【雷鳴1】ちゃんと極楽に着いたかな・・・・
1556年6月11日寅の刻(午前3時)
尾張国那古野城
織田信長(ちょっとだけ忍びを雇う気になっている)
地図再掲示
ピトッ
大胡の素ッ破(忍びという呼び名は気に入らぬが、儂が雇えば「信長の忍び」か。それは悪い気はせぬ。今度伊賀者でも雇うか)の知らせでは2刻程前に松平勢3000が大高城に兵糧を運び込んだという。
40000を超える兵を食わせる兵糧だ。生半可な量ではなかろう。相当苦労した筈。ようやる。
昨夜まで重臣どもは「籠城して今川の背後を大胡に襲ってもらうのが常道」「鳴海城を落としその狭隘地にて防ぐべし」などと他愛もない意見ばかり言うておったが、あ奴ら本当に勝つ気があるのか? 那古野城で籠城とか言う戯けも居る始末。
この戦、普通にやれば勝てる。
その「普通」が解からぬ奴ばかりじゃ。
解るのは松風とあの上泉と言ったか、真面目そうな参謀。あとは鉄砲隊を指揮する大胡是政という奴程度だな。
早い話が義元の首を取ればよいだけじゃろう?
ならば隙を伺う、もしくは「作る」。これが要諦じゃ。そしてそこに如何に素早く襲い掛かるか。松風の言葉だと「電撃戦」じゃな。
敵は「分進合撃」という愚かなことをやっている。まあ、この三河と尾張との境は小さな丘が散在する狭隘な道しかない。分進合撃をするしかないのだが。その進路を誘導、もしくは事前に察知し、機会を掴むこと。たったそれだけでよい。
既に地の利はこちらにある。人の和は今回、馬廻りの者を中心で行く。重臣どもの中には今川に通じている者も幾人かいると見ている。そうでない者も儂を軽く見ている者が多い。
この際だから、圧倒的な力を見せつけることで口を塞がせ、忠誠を高める必要がある。重臣どもが既成の考えに囚われている事は逆に有難い。大軍を一気に屠ることで松風のような威信を手に入れる事、できよう。見世物を開く要領じゃ。儂が衝撃的に檜舞台に立つ。それが此度の戦での勝利よ。
大軍と言っても、たかが20000ではないか。その内3~5000は小荷駄だ。朝比奈の3000は星崎城へ向かっているとの知らせもある。鎌倉街道を西進して鳴海城に向かう3000。これを差し引けば8000程度。これが狭隘な地をうろうろする。
たとえ義元の本陣が4000いたとしても鎌倉街道のような幅の広い道ではない。義元自身の馬廻りも長蛇の列となっていよう。それを丘の上から横撃する。
そのための場所と機会を計る。
目の前に広げられている地図。大胡の手によって測量されたものだ。距離や丘の高さまで表されている。主な場所の坂の緩急まで分かるようになっている。なんという技術だ。
……大胡とはなるべく戦わぬようにしよう。この技術を手に入れるまでは……
「申し上げます!
大胡殿より伝令。一向宗の夜襲が開始されました!」
きたか!
遂にこの時が!
東海一の弓取りと言われた今川義元の首、儂が取る!
「具足!
湯漬けじゃ!
法螺貝を鳴らせ!
出陣ぞ!」
松風の奴は「出陣の時は幸若舞踊ってね~♪」とか言っていたが、そんなことはやらん! 勝てる戦に臨むのに「何が人間50年」じゃ。
疾風の如く走り、道を切り開くのみ。
いざ。参らん!
