イエロー、イライラする
スターモンスターとのコラボイベント当日。
マインはオープニングイベントの待機部屋にいた。
そこには、アルスを除く明訪成功とプライマリーのプレイヤーがいる。
残念なことに、アルスは私用のため、今回は不参加である。
このコラボイベント、本編はいつでも参加自由だが、オープニングイベントだけは時間がきちんと決まっており、オープニングイベント開始までにはチームごとに与えられた待機部屋に入っている必要がある。
それは、開始と同時に待機部屋の扉は閉ざされ、その部屋がオープニングイベントが行われる場所に転移するからだ。
オープニングイベントはアニメ、スターモンスターの第1話、主人公が初めてモンスターを仲間にするという部分を体験できるというものだ。
参加特典は、初めてのモンスター『ピンクホーホー』の召喚石である。
よって、スターモンスターの体験にも参加特典にも興味のない者は参加する必要はない。
しかし、この参加特典はコラボイベントでしか手に入らないものの為、参加率はかなり高いはずだ。
「「こんにちは」」
待機部屋にサンシャインのトモとナオというプレイヤーが入ってくる。
サンシャインは全員がイベントに参加するので、1チーム20名の上限を超えてしまっていた。
その為、余った2名がマイン達のチームに参加したのだ。
何故この2名かというと、トモが大吉の分身と一緒にプレイをしたいからであり、親友のナオがそれに付き合ったという形である。
ちなみに、トモは人間で魔法使いの女性で、ナオはエルフで剣士の女性である。
「あれ、分身はいないんですか?」
トモは、部屋を見回し、そう口にする。分身目当ての彼女にとっては当然の質問だ。
すると、それに大吉が答える。
「ああ、オープニングイベントには必要ないからね。呼んでないよ」
「そうなんですね」
トモは残念そうな表情をする。
しかし、大吉の言う通りオープニングイベントに分身は不要である。
「それで……」
トモは話を続けようとするが、そこで、言葉を止めてしまう。
(何? この雰囲気?)
トモはこの部屋の空気の悪さに気付き、思わず口を止めてしまったのだ。
そう、今、この待機部屋には不穏な空気が漂っていたのだ。
◇◇◇◇◇
「全く、シアンは余計な時に魔法使うくせに、肝心な時はなにもしないで……」
「えっ、いや、そうかも知れないけど……うう……」
「イエロー、そんな風に言わなくても」
「グリン、あなたも肝心な時に役に立たないのよね」
「いや、その……」
……イエローの機嫌が悪い。
先日まで物凄く上機嫌だったのに、今日になって急に不機嫌になっている。
しかも、不機嫌になったタイミングが悪い。
アルスがいる時であれば、彼が抑えるのだが、アルスがいない状況ではイエローを抑えれる人物がいないのだ。
まあ、イエローが暴言を吐くのはプライマリーのメンバーに対してのみだが、それでも空気の悪さは部屋全体に行き届く。
今、この待機部屋はどんよりとした雰囲気になっているのだ。
◇◇◇◇◇
(ああ、イライラする)
イエローは苛立っていた。
――今から3時間前、現実でのこと。
彼女は、コラボイベントを前に、スターモンスターのアニメを見たくなっていた。
(うーん、久しぶりに第1話だけでも見てみるか。予習予習)
彼女はそう思い、大好きなモンスター、ピンクホーホーのぬいぐるみを抱きかかえながら、リモコンでテレビをつける。
そして、スターモンスター第1話を再生しようとするのだが……。
(あれっ? おかしいな。ここにデータ保存されてるはずなのに……)
――彼女は、小さい頃、スターモンスターが大好きだった。
本を買ってもらうなら、スターモンスター関連の本、ぬいぐるみを買ってもらうなら、スターモンスターに登場するモンスター、鞄にはスターモンスターのキーホルダーやバッチ、彼女の周りはスターモンスターであふれていた。
スターモンスターの主人公に憧れ、スターモンスターの世界で冒険する自分を想像した。
……あれから数年、憧れこそ小さくなったものの、それでも好きという気持ちは変わらなかった。
そして、今回のコラボイベント……小さい頃の憧れがVRという形で体験できるのだ。
これほどうれしいことはない。最高に幸せな気分だ。
しかし、彼女は一瞬で不幸へと落とされる。
(えっ! 嘘! データが消えてる!)
彼女は慌てる。一体どういうことなのか。
彼女は急いで部屋を飛び出し、階段を下りる。
そして、リビングにいる人物を見つけると、口を開く。
「お姉ちゃん! スターモンスターのデータ消したの!」
すると、その人物は振り向き、驚いたような表情で答える。
「えっ? スターモンスター? ああ、あれか。あのアニメね。うん、消したよ。今さら見ないでしょ」
それがどうした。そういった口ぶりだ。彼女はそれに怒りがこみ上げる。
「今から見ようと思ったのに! 勝手に消さないでよね!」
「えっ、それはごめん。次から気を付けるね」
姉はそう言う。だが、悪びれる様子はない。彼女はそれを見て更に怒りが込み上げる。
しかし、それ以上、姉を責め立てる言葉は出てこない。
「……次は、気を付けてよね」
そう言うのが精いっぱいだ。
……彼女は常日頃から姉に迷惑を掛けている。
彼女が姉に文句を言えば、その10倍は文句が返ってくるのは目に見えている。
彼女は姉に対して強く出れないのだ。
よって、その苛立ちはギルドメンバーへ向かうことになるのだ。
◇◇◇◇◇
(へー、ピンクホーホーの時計か、なかなか可愛いわね)
桃色のフクロウ型モンスターの置時計。お腹の部分が時計となっており、コチコチと秒針が動いている。
目覚まし機能もついており、VRにしてはなかなか凝った時計だ。
それは、この待機部屋のテーブルに置いてあった時計で、後にその商品は道具屋で売られるそうだ。
(絶対買おう)
ミトはそんなことを思いながら、その時計を手に取り観察している。
「シアンはホント度胸が無いのよ」
イエローの声で、待機部屋は不穏な空気に包まれるが、ミトだけはマイペースだ。
しかし、マイペースなのはその時までだった。
ミトは不意に口を開く。
「ねえ、イエローさん、大吉さんの分身たちをここに連れてきてくれないかな」
イエローはいきなり話しかけられ、驚いたような表情をする。
「えっ? 分身は必要ないんじゃ? それに何で私?」
イエローの言葉は尤もである。分身を呼びに行く必要はないし、呼びに行くとしてもイエローが呼びに行くのはおかしい。普通なら、明訪成功のメンバーが呼びに行くべきだろう。
「トモさんが分身に会いたがってるんですよ。
それに、私たち明訪成功はこれから打ち合わせです。
それ以外のメンバーで考えると、このイベントに一番前向きなイエローさんが適任だと思うのでお願いしたんです」
その説明はイエローが納得できるようなものではないだろう。少し強引な説明だ。それに、打ち合わせなど今からするはずがない。する必要もない。
「いや、でももうすぐイベント始まるんじゃないかな」
よって、イエローは断ろうと、そう言う。しかし、ミトは引くつもりはない。
ミトはピンクホーホーの置時計をイエローに見せ、言う。
「まだ、あと10分あります。分身を連れてくるのに5分もかからないでしょう。お願いしますよ」
ミトは引くつもりがないと感じたのか、イエローは仕方なさそうに言う。
「うん、わかった。行ってくるよ」
そうして、イエローは分身を連れてくるために、待機部屋を一旦出るのだった。




