マイン、旅立つ
マインは野々乃の説明を受けながら自データの初期設定を進めていた。
そして、その僅かな間でマインと野々乃の距離はぐっと近づいていた。……まあ、マインの方が一方的に近づいたという感じではあるのだが……。
「はい、それでは今から種族の選択、外見の作成、職業の選択、初期ステータスの設定を行ってもらいます。では、まずは種族からですね。種族は人間種の中から選んでもらうことになります」
野々乃は説明を続けていく。ゲームの知識に乏しいマインはついていくのに必死だ。
「人間種?」
「はい、人間やエルフ、ドワーフや小人などですね。まあ、どれもステータスに殆ど変わりはないので大抵のプレイヤーが人間を選びますが」
「そうなんだ。うん、なら、人間でお願いしようかな」
「宜しいのですか?もう少し考えられても良いのですよ」
「大丈夫。特殊な趣味もないし、うん、人間でお願いです」
「はあ、わかりました。人間ですね。では次は外見ですが……」
野々乃はそう言い、マインの少し手前に視線を向ける。
するとそこに高さ2メートル程の姿見が現れ、その中に、特徴的なものが何もない平凡で中性的な顔立ちの、白無地のTシャツとハーフパンツを着た人物が映される。
「これが私?」
マインは姿見に映った自分に違和感を覚える。
服装については勿論わかっていたが、顔を見るのは初めてなのだ。可もなく不可もなくといったところではあるが。……ついでに言うと胸はぺったんこである。
マインはそんな自分の姿に少しがっかりしてしまう。
すると、そんなマインの心中を察したのか、野々乃が優しくマインに話しかける。
「いえ、見た目はこれから作っていきます。ランダム設定か、自分で設定するかを選べますがどうします?もし、ランダム設定にしても気に入らなければ設定し直せるので気楽に決めていただいて良いですよ。設定方法を変えることもできますし」
マインは鏡の中の自分と野々乃を見比べる。
「どんな姿にでもなれるのかな?」
「人間離れした姿でなければ一応は……ただ、既に似た姿のプレイヤーやNPCがいる場合は、変更をお願いしたりもしますが」
「似た姿のNPCがいる場合は、駄目なの?」
「いえ、変更のお願いはしますが、どうしてもその姿が良い場合は断ることもできますよ」
マインはじっと野々乃を見つめる。どうせなら、このような可愛い姿になりたいものだ。胸も大きいし。
そして、野々乃を見ていたマインは、ある疑問が自然と口から出る。
「野々乃ちゃん、胸大きいけど、肩凝ったりしないの?」
「……バーチャルですから、胸の大きさで肩が凝ったりはしませんよ」
「うん、なるほど」
マインはそう言いながら、野々乃の胸を凝視する。
(これは、何というか……うん、素晴らしい)
マインは吸い込まれるように両手を野々乃の胸元へと伸ばしていく。そして、その2つの球体を鷲掴みにする。
「あ、あの、マインさん?」
「ふぉぉ、これはこれは」
マインにとっては友達にするスキンシップの1つである。まあ、癖のようなものかもしれない。……もっとも、相手が棗の場合は、される側に回ってしまうのであるが……。
(すごい……バーチャルとは思えない……でも、なんかおかしいような?)
