第六話 異世界へ発車
セレンが大量の袋をどこから取り出しているのか気になっていたが、委員長に突き飛ばされて離れたため見る事が出来た。セレンが後ろに手を回した瞬間、魔法陣が発生し硬貨とそれを包む袋が造られていく。
「ニセがね……」
僕の小さな呟きが、セレンに聞こえたらしい。トコトコと僕に寄って来たセレンに文句を言われた。
「失礼ね。この国のお金と全く同じに作ってるんだから」
「全く同じって、それって完全に偽金だろ」
「違う!この国は妹のダミアが創ったんだから、私が作ったお金は本物なの」
セレンは頬を膨らませて睨むが、もう怖さは感じない。怒った顔も可愛く感じてしまう。
運転手を含めた全員にお金が配られた後、バスは出発することになった。
運転手は渋っていたがセレンが両手を合わせ、上目遣いでお願いすると鼻の下を伸ばし了承した。
この運転手は、年齢の壁を超えた人か。
「それじゃー今度こそ『路線バスで行く異世界の旅』しゅっぱーつ!」
バスは見渡す限りの草原の中をゆっくりと走って行く。
窓から草の匂いを含んだ涼しい風が吹き込み、車内の空気は快適だ。草原の草は腰くらいの高さで、遠くの方に大型の動物が群れているのが見える。近付いてこないため、どんな姿かはよく分からない。
セレンの話によれば、大人しい魔獣で人間を襲ってこないそうだ。仮に人間を襲う魔獣がいても、バスに魔物避けの結界が張ってあり、寄ってこないと言う。
それにもう一つ、バスの姿が貴族用の大型馬車に見える結界が張ってあるらしく、バスを見た人に怪しまれる事は無いそうだ。これは光学的なものではなく結界に触れた人間の脳をアレして、視覚情報をアレするという訳の分からない説明だった。なんか怖かったので、それ以上は聞かなかった。
乗客は、一人を除きバスの後ろに集まって座っている。
運転席のすぐ後ろで一人寂しく座っているのはイケメンの男だ。着ていた水色のジャケットは、小母さんたちに剥ぎ取られ、床拭きに使われた後、窓から外に投棄された。今は、放心した顔で外を眺めている。
小母さんの三人グループは、買い物に行くためにバスに乗ったと言う。一番後ろの席に陣取り、話に夢中だ。最初はすぐに日本に返せと息巻いていたが、袋の中の金貨を見てコロッと態度を変えた。
その前の席は小さな女の子を連れた若い夫婦。
右側の席には髪を赤く染めた男が座り、隣の席は奥さんと娘(確か綺阿羅ちゃん)が座っている。髪を赤く染めた男は前の席に座っている綺麗なお姉さんに、しきりに話しかけてる。そのお姉さんは迷惑した様子なのに気付かないようだ。我慢できなくなったのかお姉さんは立ち上がると僕の後ろの席から前の席に移動する。
僕の後ろから前へ移動した綺麗なお姉さんは、咲良ちゃんを介抱するとき手伝ってくれたお姉さんだ。
年齢は二十二、三歳だろうか。タイトスカートに包まれたお尻のラインが美しい。横を通る時、じっと見てたら隣の委員長に変態扱いされた。なぜだ、美しいものを見ていただけなのに。
僕の横には委員長が座り、通路を挟んだ隣の席は咲良ちゃんが座っている。委員長は急に度数が合わなくなったと言って眼鏡を外している。眼鏡を外した委員長は、少し吊り目だが美少女だ。わざと変な顔つきになる眼鏡を選んでいたのか。委員長の趣味を疑ってしまう。
咲良ちゃんは特に美少女という訳じゃないが、活発そうな可愛い女の子だ。真ん中から分けた髪を肩より少し上で切りそろえ前髪を髪飾りで止めている。驚いたことに、僕が住む伯父さんの家から十軒も離れていない処に住んでいた。近所なのに顔を見た事がなかったのは、剣道部の部活で朝早く登校していたかららしい。
