【砲列】これならアカデミー賞も怖くない!
今日は【自衛】という回から投稿しています。
1556年2月下旬
武蔵国忍城南東半里(2km)御塚山(さきたま稲荷山古墳)
滝川一益(鉄砲フェチ?忍者フェチ?)
こいつぁすげぇ。
これを触れるだけでも大胡に来た甲斐があるってもんよ。なんだ? このでかさ。弾丸が2欣(8kg=18ポンド程。砲丸投げの玉)だと? 軟な男だと片手で持てないくらいの重さだぜ。
那和の東にある砲兵駐屯場から利根川や街道を続々と使い持ち込まれた数、およそ120門。
くぅ~、痺れるねぇ。
これが一斉に火を噴くところを直ぐに見てみてぇ。
目の前で砲兵隊の隊員が、大筒……いやもう大砲というんだっけ……を固定する杭を地面に打ち付けている。
ここは沼地がすぐそこなので、人の背丈ほどもある鉄の杭を3人がかりで打ち付けている。これでも固定が難しいそうだ。ものすごい衝撃だとか。早く見てぇ。
ついつい手伝っちまうが、邪魔だと言われて押しやられる。
まあそうだわな。下手に俺が作業すればそれで壊れるかけが人が出るかもしれん。それだけ危険な武器だという事だ。敵に取っても味方にとってもな。
普通なら大砲の角度を調節して狙いを付けるが、今回は別だという事だ。目標は動かねぇ城だ。だから完全に固定して「火薬の量」で遠近を調節するそうだ。考えたねぇ。
それに普通なら届かないほどの20町(2km)の距離で当てようとしている。12門ごとに1列横隊で並べて真ん中の2門で試射するんだと。その右10間(20m)の所で何だか木でできた床几の高い奴(注:トランシットの原型。単なる板に錘の付いた糸を垂らしているだけ)で城を見ている。
中央にある同じようなものと合わせて、三角測量というものをするそうだ。城の城門を狙うとか言っている。
「第1から第10中隊。準備はどうだ?」
今回は大胡の是政殿が臨時の総指揮を取っている。砲兵の集成兵団だそうだ。普通はこんなに集まらんとか。
「第1中隊、準備ヨシッ!」
「第2中隊、準備ヨシッ!」
「第3中隊、準備ヨシッ!」
「第4中隊……」
全部狙いがついたらしい。
先程から中隊ごとに行われていた弾着観測射撃が完了した。一斉に試射すると、どの中隊が当たっているのかわからんから当たり前か。既に大手門は崩壊寸前。これで効力射とかしたら……
「全砲門開け! 効力射、開始!」
砲列の右端から順番に撃ち始める。
すさまじい音だ!
事前に耳を塞げと言われたのを忘れていたら、一生聾になっていただろう。遠くで聞けばどんな音だろう? 天地が裂ける音か? 地獄の蓋が開いた音か?
この世の終わりのような響きであることには違いねぇ。
「被害状況を知らせ!」
「忍城。大手門完全破壊を確認。両脇の櫓も倒壊確認。土塁の向こうに見えていた屋根の類は全て倒壊」
近くに立てられた櫓の上で、真田殿から拝借している望遠鏡で観測員が報告する。
「第1中隊、2門が破損。損傷軽微。発射は不可能」
「第2中隊、3門が破損……」
これが今の限界という事だな。大砲は作れてもその台座が作れない。鉄は作れても精密加工ができないから部品が「規格統一」とかができない。だから同じ大砲の基部が作れない。それで木材で作るとこうだ。すぐ壊れる。
まだ1欣半砲ならば使えるんだとか。
だけどな、2欣になるとその重さを支えるだけで精一杯。下が固い所なら車輪で力を逃がせられるとか。でもこの地面だとそうもいかん。大きな車輪が必要だ。それが作れないという。これがこれから「野戦砲」を作る課題だという。
「残りは89門か。次は本丸を狙え」
了解の声が聞こえる。
「集団長! 大手門より武者! 二人です! 開城の使者のようです」
大手門だったところの瓦礫の山から、転げ降りるようにして手を振りつつこちらへ向かって来る。
まあ、それはそうだな。
この一斉射撃を見て(いや受けてか)、降伏せんで交戦しようとかきちがいじゃ。もう人の域ではない。
ん?
土塁の上で舞っている小僧がいるが。
狂言でも舞っているのか?
奴も狂うておるか?
