暗転
「殿!大変でござりまする!
遂に絶対防衛圏が!!!5000字のラインが突破され申した!!!!」
「えええ。なんでそんなに長くなっちゃったの~?」
「どうやら作者が興に乗りすぎ、間違って2話分の内容を突っ込んでしまったようでござる!」
R15を外して、残酷な描写ありにしました。
R15方向にはいきそうにないので
一応これから残酷な天使(字義通り)に政賢君がなる予定ですので。
今日は土曜ですので、2投しま~す(^^♪
20時頃かな?
2001年3月1日:JBCTV特集・電子産業まるわかり
【スマイルカーブ】
電子産業などで収益性を表す曲線です。
収益性を縦軸に事業のプロセスを横軸に取ったグラフにするとU字型になります。
企画・開発や部品製造などのいわゆる「川上」事業の収益性が高く、加工や組み立てなどの中間事業は収益性が低くなり、販売やメンテナンスなどの「川下」事業では再び収益性が高くなるとされています。
例えば全くの新製品を企画開発した企業や、そのメンテナンスを請け負う企業が継続的かつ多大な収益を得ることができます。
1551年10月上旬
上総国久留里城
里見義堯
1年前に将軍家の仲裁で北条との抗争を一時的に停止した。
それまで10か月にわたり北条との小競り合いが頻発していたが、この発端は上野から来た外交僧が持ってきた話であった。
「古河公方足利晴氏からの支援の要請」
この文が天台宗浅草寺の別当、忠豪上人から届けられた。
持参したのは上野国で同じ天台宗の寺の別当をしているという若い僧であった。
名前は智円と申したか。
上人は北条の流れを汲んでいるはずだが、凋落が著しい足利家に対する哀れみからか、古河公方足利晴氏殿に懇願され、古河公方への支持支援を厚くするように示唆してきた。
要するに金銭支援してやれ、ということだ。
裏に北条がいるのかもしれんが、古河公方を押さえておけば上総・下総への影響力は増していく。
じゃから、北条への対抗策として支援してやった。
が、これが北条の逆鱗に触れたらしい。
北条は晴氏の後継ぎとして、嫡男藤氏殿を廃嫡、小田原で養育している梅千代王丸を押し込もうとしていた。
それを強気になった古河公方晴氏が断ったのだ。
そこからは、里見家と北条との国衆と豪族への調略とそれを巡っての小競り合いが連続した。
昨年は東国一円を冷夏による大凶作が襲った。
なかでも無理な出兵の続いていた武蔵の国などでは深刻な逃散が起きた。
そのため北条氏康が足利将軍家を動かしての和議となった。
こちらも少なからず疲弊していたので、手打ちにしたが……
それも今年までの事。
3年前、3倍の北条勢を相手に大勝利を得てから勇名を馳せている上野の大胡政賢。
この者が先月館林にて由良と佐野とともに、あの北条一の猛将・北条綱成を討ち取った。
そしてその軍勢を完膚なきまで叩き潰した。
坂東の情勢が一気に変化した。
北条の権威と強勢が地に落ち、流動化した。
今やどの勢力が今後の覇者となるか?
これに焦点があてられるような情勢だ。
しかしそれまでには北条を叩き潰す必要がある。
その戦で威信を上げた者に諸国の国衆が挙って押し寄せるであろう。
今は大胡がその競争で先頭を走り始めた。
思えば、あの智円という坊主。
あれも上野から来ていた。
儂も大胡に踊らされていたか?
これは17の若造と見ていると手痛い目にあいそうじゃ。
とにかく、今は北条が弱っておる。
ここで仕掛けねば嘘であろう。
儂も策を練り直さねばならぬ。
1551年10月上旬
相模国小田原城
北条氏康
先ほどまで上野から送り付けられてきた多数の首を改めていた。
胸が苦しい。
その中には綱成の物もあった。
3年前と同じように軍団1つが壊滅したのだ。
それも先手衆最強の地黄八幡がだ。
その旗頭とともに半数が消滅した。
ようやっと長綱叔父上と共に儂の別働隊を率いるまでになった網成を失ったのは、北条にとって計り知れぬ痛手だ。
嫡男氏親に後を継がせた後でも大黒柱になろうと安心していたが、その構想も露と消えた。
思えば、川越の時にも後方を脅かしたのはあの大胡政賢だった。
あ奴は北条にとっての天敵か?
