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第四話 異世界

 バスを包んでいた闇が、突然眩しい世界に変わった。闇に慣れた目に光の目潰しだ。視力を取り戻すまでに少し時間が必要だった。誰かのうめき声が聞こえるが、目をしばらく開けれなかった。そして、目を開いた時には外の景色に呆然として車内の事は頭から消えていた。バスは街の中を走っていたはずなのに、目に映った景色は、地平線まで続く草原と真直ぐに続く道だった。


「…離して……」


 暫くボーっと外を眺めていたが、車内からうめき声が聞こえていた事を思い出す。車内に目を向けると何人かの人が座席から投げ出され倒れている。無事な人は、外の様子に呆然として車内で助けを求める人に気付いていない。


「…離して……」


 席を立とうとして委員長=北上結良(きたかみ ゆら)を抱きしめていた事に気付いた。恐る恐る視線を下げると、委員長の後頭部が見えた。


「…離してよ」


さっきから聞こえていた声は委員長の声みたいだ。今はシートからずり落ちる委員長の両脇に、後ろから手を入れ抱きとめる格好だ。


 手の平に柔らかな感触はあったが、僕は倒れている人を急いで助けようと焦っていた。気にすることなく手に力を入れ、委員長を持ち上げながら一緒に立ち上がる。握り締めてしまった柔らかな塊の正体に気付いた時は手遅れだった。腕の力を緩めた瞬間、顔を真っ赤にした委員長が振り返った。


「どこ触ってるのよ、変態!」

 パァーーン!


僕の頬は強い衝撃を受け、車内に子気味良い音が響き渡った。


 外を見ていた人達の視線が僕たちに集まる。そして、車内に視線を戻したことで、体をぶつけ呻いている人達に気付いたみたいだ。車内の前方では赤ん坊を抱いた母親と体が弱そうな女の人が倒れていた。その二人に運転手と水色のジャッケトを着た男、三人の小母さんたちが集まる。



「どさくさに紛れて胸を触るなんて最低よ。変態!痴漢!!」

「委員長、早くどいて。後ろ」


委員長は詰め寄ってくるが、構ってる暇はない。


「誤魔化そうとしても無駄よ。後ろがどうしたって……」


文句を言いながらも後ろを振り返った委員長は、床に倒れている女の子に気付いた。


「早くどいて」


委員長は慌てて体をどかす。



 僕と委員長はすぐに倒れている女の子に駆け寄る。僕を中学生と勘違いしていた女の子だ。額が切れ血が流れている。余程強く打ち付けたのか気絶している。


 救急車を呼ぼうとしてスマホをポケットから取り出すが圏外で繋がらない。委員長もスマホを取り出すが首を横に振る。僕は財布と鍵だけを持って外出した。ほぼ手ぶらだ。委員長のバッグには絆創膏が入っていたが女の子の傷には小さすぎる。バスの外を見渡しても民家どころか人工的な物は何一つ見えない。僕が出来る事はハンカチで女の子の傷口を押さえることだけだった。街から切り離された時、自分の知識や経験が何の役にも立たない事を思い知らされる。


「う、うう……」


 しばらくすると女の子は意識を取り戻したが、朦朧とした様子だ。


「名前は、名前は言える?」

「……た、(たちばな)咲良(さくら)


僕の呼びかけに返事が返ってきた。


「頭以外に痛いところはある?」

「……大丈夫です。頭をぶつけただけです」


意識がはっきりしてきたようだ。中学生の女の子=咲良(さくら)ちゃんは少し身じろいだ後、はっきりと答えた。とりあえずは大丈夫そうだ。


「咲良ちゃん、なにが有ったか覚えてる?」


念のためだろう、委員長が質問する。


「お姉さんの体が揺れるたびに下がっていって。手が、お腹から胸に。おおって見てたら、頭をぶつけて。うっ、痛つつ……」


頭の痛みに、咲良(さくら)ちゃんは呻くが、別の意味でも痛い子だった。

委員長はひきつった笑顔を浮かべ僕を見る。怖い。普通に睨まれるより何倍も怖い。


「すみません。この娘を寝かしたいので席を譲ってもらえませんか」


僕は慌てて委員長から目を逸らし、最後部の席に座っている赤い髪の男に頼む。


「何で俺たちが席を譲らなきゃいけないんだ。床に寝かしときゃいいだろ。なあ綺阿羅(きあら)、パパとママと一緒に座ってたいよな」

「うん、きあらパパとママと一緒がいい」

「ほら綺阿羅(きあら)は一緒がいいって言ってるぞ」


赤い髪の男は、席を譲ろうとする奥さんを引き留めて動こうとしない。

僕はムッとして詰め寄ろうとするが、間に綺麗なお姉さんが立つ。


「傷ついた女の子がいたら漢なら守るわよね」

「お、おう」


たった一言だ。綺麗なお姉さんが顔を近づけ、たった一言いっただけで男は素直に前の席に移った。美人は正義なのか。


「手伝うわ」

「お願いします。あと、ありがとうがざいました」

「いえ、私こそボーっとしてこの娘に気付かなくって」


綺麗なお姉さんと一緒に三人で咲良ちゃんを抱え最後部の席に寝かす。額の傷は出血が止まったようなので委員長が持っていた絆創膏を貼って傷口が開かないようにする。絆創膏を貼るときは少し痛がったが、座席に寝かせた事で咲良ちゃんはだいぶ楽になったようだ。