マインは両手の感触に違和感を感じる。いや、違和感を感じない?……そんな気がする。
「……ううん?ブラジャーは?」
「バーチャルですからブラジャーなんて付けていませんよ」
マインは一瞬ぎょっとする。
だがそれはそうである。それはこの世界に必要ないのだから。しかしそうなると、別の部分も確認したくなるものだ。
「ということはこっちも」
そう言いながらマインは右手を野々乃の腰へと回し、その膨れた部分に触れる。
「……はい、そちらも履いていませんよ、バーチャルなんですから」
「ふぉぅ、なるほど、なるほど」
マインは野々乃の胸と尻の感触を存分に確かめる。何というか……まるでエロおやじである。
「あの、そろそろ離れてもらいたいんですが」
「ああっ、うん、ごめんなさい。つい」
マインはそう言いながら、野々乃から離れる。少し名残惜しそうに……。
「えっと、それでどうしますか?」
野々乃はマインの行動を特に気にしていないようだ。彼女の声からは非難の色は伺えない。ただ、少し照れたような笑みを浮かべている。マインはそんな彼女の様子に安心し、質問に答える。
「ええっと、うん。取りあえずランダムでお願いです」
野々乃はその言葉を聞き、自分の目の前にタッチパネルを出現させ、それに触れる。
すると、マインの全身が輝き、次の瞬間、マインの全身が今までとは違うものへと変わる。
「こっ、これが私」
マインは姿見に映る自分の姿に釘付けになる。
可愛い。野々乃とは方向性は違うがとにかく可愛い。そして、胸もある。少なくとも現実よりは間違いなく大きい。
「こっ、これにする。うん、これにするよ!」
「これで、決定でよろしいのですね?」
「うん、これでいいよ。あっ、でも服装はこのままなのかな?」
マインは先程と変わらない、真っ白な服を見て、そう言葉に出す。
「服装はこの次に、決めていただく職業によって、変わってきますので」
「なるほど、うん、職業かー」
「はい、選んでいただいた職業の初期装備の服装になります。……ああ、色は選んでいただけますよ」
「うん、わかったよ」
「それでは、見た目はこれで決定とさせていただきまして、次は職業の選択に移らせていただきます」
野々乃がそう言うと、マインの目の前に規則正しく整列した数十の人形が現れる。
その人形たちは、それぞれ服装が異なっており、手にしているものも剣をであったり杖であったりバラバラである。
そして、その人形の胸辺りには仮想ディスプレイが浮かび上がっており、そこには、文字が映し出されている。
「これらの人形の1つ1つがそれぞれの職業を示しています。その服装は初期装備になっており、ディスプレイにはその職業の説明が映し出されています」
マインはそれらの人形を軽く見回す。
「たくさんあるんだね。うん、こっから1つ選ぶのか」
「はい、そうです」
マインは最も近くにいる人形に近づき、その説明を読んでいく。
(…………ん?)
一通り読み終わると、次はその隣の人形のディスプレイに視線を移す。
(……うん……これって、結婚ゲームではないよね)
マインはやっと気づく……そのことに。
……しかし、今更、『ASOは結婚ゲームでは無いのですか』や『ASOはどんなゲームなのですか』などと恥ずかしくて聞くことなどできない。例え相手がNPCであったとしても。
(あああ、なんて恥ずかしい間違いを。絶対、棗ちゃんに笑われるううう)
マインは動揺を抑えるためにも、とりあえず、幾つかの人形の説明を読んでいく。
(……どうしよう……書かれてる内容から大体どんなゲームかは想像できるけど……これ全部読んでいくわけにもいかないし……)
流石にここで全職業を確認するのには時間がかかりすぎる。おそらくここは、事前にある程度、職業を絞った上での最終確認の場なのだろう。
(これ……は、良いのかな?……うん、良いのかどうかがわからないな)
マインはもう何でもいいから適当に決めようという気持ちになっていた。
(あと、これだけ読んで終わりにしよう。うん、そうしよう)
マインは今読んでいる、鞭を持った人形の説明で最後と決め、それを軽く流しながら読んでいく。
(ん……モンスターを仲間にしやすい…………これいいかも知んない。うん、これにしよう)
動物好きのマインにとってそれは決めるのにちょうどいい判断材料だ。
「それじゃあ、うん、これにしようかな」
「はい、ビーストテイマーですね」
「うん、あと服装はそうだなー。うん、オレンジ色でお願い」
「わかりました。それではビーストテイマーの職業を反映させます」
野々乃がそう言い、タッチパネルに触れるとマインの全身が再び輝く。そして次の瞬間、服装がオレンジ色のミニのワンピースとロングのパンツ、そして、鞭を背負ったものへと変わる。
「どうですか?」
野々乃は服装が変わったマインにそう問いかける。
「うん、ちょっといいかも」
