結. 余波
結. 余波
『ーを襲った地震は、震度6強を観測し、地震の規模を示すマグニチュードは6を計測しています。この震度の大きさに比べ、マグニチュードが小規模だったことを踏まえ、今回の地震が非常に珍しく局地的であると言えます。震度6強を観測したのは以下の市町村ですー」
地震は町に相当の被害をもたらした。
色々な壁や地面に亀裂を残して、放っておくと危険なものがかなりある。
街灯が傾いて送電線に引っかかったり、地下の水道管が故障したりしても、ライフラインはどうにかギリギリを維持していた。
割れた窓ガラスが道路に散乱して、祭りを彩っていた品々が地面に転がっている様子は、あの時の不安や焦燥を思い起こすには十分すぎるほどに悲惨だ。
『ーなお津波の到達は確認できていません。正確には地震発生時には海上の観測機から津波の発生が観測されていましたが、沿岸部に津波の被害が予想より少なく、撮影されていた町のライブカメラの記録映像からも大きな津波の到達が確認されませんでした。何らかの影響によって、津波の力が減衰したと考えられるそうです。詳しくは専門家のー』
そう、津波の被害は町にほぼ皆無と言っても過言ではない。
なぜなら津波自体が、町に到達していないからだ。
地震の計測情報からみて、危険度の高い津波の発生はほぼ確実で、海上の観測機もその発生を計測している。
他の沿岸部には小規模の津波が到達しており、地震や地滑りなども合わせて若干名の行方不明者や船舶の沈没、施設の水没が報告されていた。
『ここまで確認されている地震及び津波の被害は、行方不明者12名、重傷者47名、軽傷者は300名超。各被災地に自衛隊派遣が決まっており、いち早くヘリによって支援物資が送られています』
この町も支援物資や、被害が比較的に軽微な内陸部からの人的応援を受け入れていた。
祭りの最中と言うこともあって、各地と比べて被災者が多く、備蓄物資や住民だけの支援体制はどうしても無理が生じていた。観光客たちは自家用車や公共交通機関を用いた帰る手段を失っている者が多く、暫くは避難場所でもある小学校を始めとする避難施設での寝泊りを余儀なくされた。
テレビからアナウンサーが繰り返し、被害情報を伝える。
被害情報と有識者のコメント、中継、寄付や支援を呼びかける窓口の紹介。交互に繰り返される様子は、まるでループ映像でも見ているかのようだった。
俺の家は地震を耐えきり、家族は炊き出しや被害住宅の片付けを手伝いに忙しなく動いていた。住宅に被害のある家庭は、無事な家に間借りすることが多く、この家も例外ではない。床の間を近所に住む小さな子供が走る。避難場所でもある学校や保育園も被災者や支援者が寝泊りしており、近所の人間がまとめて子供の面倒を見ていた。
地震の日から2日間は、混乱と喪失と空虚の感情がグルグルと俺の心の中を周回し、気づけば体は手伝いへと動き出していた。幸いに手伝い先は困らず、クタクタになるまで動き回ることで、眠れない夜を過ごすことは無かった。だが、周回する感情は眠っていても走り回っても忘れることも消えてくれることも無くて、ただグルグルと俺の心の中にあり続けた。
そう言えばどうやって俺が戻ったのか、よく覚えていない。あの時津波を前にして立ち尽くした俺はどうにかして岩礁を離れ、橋の入り口である石鳥居で気を失っていたらしい。
そして目覚めると家族に囲まれていた。うちの家族は兄貴を除いて無事だった。兄貴は、テレビが報じる行方不明者の一人に数えられている。
俺だけが、兄貴の最後を知っている。兄貴は生きてはいない。
両親や親族は兄貴を探さなかった。それぞれが他に優先することがあるように、手伝いに奔走した。俺も頭の整理がつかなくて、誰にもあの時のことを話さなかった。家の中はどこも不気味と静まり返っていた。事情を知らない近所の子供たちが、バタバタと床の間を駆ける。その遠慮のない足音でさえ、今は気味が悪い。兄貴がいない理由をみんな何となく分かっているような気がして、俺だけがそれを知らないような気がする。勝手知ったる家の中がまるで、知らない場所みたいだ。
