【三河】正史よりもハードモード
1556年4月中旬
尾張国那古野城
木下藤吉郎(いったいどっちに行くんだ、このお猿?)
「申せ!」
「はっ。今は援軍を出せぬと。その代わり兵5000程度は駿河に誘引、拘束致すとの事。それからこの文をお渡しせよと」
大胡の政賢様の書状をお渡しする。多分ではあるが、火薬はこれ以上渡せぬと書かれているはずだ。最重要機密ではあるが、お市の方様より政賢様のボヤキとして伝えられた。
早くもお市様はお役目を務められている。政賢様もそれを知っていてそれとなく情報をこちらへ流しているのであろうが……
「今川はどうじゃ」
「大胡の素ッ破からの情報では総動員の触れが出ているとの事。しかしそれが尾張に来るか箱根を越えて相模に出るかは、まだ分からぬと」
それなのだ、問題は。
未だ今川の目的が分からない。大動員をかけて東を襲うか、西進するか。北は多分あり得ないな。武田を襲う必要はない。
かといって大胡に勝てるとも思えない。あの武田の精鋭すら品川で壊滅に近い敗北を喫した。大胡にも相当な被害が出たらしいが、討ち取られた武将の多さがその勝敗を物語っている。
双方、副将を討ち取られたものの、大胡は既に引退間近の老武将であった事に対し、武田は30代のしかも晴信(今は信玄か)の弟を亡くした。これは痛いな。当分兵を二つに分けての戦は出来ないだろう。
それに比べ大胡は人材が豊富。
真田幸綱殿は副将としても十二分すぎる逸材。東雲という武将も相当胆力があり尚且つ切れ者だという。政賢殿の信任も厚い。
「兵力は?」
梁田様への下問だ。
「は。駿河で9000、遠江にて10000。三河の松平家臣団が3000。それから……三河一向宗が約3万」
うへぇ。兵55000かい。
3万の一向宗はどのくらいの戦力になるかは知らんが、戦は数の勝負でもあるからな。
大胡が駿河で5000を拘束できるならば大変助かる。しかし50000で尾張に襲い掛かられてはどうなることやら。信長様は顔には出さないが、大分いらだっているな。
「(丹羽)五郎左と(柴田)権六を呼べ!」
2人の重臣が到着、着座するが早いか、信長様は仰られた。
「火薬は如何程か?」
何斉射できるかという質問だな。
信長様の質問は短いから、相当先を読んで丁寧に答えないと癇癪が起きる。今も目の前で癇癪を起されているが、やっと意思が疎通できたようだ。
火薬の備蓄は先の今川の軍勢6000を打ち破った際に使った量の2倍はあるという。しかし、撃たれても撃たれても襲って来るであろう一向宗相手にどれだけ射撃が続くか。
信長様にこの場に居よと言われて、この重臣の中に足軽頭並みの儂がいるのは肩身が狭いが、多分あの事なんじゃねえかな、理由は。
「猿! 弩弓を送ってくるそうだ。お前なら何処に置く?」
やはりな。
10年以上も前になるのか? 大胡の飛躍のきっかけとなった赤石防衛戦で使われた大量の弩弓。あれを送ってよこすのか。
聞くところによれば据え置きの、40丁もの弩弓を一斉に発射できる装置だという。多分それが20基以上。これを罠の様に置いておくのであろうか。
(作者注:クレイモア地雷です笑。1基で何人殺れるか?)
「はっ! 丸根と鷲津砦へ続く東浦街道が狭くなっている所。其処へ据え置きのものを置いて遠方より操作するが良いかと。殺すのが目的ではなく足を止める目的に使うべきかと」
重臣御2人は嫌そうな顔をしているがこれも致し方ない。出る杭になるしかないのがこの世の常。だが、大胡ではどうなのだろう? 飛び出した杭でも打たれないのか?
「梁田、場所を定めておけ。近々弩弓が来る故、五郎左と権六は前線での弩弓操練。操典も来るそうだ」
大胡の弩弓か。
どのくらい使えるのであろうか。赤石砦では一瞬で兵100程が倒されたと聞く。これは桶側胴も貫通したとか。一向宗は桶側胴など付けていない。これは相当打撃を与えられるな。
だが、それでも数の暴力、抗しがたいだろうな。どのように切り抜けるか、殿は。
それを見てから大胡へ行くかどうかを決めても遅くはないか?
遅いかもしれぬか。死んじまえば元も子もない。ここはよう考えねば。ああ、政賢様の宿題の解答ももっと練らねば。
さて、やることが山積し始めた。面白くなったぞ!
同日
織田信長(やばいよやばいよ。正史よりもやばい状況)
皆を帰した。
早い。早すぎる。あと2年、いや1年後ならば今川を跳ね返し、逆に屠ることも可能であった。三河にはいくつもの調略の手を入れていた。既に幾人もの国衆の内応も取り付けてある。
しかしこの状況の変化でそれも全て振出しに戻った。
一気に三河を手に入れるための策は尽きた。あと5年の間に三河を織田の色に変え、東を盤石にする。できうるならば今川を大胡と分け取りとする。その後、美濃へと出るはずじゃった。
今はもうそれどころではなくなった。
一向宗3万だと? あの死をも恐れぬ連中をどうやって潰すか。宗滴殿の如く他の宗派連中を集めて迎え撃つか。いや、そのような奴ら烏合の衆じゃ。大胡も品川で痛い目を見ているという。
それよりも三河との境に広がる地形を生かしての各個撃破で義元の首を取る。義元がいなければ松平の小僧でもよい。支柱をなくさせる。これが狙いじゃ。いや、これしかない。
もう少し早く市を嫁がせて居れば、東西で協調作戦の手配が済むはずであった。
今更、過ぎたことを悔いても仕方ない。
鉄砲足軽600。これを如何に使うか。問題はこれ以上遅くなると梅雨が来る。さすれば地獄よ。
天の時地の利人の和。地の利だけか、確実なのは。これから今川からの調略が入っている者のあたりを付けねばならぬ。その者をどこに置くか。裏切りを画策する前に戦に突入すればよい。
やはり梁田の探り働きが頼りか。
……そういえば、猿が大胡の素ッ破が名前を変えたという。たしか忍者とか。その忍者を幾名かこちらへ寄こすと言うていた。これが使えるか、信用置けるかは別として手が増えるのは良いことだ。
最重要は今川の矛先がこちらへ向いているか、大胡へ向いているかだ。まさか両方へは向いていまいな。そこまで義元は馬鹿ではなかろう。いや……まてよ。一向宗は単なる脅しで、全軍大胡へ向かうという手もあるが……
三河を探らせねばならぬな。
あとは、無理ではあろうが大胡への再度の救援依頼じゃな。市を送ったばかりの救援依頼。無理を通せるかもしれぬが、大胡も疲弊している筈。高くつきそうじゃ。




