東雲・3
2014年5月1日:ネットオークション
【本日の注目品!!】
「本物!!!! 450年前の付け髭。大胡四天王の一人、東雲尚政の付け髭12号。忠魂碑跡からの発掘放出品。
1億円からスタート!!」
1556年1月8日
武蔵国品川北5町
東雲尚政
「敵伏兵、後退していきます。第5中隊残存兵、本隊復帰完了。点呼を開始」
中之条と一緒に敵部将、諸角虎春を射貫き討ち取ったことにより敵備えが混乱、後退した。そのお陰で追撃を受けていた第5中隊の残存兵が虎口を脱することが出来た。
俺が撃った。
せめて俺自身の手でと、狙撃した。
きちんと胸を射貫いたぞ、中之条よ。
お前のお蔭で23名もの竜騎兵が救われた。
あのまま何もせねば全滅したであろう。
本隊が援護すれば、本隊も危うかったろう。
どれだけの大胡兵を救ったか。
品川の防衛も明日まで決戦はお預けとなったらしい。
品川の守備兵も生き残る可能性が出てきたはず。
喜べ。大戦果じゃねえか。
俺も喜ぶぞ。
……雨が降ってきたのか?
やけに頬が濡れる。
頬に手を当てたら、付け髭が地面に落ちた。
まずいな。この暗さで落としたら見つけられなくなる。
折角、満足が行く付け髭12号が出来たのに。
あれ?
おかしいな。
見つからん。
目の前が滲んで見つからぬ。
目を擦っても擦ってもすぐに見えなくなる。
‥‥ああそうか。これが泣くというものか。
餓鬼の頃からずっと忘れていた。
ありがとよ、中之条。
まだ俺も人の子であった。
お前の事は忘れん。
一生忘れぬ。
お前が褒めてくれたこの12号と共にきちんと大胡へ連れて行ってやるぞ。
1556年1月9日巳の刻(午前10時)
品川北方5町(500m)
東雲尚政
目を瞑る。
(大隊長。前飲んだ「うヰすきい」という酒、旨かったですねぇ。今度大隊の皆で殿の酒保に忍び込んで樽ごと持ってきちまいましょう。殿は飲まないんだし、いいでしょ? )
(俺は古酒というのがいいです! )
(自分はぶらんでいがいいです!! )
(おうよ。今度戦で大戦果を挙げたら皆で忍び込もうか。まあ取り敢えず今日の所、この徳利で我慢せい)
(おおおお~~~~!! )
もう1カ月前の事なのに昨日の様に思い出せる。
大隊の人員はあまり転属はない。それだけ専門性が高いのだ。しかしそれ故に訓練も十分に行い結束が固く、強力な部隊となっている。特に隊長の任につくものは第1次那波防衛戦の時からの古参だ。
それが3人も失われた。
俺の失策によってだ!!
なにが大胡の狐だ。飛んで火にいる大胡の狐だ。無性に付け髭をむしり取りたくなるが、これは大胡へ持って帰る。
「大隊長。準備できました。配置完了。装填完了。馬は後方へ送りました」
「そうか。では……中之条隊の弔い合戦だ」
俺は部隊の最後尾に付く。俺だけ騎乗し視点を高くして予定戦場全体を見渡す。
これから鉄砲の新しい戦術行動を試す時だ。
是政より先になっちまったな。奴の隊と比べ練度も頭数も足りていない。大損害を喰らう可能性がある。
だが、狙撃手と共に放った素ッ破の情報だともう品川は持たんという事だ。品川の兵800。これを見殺しにはできねえ。もし見殺しにしたら……中之条の比ではない後悔をするだろう。
俺には助けることが出来る。「戦力の費用対効果」(と言ったっけか)が悪い選択肢でもそれをやることは大戦略的には十分にそれを上回る価値がある。「大胡は決して友軍を見捨てない」これが大事だ。
やるしかない。
半ばは俺の私情かもしれぬ。しかし大隊総員が燃えている。これを押さえるよりも突き進むしかねえな。
ここには目黒川沿いの街道を封鎖している兵200以外の800が集結し、600が60の横隊10列を作っている。
残る200は騎乗し左右の防御と敵が崩れた際に突撃する準備をしている。
丸顔幸綱の次男に提案されたものを1年前から時間を見つけては訓練してきた。想像でしかないが人の並足で1間半(1.5m)を進んだ鉄砲射手が間断なく撃って前進してくる敵。これを目の前にした者は冷静でいられるか? 初見ではまず士気崩壊し、備えが千切れ飛ぶであろう。多分広い場所でも数倍の敵を打ち払うことが出来る筈。
ましてやここは隘路。
そして大将の信繁本陣まで5町程度しかない。兵も1200程度か。後方に注意してもしかしたら最初からこちらへ向けた陣を張っているかもしれぬが、同じ程度の兵力なら回り込まれない分圧倒できる。
前進の号令を出そうとした時、その音が聞こえた。
ずずずず~~~~~ん!!!!
品川の方面で猛煙が上がっている。何かが爆発した。土埃が一面に広がっている。
まさか防壁を爆破されたか?
もう火薬がほとんど残っていないとの知らせ。
防壁に穴が開いたら白兵戦だ。
逃げ場がない分相当な戦死者負傷者が出る!
急がねば。
「東雲隊! 前進せよ!! 品川の救援だ!! いいところを見せる晴れの舞台だ。喜べ、歓声を上げろ。いくぞ!!!! 」
800名が歓声を上げて、厚革でできた乗馬用の長脚絆で地面を一歩一歩踏みしめ前へ進みだした。
同日同刻
東側防壁爆砕地点
保科正俊
やっと町へ侵入できる。
突入隊の先陣が突入した。左右のまだ崩れていない防壁の上から射撃があると思っていたが、爆風で大胡兵が吹き飛んだか気を失っているか。どちらでもいい。突入隊400が入った時点でこの戦は仕舞じゃ。
儂も後を追って突入する。
目の前が暗くなるほどの土煙。
抜けた。
瓦礫を乗り越え土煙から出ると、御殿山のなだらかな斜面が正面に見えた。
ここを登って陣取れば町は一望。どこへでも逆落としで襲撃できる。
まずは大手門かの。
先頭で登っている筈の猛者が転げ落ちてくる。
胸を槍で突かれ、既に躯となっている。
この上に誰がいる?
此奴を殺るとは相当な猛者!
「掛かってこい!! 甲斐の山猿!! 上野の虎が相手いたす! 命の惜しいものは塀の外へ帰れ。今なら見逃してやる。向かってきた奴は首を刎ねる!! 」
上野の黄斑か!!
相手にとって不足はないわ。
残り5間を登っていく。
待っておれ。