同日同刻
旧鷲巣砦前方塹壕
大胡是政(サラマンダー大隊指揮官!……パロディではない。最大火力集団だからです)
俺の隊だけ大した戦歴がないからな。ここで一丁でかい戦をしたいと思っていたら、10倍の敵を撃ち放題とか殿は大盤振る舞いしてくれるぜ。
問題は火薬があまりないことだ。南蛮船から強奪する作戦は中止となった。博多の神屋を通して天竺(注1)から硝石が手に入りそうだという事だ。だが今回の戦には間に合わなかった。
第2大隊の兵3500に4000丁の鉄砲を持たせているが、威力の高い4匁弾どころか3匁弾すら使えない。なるべく練習用の2匁弾を撃てとか瀬川の野郎から注文が来ている。それならば半分の火薬で済むからな。鉄砲の半分は2匁筒を持ってきた。
それでも練習用2匁筒2000丁で60000発分程度しかない。1丁に付き30発だな。
普通に考えたら敵の「兵40000」に付き60000発だったら勝てないだろう。だがこっちも伊達(注2)に右頬を腫らしているわけじゃねえ。15間(30m)程度ならばほぼ確実に「人に」当てられる。それも全員がだ。そして……北条の奴らを蜂の巣にするために練りに練ってきた中核の隊員600人は10間(20m)内ならば「顔面に」当てられる! 篝火を頼りの夜戦となってもな。
だから今回は塹壕の前に設置された鉄条網は、10間の位置で集中的に射撃が出来るような形になっている。
いわゆる迷路だ。
止まるかこちらへ近づく時に真っ直ぐ向かって来る。その時どうしてもこちらへ向けて顔をあげねばならぬように作られているのだ。通路になる場所は縦に鉄線を張ることで体を横向きにせねばならなくなり、どうしてもいずれかの鉄砲の方向へ顔が向く。そこを狙い撃つのだ。
既に敵は目の前20間を切っている。俺は総員3500人命令を下した。まあ、撃つのは300人だが。
「全射撃員。火蓋を切れ。15間になったら、予定通り各個射撃。外すなよ。火薬がもったいねえ!」
同日同刻
大高城東3町
松平元康(小狸。14歳。右手が疼きそうな状況)
「一向宗の前進が止まっておりまする。我が松平の備えも大高川を渡り敵の左翼を突くべきかと」
(酒井)忠次が進言してくる。
先程から西方では大胡の灯した篝火の中、一向宗が突撃していくが前に進むどころか鉄砲によりどんどん討ち取られていく。
先頭を進む者から倒れていく。普通の備えならば士気の崩壊が始まっている程の被害だろう。雪斎先生にはこのような城攻めの際は士気が衰えた際すぐに引き、次の備えを繰り出すように言われた。
そのような常識が通用しないのが一向宗だと忠次が言う。
三河の松平の家臣にも多くの一向宗徒がいる。この者の士気は高いがこの鉄砲の前に出しても討ち取られるだけではないのか?
そう忠次に言うと、少し言い淀んだのち「この状況では引けませぬ。家臣の士気に影響します。そして忠誠心にも」と言われた。
この原因は一向宗を動かす誘いに乗ったからだ。大軍を率いて尾張に侵攻すれば一気に三河を取り戻せると思った。忠次には反対されたが押し通したのがいけなかったのか?
「朝比奈様より使いが。前進して敵の東より横撃せよとのこと」
こうなっては仕方ない。先鋒は一向宗を信仰している家臣に任せよう。士気は高い。そして……ここで勢力を削っておけば後々三河を統一支配が容易となる。これは忠次にも言えぬな。心にしまっておこう。
「夏目吉信、内藤清長を先手として前進。大高川を渡る」
大胡の鉄砲の音を消すような鬨の声が大高川の向こうへと発せられた。
(注1:この当時の日本への輸入硝石はインド東岸で産出されたものです)
(注2:この当時は勿論、伊達という言葉は使われていません。でもこっちの方が意味が通じやすいので。今後もたまに分かっていてそのような表現を使用します)
「信長の忍び」
結構好きなアニメです・
その内、主人公の千鳥っぽいけど全然違うキャラが出てきます(性格が問題w)
「舐めた布陣」
史実も舐めている布陣してたんですね。
やられるわけだ。この作品ではもっと舐めていますw




