マイン、はじまりの街を歩く
白に近い灰色の石畳の道路、その脇に立ち並ぶ石造りの建物、そして、道路と建物の間には数メートルおきに木が植えられている。
この光景だけを切り取ると中世ヨーロッパに似た場所にも思えるが、それに加え、大型仮想ディスプレイによる広告表示や何かの自動販売機などが所々に点在しているため、中世と近未来が混じりあった不思議な空間となっている。
マインはそんな石畳の道路をタッチパネルを確認しつつ歩いていた。
(ふーん、ここら辺りはイースト・ヴィレッジ・マウンテン・シティの中心地なんだ。……うん、周辺部だと、木造の建物や土の道路になってる場所もあるみたいだし、結構リアルな構造なんだなー)
マインは行き先を特には定めずにただぶらぶらと歩いていた。
ASOがマインの予想していたゲームとは全く異なっていた為、心の切り替えがまだ完全には済んでいない。
丸だと思っていたら三角だったようなものだ。目標を定めるのも1からである。
しかし、友達ができたことと、おそらくは設楽がこのゲームをやっているということで、ASOを止めるつもりはない。
(しかし、凄い数の建物だなー。あの1軒1軒にNPCがいたりするのかな。だとしたらもの凄い人数だけど……)
ただぶらぶら歩いているだけではあるが、マインは十分楽しんでいた。
(そうだ、他プレイヤーの情報も確認できるんだった。うん、あの人はどうかな)
マインはタッチパネルを操作し、通りを歩く戦士風の男の公開情報を確認する。
(称号、ASOビギナーか。うん、私と同じだ……いや、そういえば、まだ私はセットしてないから違うのか)
マインは自分がまだ称号をセットしていないことを思い出す。街並みを見ることに夢中ですっかり忘れていたのだ。
そこでマインはタッチパネルを操作し、称号のセットを行う。
(称号、称号っと、うん、ここのセットってところを押せばいいのかな)
マインは幾つか書いてあった文字を呼び飛ばし、手早く称号をセットする。
(称号設定しましたって出てるし、これでセットされたみたいだね)
今、持っている称号は『ASOビギナー』のみの為、称号選択に時間をかける必要もなく、あっという間に称号の設定は終わる。
マップの使い方も大体わかったし、他プレイヤーの情報も見れるようになった。マインはこのわずかな間でここまでできるようになった自分は結構すごいんじゃないかと秘かに思っていた。……勿論、全然すごくなどないのだが……。
(次はあの人を見てみようかな。……えっ、あの人NPCなんだ。全然見分けつかないよ)
マインはまるで小さな子供の様に、ほんの些細なことで何度も心を揺さぶられていた。
そして、本格的にゲームを楽しみたいという気持ちが膨れ上がっていた。
(そうだ、うん、モンスター討伐をしよう。……でも、まず始めはどこら辺でモンスター探せばいいのかな?……うん、誰かに聞いてみるか)
マインはそう思い、話しかけやすそうな人物を探すことにする。
(あそこに結構、人が集まってる。うん、あそこで誰かに聞いてみよう)
マインの視線の先には大きな環状交差点があり、そこは、歩く人や雑談する人など多くの人で賑わっていた。
さらには、環状交差点の円内部にも人が入れるようになっており、そこにあるベンチに腰掛け休憩している人物、軽食をとっている人物などもいた。
マインはそんな場所の中で最も目立っているものに近づいていく。環状交差点の円中心部にある高さ2メートルもある銅像である。
(立派な銅像だなー。でも何だろう……おかしなポーズだなー)
マインは銅像の前に置かれる石碑に視線を移す。
(ふむふむ、悪のモンスターよりイーヴィマ・シティを解放した勇者アインか……イーヴィマ・シティって、えっと、ああ、うん、イースト・ヴィレッジ・マウンテン・シティの略称だね。それで……ふむふむ……なるほど、そういう設定で造られた銅像というわけだね)
マインはこの世界での細かな設定にも感心していた。
(もしかしたら、ありとあらゆるものに細かな歴史が設定されているのかも知れないなー…………あっと、そうだ、モンスターの出現場所聞かないと)
マインはそう思い、周りを見回す。すると、1人の若い男と目が合ってしまう。それは腰に剣を下げた戦士風の男だ。きちっとした鎧を付けていることから初心者では無いだろう。
(うーん、目が合っちゃたなー。ホントは女の子の方が話しかけやすいんだけど、まあ、うん、話しかけよう)