翌朝、叔父に呼び出された。
指定された場所は、綿津見神社の本殿がある離れ小島の岩礁。兄貴が身を投げた場所だった。
石鳥居を潜って、傾いた朱色の橋を渡り岩礁へと進むと、淵に立っていたのは見覚えのある背中。兄貴と重なるが、振り返ったのは叔父だった。
「来たな…次代に選ばれし綿津見の婿殿よ。いや、もう今代か」
そう言う叔父の顔は悲しげだった。
「…なんで兄貴はここから身を投げたんだ?皆、何を隠しているんだ!?」
岩礁の淵に立つ叔父を見て、俺は確信した。
叔父は何かを隠している。水色の魚と半透明な何か、それに纏わるこの地に伝承せし一連の何か、” 綿津見の婿入り”と呼ばれる正体。
言葉に自然と怒気が混じる。得体の知れない何かが兄貴の命を奪ってしまったのだから。
「…あれを見てしまったのだろう。あれが見えるのは婿か、婿だった者、そして婿になる者。今代と先代と次代の3人だけ。そして、あれは見えたが故に直感的に分かってしまったはずだ。あれの名前をお前は既に知っている」
「…綿津見」
俺は知っていた。あの時、兄貴が身を投げる前に見たあれは超常の存在、その名を誰に教えられるまでもなく、俺は知っていた。
叔父は海に視線を戻した。
「そうだ。この地に眠る八百万の神の一柱、海の女神」
「そんなのあるわけー」
「見たはずだ、お前は見たものを信じないのか。あれがあるが故に、お前の兄貴は身を捧げたと言うのに」
「っ!!」
「付いて来い。昔話をしよう、綿津見の初めの婿の話だ」
叔父は潮溜まりを器用に避けて、洞窟へと向かった。
俺は後を追う。洞窟は関係者以外立ち入り禁止の綿津見神社の境内の中でも離れ小島最奥部にあり、その中でもある人間がある時にしか立ち入りを許されていない。それが”綿津見の婿”であり、”婿入りの儀”。一般に知られていないが、”綿津見の婿入り”の最後に先代と今代の婿が洞窟へと入り、秘奥の催事を執り行う。その内容は婿しか知らない口伝であった。
日光は洞窟の入り口までしか届かず、磯の香りが濃い。目の前の暗闇は、俺の知らない世界の境目のようだった。その境目で叔父は俺へと振り向いた。いつの間にか叔父は松明を持っていて、踵を返すと洞窟へと進む。暗闇を照らす松明の灯りに、俺は安心すると共にとても恐ろしくもあった。
俺は松明の灯りを頼りに暗闇に足を踏み入れると、先に進む叔父の声が洞窟内に反響する。
『遠の昔、漁の不振に悩む漁村があった。貧しくも村の皆が助け合い、活気のある良い村だったそうだ。そこへ流浪の海の女神が訪れた。名を”清御津綿津見女神”と申した。綿津見は村を気に入り、滞在の間荒ぶる海を鎮め、慎ましくも快く持てなしてくれた民への豊漁を約束した。村の皆は大いに喜んだが、綿津見はしばらくして村を離れるつもりだった。それを聞いた皆は綿津見との別離を惜しんだー』
知っている。この町の誰もが知っている昔話。
これ程奥まった洞窟だと知らず、振り返った洞窟の入り口から差す陽の光が遠い。そして目線より高かった。いつの間にか地下へと潜っているのか、夏だという言うのに空気が冷たく薄い。
松明の灯りが揺らめくと、昔話の風向きが変わった。
『綿津見のさらなる滞在を願い給うと、村一番の漁師が言った。綿津見が居れば海は鎮まり、豊漁は約束される。しかし綿津見は決して首を縦に振らなかった。そして出立の日、朝日が登る前に、村一番の漁師を筆頭にする一派が綿津見を襲った。捕らえられた綿津見は近くの洞窟に閉じ込められ、詰問と陵辱を受けた。海を鎮めよ、豊漁を約束せよ、と一派が迫ったのを断ったからだ。しかしその夜、心優しい青年が綿津見の元を訪れ、縛る縄を解いたのだ。青年は綿津見に頭を下げた。村の皆はこんなことをする人達ではないと、苦労してきたが故に少し気が触れただけなのだと。洞窟から青年と綿津見は出ると、武装した一派に囲まれていた。瞬く間に綿津見は再び捕らえられ、青年は綿津見の目の前で袋叩きにあった。虫の息の青年を見た綿津見は激昂し、それに呼応するように波が荒ぶった。巻き起こる高波に戦慄した漁師一派は逃げ出すが、高波が迫る方が早かった。虫の息の青年は力を振り絞り、皆の無事を綿津見に願い、岩礁の淵から身を投げたのだ。綿津見は青年の願いを聞き入れて海を鎮めたが、村一番の漁師を含む何人かは波に攫われ海へと消えた。
