高木、確認する
――都内、ASOのプロジェクトルームでのことである。
「イベント神獣が倒されたって本当ですか?」
高木は驚いた様子で女性エンジニアにそう尋ねる。
「はい、本当です」
すると、女性エンジニアはそう答える。しかし、高木はそれが信じられない。
そもそも今回の神獣は、プレイヤーに倒されるようなステータスにしていない。それが例えトッププレイヤーだとしてもだ。
様々なゲームによくいる絶対に倒せない存在というやつなのだ。
そして、そんな絶対に倒せない存在はこのASO内には数多く存在し、それはプレイヤーたちも認識している。
よって、今回のこれも、戦ったプレイヤーからはそう認識されるはずなのだ。
……それなのになぜこのようなことになったのか……。
「あれを倒すなんて、一体どうやって?」
「あっ、それは確認できるようにしてますので、それを見て下さい」
「そうですか、ちょっと確認しますね」
高木は女性エンジニアの言葉を聞き、自端末の前に座る。
そして、キーボードを叩き、ディスプレイに神獣の情報を表示させる。
(…………あれ、おかしいな?)
高木はそれに一通り目を通すが、聞いた情報は見当たらない。
「ええと、倒されていないみたいですが?」
「えっ? いや、倒されましたよ」
「あれ、でもこれを見ると倒されてないことになってますけど」
「そんなはずは……」
高木の言葉を聞き、女性エンジニアは、訳がわからないといった表情をする。しかし、何かに気付いたようで、閃いたという表情に変わる。
「あっ、もしかして、第7階層の神獣を見てます?」
高木はその質問の意味を一瞬理解できなかった。しかし、次の瞬間には理解し、それにより、表情が僅かに驚いたものへと変わっていた。
今回のイベントでは第1階層から第7階層の各階層に1体ずつ、神獣を配置していたのだ。そして、そのどれもが討伐できないはずの神獣である。
高木は、神獣を倒すほどの強いプレイヤーは、第7階層でプレイしていると考えていた。
よって、倒された神獣も第7階層の神獣だと思い込んでいたのだ。
「えっ? 違うんですか? じゃあ第6階層?」
「いえ、第1階層です」
それを聞き、高木はさらに驚く。
「えっ? 第1階層ですか? あの神獣を倒せるほどのプレイヤーが第1階層に? それ程のプレイヤーなら第7階層でメダル集めした方が10倍は溜まるのに…………でもまあ、遊び方は人それぞれだし、そういったプレイヤーもそりゃいるのか」
高木は一応、そう納得する。トッププレイヤーでも、偶には第1階層で遊びたくなるのだろう。
だが、そういう事でもないらしい。
「あの、それが、倒したのは第2階層にすら到達していないプレイヤーなんです」
高木は、それを聞き、またもや驚く。
「えっ? そのレベルのプレイヤーなら、例え100人いようと倒せないはずだと思うんですが?」
「それが、たった一人で倒しちゃったんです」
それを聞いた高木は訳がわからない。
よって、自分の今知る情報に誤りがあるのではと考える。
「えっ、まさか……もしかして、第1階層だからって、神獣のステータスを弱く設定したんじゃ?」
「いえ、そんなことはありません」
高木の言葉はそう否定される。だが、高木にはそれを信じるだけの情報が無い。しかし、取りあえずは信じるしかない。
「そうですよね。すいません。……って確認すればわかることですね。直ぐ確認します」
「あっ、はい、お願いします」
「はい、えっと、第1階層、第1階層……」
「第1階層のイベント神獣はフェニックスですよ」
「あっ、はい、ありがとうございます。……あっと、ありました」
高木はまず、女性エンジニアが教えてくれたフェニックスのステータスを確認する。
……それは、高木の思い通りのステータスになっているかの確認だ。
ASOの神獣というものは、全てが今回の7体のように討伐不可能という存在ではない。いや、討伐可能な神獣の方が多いだろう。
よって、今回の神獣を、誤って討伐可能ステータスで設定していないのか確認しているのだ。
……しかし、間違いはないようだ。
(今回の7体は、討伐不可能で設定するって打ち合わせで決めたんだし、そりゃそうよね)
フェニックスはHPこそそんなには高くないが、力、魔力、防御力、魔法耐性といったものは今回の7体の中でもかなり高い方だ。
特に魔力はずば抜けている。
フェニックスの魔法を喰らったなら、例えトッププレイヤーであろうと一撃で終わるだろう。
そんな神獣にどうやって勝ったというのか……。
よって、高木は次に戦闘の記録を確認する。
(えーと、どれどれ……あれ?)