マインは意を決し、その男性へと歩み寄る。
「あのー、すみません、ちょっと良いですか?」
「あっ、はい、何でしょうか?」
男は物腰柔らかにそう答える。マインは見知らぬ男性に声をかけるということで僅かに緊張していたが、その温和な態度には安心感を覚える。
「あの、私、モンスター退治したいんですけど、何処に行けば良いのかを聞きたくて」
「ああ、初心者なんですね。ちょっと公開情報見せてもらいますね」
「あっ、はい、どうぞ」
男はマインの返事を聞き、タッチパネルを操作し始める。とはいえ、他人には見えないモードにしているようで、マインには何もない所でただ指を動かしているだけにしか見えない。
「えっと、マインさんですか……ああ、ステータスは非公開なんですね」
「あっ、公開にした方がいいですか」
「あっ、いえ、大抵の人が非公開にしてますので、そのままでいいと思います。もし公開にしていたなら参考になるかなと思っただけで……ステータスによって、倒しやすいモンスターは変わってくるので」
「なるほど、でもそれだと、やっぱり公開にした方が良いのでは?」
「いえ、どんなステータスでも特に問題ない弱いモンスターしか出ないエリアもあるので大丈夫ですよ。それに、ステータスを公開すると弱点を晒すことにも繋がりますからね」
「あっ、そうなんですね」
「はい、それでそのエリアは……えっ!」
男は急に何かに驚き、声を上げる。
そして、マインはその男の声にびっくりする。
「あの、どうかされたのですか?」
「あの、マインさんは初心者なんですよね?」
「はい、そうです。今日始めたばかりの初心者ですけど」
初心者を疑う要素が何処にあるのだろう。マインは不思議に思う。
「そうですか……いや、でもこれは」
マインには、自分が特別なことをした覚えはない。なので、この様に驚かれる事柄は思い当たらない。
「なにか、おかしなことでも?」
「あぁ、いや、何でもないです。……えっと、それでその場所は、この道を真っすぐ進むと草原がありますので、そこならレベル1でどんなステータスでも倒せる弱いモンスターしか現れないので大丈夫です。あと、レベルが幾つか上がったらその右側の林でモンスター退治をするといいですよ」
男のその様子は、とても『何でもない』という様には見えない。しかし、何でもないと言う相手に対し、それ以上聞くこともできず、マインはアドバイスしてくれたことに対する礼だけを述べる。
「わかりました。うん、どうもありがとうございます」
マインは頭を下げる。そして、男の言う通りに道を進み、草原へと向かっていった。
「……あんなの初めて見た。何なんだろうあれ?」
そして男は、歩いていくマインの後姿を見つめながらそう呟いていた。
◇◇◇◇◇
その日の夜、とあるコミュニティサイトでのやりとりである。
1.聖なるおなら
称号が「エロ男爵」の女の子がいた
2.YOYOの珍妙な棒
どゆこと
3.聖なるおなら
初心者なんだけど、称号が「エロ男爵」だった。こんな称号知ってるやついる
4.YOYOの珍妙な棒
しらん
5.犬も歩けば棒にあ○る
カレーができる3つの原料、これだけでカレーつくれる
6.S村I樹2世
しらない。でもその称号超欲しい。いや、男爵じゃ位が低い。もっと高いやつが欲しい
7.聖なるおなら
やっぱ知らないよな。ネットで調べてみたけど「エロ男爵」なんて称号載ってないんだよね
8.犬も歩けば棒にあ○る
クミン、コリアンダー、ウンコ
9.YOYOの珍妙な棒
よっぽど特殊なことをしたんじゃ
10.聖なるおなら
普通の人はやらないことをやって、取得条件をクリアしたのか
11.犬も歩けば棒にあ○る
間違った。ウコンつまりはターメリック
12.S村I樹2世
その取得条件知りたい
13.聖なるおなら
しまった。フレンド申請しとくんだった
14.YOYOの珍妙な棒
でもそんな特殊な称号持ちだったら噂になるんじゃないか
15.聖なるおなら
そうかも知れないな
16.YOYOの珍妙な棒
しかしエロ男爵って、中身はおっさんなんじゃないか?
17.聖なるおなら
どうだろう。確かに女の子がエロ男爵って称号、セットするようには思えんが
18.S村I樹2世
3つだけでできるんや。今度試してみよ
19.YOYOの珍妙な棒
とりあえずは様子見しとく?
20.聖なるおなら
まあ、とりあえずはそうかな