神の身でありながら人の命を奪った責を問われ、綿津見は八百万の神の住むところである天原を追放され、罰としてこの洞窟に縛りつけられた。舞い戻ったと勘違いした村の民は綿津見に身を投げた青年の弟を世話役として捧げたのだ。青年の弟は綿津見に懸命に尽くしたそうだ。しかし罰を受ける身の綿津見にかつての海を鎮める力や豊漁を約束する力は無かった。やがて時が経って、あの日が訪れた。風が轟々と吹き荒れ、波は泡立ち、雲は墨を溢したようにどす黒く染まる。海が荒ぶったのだ。村民は青年の弟を縄で縛り上げると、岩礁の淵から身を投げさせたのだ。
ーこれで海が鎮まると
村民は知っていた。青年が身を投げたことによって助かった生き残りから、どうして高波が引いたのかを。綿津見の悲鳴は洞窟内に木霊した。綿津見は力を振り絞って海を鎮めたが、世話役の青年の弟は海の藻屑と消えた』
「それってー」
胸糞悪いどころの話ではない。当時の村の民は何も理解していない。身を捧げた青年の願いも、それを聞き入れた綿津見の思いも、何もかも。歪んだ形で綿津見の力を悪用していると言ってもいい。
叔父の歩みが止まる。洞窟の天井から雫が垂れて、地面に波紋を作る。暗くて気づかなかったが、叔父の足先は泉になっていた。叔父は泉の四方にある石灯篭に火を灯すと、洞窟の全体がぼんやりと浮かび上がる。
『青年の一族は代々綿津見の世話役を務め、事ある度に海に身を捧げる生贄の一族となった。そして代を重ねるごとに周囲が変質し、事の真相を知るのは綿津見の世話役である我々だけとなった。我々はこれ以上の犠牲や悪用を避けるために、真相を恣意的に歪めてきた。それが”綿津見の婿入り”の始まり』
叔父は俺や入り口の反対側の泉の淵に立つ。四方の石灯篭と叔父の持つ松明の灯りが、泉の底を照らす。泉は海水が入り混じっているはずに驚くほど澄んでいて、底には女性の石像が鎮座している。
「綿津見だ。時代が進み、真相を葬り、科学が進歩してから、海を鎮める綿津見の力を無理矢理に行使する術は失われた。しかしそれでも海の災いで村に危機が迫った時に、我々が海に身を捧げる事で綿津見へ願いだけは聞き入られてきた。かの最初の青年のように」
泉が跳ねる。
あの時と同じ、滝を逆再生したかのように水が浮かび上がる。
水滴の魚が宙を滑り、俺の周りを泳ぐ。俺は唾を飲んだ。
魚が弾けるように散って、泉の中央へ集まり水塊を作る。
ー綿津見
かつて海を司った女神。
しかし今では神の力を剥奪され、わずかな力を残しながらも、この地に縛りつけられし者。
「悪用を防ぐためとは名ばかりで、我々一族も町を救うために彼の神をいつしか利用してきた。今や”綿津見の婿入り”は神代の奇跡を継承し、有事の際に行使する人身供養の儀式。そしてお前は今代の継承者となる、綿津見の婿殿」
「俺はー」
およそ1年後。
地震と津波の被害から復興は進み、今年もこの町では”綿津見の婿入り”が執り行われる。
ついぞ専門家が調べても、津波の力が減衰した原因が分からなかったと、報道番組は伝えていた。
今年の祭事の取り止めも検討されたが、祀っているのが海の女神ということもあり、津波が弱まったのも海の女神のおかげだと唱える地元民は多い。元は土着信仰だから、その声は根強かった。
去年と違うのは、
『黙祷ー』
抑揚のない平坦な音声の後に鐘の音。
誰もが目を伏せるか中で、祭列はゆっくりと綿津見神社へと進む。
死者10名、重傷者83名、軽症者250名以上。
家が飲み込まれ、今も急造された被災者施設に住む者も少なくない。
今年の”綿津見の婿入り”を執り行う前に、死者を弔うための石碑が設置された。
その中に兄の名前は刻まれている。
鐘の音が止んだ。
囃子が再び鳴り、喧騒が戻る。
白装束を纏った俺は、神輿の上で静かに目を開いた。
余波-なごり-
海上で風が静まったあとで、波がまだ静まらないこと。
ある事の影響が他に及んだ、そのなごり。