第104話 ひょろひょろの木
比喩でも暗喩でもなく、本当の話です。
おれごんの会社には、あまり日の当たらない北側や、四方が囲われたところにも観葉植物が植えてあります。そのうちの四方が囲われた中庭の木がですね、永年の日陰生活にめげず、ついに日の当たるところにまで枝葉を伸ばしたんです。
成し遂げたのか、貧弱なひょろひょろの木よ。これからはその葉に浴びるほど日をうけて、たくましく背を伸ばしておくれ。隆々と幹を太らせ、いつかこのガラス窓を割り散らかすがいい。そして慌てふためく人々を見下ろすのだ。
そう思っていたら。
なぜか日に当たったところの葉っぱが変色して、はらはら落ちてしまって。枝もみるかげなく痩せてしまい、さわれば捥げそう。
とはいえ、日陰部分は依然として元気なのです。植物として健康っぽい。上層部で起きた惨劇にめげず、着々と次の枝を伸ばしている。
何があったというのでしょうね、上層の枝葉に。まさか日光が有害とは植物の身にあってないこととは思うのです。でも、発芽してから何十年ものあいだ直射日光を一度も浴びたことのない身には、刺激が強すぎでもしたのでしょうか。
はたからは、栄養を集中させててっぺんの枝だけを高くしていたように見えていただけに、なんというのでしょうね、不憫で。
なんだか。
背伸びをして、やっと外の世界を仰ぎみたら、枯れてしまうほどの衝撃を受けた。
そう受けとめてしまって。
そんなに外の世界はひどかったですか?
思い描いたようなところじゃなかった?
想像と違った、幻滅した?
でもね、これが現実なんです。残酷でかわいいかわいいわたしたちの世界なんです。
プラスチック製の容器をプラスチック製のフタで覆い、エコだと言って紙のストローを挿し、飲んで紙の味がするとか宣う世の中なんです。紙のストローをやめてプラスチック製に戻すのを大統領令で決めちゃうような社会なんです。
ごめんなさいね、木のあなたの前で紙製品のストローの話をしてしまって。それを見て外に出たくなくなったんでしたよね。
そうなんです、世の中には木材という名で、たくさんのお仲間の体が切り売りされている。
ヒトが地球のがん細胞とはよく表現したものです。後から興り、我がもの顔で闊歩する。食べるにも暮らすのにも他の動植物の命を奪わずには生きられない。
あなたはもう背伸びをやめたのでしょうが、知ってしまいましたよね、わたしたちの本質を。木殺しの化け物のことを。ガラス越しに日々みえるわたしたちはさぞ恐ろしく変貌したことでしょう。
たとえそうでもね、生きてください。あなたという個体に関しては、そこで育つことを会社が存続するかぎり許された。
いいえ、課されたのです。決して豊かな土壌でなく、周りには仲間もおらず、日光のささない日陰ですけども。
押しつけられた義務、そうしかさせてもらえない。
運命、なんですかね。マイナスの意味の。
魚は海に縛られて、鳥は空に囚われて。
飛ぶのをやめてしまったキーウィや、海に進出したクジラなど例外はあるものの、あなたやわたしは今すぐに常識の範疇から出ることはないので。
あなたは依然、地に縛られている。
それでもまた、いつか日の当たるところまで枝を伸ばしてほしい。そして立派な大木へと。悲しいかな、あなたはそうすること以外できないのだから。
小市民たるわたしたちだって生きますよ。未成熟な生物のまま、未発達な社会のまま。
わたしたちとてこの地面からは離れられないのは同じ。ヒトは社会によって縛られている。だから生きることしか赦されないのなら、それだけをまっとうします。
そのうち大地震に見舞われるのだとしても、やがて病に斃れるのだとしても、生きますよ愚かなまま、この身体が動くあいだは。




