閑話:高木、言い訳を考える
今回は裏話みたいな感じなので面倒くさい方は適当に読み飛ばしちゃってください
東京都のとあるビルの1フロアにASOのプロジェクトルームはある。
今、そのプロジェクトルームの会議室に20代から30代位の男女4人が2対2でテーブル越しに向かい合いながら話していた。
「それで次の議題は、よくわからない称号のプレイヤーが現れたってことについてだな。えぇと、説明してもらえるかな?」
この中では、最も身長が高い男が他の3人に対しそう切り出す。
そして、それに答えたのはこの中では1番若い女性だった。
「はい、『エロ男爵』という称号のプレイヤーです。『マイン』というビーストテイマーで、女の子キャラクターです」
「それで、その『エロ男爵』は、不正に作られたものなのか?」
「いえ、不正に作られた称号ではありません。荒井さんが組み込んだ称号なので」
「荒井が?そうなのか。……まあ、とにかく、経緯を話してくれ」
長身の男はそう言い、どことなく厳しい視線を若い女に向ける。
「あっ、はい、そもそも『エロ男爵』は、セクハラをした人物に対する罰則として組み込んだ称号なんです。
問答無用でその称号をセットし、他プレイヤーからセクハラ行為を行ったとわからせるためのものでして……」
「なるほど、エロ男爵を組み込んだ経緯はそういう訳か」
長身の男は若い女の言葉にそう答え、頷く。他の2名の男も同様に頷いている。
「はい、しかし、そんな感じで晒し者にするのは流石にまずいということで、セクハラ行為を繰り返した場合の罰は、違うものに変更することにしたんです」
若い女がそう言うと、隣に座る眼鏡の男がその言葉に付け加えるように口を開く。
「ああ、しかしセクハラ行為といっても、実際にセクハラはできないんだよな。異性が胸などの場所に触れようとするとバリアが出現して触れられないようにしてあるから……いや、言葉でのセクハラはできてしまうのか…………ああ、すまん、中断させてしまったな。続けて」
話に割り込んだことを悪いと思ったのか、直ぐに眼鏡の男は若い女に話を続けるよう促す。
そして、それを受け、彼女は長身の男に対し、再び話始める。
「はい、それで今は、セクハラをしようとしてバリアが出現したり、セクハラととれる発言を行ったりということを繰り返すとアカウントが停止されるようになったわけです」
「ああ、今はそうなっているよな。それで結局、何故、今回のようなことが起こったんだ?」
「はい、今は称号付与よりアカウント停止の方が優先されるので、実質、エロ男爵の称号が付与されるはずはないのですが、例外があったようで……」
「例外?」
長身の男は身を乗り出し、疑問の声を上げる。
「はい、アカウント停止判定の適用範囲がアップルスター・ザ・ワールド内の全ての空間となっていたんです」
「つまり、どういうことだ?」
長身の男は不思議そうな顔をする。しかし、その態度はどことなくわざとらしい。
「はい、つまりは初期設定を行う空間はアップルスター・ザ・ワールドに入っていないのでアカウント停止が適用されなかったんです」
「ああ、なるほど、初期設定を行う空間でセクハラ行為を行ったわけか。……ということは、そのプレイヤーの現実の性別は男ってことか」
「えっと、現実の性別も女性です」
「んっ、それはおかしくないか?女同士なら多少のスキンシップはOKだろう?……スキンシップととれない程のことを行ったのか?」
長身の男は若い女の言葉にまたもや不思議そうな顔をする。そして、今回もその態度はわざとらしい。
「いえ、一応、スキンシップととれる範囲のことではあったんですが……」
「じゃあ、なんでこんなことになったんだ?」
「え?ええと、あのー……なんででしょう?」
若い女は長身の男の言葉に口籠ってしまう。そして、俯き沈黙してしまう。
「……………………」
「はい、アウトー」
「アウト」
「アウトだな」