すると、高木はフェニックスと戦っているプレイヤーが見覚えのある人物であることに気付く。
(このプレイヤーは、マインの仲間のミト)
それは間違いなく、高木が要注意人物と認識しているマインのその仲間であるミトであった。
(また、マイン関連なの)
高木は一瞬力が抜ける。……しかし、直ぐに気を取り直し、記録を確認していく。
(…………なんで、攻撃受けて平然と立ってるのよ)
ミトはフェニックスの魔法攻撃を喰らってもダメージを受けている様子はない。
(はいはい、ミトちゃんのステータスはどうなってるのかなー)
今度はミトのステータスを確認する。
(んー、確かに変なステータスだけどだからって、あっ!)
高木はあるスキルに目を止める。
(火属性吸収? なんでこんなスキルが……)
それは一部の特殊なモンスターのみが持つスキルである。プレイヤーが持っていて良いスキルではない。
(このスキルは反則でしょ。なんでこんなスキルを……あっ)
すると、そこで高木は何かを思い出す。
(そういえば荒井さんが、こんな取得条件をクリアするプレイヤーなんているはずないからって、遊び半分で何かを組み込んでたような……それが、火属性吸収だったかも……)
高木は完全には思い出せないものの、その可能性が高いと判断する。
(だとしたら、他の属性吸収スキルもどこかに潜んでいるかも知れないわね。……あー、チェックしないといけないよね)
高木はそう考え、気が重くなる。
しかし、取りあえずの現状は理解できた。
よって、女性エンジニアに声をかける。
「あの、とりあえずの現状は分かりました」
「えっ、本当ですか!」
「あっ、はい、でも、もう少し確認したいので……それで、その後に資料に纏めますね」
「了解です。では、それができたら見させてもらいますね」
女性エンジニアは高木の言葉にそう答え、それを聞いた高木は確認作業に戻ろうとする。
しかし、女性エンジニアは何かを思い出したのか、
「そういえば、もう一つおかしなことがあったんですよ」
と言葉を続ける。
高木は(まだあるの)と思うものの、一応はそれを聞くことにする。
「何があったんですか?」
「あっ、はい、ガブリエルがテイムされたんです」
「…………へっ?」
高木は女性エンジニアのあり得ない言葉に、間抜けな声を出してしまう。
「あのー、ガブリエルってあのガブリエルですか?」
「はい、あのガブリエルです」
どのガブリエルだよ! と突っ込みたくなるような会話ではあるが、女性エンジニアには通じているようだ。
「えっと、誰がテイムしたんですか?」
「マインです」
その名を聞いて(やっぱりか)と高木は思う。
マインは取得不可能と思われていた称号を持っており、その称号のせいでテイム不可能なはずのモンスターを仲間にできるのだ。
しかし、実際にその称号を持っているのだからそれは仕方がない。
仕方がないのではあるが、こうも想定外のことをされると正直キツイ。
まあ、きつくてもやることはやらないといけないのだが……。
「…………ああ、そうですか。…………それについても確認しておきますね」
「はい、お願いします。あと、それで今後、ガブリエルはどうしたら良いのでしょうか?」
「……どういうことですか?」
高木は女性エンジニアの言うことが理解できず、そう尋ねる。
「はい、今後もイベントのサポートとか案内とかをガブリエルにやってもらうのですか?」
その言葉で高木は女性エンジニアの聞きたいことを理解する。
「ああ、そういうことですか。……そうですね。テイムされているのにイベントの案内というのもおかしいですし、それに、サポート天使は他にもいるので、今後は、ガブリエルにはその役目は与えないことにしましょう。
ガブリエルには分身するという設定もつけてないので、マインの仲間とイベントのサポートを同時にすることはできませんしね」
「そうですね。了解です。……ああ、それと、マインとガブリエルのデータも準備しておきますので参考にしてくださいね」
「それは、ありがとうございます」
……正直、今の高木には、それが有難いのか有難くないのかもよくわからないのだが、大人として礼は言っておく。
だが、女性エンジニアの視線が離れた瞬間には、ため息をついてしまっていた。
しかし、それも仕方がないことだろう。
高木にとって『マイン』は軽い呪いの言葉なのだから……。




