出浦
誤字報告、ありがとうございます!
とても助かります。
なんだかカクヨムって誤字報告すら「否定的意見」と捉える人が多くて……
作者は何でもOKなんですけどね。
(ここ3カ月で大分鍛えられましたww)
結局、どこまでリアルを追求して、どこからがエンタメにするかは作者の判断なのですが、明らかに違う事は早めに修正したいのです。
でもカクヨムですら10話くらいストックを作って書き進めています。
現在書いている原稿は、こっちの30話は先に行っています。
ここで修正するのはもう不可能ww
まあいいや~。
もうここまでくると適当です♪
2013年12月2日:ポケペディア記事更新
「レンズの光学的使用は古代ギリシャのプトレマイオス時代にまで遡ります。その後エジプトで発展、ヨーロッパに広まった光学は、ヴェネチアにて一般向けへの製造販売が出来るまでに技術が進歩します。
最初は近視矯正の眼鏡が中心でしたが次第に望遠鏡へと発展していきます。
一方顕微鏡の開発はなかなか捗らず、ヨーロッパでは18世紀までその技術は進展せず、当時最先端を走っていた日本の技術を……」
1556年1月8日
武蔵国等々力
出浦清種
血の付いた小刀を川の水で洗う。
目の前には手の者が止めを刺した三ツ者の屍がある。このまま下流に流れていくと見つかる可能性が高い。手の者に死体を隠すように命を下す。できるだけ服は濡れないようにしたいが難しいだろう。
この寒空、体が冷えるのが一番戦力を落とすことになる。配下に注意する。
ここは滝の音が大きすぎる。奇襲を喰らう可能性が高いため、直ぐに退散せねば。そう思った矢先、周りに目を凝らしていた見張りが甲高い音のする呼子を短く鳴らし警戒を伝える。
やはり此奴は囮であったか。武田は素ッ破狩りを始めた様子。これだけ品川方面の連絡を絶ち切れば否が応でもそうせざるを得まい。こちらも望むところ。
しかし今回は少々分が悪い。
こちらは3人。敵は足軽兵まで動員して周りを囲みつつある。このような時の為、逆包囲をする手の者を四方に配置して移動しているが、夜間の為実際に手筈通りの移動が出来ているかはわからぬ。
今はこの滝から離れることが最優先だ。音が聞こえぬ。これでは足軽を囮にして三ツ者に攻撃される。敵襲の合図の火矢を夜空へ放つ。
足軽は囮だ。だからあの横を押し通る方が安全であろう。できるだけ月影に身を隠しながら足軽が来た南へ移動する。通り抜ける時、徒武者の首が取れる位置まで来たがそれは後で良い。疋田殿が儂らの代わりにやってくださるであろう。
素ッ破は見つからず仕事を成し生きて帰る。これが何より重要。戦って命を張るのは逃げる時のみ。それが本筋であろうに。武田は攻撃を仕掛けてきた。相当切羽詰まっているのであろう。
こちらも此度は連絡遮断などという武士のような仕事をしている。慣れぬ仕事だ。気を付けねばならぬ。
同日卯の刻(午前6時)
神奈川付近
出浦清種
南方鎌倉、玉縄方面からの街道。これは遮断せねばならぬ。三浦の水軍はまだ再編途中であろうが、品川に向かわせると守備隊は完全に退路を断たれよう。品川の武田信繫からの出動指令はここで止める。指令が信繫以外から来るやもしれぬが、その場合はそれを見つけるだけでも良い。偽報を持たせた素ッ破を準備してある。
真田の殿、幸綱様にはこき使われるな。
だが村上義清殿よりも遥かにましじゃな。同族にもかかわらず犬畜生と罵られることが多かった。それが今はどうじゃ。士分ではないがそれ以上の待遇よ。禄も米ではなく銭の代わりの大胡札で支払われ、以前で言うなら1000石取りの武将と同じ生活が出来る。もっとましかもしれぬ。配下の禄は考えなくともよいからだ。収入は安定しているし素ッ破だからと差別されることもない。主が変わるとこうも変わるものか。いや、やはり大胡が特別なのであろう。
その大胡を守るためにこき使われるのは嫌ではない。むしろ歓迎する。改めて秘めた闘志を沸き立たせて己が役目を全うしよう。
そしてまた皆と酒を酌み交わし、今年11になる息子と野を駆けるのだ。
同日午の刻(午前12時)
城山砦
真田幸綱
長野殿がここを拠点に推すわけだ。四方に睨みを利かせるだけでなく交通の便も良い。現在武田領との接点である狭山全域に急行できる。退陣も容易だ。河越まで1里半もない。河越城までは入間川を渡ればすぐ繋ぎを付けられる。
現在は仮設の信号所で繋いでいる。
武田の本陣は入間川を挟んで南方半里の稲荷山にある。冬のこの時期、陽は低く南は少々見づらいか。左手に持った「望遠鏡」を伸ばし稲荷山へ向ける。半里離れていても4~5町(4~500m)先の様子を見るように良う見える。
殿の命にて公園の細工上手が総がかりで作り上げた「れんず」。幾百枚と失敗を繰り返し、たった一つだけ真面に見える物が出来た。これを型に量産を始めた。摺り砂の良いものが見つからず様々な試行錯誤をして先年、望遠鏡3つ顕微鏡2つが完成した。望遠鏡は比較的簡単であった。少々雑な造りの「れんず」でもある程度は見えることが分かった。
しかし顕微鏡は「れんず」そのものが小さい。1つは試作品として直接見るだけのものを作ったという。もう1つはいろいろなものを薄く切り取りそれを見るための精密なものだ。製作者が「二度目は作れない」と言うほどの奇跡的な作品となった。
それを惜しげもなく甲斐の永田生菊の元へ送った。
殿に言わせれば、「これを有効に使えるのはあの子しかいないので~す」だとか。じゃがあれを武田に取られて……ああ、そうか。複製は出来ぬし、使い方も分からぬ。何に使うかも生菊しか分からぬであろうし、命令されて動く男ではなかろう。
まあそれは置いておく。
武田に動きはない。ここから見えるのは本隊だけじゃが。先ほども品川方面から素ッ破の伝令が来た。伝令も危険となったため以後は太田殿の伝書犬を使うという。太田殿、お手柄じゃな。様々な所で使える犬部隊となった。
出浦からの知らせによれば、品川・入間間と品川・神奈川間の連絡路は全て断っているという。だが、里見領には手出しはしておらぬ。これは最初の手筈通り。できうるなら里見の手にて江戸経由の武田の伝令を殺させたように見せかける。これが狙いじゃ。
日和って漁夫の利を得させるほど大胡は甘くないこと、肝に銘じよ!