「いつまで女の子の寝姿を見てるの。しっしっ!」


心配でしばらく様子をみていたら委員長に追い払われてしまった。僕は犬かっつーの! まあ咲良ちゃんは委員長と綺麗なお姉さんが診ているから大丈夫だろう。僕はバスの前の方を見に行く。


 前の方では赤ん坊を抱いていた女の人が横向きの座席に寝かされていた。骨折しているらしく時折うめき声を上げている。小母さんの一人が持っていた腰痛用の痛み止めを飲ませたそうだが直ぐには効かないようだ。咲良ちゃんにも飲ませたかったが残りは二錠しか無いと言われ諦めた。赤ん坊は別の小母さんが抱き上げ、あやしているが泣き止まない。

もう一人、倒れていた女性は捻挫と打ち身だけのようで水色のジャケットを布団替わりにして床に寝かされている。


 僕が前にいても全然役に立たない感じだ。元の席に戻りスマホをいじる。県内には、見渡す限りの草原なんて無い。バスが闇に包まれていた時間は長く見積もって30分。その間に航空機で運ばれたとしてもせいぜい隣の県だ。GPSが拾えれば何処に居るかだいたい分かるだろう。


 位置情報をONにしてアプリを開く。しかしスマホはGPS信号を拾えなかった。角度を変えても位置を変えてもGPS信号を受信できない。斜め後ろの席に座っている小学生の親子もGPSを拾おうとしているのかしきりにスマホを動かしている。


 GPS信号が拾えない理由には三つの可能性がある。

一つはバスの外に見える景色が3D映像で実際には屋内にいる可能性。しかし、窓から入って来る太陽の光は3Dとは思えない。影は放射状ではなく平行に伸びている。これは光源が遥か遠方にあると言う事だ。


 もう一つは、ここが地球上では無いという可能性だ。何らかの超常現象でバスが異世界に飛ばされた可能性だ。でも人に話せば絶対に厨二病と言われる。


 最後の一つはいつの間にか眠ってしまって夢を見ている可能性だ。しかし、夢の中で感じる不合理な物がない。委員長を抱きしめた時のシャンプーの匂いも、胸の感触も夢とは思えない。そして強力なビンタ。夢だったら痛みで目覚めてるはずだ。それに、まだヒリヒリと痛む。



 そんな疑問は、白いフリフリドレスを着た少女の出現と共に終了する。


「ごめんねー。ちょっと揺れすぎちゃった。てへ」


 少女がいつからそこにいたのか分からない。声を聴いて初めて少女がそこに存在している事を知覚し驚く。他の人達も一斉に少女を見て驚いている。驚く理由が少女の出現なのか、その立っている場所なのかは不明だけど。少女は床から50cmほど離れた空中に立たっていた。そして両手を翼の様にひろげる。


広域変態治療(エリアパァーヴヒール)!」


少女の足元から魔法陣の様な物が広がり車内に白い光が満ちる。


「あれっ」


 光が消えると同時に横になっていた咲良ちゃんが体を起こし不思議そうに周りを見回す。絆創膏からはみ出していた傷が綺麗に消えている。同時に前の方で倒れていた女の人達も元気に置き上がった。


 僕は咲良ちゃんの側に行き断ってから絆創膏をはがす。絆創膏の下の傷も綺麗に消えていた。


「咲良ちゃん頭の痛みは?」

「う、ううーん。治ったみたい。全然痛くない」


委員長が尋ねると咲良ちゃんは首を少し振って立ち上がる。頭の痛みは完全に消えたようだ。


 回復魔法?僕は夢でも見ているのだろうか。夢なら頬をはたかれた痛みを感じなかったはず。そういえば、ずっとヒリヒリしてた頬の痛みが消えてる。やっぱり、夢なのだろうか。



「はーい注目。夢だと思っている人がいるかも知れませんが、夢じゃなくて此処は現実世界だよ。剣と魔法の大陸”アレ”なガルドにようこそ」


 白いフリフリドレスを着た少女は、空中を歩きながらにっこりと微笑んだ。

歳は十歳前後だろうか。金髪碧眼の少女で、ツインテールの髪をドレスに合わせたレースの白いリボンで飾っている。


「私は女神セレン。セレンと気楽に呼んでね。但し、みんなより年上だから、ちゃん付けは禁止。それじゃー、今から皆さんを二泊三日の『路線バスで行く異世界の旅』にご招待します。」


 セレンと名乗った少女はそう宣言する。


「誰だこんな手の込んだ悪戯をして。3D映像だろ」

「なんでそんな物に付き合わないといけないんだよ」

「早く元の処へ戻してよ。スーパーの特売品が売り切れちゃうでしょ」


 当然の様に非難の声が上がる。僕も空中に出現したセレンを見たとき3D映像だと思った。でも、それだと咲良ちゃんの傷が治った説明がつかない。僕の持つハンカチは、咲良ちゃんの傷を押さえた時の血で汚れている。時間と共に黒く固まっていく血の汚れは本物だ。

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