いや、こちらが狂うておるのよ。お互いさまじゃな。
殿の仰る通り早うこの戦乱、終わらせねばな。
1556年3月上旬
上野国那波城松の間
佐竹義厚(そろそろ下の者が育ってきたので頭脳労働は任せたい元人足)
「……という具合に、うまく行ったよ殿さん。だけんどこれ以上になるともう一工夫必要だなぁ。あと人員も増やさんと」
おいらが評定の場でみんなに説明する。
殿さんも、うんうんと頷いている。
「此度の河越作戦では兵員6000の兵糧等は短期戦だったため消費が少なかったものの、大砲の輸送に多くの銭を支払い臨時雇い人足を使いました。この中に草が忍んでいると破壊工作が容易と成りましょう。専門の輸送部隊が必要不可欠となります」
是政さんが最も大切な事言ってくれた。この問題はもう冷や冷やもんだったな。いくら幸綱さん配下の人たちが見張っていると言ってもモノには限度ってものがある。何とかしてくれよ、瀬川さんの様に胃がまた痛くなるぜ。
「そだね。そいつは一大事。やっぱ火器を使うようになると兵站に負担がかかるよね。それと長期戦になったり外線作戦なんかだと、輜重に馬匹使っていたら馬や牛の秣も持って行かなくちゃならないし、もう大変。
あ、そうだ!
これからは草っていう呼び方、(笑い)のようだからやめよう! 忍城の名前を取って忍者~。これならわかりやすい~♪」
忍者かい? 言い易いな。これはいい。
今は上野と武蔵、遠くは相模位だけんどそれ以上遠くなれば、そして長帯陣になれば、今のような臨時雇い人足なんか雇っちゃいられねぇよ。それだけで軍資金ぶっ飛ぶよ。
いくら大胡札使うと言っても、後から鉄生産とか色々な事務仕事に負担がいくから、瀬川さんと冬木さんの顔色が悪いと言ったらない。もう瀬川さんは何度中座して胃薬を飲みに行ったことやら。
「つまりはやはり事務方が足りないと。兵站部門もね」
松山の時、殿さんが「そのうちに戦う人と同じくらいの人数を兵站の仕事に割り振らなくなる時が来るかなぁ、へへへ」とか言ってたっけ。まさか本当にこうなるとは思ってもみなかったよ。
「今の前線の兵力がおよそ12000。となれば最低でも10000程は後方で任務に当たる必要が出ると? まさか! そのような事が!」
後藤さんは想像できないんだろうな。一度後方でどんだけ多くの荷物を運んでいるか見て……あ、そっか、自分のような力持ちが沢山いると思っているか?
あり得るなぁ。一人で牛1頭分運べそうだからな。
「殿。それも大事ではござるが、此度の砲撃により火薬の備蓄が殆どなくなり申した。今後訓練はなるべく控えていただかねば、いざ実戦となった時に鉄砲が使えませぬ」
是政さんの言う通りだね。残り少なかった火薬の6割は使っちまった。あれでまだ砲撃を続けていれば火薬切れで作戦中止になっちまうところだった。無様だろうな。殿さんは「だいじょ~ぶ。その前に敵、降伏しちゃうよ。あの100門以上の大砲で撃たれたら」と言っていたけど本当だった。
吃驚したのは、戦が終わって開城した敵の兵。その多くが腑抜け(シェルショックというPTSDの一種)になっていた。それはそうだよな。鉄砲すら見たことない、ちょっとだけ楓様のとうちゃんの鉄砲に撃たれただろうけど、城壁に隠れていれば大丈夫だと分かったから。そこへあの大破壊だ。
横から飛んでくる弾なら土塁で何とかなったろうけど、角度を付けて飛んできたから上から建物すべてを破壊した筈。中には真っ赤に焼いた鉄球もあったよ。試験的に使ってみたんだと。冬の季節、木の建物はよく燃えるよな。
みんな、敵の事はあまり考えないようにしている。どうせ水攻めでも人がいっぱい苦しむ。田畑もなくなる。どっちもどっちだよ。
「硝石かぁ。今、色々手を尽くしているけど、あと半年くらいは難しい感じ? それまでは行軍訓練と状況対応の演習やっとく? あと何やればいいの?」
その後みんなの口から沢山の意見が出されて、その度に殿さん、ウンウン頷いたり真っ青になったり半泣きになったり飛び上がって喜んで誰かに抱き付いたりしていた。
みんなと漸く仲間になれた気がするんかの?
でもな、殿さん。
前からみんな、殿さんの事大好きで、もっと近くで役に立ちたかったんだと思うよ。ただ殿さんだけが心に壁を作っていた気がするな、おいら。
そして評定が一息ついた時、皆の発言が止まり「しん」とした長い間が空いた。
「……今度、おっきなお地蔵様の像作ってさ、盛大に死んだ人のためにお祭りしよう。観音様のほうがいい? 高崎の西山がいいかなぁ……」