第42話 1〜3人称
なんて言うんですかね、素人丸出しで考察します。
処女作は一人称でした。独白ですから、とにかく深く深く潜って内面をしっかりと描きました。
本人であってもわからない、としても全然悪くないとは思うんです。現時点での主人公の感じたことなんですから。でもあれは成長物語でした。ですから最終的には主人公は成長させねばならず、数日ウンウン唸ってでも答えを探し出さざるを得なくて。あのときは非常に苦労しました。
途中で性別も変えたんですよねえ。書き換えがたいへんでたいへんで。初めての物語には相当苦労させられました。
続く第2作は三人称でした。前作を描くのが苦しかったからではありません。主人公が3人でしたから誰かひとりの人称に限定するのが難しかっただけです。楽なほうを選んだんですね。
最初は3姉妹の次女の一人称にしようとしていたのですけどね。1万字も書かないうちに無理だと気づきました。中身がわかるのが次女だけで、長女と三女がなにを考えているかがわからないまま進行しますから。あれはよい判断であったと今でも思います。
心の内がわかる神視点でしたので、なるべく人物にしゃべらせて、地の文は硬質でたんたんと語るように努めました。
その試みはどうでしたかね?
最後まで読破された方が10人程度ではお察しですか。
第3作はふたたび一人称で。
恋愛相手のオレゴン女子を観察する主人公は、今時の冷めた人物像。高校生である身も手伝って、あまり難しく深く考えることが少ない地の文となりました。
恋愛相手である女子の心のうちをブラックボックスにするためには、一人称の都合がよかったのです。
……この作品についてはあまり多くを語りたくはありませんね。まだショックから立ち直れていないようです。
第4作は二人称で挑みました。会社員が主人公なら同僚、学生ならクラスメイト的存在の人称です。
いつもなにか新しいことをしてないとこの趣味も飽きる可能性があるんですよね。それでいつもなにか挑戦しています。
主人公の一挙手一投足は外からみた憶測。考えているであろうとする想像と、表情からの推測で物語は進みます。もちろん主人公自身の吹き出しはありますよ?
この試みがどう出るかは編集者さんの講評にて。
外野の思惑が地の文なので、書いていてそりゃあもう楽しくて楽しくて。本編そっちのけで脱線することしばしば。
苦労したのはそこではなく、プロットを作らないがゆえのアイデア出し部分や、点差や新技など試合運びの部分ですから。書いているぶんには楽しめました。読まれた方が実際にどう感じるかは、秤にかけねばわかりません。
第5作はどうしましょう?
敵機の性能なんかを語りたいですから、三人称になると思います。




