【松風・4】怖いよ。観音様~助けてよ~
1967年9月1日:月刊歴史好事家10月号
【特集:日本における観音信仰】
「元々、観世音菩薩とはどこのでもどのような人物・仏として存在できる観自在菩薩というものが変化した名前である。
その観音菩薩は特に16世紀の上野において急激に信仰がなされ始めた。各地に観音菩薩像が祭られる祠が出来、庶民から信仰の対象として親しまれてきた。
その集大成として大胡政賢の指示の元、和田高崎の西部丘陵に巨大な観音立像が建立された。
何度も被雷したり火災に見舞われながらもその度ごとに庶民の手にて再建された。
高崎の住民だけでなく上野の住人を見守る大事な存在として……」
1559年5月7日午の刻
上野国那和城北3町古びたお堂
松風丸
コワイ!
千波の背中に括り付けられて長くて暗い場所を這うようにしてここまで来たけど。体が動かない。目だけが動く。
周りが暗いからもっと怖い。
みしり。
千波が止まって、上に在った天井?の板を外した。
眩しいよぅ。
少しずつ周りが見えて来た。
お堂の中? 近くに観音様の像が置いてある。
「よし、いい子だ。騒ぐんじゃないよ。といっても、あと1刻はピクリとも体は動かせないだろうけどね。子供には強すぎるからもっと長いかな」
痺れ薬?
身を守れるようにと母上がいくつか教えてくれた中にあったけど、それを防ぐのは家臣の、違った、守ってくれる人のお仕事だと。
父上も言っていた。
「松風は困ったことにみんなの旗頭なんだよ。みんながそれを期待しているんだ。旗が倒れたらみんなががっかりするでしょ? そしてそれを倒した人を憎む。だから死んじゃダメなんだ」
よくわからなかった。
でも「死んじゃダメ」という事はなんとなくわかった。母上も福も皆が悲しむ。僕の場合は何百万という人が悲しむんだって。
今、その危険があるんだ。
もっと母上に色々と教えていただくんだった。
こわい。
「やっとお味方が着いた。ここで待っていな」
お堂の格子扉から外を窺っていた千波が外へ出る。
お味方? 大胡? ……いや、敵だよ、きっと。千波は僕を敵に引き渡そうとしている。
殺そうとしているの?
逃げなきゃ。
きっともっとひどい事される。旗頭? 旗頭の僕がひどい事されたらみんなはどう思うの?
わかんないけどきっとものすごく怒る。大胡の皆を怒らせるために僕を攫ったの?
わかんないよ。
近くにある観音様にお願いした。
(観音様。助けてください。僕もだけど、大胡のみんなが怒らないような事になりますように)
必死でお願いした。
父上が「観音様は何処にでもいらっしゃるんだよん。何時でもみんなを監視、げふん、見守っていらっしゃるんだ。そして必要だったら手を貸してくれる」そんなことを仰っていた。
(観音様。僕は自分がいるだけでみんなが幸せになると思っていました。でもいなくなると逆にもっとみんなを不幸せにするみたい。どうしたらみんなを不幸せにならないように出来るのですか?
何かいい方法はないんですか?)
僕にはわかんない。
でも外から聞こえて来た言葉で自分の生き死にが大胡のこれからを決めてしまう事が理解できた。
「よくやったな、千世。いや今は千波だったか。いい子だ」
「はいお兄様。これで憎っくき大胡を敗退させることが出来ます。大胡の子倅を那和城の大手門の前で磔にして、無血開城させる。そして大胡の領地を削り取ってやりましょう」
!!
僕のせいで大胡のみんなが負ける?
みんな頑張って命懸けで戦っているのに。僕が捕まってしまったばっかりに。
その時、お堂の奥にある観音様の像が光り出した!?
(プレイヤーID仮認証。一時的にプレイヤー本体との接続が可能。代償はランダムでパラメータが低下します。HPの低下で存在の消滅もあり得ます。許諾しますか?)
女の人の声だ。
何だか冷たい声。
言っていることは全然わかんないけど、観音様のお助けだから。
「はい。きょか?します」
更に光り出した観音様を見ていた僕の目が潰れた。
1刻後
大胡楓
どこへいったの!?
松風!
あの風魔の女が連れ出したと思われますが。お春様がもう涙でぐしゃぐしゃになっています。頭を抱えて真っ青になり座り込んでしまいました。
「わたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだ」と呟いています。
そんなことよりすぐに探さなくてはと叱咤しました。
「楓様! 抜け道の扉が開かれた跡が!」
親衛隊の護衛隊長がこの居室へ駆け込みながら伝えてきます。するとどこへ行ったの? 外の南北東。きっと北。もう宇都宮勢が来ているという。
「楓様! 外を、北を見てください! 松風様が!!」
急いで物見櫓へ登りました。
そこから見えた景色は……
松風が磔にされる所!
