矢盾
2013年8月2日:軍事雑誌【HQ】無料購読サイト
【複合装甲の歴史】
複合装甲以前の主流は避弾経始角度を付ける方法であった。それ以前にもプロイセンの13号戦車L型において採用された中空装甲が複合装甲の原型なのであろうか。
戦後、旧共産圏において大量に使用されたT-68戦車に採用された複合装甲が本格的な実戦投入であろう。その後、チョバムアーマーや多重装甲内部にエネルギー拘束用の素材を注入したものが主流となってきた。
実はこの中空装甲と複合装甲の走りは日本の戦国時代の矢盾に源流があるのではないかという……
1556年1月上旬未の刻(午後2時)
武蔵国品川湊東側搦め手門
保科正俊
正面の防壁から雷雨のような銃弾が降ってくる。
防壁に空けられた狭間への弩弓による狙い撃ちは効果があった。多くの敵方射手を倒したはず。多分ではあるがこちらの損害よりも被害を与えたのではないか?
しかし敵方は射手の位置を変えてきた。弩弓で狙い撃ちが難しい防壁の上にある凸凹が連続した場所から射撃を始めた。しかも射角は浅いが矢盾の斜め前からの射撃となる。見る見るうちに矢盾で前進していた兵に損害が出始めた。
更に悪いことに先ほど「偶然に」発見された方法が効かなくなったことだ。
ある兵が自分の持っていた鉄張りの矢盾を自分の方へ倒してしまったのだ。その時には既に防壁からの距離が5間を切っていた。半数以上の弾が貫通する近さだ。
しかしその斜めになってしまった矢盾は「全く」貫通しなくなったのだ。鉄板の上を弾が滑ったのか? 理由は分からぬが、これを使わぬ手はない。全員に伝え、以後は矢盾を斜めに構えるように下令した。
その工夫が今、無効化されていた。
斜め上からの射撃という事に加え、左右の鉄砲狭間からの狙い撃ちで隠れる場所が極端に狭くなったのだ。これにより夕刻には仕寄りを諦め、矢盾を出来る限りその場に残し明日の仕寄りの足掛かりとして後退をした。
同日戌の刻(午後8時)
武田信繫本陣
山本勘助
「まずまず順調な滑り出しかと……」
儂は戦評定にて発言した。
しかしその発言は多分に前線指揮官である保科殿と内藤殿への労いの意味を持った意味のないものであった。また敗色が濃厚という風を吹かせてはならぬ。しかし逆に怒りを買うであろう。案の定両者、殊に保科殿が怒りをぶちまける。
「この状況のどこが順調じゃ!! 既に儂の備えは1割の兵が死傷した。あと1割も死傷すれば儂の備えの士気は崩壊じゃ。もう死傷者の家族に支払える銭米は無い!! 」
保科殿の備えは約1000人。そのうち100名が死傷するとなれば、100軒の家に補償をせねばならぬ。少なくとも1貫文、さすれば100貫文。その銭がないのだ。もしそれを惜しんで補償をせねば、次に兵を補充する事、能わぬ。そればかりか下手をすれば逃散が起きる。それが倍ともなれば確実に逃散だ。
「しかし、敵へもその程度の損害は与えたはず。1000の兵も既に800は切っていよう。そのうちの200は法華宗徒。危うくて使えぬであろう。さすれば残りは600。今日の銃撃を続けることはできますまい。それに……」
「火薬が無くなろう。三ツ者の報告では運び込まれた火薬があまり多くないはずじゃったな」
信繫様が後を続けてくれた。
そうなのだ。矢もそうだが高価な火薬はそうそう大量に揃えられるものではない。ここ1年ちょっとで大胡は巨大な勢力となりつつある。が、軍備増強は追いつくまい。普通の徴兵をしている大名ならばすぐに頭数は集められ、訓練も長柄だけ、弩弓だけという風に専門的に行えば戦力化する。
だが大胡の精強さは訓練だけではない。士気も飛びぬけているが、何よりも厄介なのは鉄砲と大筒による圧倒的な衝撃力だ。しかしその訓練には大量の火薬がいる。我が武田も漸く600丁の鉄砲を揃えたが訓練は未だ捗がいかぬ。
堺の納屋等は南蛮から大量に硝石を仕入れようとしていると聞くが、まだ南蛮船自体が来ぬと言っていた。今の所、敵の士気を挫くための一斉射撃しかできぬであろう。
大胡はここ品川へは新規の兵を詰めたらしい。
聞くところによると西上野箕輪衆が主体だそうだ。まだまだ鉄砲の扱いは不得手であると見ている。そして……
「信繫様。内応の儀、今宵にございまする。日の出前、卯の刻(午前5~6時)に決行する手はずにて」
「それが成功すれば明日の夕餉は品川にて食えるな」
儂は静かに頷いた。
西上野にて忍ばせた草がここで役に立つとは思わなんだ。
翌日丑の刻(午前2~3時)
品川湊大胡兵炊事場
森蔵
儂の腕の中で「ごきり」と音がして、後ろから首を極めていた大胡兵の首があらぬ方を向いた。息をしなくなった「人であったモノ」をそのまま物陰に隠す。引きずった跡は丁寧に葉の付いた枝で消していく。
まだ大胡兵は寝静まったままだ。勿論、給仕兵も同じ。この辺りには人っ子一人いない。今倒した見張り以外は。
儂は水瓶を探り出し、腰に結わえてきた「痺れ薬」を入れていく。あまり濃くは出来ぬ。なるべく色臭いをさせないように、それでいて手先が痺れる程度の量。これを目分量で入れていくのは儂の得意じゃ。
朝が来て井戸から汲んできた水でこの薬が掻き回され、よい濃度で飲み水や炊事に使われる。それで儂の仕事は終わり。さて南にいる仲間の所へ帰るとしようか……
ごきりっ
同日同刻同場所
素ッ破小頭
「ふう。危ないところじゃった。儂らの目を盗むとは大した奴。伊賀者か? こ奴一人ではなかろう。南川岸に向かおうとしているところじゃったから、そちらへ探索の手を集めるか」
俺は配下の者へ指示を飛ばし始めた。