咲良ちゃんの後ろの席は二人の女の人が座っている。一人は赤ん坊を抱いた女の人。
赤ん坊を庇って体を支えれなかったのかこちらの世界に来た時、足を骨折して倒れていた。今は元気な様子で隣に座る女の人と話している。二十歳くらいの色白でほっそりとした人だ。
隣に座る女の人も、こちらの世界に来た時、倒れていたが今は大丈夫そうだ。
ガリガリに痩せた、体の弱そうな女の人だ。二十歳前に見えるがやつれた感じだ。赤ん坊を抱いた女の人と話す時もビクビクした感じで話している。僕と目が合うと怯える様に目を逸らした。
咲良ちゃんの前、乗車口のすぐ後ろに座っているのは、小学生くらいの男の子とその父親。
男の子は窓の外を見ては父親に話しかけている。はしゃいだ様子だが、大声を上げたりはしない。しっかり教育されている感じだ。
セレンはそんな乗客の間を歩き回り、バスを召喚した時、大揺れになった事を謝りまくっていた。
悪い娘じゃないみたいだ。もう乗客たちは誰もセレンを怖がっていない。
楽しい旅になりそうな気がする。
僕は、窓の外に広がる草原をボーっと眺めていた。僕の隣には委員長が座り、通路を挟んだ隣の席には咲良ちゃんが、座ってる。
草原の中を三十分ほど走って来たが、委員長と咲良ちゃんは、ずっと通路を挟んで話し続けている。
「委員長、咲良ちゃんと席を代わろうか」
「ふん、どさくさで胸を触ってくる変態を野放しに出来るわけないでしょ」
通路を挟んでいたら咲良ちゃんと話し辛いだろうと思い聞いたんだけど、拒否された。僕は危険人物か。
「そんな変態を隣に座らせるなんて触ってほしいんだ」
「社会的に抹殺されたければどうぞ。変な事をしたら真夜先輩に言いつけてやる」
少し腹が立ったのでそう言ったけど、凄い顔で睨んできた。逆らったら社会的ではなく物理的に抹殺されそうだ。僕は、窓の外に広がる草原を延々と眺めるしかなかった。
草原だけだった景色に、やっと変化があった。前方に小さな川が流れているのが見える。
街道を斜めに横切る小川は陽の光を反射してキラキラと輝いている。緑一色の景色から解放され喜んでいると、バスは止まった。
「どうして止まったの」
セレンは運転手の処に行き、尋ねる。
「残念ですが、前方の橋は通れそうもないです」
運転手の言う通り、小川に架かった橋は壊れかけた木造の古い橋で、バスの重量に耐えれそうもない。今までずっと一本道だったから、迂回するには相当戻らなければいけないだろう。
「大丈夫。ちょっと、行ってくる」
セレンはそう言って、運転手に扉を開けさせ、橋の方にトコトコ歩いていく。僕は席から少し腰を浮かして、セレンの様子を見る。
セレンが橋の上に立ち、何かつぶやくと足元から魔法陣が出現し、橋が青く輝き出す。光が消えた後は元の橋のままだ。セレンが何をしたか分からない。
そのままセレンは橋の向こう側に行き、バスを手招きする。ツインテールの金髪と白いフリフリドレスが風に揺れる。草原を背景に手を振る様子は、映画の一シーンの様で、ほっこりする。
誰よりもセレンを可愛く感じた人がいた。セレンの手招きに運転手は躊躇せずバスを橋の上に乗り入れた。僕は橋が落ちる事を想像して身構える。しかし、橋は軋む事も無くバスの重量に耐えた。元の橋と変わらないように見えたが魔法で強化されていたみたいだ。運転手はセレンの前にバスを止めドアを開ける。セレンを迎え入れる時の顔は、帰って来た主人に喜ぶ犬のようだ。これから先、この運転手で大丈夫だろうか。
運転手に一抹の不安が有るもののバスは再び異世界を走り出した。
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