「那和城の諸君。これから大事な大胡の跡取りを磔にして晒す! もし助けたければ開城することだ。刻限は今日の陽が落ちるまで。それまでによく考えることだな」
伝声喇叭で聞こえてくる言葉。この声は……いとこの推政? 見間違えがないあのいで立ち。なぜこのような事を。……大胡への復讐? いいえ。そんなことをする後ろ向きな事をする人ではない。
多分。この世に生を受けた証を刻み込む事ね。もう自分は長くないと思っている。だから大きなことをしたい。きっとそう。
「楓様。いかがなさいます? まずは殿に至急報を」
「そうしてください。殿のご裁可を待たねば」
しかしそれで間に合うのでしょうか?
そして私は絶えられるのでしょうか?
この松風への仕打ちを見ている事。これは大胡の正室の務め。
大胡の民を守るか。
息子の命をとるか。
命をとる
命を取る。
命を摂る。摂ってそれを肥やしにして大胡の民一丸となり敵を撃破する。お母様ならそうするでしょう。
私ならばどうする?
私は最後の手段を用意しました。
「旋条銃を用意してください」
赤井推政
卑怯と言えば卑怯だな。だがそれも戦のうち。勝たねば武士ではない。「畜生とでも言へ」と宗滴殿が仰ったという。勝った方が名を挙げる。負けて名誉を取るような馬鹿者は誰にも相手にされず歴史から消えていく。
私は「生きた証」を歴史に刻みたいのだ。それがたとえ「悪逆非道の梟雄」という名前であっても。ああ、梟雄になるまでは生きられないか。
「赤井推政くんだっけ? 君」
突然、磔にしている松風がこちらへ話しかけてきた? こちらを向いていないので分からないが松風が喋っている事だけは確かだ。
「そうだが。会ったことは無いと思うが?」
「うんうん。はとこだっけ? 義理の。流石だね~。あのおか~ちゃんの甥かぁ~。やられたよ。見事に策に嵌まっちゃった。そこら中に仲間を作ったんだね。それを操作した?」
何を急に言い出した?
さっきまで5才の幼子が気を張って泣きそうになるのを必死で抑えている風だったのだが。
「公安を操作したのかな? そうでなきゃこんなに鮮やかに城を落とすような指揮官配備はできないよ」
これは5歳児ではない。
中身が入れ替わった? 大人だ。それも大胡の指導者。
「そうだよ。もうわかったでしょ? 政賢だよ。今の僕は。そこで~、取引しない? 君は何が望み? 大胡を滅ぼす事じゃないでしょ? それよりももっと別な筈」
ずっと正面を向いている松風。いや、政賢か? こちらの望みを知っているようなセリフを吐く。
「何かは知らないが、私は大胡から領地を奪い取るだけだ。そう宇都宮の殿に宣言した。それを実行するまでの事」
「それで那和城を落とす素振りをして松風を攫ったわけね。よくやるね~。ドラゴンまで操ったの。君、後々大きなことが出来るよ」
後々の事などない!
と言いそうになった。
それを悟られた。
「ふ~ん。生き急ぎね。たしか体が弱いんだっけ? でもそれって無理しなければ長生きできると思うけど。それだけじゃやなんだね。じゃあさ。活躍の場所を上げると言ったらどうよ? 赤井彗星にもってこいの仕事があるんだけど。雇ってあげる。今よりもっと有名になると思うよ。お医者さんも付けてさ」
何を言っているのかわからん。
そしてこれは物の怪が取引を持ちかけているのか? 怪しすぎる。
「じゃあさ。あと3日待ってくれたら素敵なプレゼント、贈り物上げるから。それでだめなら物別れ。大胡の全兵力・全住民で持って敵を撃滅する!」
急な大声で廻りの者がびくついた。気迫のこもった声だ。幼い声でここまでの威圧が出来るとは。
なかなか面白いな、この交渉。直ぐに終わらせるのはもったいない。
少し楽しんでみようか。
あまり時間をやると越後勢がこちらへ来てしまう。それでは私の出る幕はなくなってしまう。
「では明日の夕刻日没までだ。それまで那和城からの返答を待つ。お主が物の怪でも那和城に連絡が行くのであろう? 政賢よ」
小僧はこくりと頷いた後、体から力が抜けたようにだらんと磔台から垂れ下がった。
「おろしてやれ。明日まで生かしてやる。絶対に逃がすなよ」
それが狙いではないとしても救出は不可能と知れ。大胡の民よ。さあ、どちらを取る?
そして私はどちらを選ぶ?
ふふふふ。
面白い提案だといいがな。
この辺りも伏線回収が順調です。
「高崎観音山」
上越新幹線、北陸新幹線にのっていると高崎の西に大きな白衣観音が見えます。
この丘陵が結構この作品の味噌です。炭田作っちゃったりこの観音様が「見張って」ちがう「見守って」いる大胡。このコンセプトもあって裏設定が出来ています。
「僕の目が潰れた」
どうしようかと迷いましたが、政賢の後継者を血統から出せなくするために色々と操作します。これは主人公の意図とゲームの勝利条件のようなもの。民主主義国家への道筋をつけないと大勝利とは呼べなくなる。
「推政への提案」
結局、この提案は実りません。だって実らせようとしたら勝手になくなっちゃうから。作品では説明はしないけど好きそうなもの与えるとすれば何をあげます?