今まで辛酸を舐め必死に築き上げてきた北条の覇権が一気に暗転、坂道を転がり落ちようとしている。
手打ちをしたはずの里見もこれから蠢動してくるじゃろう。
既に水面下で双方の国衆への調略は始まっていた。
今までは色よい返事がもらえておったが、今月に入り全く情勢が一変した。
あるものは言葉を濁し始め、あるものは小田原に寄こしている質(人質)を返せと言ったり、お家乗っ取りを防ぐため跡目を固めたりしている。
痛いのは、折角合意に至った甲相駿による三国同盟。
これが瓦解しようとしている。
武田と今川の嫁取りは来年早いうちに実現するであろう。
しかし武田の姫を氏親へという話がとん挫し始めた。
武田が渋り始めたのだ。
今川との同盟も一両年中には目途がつくはずであった。
だがこれも向こうから返事が返ってこぬ。
この御時世、落ち目の者からはすぐに逃げていく。
ここは大きく勝たねばならぬ。
無理をしてでも積年の願いである山内上杉を討つ。
少なくとも上野から追い出す。
早いうちになさねば。
これ以上まごついていると、こちらの調略が効かなくなるばかりか、国衆の離反が多発する危険がある。
今年中にも兵を発せねば。
荒川から利根川の間の武蔵近辺は、深谷本条以外の北条方国衆は動員不可能なまでに武将士分が枯渇した。
世代交代するまでの10年以上は動員できまい。
タガが緩み、民心を慰撫するための士分も江戸衆や相模衆から派遣せねばならぬ体たらくじゃ。
今回は江戸衆と相模衆を総動員するしかあるまい。
今川と里見への防備が疎かになるが、この手当も考えねば……
「失礼いたしまする。殿、至急の知らせが入りました」
側使えが文を差し出してきた。
「北武蔵一円24か所にて、大規模な一揆が同時に発生。
至急兵を送っていただきたいとの矢の催促にごさいまする」
ここまで来たか?
もう力で抑えるしかない。
もはや慰撫は効かぬ。
拳を握り締め、武蔵とその向こうにある「大胡」を睨もうとしたら、急に目の前が暗くなった。
「殿!お気を確かに!
誰か、医者を呼べ!!
極秘である! 」
1551年10月中旬
相模国小田原城
北条長綱
「峠を越したようですな。脈がしっかりしてきました」
甥氏康の手首を握り、脈をとっていた医者が言った。
10日前、自室で急に倒れお抱えの主治医が手を付けられぬというほどに脈が乱れていたという。
たまたま、小田原に出向いていた名医と言われるこの医者に極秘裏と念を押して、診てもらうことになった。
甲斐の医者という事であったが、「口は堅い」との定評があり儂の判断で氏康殿を見てもらうことになった。
この永田徳本という医者の処方する薬と施術によって、一命を取り止めたらしい。
「あと1月程度は絶対安静で過ごすことです。
あまりものを深く考えなさらず熱海の温泉にでも逗留することをお勧めいたす」
少なからぬ額の銭を、口止めを兼ねえ渡そうとしたが
「某はどの患者でも16文しか頂かぬようにしておりまする」
と、頑として拒んできた。
「叔父上。武蔵はどうなった? 兵は派遣したか? 」
「儂が何とかするから気にせんでゆっくりすることじゃ。
直ぐに山内上杉を討つんじゃろう?
だったらそれまではしっかりと休むことじゃ」
上半身を布団から起こし、肩掛けを羽織った姿で薬湯を飲む姿は、まるで兄が臥せっていた時の様じゃ。
まだお主にはやることがある。
ここで倒れている暇はないぞ。
きちんとできることをやりとげ、政親に渡すまでは死んでいる暇はない。
儂のやれることはすべてやる。
だから頑張れ、と心の中で叫んでいた。
「今年中に兵を発する。
今なら上野は容易に崩せる。
これ以上待ってはおれぬ。
武蔵が収まったらすぐに山内上杉攻めじゃ。
叔父上、武蔵を頼む。
準備ができ次第儂も出立する」
「わかった。
それまでは遠山を呼び戻したから準備を任せろ。
ゆっくり休むんじゃ。
死んでいる暇はないぞ」
薬湯を飲み干して、氏康は返事をした。
「ああ、大丈夫じゃ。
儂の体は儂が一番よう知っておる。
まだまだいける」
背筋に力が入ってきたようじゃ。
まだまだいける。
1551年10月中旬
駿河国駿府
太原雪斎
「ほう。これがそうか」
義元様がお渡しした砂金の粒を掌にて、転がしている。
「はい。
山師が伊豆の湯ヶ島の沢にて、見つけたものです。
徘徊するサンカの者から教えてもらったとのこと」
今月初め、金銀を目当てにした山師が、サンカから伊豆で砂金が沢山拾えると聞き、湯ヶ島付近を探索し始めたら大量の砂金が見つかった。
それを北条家に持ち込むとともに、我が今川家にも持ち込んできたのだ。
何故?と思ったが、サンカが「世話になったことがあるので、今川に知らせてほしい」と頼まれたという。
サンカが世話になったものが何者かは分からぬが、サンカ自体はどこの勢力にも加担しない漂泊の民だ。
あまり深く考えても仕方あるまい。
頭の隅にでも置いておき、もっと重要なことに思考を向ける。
「これは今川にとって座視できぬな」
「はい。伊豆は脅威となりまする。北条の……」
「懐が温かくなるの」
砂金ならばすぐ取れる。
甲斐の黒川金山のような鉱山を掘るようなことは、当分は要らぬ。
川を掬って採ることが可能だ。
行く行くは掘ることにもなろうが、まずは砂金を取るだけでも大きな収入だ。
今、北条は資金難に陥っている。
うち続く戦、出陣により領国が疲弊しきっている。
今月に入り武蔵で一斉に一揆がおきた。
「北条の様子はその後どうじゃ」
「はい。
一揆はすぐに収束いたしましたが、どうも不審な事ばかりにございます。
誰かが策謀した痕跡がございます。
熊野と伊勢の歩き巫女と御師が背後にいるかと」
「熊野……熊野を動かせるのはどこじゃ?