マインは姿見に移った自分を見つめ、そう答える。ビーストテイマーの服装はそれなりに気に入ったようだ。
そして、そんなマインを見た野々乃は話を次に進める。
「それはよかったです。それでは次に初期ステータスの割り振りを行うのですが、ここでは、おまかせ、ランダム、自分で割り振るの3つを選択できますがどうなさいますか?」
(うーん、おまかせにすれば間違いないんだろうけど、それだとありきたりになりそうだし、ランダムにしようかな)
マインは、外見をランダムにした結果が良かったこともあり、初期ステータスもランダムにしようと考える。
「それじゃあ、うん、ランダムで」
「承知しました」
野々乃はマインの言葉にそう答え、タッチパネルに触れる。
「ランダム割り振りを行いましたので、タッチパネルでご確認ください」
「あっ、うん」
マインはタッチパネルに表示されている数値に目をやるが、勿論それの良し悪しなどわからない。
「それでよろしいですか?それとも変更なさいますか?」
良し悪しがわからないのだから変更したって仕方がない。判断できないのだから。
「あっと、うん、これでいいです」
「承知しました。それではこれで決定させていただきますね。それでは、最後に簡単な説明をしてここでの設定作業は終了とさせていただきます」
「うん」
「まず、マイン様の胸の前に映っているタッチパネルですが、表示させたいと心で思っていただければ、いつでも現れますので、今後活用なさって下さい。なお、基本そのタッチパネルは本人にしか見えないのですが、他のプレイヤーにも見せたい時はそうすることも可能です」
「うん、なるほど」
「それで、そうですね。一旦、試しに、タッチパネルを消して、もう一度表示して貰えますか。そう頭でイメージすればできるはずなので」
「うん、わかった」
マインは言われた通りに、タッチパネルが消えることをイメージしてみる。
すると、タッチパネルがイメージ通りに消えてなくなり、それを見たマインは自分でしたことなのに少し驚いてしまう。
「あっ、うん、消えたよ」
「はい、では、もう一度表示させて下さい」
「うん」
マインは、次はタッチパネルが表示されることをイメージしてみる。
すると、これもイメージ通りにタッチパネルが表示される。
「うん、これもできた」
「はい、そのタッチパネルは、様々な情報が確認できるので何かと役に立つはずです」
「うん、なるほど……これでいろんなことが見れるんだね」
「はい、そうです。例えば、マップですね。初期状態でいくつかのマップ情報は既に入っていますので参考にしてください。あとは、実際に行ったところはマップに追加されますし、解放条件を満たせば得られるマップ情報もあります」
「うん、うん」
「あと、出会ったプレイヤーの情報確認もこのタッチパネルで行えます」
「へぇ、そうなんだね」
「ええ、ですが、確認できるのは相手が公開している情報だけです。まあ、大抵のプレイヤーが公開設定にしているのは、プレーヤー名、職業、レベル、称号ですかね」
(……プレーヤー名、職業、レベル、称号かぁ)
ゲームを殆どしたことのないマインでもそれらの単語が何を意味するのかおおよその見当はつく。まあ、一番わかりにくいのは称号だが、それは、おそらくゲームを進めて行く上での目安とか目標とかになるものなのだろう。
「称号……うん、なるほど、そんなものもあるんだね」
「はい、初期状態でも『ASOビギナー』という称号はありますので、それをセットしておくと他プレイヤーに一目で初心者と分かってもらえて良いと思いますよ」
「そうなんだね。うん、そうするよ」
――この後、少しの間、野々乃の説明は続き、それが終わると野々乃はマインに質問が無いかの確認をする。
「その他は、プレイしつつ覚えていって貰えると思いますが、今のうちに聞いておきたいことはありますか?」
「聞いておきたいこと?……うーん、特には思いつかないかな」
……そもそもマインには質問するだけの基礎知識もないのだから思いつかなくて当然である。まあ、何を聞けば良いのかもわからないという状態だ。
「そうですか、それではここでの説明は終わりとさせていただきますね。何か聞きたいことができた場合には、私は、イースト・ヴィレッジ・マウンテン・シティの案内所に居ますのでいつでもお立ち寄りください」
「うん、ありがとう」
「それでは、あの扉を出ますと、第1階層の中心地『イースト・ヴィレッジ・マウンテン・シティ』に繋がっていますので」
野々乃はそう言い、自分がここに入って来た扉を指差す。
すると、マインは野々乃の指差した方向を目で確認した後、再び視線を野々乃に戻し、旅立ちの挨拶をする。
「うん、行ってきます」
マインは野々乃に対し手を振る。
「良い冒険を。いってらっしゃいませ」
野々乃も手を振り返し、扉へ向かうマインを見送る。
そして、マインは扉を抜け、冒険の世界へと旅立って行く。