかどうかすら解らないのである。一つの可能性として、いづる達が処刑されようとしていたジャンヌの前に現れた後、火の鬼の王である"火倉さん"が軽く力を振るった際に焼け死にした兵士の中にいたかも知れないのだとか。

 もっとも、真相は闇の中であったが、むしろ解らない方が丸く収まって良いのかも知れない。


 斯くして、古の聖女ジャンヌダルクは時と世界を越え、幾人もの理解者に守られ、更に大切な家族を得て、今日も明日もこれからも、大切な人々の幸せを願いつつ祈りを捧げる日々を過ごすのであった……






 ― 本当につづく ―


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