第27話 水上作品はおれごんの真ん中に近い
漫画家の水上悟志先生の作品が好きでして。プラネット・ウィズや惑星のさみだれの作者さんといえばお分かりになるでしょうか。おれごんが最高傑作と信じて疑わないのはスピリットサークル。6巻と短いですから、たいへんおすすめです。
おれごんが突然こんな話をするのは今週、戦国妖狐を読み終えてむせび泣きましてね。とてもよいお話でした。また記憶が薄れたときに読み返したいです。
じつは購入したのは何年も前の引っ越しの直前、読む時間を得られずに梱包され、開梱してからも本棚に収まっているだけの状態で月日が流れて。先日ヨコハマ買い出し紀行を探索した際にひょっこりご降臨あそばされまして。ありがたく拝読した次第。
いつでも水上先生のお作でつらぬかれているのは『老い』、『亡び』、『別れ』でしょうか。もしそうでないとしても、おれごんはそう感じ取っています。
これらがどうにも刺激します。いえ、歳とっただけだろ、ではなく。私の真ん中に近い。
そんな真ん中と比べると、拙著の第3作は遠く離れた作品でした。これには反省。自分の真ん中から遠い。
こうなってしまったのもむりからぬ話でした。先に挙げたそれらを内包しようとすると、あわい恋愛小説なら例えば難病ものが挙げられましょう。でもオレゴンの観光をアピールしたい小説でしたから。観光と難病の両立は不可能。
いえ、相反するテーマすら両立させられる手腕があったなら名作になったはずです。でもそうしなかった、そうすることができなかった。
だったら。
できることをやったらいいんです。両立は無理でも、片方だけならなんとか。
そして今一度初心に帰りましょう。最初に小説を書こうと一念発起したきっかけはなんだったか。
伝えなければ終われない、これを内包せずば書く価値もない。新作はこれを念頭に置いて描くこととします。たとえ酷評されても後悔することのないものづくり。それを貫かねば。