しばらくの沈黙が続いた後、3人の男は一斉にそう口を開く。
そして、その声を聞いた若い女は顔を上げ、悔しそうな表情をする。
「うぇぇ、うまく言い訳できると思ったのにー……あっ、そうだ、そのプレイヤーが本当にスキンシップと判断できない程の酷いセクハラを行ったことにしましょうよ。そうしたら辻褄が合いますし」
余程悔しかったのか、若い女は通常ではありえない酷い提案をする。
「……それ、マジで言ってる?」
若い女の言葉を聞き、3人の男の中では見た目が1番若い男がそう口を開く。
そして、それを聞いた彼女は自分が思わず口走った提案の酷さに気付く。
「あはは、すいません。それは流石に駄目ですよね。人として……」
「ああ、駄目だな。……そのプレイヤー、下品な言葉の使用と胸と臀部への接触を行っているものの、実際のところ、接触については女性同士ということで大丈夫だし、下品な言葉も、まあ、言葉の並びでは下品な言葉と判断されてはいるが、本当は下品なことなど言ってないんだしな」
「そうですよね」
見た目若い男の言葉に若い女はしょんぼりとそう答える。
すると、そこで眼鏡の男が、今までの会話での疑問点を確認しようと口を開く。
「で、実際なんて言ってたの?ログ見せてよ」
眼鏡の男のその言葉を聞き、若い女はタブレットを彼に渡す。そして、そこに映る一文を指差す。
「はい、これです」
「ん?……あー、こんなことで下品と判断されちゃったわけか……こりゃ、言葉の判定もうちょっとうまくいくようにしないといけないな」
その言葉を聞き、若い女は頷く。
そして、彼らの話す様子を伺っていた長身の男が口を開く。
「まあ、とにかく、高木の言い訳は駄目だな。これだと、正直に荒井がお遊びでふざけた称号作ったって言った方がましだよ」
「うぅー。そうですよね。言い訳、うまく直せないですかね」
「いや、直すとかそういうレベルの話じゃないよ。言い訳の方向性自体が駄目なんだよ。」
「えっ、方向性ですか……」
長身の男の言葉を聞き、若い女(高木)は、不思議そうな顔をする。
「ああ、だってそれだと、他に似た事象は無いかテストして確認しろってことになるぞ」
「確かにそうですね。でも、テストしますよ。私、ゲーム好きですから、テストは特には苦にならないですよ」
「いや、膨大な量のテストやれって言われると思うぞ」
「まあ、皆さんみたいにゲームが好きでない方には苦痛かも知れませんが……というか、皆さんゲームが好きでもないのに何でこの仕事を?荒井さんや諏訪さんはゲーム好きですからこの仕事やるのはわかるんですが、皆さんの場合はよくわからなくて」
高木のその言葉に、3人は互いに顔を見合わせる。
よくわからないと言われても、正直なところ、3人共、それに答えるのは面倒くさい。
その為、結局は、その答えはうやむやなまま、今度は、眼鏡の男が会話を続ける。
「それは、色々あるんだよ。それと言っとくが、ゲーム好きでも普通はテストだのデバッグだのの作業は嫌いなもんだからな。高木が変人なだけだぞ」
眼鏡の男のその言葉を聞き、高木は少し考える。変人と言われたのだ。黙っているわけにはいかない。
しかし、そう言われたからといって高木には怒りの感情は湧いてこない。むしろ、変人という言葉を誉め言葉の様に感じているくらいだ。
(でもまあ、一応、抗議っぽいことは言っておくべきよね)
高木はそう考え、抗議っぽいことを口に出す。
「その言い方はセクハラじゃないですか?それに本当の変人は荒井さんと諏訪さんですよ」
高木はここにはいない人物の名を上げ、自分は普通であることをアピールする。
これは、荒井と諏訪への陰口にもとれるが、そんなことは全くない。
誰もが本人の前でその言葉を言い、本人たちもそれを気にしていないのだから。むしろ、今の高木と同様にそれを誉め言葉と受け取っている。
……まあ、この職場にはこのタイプの変人がそこそこいるのである。