第一話 高夫と真夜(1)
最初は日本が舞台になっています。異世界は三話目からです。最初の三話は続けて投稿しますが後は週一を予定しています。
陽が落ち、街灯に照らされた新興住宅地に路線バスが止まる。
ここが終点のため、乗客は一斉に立ち上がりバスを降りて行く。殆どの客が帰宅するサラリーマンだ。
そのサラリーマンに囲まれるようにぶかぶかの制服を着た少年がバスを降りる。
少年の名は川神高夫。市内の高校一年生。
背が低く、少女のように整った顔が高夫を年齢より幼く見せる。ぶっちゃけ、よく小中学生に間違えられる童顔の少年だ。そんな高夫はコンプレックスからか、巨大な軍艦に憧れ、軍オタクになりつつあった。
「は~っ寒~」
秋の夜風が、夏の暑さに慣れた体に吹きつけ身震いする。
住宅地の中を緩やかに登るメインストリートを、僕は急ぎ足で歩いていく。向かっているのは、通学のために下宿している伯父の家。僕の実家は、交通の便が悪い田舎町に有る。自宅から高校に通うのは無理でアパートを借りようと思っていた。しかし、伯父さんは部屋が余ってるから家から通うといいと言ってくれた。
メインストリートを外れると街灯の光で隠されていた星が、空を覆っているのが見えた。随分と遅くなってしまった。土日で新しいプラモを組み始めようと数件の店を回ったが、新商品は置いてなかった。僕の買いたかったのは、艦船模型だ。ガ〇プラを沢山置いてある店はあるけど、僕の好きな艦船模型の品ぞろえが良い店は少ない。
一時期はアニメの影響で増えたんだけどなあ、とぼやきながら歩いているうちに伯父の家に着いた。真夜姉、怒ってなければいいけど。そう思いながら僕は玄関を潜る。真夜姉=川神真夜は一緒に住んでいる一つ上の従姉。僕が実家から遠い高校をわざわざ選んだのは、真夜姉が通っているためだ。
「ただいまー」
「遅ーい、高君。今日は早く帰って来てって言ったのに」
玄関に入ると廊下の角からポニーテールの美少女が顔だけ覗かせる。
「真夜姉ごめん。ちょっと買い物をしようと店を回っていたんだけど……」
そう言いながら後ろを向き、靴を揃える。
振り返ると真夜姉は、僕の目の前に立っていた。
「うあっ!」
思わず大声を上げてしまった。エプロン姿。いや、エプロンしか着けてない?
「へへー、裸だと思った?思ったでしょ。残念でした。ちゃんと着てるから」
真夜姉はその場で一回転すると悪戯に成功した子供の様な笑顔を浮かべる。エプロンの下はチューブトップのシャツにホットパンツだ。その姿だけでも興奮してしまう。
「そんな恰好で寒くないか」
「大丈夫。家の中はあったかいから」
僕は平静を取り繕い、呆れたような仕草で立ち上がる。逆に真夜姉は廊下にしゃがみ込んで僕を見上げた。
「ねえ、食事にする。お風呂にする。それともア・タ・シ?」
膝に乗せた手に顎を乗せ上目遣いで聞いてくる。真夜姉は学校で一二を争う美少女。その上目遣いは破壊力抜群だ。思わず『真夜姉』と言いたくなるが、ぐっと我慢する。僕は真夜姉を護るため同居している。決してイチャイチャするために一緒に住んでいる訳では無い。
「お風呂で」
「ええー、私一択でしょ」
真夜姉は頬を膨らませ抗議するが、そのうちに顔を真っ赤にしてクネクネしだした。
「ああっ、お風呂で私って事。初めては普通がいいけど。でも高君が望むなら…」
「いや、一人で入るから」
これ以上話していると理性が飛んでしまいそうだ。僕は慌てて風呂場に逃げ込む。
湯舟に浸かると夜風に冷えた体に風呂の暖かさが染み渡る。
「はあ~極楽。極楽って、オヤジか!」
一人突っ込みをいれていると、真夜姉が脱衣場に入って来たのをドアのすりガラス越しに見た。
「着替え置いとくね」
「ありがとう真夜姉」
慌てて風呂場に逃げ込んだため着替えは用意してない。それを、真夜姉が用意してくれたのだが。
「ねえ、背中流そうか」
「遠慮します。って、こら覗くな!!」
湯舟に浸かっている僕は、真夜姉の乱入を阻止出来ない。
「いいじゃない。前は一緒に入っていたのに」
「それ、小学校に入る前だから」
真夜姉は、エプロンを外し浴室に侵入しようとする。浴槽から出る訳にはいかない。残された手段は、口で真夜姉を追い返す事だけだ。
「僕の着替え、何処から持ってきたの」
「高君の部屋だけど」
「僕の部屋に無断で入らないでって、言ってあったよね」
「え~なんで駄目。でね、高君ちょっと部屋がシンナー臭いよ」
僕が留守にしている間に真夜姉は、何度も部屋に侵入している。大抵、長い髪が残されていて、すぐに分かる。でも分かってても真夜姉は、侵入を隠す気も止める気もないから無意味だが。
「……僕が作ってたプラモ、撃沈したの真夜姉だよね」
一か月ほど前、製作中の『大和』のプラモが、机から床に落下していた。その時は追及しなかったが、真夜姉の犯行でほぼ間違いない。
「真夜姉だよね」
僕が、ちょっと怒った感じで強く言うと真夜姉の目が泳ぐ。
「あっ、夕食の準備残ってた」
真夜姉はわざとらしい台詞と共に慌てて逃げていく。
いつも積極的に迫ってくる真夜姉だけど、今日はいつもと違う気がする。心配になった僕は早めに風呂から上がる。
脱衣籠には替えの下着が入っていた。正確に言うと、脱いであった服は全て持ち去られ、替えの下着だけが入っていた。今日は金曜日。学生服は土日の間にクリーニングに出される。クリーニングに出してくれるのはありがたいけど、このタイミングで持っていかれると困ってしまう。
脱衣場のドアから顔だけを出し、廊下を確認する。
「右よし。左よし。ダッシュ!」
下着姿の僕は、階段を一気に駆け上がる。ドアを素早く開け、自分の部屋に飛び込む。
グシャ!バキバキ!
「ああーっつ!」
タンスの上に飾ってあったはずの『大和』が、何故か床に。他のプラモから泣く泣く部品取りして完成させた『大和』が、床に。
「真夜姉ー!!」
僕は服を着ると階段を駆け降りる。今日こそ文句を言ってやると、リビングとダイニングが続きになった部屋を覗く。そこに、真夜姉の姿は見えなかったが、僕は呻き声を聞いた。
真夜姉は、僕の学生服を抱きソファの後ろに隠れていた。頭を抱えて蹲り、体は小刻みに震えている。
「怖い…。怖い…。助けて。助けて高君……」
「真夜姉、大丈夫。大丈夫だから」
今日の真夜姉は少し普段と違っていた。蹲る真夜姉を見ながら、もう少し気遣っていればと後悔する。
「大丈夫だよ真夜姉。僕は此処にいるよ」
僕は隣に座り真夜姉の髪を撫ぜる。
「いやー、触らないで」
真夜姉は拒絶しようとするが、僕はかまわず抱きしめる。
「僕だよ、真夜姉。僕だから」
「高君。高君」
真夜姉は僕をぎゅっと抱き返してきた。三年前のように。