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第十話 川沿いの街

 姿を消していたセレンは十五分程で帰って来た。白いフリフリドレスは破れてボロボロだ。


「いったいどうしたんですか、セレン様」


 運転手のおっさんが慌ててセレンを見る。


「おっさん前、前!」


よそ見をするからバスが道から脱輪しそうになる。それでもチラチラと振り返る。


変態修復(パァーヴリペア)


 セレンの足元に魔法陣が浮かび上がり、全身を光が包む。光の消えた後、ボロボロだった服は元のフリフリドレスに戻っていた。生地の傷みも汚れも全て消え、新品同様だ。運転手はがっかりした感じで振り返らなくなる。このおっさんは。


「何が有ったの」


委員長=北上結良(きたかみ ゆら)が心配して聞くが、たぶん僕の予想通りだろう。


「んーとね、一人帰すのを忘れてたら怒っちゃって」


やっぱり。裸で放置されたら誰でも怒るよな。委員長も頭を抱えている。



 荒地を後にして一時間、バスの周りには広大な農場が広がっていた。遠くに霞んで見える山の麓まで広がっているようだ。道から少し離れた位置に高さがニメートルほどの木の柵が造られでいるが、外からの侵入を防ぐよりも畑から外に出られないように作ってあるみたいだ。支えや補強が外側に造られている。柵の中には石造りの大きな屋敷が建ち、畑では多くの人が働いている。


 バスが進むと、働いている人達の様子がはっきりと分かってくる。年寄も若い女性も皆、ボロボロの服を着て、下を向き無気力に仕事をしている。バスが近づいても誰も顔を上げない。結界で馬車の姿に見せていると言っても異常な感じだ。


「ねえ結良さん、みんな元気が無いみたいだけど」


咲良ちゃんも、働いている人達の様子がおかしいと感じた様だ。


「不作だったのかしら」


委員長はそう言って小首をかしげるが、柵の間から見える畑は青々とした葉で覆われ、作物は順調に育っているみたいだ。二人と話しても原因は分からないだろう。僕は通路をうろうろしているセレンに聞いてみた。


「働いている人達、表情が暗いんだけど。何故だか分かる?」


「うん、働いている人達は、奴隷だからね」


 その一言でここが異世界である事を痛感した。ここは身分差が無い日本と違う。奴隷が存在する。そして奴隷を買う人間も存在する。働いている人達の様子をみれば、奴隷を買った人間が、奴隷をどう扱っているか簡単に想像できる。


 そして、セレンは車内の全員に向かって言った。


「みなさんも旅行中、犯罪だけは犯さないでね。奴隷にされちゃうから。魔獣や犯罪者からは守ってあげるけど、犯罪を犯して捕まったら助けないから。それと貴族の不興を買うと、奴隷落ちか最悪死刑だから気を付けてね」


「そんな恐ろしい処だなんて聞いてないわよ」

「恐ろしくて観光できないじゃない」


小母さんたちは抗議の声を上げる。奴隷という言葉に不安を感じたのだろう。

しかし、髪を赤く染めた男は奴隷たちを見てニヤニヤしだした。

なにか問題を起こさなければいいけど。


「私は高夫の奴隷でいいわ。そう愛の奴隷よ」


僕の後ろに座っているアナスタシアさんが余計な事を言って、委員長と咲良ちゃんに睨まれる。

神託を受けたと言っていたが何故、僕にアプローチしてくるのだろう。



 いくつかの農場を過ぎると、街が見えてきた。


「前に見えてきた街が、今日一泊する『リバサイ』の街でーす。川沿いに造られた綺麗な街だよ。早めの夕食の後は自由時間になるから散策や買い物を楽しんでね」


セレンがそう言っても、奴隷の話が出てから車内の空気は少し沈んだものになっている。



 セレンの言ったとおり『リバサイ』の街は、海外旅行のパンフレットで見るような綺麗な街だった。川の対岸に広がる街には鮮やかな赤や青の屋根を乗せた石造りの建物が並んでいる。街を見下ろす丘の上には、真っ白な壁の城が建っている。いくつもの尖塔が立つ大きな城だ。領主の住む城だろうか。

 

 バスは進み、街の入り口に架けられた立派な石の橋に向かっていく。橋の上には多くの荷馬車が往来している。一本道を走っている時にはすれ違わなかったから街の周辺の農場と行き来しているんだろう。


 バスは荷馬車の列に混ざり、橋を渡っていく。橋を渡った所に詰め所が有り、鎧に剣を着けた衛兵が往来を監視している。結界で貴族の馬車に見せているため、衛兵たちは詰め所の前に整列し、通過するバスに向かって頭を下げる。


 川を左手に見ながら、石畳の路をバスは進んで行く。右側には、いろいろな看板を付けた店が並び、多くの人で賑わっている。農場と違い、街の人達は綺麗な服を着て、にこやかな顔をしている。川辺に座って語り合うアベックの姿も見える。


 街の人達の様子を見て小母さんたちも安心したようだ。通り過ぎる店を一軒一軒、確認して大声で話している。自由時間の買い物を楽しみにしているようだ。小母さんたちの変わり様に少し驚く。