伊勢も見当がつかぬな」
いろいろと背後がありすぎてどの勢力であってもおかしくない。
が、このような時は「誰が得をしているか」を見ればよい。
そう答えると
「では、今川ではないのか? 宰相殿? 」
笑いながら殿はおっしゃる。
今川はもちろん、北条に敵対している者は全て得をしていると言ってよい。
逆に言えば北条にしっかりしてもらい手を握ろうとしていた今川としては、その必然性が減ったともいえる。
東の脅威が低くなった。
「この砂金、欲しいの」
義元様が呟く。
「そうは思わぬか?宰相殿」
「伊豆を欲しいと? 」
「可能かの? 」
どうだろうか?
欲すれば大きな確率で手に入るであろう。
北条の敵を操ることができれば、北条包囲網ができるか?
問題は武田だ。
武田との婚姻が滞りなく済めば、伊豆は獲れる。
問題はない。
そう義元殿に伝える。
「西はどうじゃ? 」
「そのことですが……まだしかとは言えませぬが、信秀の健康がすぐれぬとの噂」
「誠か? 」
私は、昨日届いたばかりの知らせを伝えた。
どうやら甲斐の名医が秘密裏に招かれたとのこと。
晴信殿も幾度となく診察されており、傷をよく癒してもらっているとか。
誰を診たのかはまだ定かではないが、信秀である可能性は高い。
「もしそれが本当ならば、今、東に手を付けるのも吝かではないの」
私は義元殿の言葉に無言で頷いた。
1551年11月上旬
尾張国那古野城
織田信長
ズガァアアアーーーン!!!!
「申せ! 」
「はい。
この肩に押し当てる銃床にて大変撃ちやすくなっておりまする。
またこの手前と先についている照門と照星を合わせることで狙いが定め易くなっておりまする。
さらに国友や堺の物に比べますと数多く発射いたしても暴発する恐れも少なくなっておりまする。
それから……」
磐梯屋という、この種子島を売り込みに来た商人が話している。
これはもう種子島ではなかろう。
別の武器じゃ。
この早合というものも大したものだ。
これがあるとないとでは、格段の差ができる。
連射速度が倍は違う。
「この名前は!? 」
「大胡筒にございまする」
「いくらじゃ!? 」
「1丁40貫文にて商わせていただこうかと」
国友よりも安いだと??
堺筒の半値に近い。
このような質の高いものをなぜ?
「なぜじゃ!? 」
「はい。
正直に申します。
一つは火薬を手前から買い付けていただけないかと。
もう一つは然るお方からのご依頼にて」
そうか、火薬は継続的に利益が出る。
それを見越したか。
やりおる。
「だれじゃ? 」
「はい。
上野の国衆、大胡政賢様にて。
これは織田殿のみへの商いと申し付けられました」
大胡か!
先だっての館林の戦で北条一の武将綱成を討ち取ったと聞く。
その時に大量の種子島を使用したとも。
それだけの火薬をどうしたか探りを入れていたところだ。
津島の商人はもちろん、美濃や堺の商人にも探りを入れてみたがどこにもそのように大量の火薬煙硝の商いは為されていない。
もしや、大胡で煙硝が作られているのか??
「儂にだけと? 」
「はい。
大胡の殿は、儂は武器商人ではない、との仰せで。
後々お付き合いしたい方への贈り物という意味合いでお安くお売りするとのこと。
また敵対する者には売りませぬ。
よってご自身の領地の周りのお方にはほとんどお譲りして居りませぬ。
祖父である厩橋の長野様と舅である由良様に300丁をお送りなさっておられまする」
それだけこの種子島の有効性に気づき、それを大量に生産活用している。
この大胡政賢、尋常ではないな。
手を握るのが上策であろう。
「100丁買う。いくらじゃ」
「はい。
4000貫文となりまするが……」
何か言いたそうじゃな。
「100丁だけでよろしいので?」
!!!!
「何丁まで買える!!?? 」
「500丁まで。〆て20000貫文にて」
銭がない!
大金すぎる。
せめてあと1年は、儂が親父殿の跡を継いでからならばなんとかなる。
そう言おうとしたが……
「しかし割賦でも承っておりまする。
年率18割の利子ですが……」
高いわ!!!!
大胡の歴史改竄が遂に尾張まで波及し始めました。
バタフライ効果、どこまで行くのかなぁ。
サンカは、だれが糸を引いている??
……ということです(^^♪
今日のBGM
大航海時代オンライン、各街各海域のBGM
(これがまた、珠玉で・・・眠くなる!寝落ちが作曲の狙いだぁ~!)




