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綿津見の婿入り  作者: 真攻 魚京
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承. 波及

承. 波及




ギシギシと鳴るベッドの軋みで目が覚める。

まだ少し揺れているのを身に感じながら丸くなる。

最近は地震続きだ。震度3未満の小さな地震。マグニチュードも大してものではない。スマホの電源を入れると、ちょうど地震速報がタイムラインに流れてきた。

これなら津波も心配無い。昨日もそうだった。

どこか遠い地で大きな地震が起きたなら、海を渡って高波が届くこともあり得るが、速報によると震源地は日本近くの太平洋沖のようだ。俺は叩き起こされるまで、再び目を閉じた。



案の定叩き起こされた俺は、自転車で商店街を通り過ぎた。

明日に行われる”綿津見への婿入り”に供える神酒を取りに地元の酒造所へと向かっている。

商店街も例年通り、祭りのために準備に忙しくしているようだった。

上に目を向ければ、アーケードからSaleと書かれた垂れ幕がいくつも吊り下げられている。

酒造所が近づくと、馴染みのおやっさんが軽トラから手を振ってきた。向こうもちょうど出先から戻ったところなのだろう。


「おう、来たか」

「どうも、おやっさん」


おやっさんの案内で蔵に入ると、両手を回すことが不可能なほどの見上げる高さの木樽が鎮座していて、職人たちが忙しなく動いていた。祭りも近く、酒造所としても書き入れ時なのだ。


「今年の出来はどうですか?」

「試してみるか?」

「いや、自転車で来てるので飲酒運転になっちゃいますよ。あと、未成年です」


おやっさんは楽しそうに舌打ちをしながら、俺が良し悪しも分からないと知っているのにも関わらず木樽備え付けの脚立に登らせた。

少し上から見た木樽の水面は透明で、澄みきった綺麗な泉のようだった。


「この良さが分からないなんて、罪な奴よ」

「法律ですから」


鏡面に細波が立つ。

誰かが声を上げる前に、地面が揺れた。

近くでガラスが割れる音と驚く職人たちの声。

やがて揺れが収まると、おやっさんが声を上げる。


「怪我した奴はいるか!安全確認、出てるやつの点呼取れ!」

「すんません!今の地震の拍子でいくつか割れちまいました」


隣から声が上がる。隣は最後の工程として、清酒をビンに詰める作業場だ。

空のビンが割れたものもあれば、既に出来上がったものであろうビンが割れて清酒が床に溢れているものもあった。


「むぅう…怪我がないなら、それで良い」


おやっさんが唸った。

完成する直前でダメになってしまうのは、職人として肩を落としてしまうのは仕方がない。俺はスマホを見ると、地震速報は震度5弱を観測したようだ。震源地も今朝の地震の震源地に近い。

おやっさんは黙って赤い風呂敷に包まれた清酒の包みを俺に渡す。既に神酒用に包んでくれたのだろう。ここからは蔵の安全確認などに奔走しなければならないのだろう。余所者である俺は挨拶を済ませると帰路に着いた。


商店街を横切ると被害は少なそうだが、色々なものが下に転がっていた。

町内放送でも今の地震の様子を伝えている。津波の心配がないことを、繰り返し放送していた。


しかし地震の心配を余所に、町がにわかに活気付いていた。

今日明日ばかりは数組を除いて漁師も漁へ出ず、祭りの手伝いに散っている。

綿津見神社の本殿のある離れ小島へと歩く”綿津見の婿入り”のため、一夜限りの橋をかける必要があるのだ。飛び石のように海面から顔を出す岩礁に、鳶職人のように足場である橋を設置していく作業が急ピッチで進められていた。岩礁のせいであの付近は複雑な潮流が常に発生しており、遊泳禁止エリアになるほどだが、地元の漁師は苦もなく岩礁の側に船をつけ、船伝いに橋をかける手つきは熟練さを感じる。

俺はしばらくそれを見ていたが、スマホの着信音に思考を覚醒させると、ペダルに力を込めた。


綿津見神社の一員として俺も前日の打ち合わせに召集され、手順を確認していく。婿役として主役の兄貴は衣装合わせでこの場には居合わせていないが、何年もやっているので今更打ち合わせは不要だろう。その後の前夜祭と評した酒盛りもそこそこに、本番である明日の七夕の夜に備えて、町は静かに眠りについた。




当日。

朝から祭りは盛況で、この日ばかりは奇祭目当てに町の外からの観光客で賑わう。町民の声も明るい。水産加工物や清酒、今朝採れたての鮮魚を振る舞う。商人たちは今日が勝負どころなのだ。

日が傾いて、提灯の明かりが灯り始める。

どこからか拍子木の音が鳴り、ざわりざわりと人の垣根が2つに割れる。

祭列が歩き始めたのだ。


“綿津見への婿入り”


笙と横笛の音色と和太鼓の振動、鈴の音、拍子木が重なり連なる音。

ゆっくりと歩む祭列は婿の神輿を担いでいる。

海の女神である綿津見に婿の存在を知らせているのだ。


俺は商店街から綿津見神社への道のりで、祭り関係者の先頭グループで交通誘導に当たっていた。後ろから囃子が聞こえてきて、祭りの始まりを知ったのだ。

ちょうど日の入りの時に綿津見神社で最後の催事を執り行えるように、囃子に合わせてゆっくりと祭列は進む。

今年の観光客は例年より多いと、俺は思う。兄貴が尽力していたSNSでの広報活動や誘致の効果が出ているかもしれない。


「そこのカメラの人、脚立から降りてね。催事中は神輿より上にいちゃいけないの。海の女神である綿津見に婿はここだよって知らせる為に神輿担いでいるのに、神輿より上がられちゃ婿が目立たん」


同じ交通誘導に当たっていた先輩漁師が、脚立に登る観光客に声をかける。

祭りは順調だ。



何かがカタカタと揺れる。

提灯の中の火が不規則に揺らめき、観光客に振る舞う盃の清酒が波紋を作る。

流石に地震に慣れた国民性だからか、慣れていない子供の泣き声が響いて人々から不安げな息が漏れるだけ。

長い、誰もが思った瞬間ー


地面が弾けた。






波及

水に投げた石で輪を描いて波が広がるように、物事の影響が一点から段々に他に及ぶこと。

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