 委員長と咲良ちゃんはスマホで写真をしきりに撮っている。

委員長は、写真を撮る事に夢中で、何度も僕に覆いかぶさってくる。そのたびに胸の感触を感じるんだけど社会的に抹殺されそうで言い出せない。


 バスは三階建ての大きな建物の横に止められ、ドアが開けられた。白い石で造られた立派な建物だ。


「ここで夕食でーす。貸し切りになってるから気楽に食事を楽しんでね。食後は自由時間でそのまま一泊になります」


 セレンがそう言った瞬間、女性陣は建物に向かって一斉に走り出した。

そんなにお腹が空いてるんだろうか。今日は昼食抜きだったから確かに空腹を感じる。


 僕たち男性陣はセレンと一緒にゆっくりと建物に向かう。

建物の入り口で身なりのいい支配人らしき男と、二人の小母さんに出迎えられた。


「「「いらっしゃいませ。真直ぐ奥の方へどうぞ」」」


日本語だ。そういえば町の中の看板も日本語で書かれた物が有った気がする。

此処の人も、街の中の人も西洋人の顔立ちなのに。


「そうそう、この大陸は日本語でOKだよ。この大陸を管理する妹、ダミアを日本オタクに仕込んだから」


そう言ってセレンはロビーの奥に進んで行く。


 ロビーの奥は、丸いテーブルがいくつも置かれた広い部屋だった。

等間隔に並んだ石の柱に金属の飾りが取り付けられ、そこにはめ込まれた宝石の様な石が眩しい光を放っている。よく小説に出てくる魔石だろうか。さすが異世界。照明もファンタジーしている。正面にカウンターがあり、そこに置かれた料理をメイド服を着たウェイトレス達が運び、テーブルに並べている。


 先に入っていった女性陣はカウンターの左側の通路に列を作っていた。

何か面白い物でもあるのだろうか。列に近付き奥を覗いてみる。


「変態!何覗いているのよ。男は右に行きなさい」


 何故か、委員長に怒られてしまった。怒られた理由は分からないが、取り敢えず右の通路に行ってみる。

奥に有ったのはトイレだった。




 テーブルに着いてしばらくすると、委員長と咲良ちゃんがやってきて同じテーブルに着く。アナスタシアさんも同じテーブルに着こうとしたが委員長と咲良ちゃんに追い払われる。

ウェイトレスたちは、最初の料理を運び終え、今は飲み物を配っている。僕と咲良ちゃんの前にはオレンジ色の飲み物。委員長の前には薄いピンクの飲み物が置かれた。


 全員の前に飲み物が置かれたところでセレンが立ち上がる。

挨拶でも始めるかと思ったが。


「それじゃー、最初の異世界料理、楽しんでね」


一言発しただけでピョコンと座り、勢いよく食べ始める。それを見て全員が一斉に食事を始める。


 オレンジ色の飲み物は、やっぱりただのオレンジジュースだった。

委員長はピンク色の飲み物を幸せそうな顔で飲んでいる。


「委員長、一口飲ませて」


「嫌よ。飲みたければ頼めばいいじゃない」


あまりにも美味しそうに飲んでいるので、一口くれと言ったら断られてしまった。

仕方がないので、近くにいたウェイトレスを呼ぶ。


「すみません、僕にもピンクの飲み物を下さい」


そう頼んだんだけど、僕と同い年くらいのウェイトレスは首を横に振った。


「ごめんね、食前酒の提供は16歳以上なの。お子様には、オレンジジュースって決まってて」


くそっ!またか。また子供に見られていたのか。でもいい事を聞いた。この世界では16歳の飲酒は合法なんだ。


「僕は16歳だけど」


「駄目ダメッ。背伸びしたい年頃だって分かるけど。お姉さんは騙されないぞ~」


そう言ってウェイトレスは去っていった。


 周りを見渡してみるとオレンジジュースが置かれていたのは、僕と咲良ちゃん、そして小学生の男の子、その三人の前だけだ。ぐぬぬ、僕は、持って行きようのない怒りに包まれた。


「お子様。ウププッお子ちゃま。キャーハッハッハ、お子ちゃま。キャー」


ツボにはまったのか委員長が僕を指さし大声で笑いだす。完全に酔っている。顔が少し赤い。

悔しいので半分ほど残った委員長のお酒を取り上げ、一気に飲んでやった。

少し甘いが酸味が強く、口当たりは良い。はっきり言ってすごく美味しい。ただし食前酒にしてはアルコール度数がかなり高いようだ。委員長が酔ってしまったのも納得だ。


「無い。まだ半分残っていたのに。なんで。うわーーーん、なんで飲んじゃうのよ。ウッウッ……なんで川神君は、私をいじめるの」


 怒って来るかと思ったら委員長は泣き出してしまった。完全に酔っ払いだ。周りの視線が怖い。咲良ちゃんも、どうしていいか分からずオロオロしだす。


 僕たちが途方に暮れていると、さっきのウェイトレスがピンクのお酒が入ったグラスを持ってきた。

ウェイトレスがグラスをテーブルに置くと、委員長は両手で隠すように握り締め途端に笑顔になる。


「ダメじゃない、お姉さんのお酒を飲んじゃって。お姉さんを泣かすなんて悪い子。本当は一人一杯しか出せないんだけど特別よ。それと、スープが冷めちゃうから早く食べてね。スープは薬効が高いマンドレイク入り特性スープよ」


ウェイトレスはドヤ顔で去っていった。場を上手く収めたと思っているのだろう。

だけど僕は言いたい。あなたのせいだろ。あなたの言動でこうなったんだと。

次からは一週間ごとの更新を目指します。読んでくださった方ありがとうございます。

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