舞衣、野々乃と友達になる
やっとVR世界に突入です
どこまでも広がる満天の星空。都会に住む人間には拝むことができないはずの景色だ。
とはいえ、ここが田舎というわけではない。それは視線を下げれば一目瞭然。足元には何処までも続く黒い床が広がっているのだから。……そこに果てなど見えない。
舞衣はその光景をうっとりと眺めていた。
こんな綺麗な景色を見たのはいつぶりだろう。舞衣はそう考えるが思い出せない。
(うん、仮想空間ってのも良いものだね。ホント綺麗)
仮想空間とはいえ、美しいものは美しい。舞衣はその美しさに本来の目的を忘れそうになっていた。
しかし、その美しさに見とれる時間も終わる。5メートル程先に突然現れた扉によって。
舞衣はその扉を目にし、僅かに身構える。
(うん、何が始まるんだろう)
舞衣は少し緊張しながらその扉を見つめる。
(あの扉を抜けるといいのかな?)
舞衣は、あの扉を抜けることにより初めて何かが動き出すのではと考える。
しかし、舞衣のその予測は外れたようで、扉は勝手に開き、その中からは可愛らしい女の子が出てくる。
その少女は紫に桃色のメッシュが入ったセミロングの髪、紫と赤紫のオッドアイ、薄紫のトップスにロングパンツと全体的に紫系統の色で揃えられている年の頃は舞衣と同じくらいの娘だ。そして、流石はVR、現実ではなかなか見ることはできない程の美少女である。
(うわっ、可愛い)
舞衣は緊張も忘れ、その可愛さに思わず見とれてしまう。
すると、その少女も舞衣に視線を向け、観察するかのように僅かに瞳を動かす。
そして、一通り観察できたのか、おずおずと舞衣に話しかけてくる。
「あのー、そろそろ、プレイヤー名を決めて貰ってもよろしいでしょうか?」
「へっ?プレイヤー名ですか?」
「はい、そうです。まだお決まりにならないのでしょうか?」
「あっ、うん、これですね」
舞衣は胸の前辺りに浮かぶ白い半透明の仮想タッチパネルに視線を向ける。
この場所に来た時、つまりは仮想世界にダイブした時からずっと、そのタッチパネルは胸の前に浮かんでいたのだが、星空に夢中でそれを無視してしまっていたのだ。
(うんそうだ、これで名前を設定しないといけないんだ)
舞衣はそう思うが、まだ、プレイヤー名を考えてはいない。
「もしかして、操作の仕方がわからないのですか?」
「あっ、いえ、うん、こーすればいーんですよね」
舞衣は瞬時に思いついた名前を入力する。
『マイン』
(瞬時に思いついたにしては良い名前だな)舞衣はそう思う。
しかし、少女にとっては違ったのか、彼女からは意外な言葉が発せられる。
「……下品ですね」
「えっ?」
舞衣は少女から放たれた言葉に反応し、彼女を見る。
「えっと、あの」
「あっ、失礼しました。私の中のNGワードに引っかかったのでつい言葉に出してしまいました。気になさらないでください」
「えっ、でも、もしかしてこの名前、下品でした?」
「いえいえ、素晴らしいと思います。『マイン』ですね。可愛らしい名前ですよ」
「そうですよね」
「ええ、いい名前ですよ」
舞衣は少女のその言葉を聞き安心する。それはそうだ。『マイン』が下品な名のはずがない。少女も気にするなと言っているので、気にする必要はないだろう。
「あと、性別も選択してくださいね」
(性別?)舞衣は少女のその言葉を聞き、不思議に思う。
「あの、私は女なんですが」
「あっ、はい、現実での性別は存じ上げておりますが、ASOでは、現実とは異なる性別の選択も可能なんです」
舞衣はその言葉を聞き、(そういうことか)と思う。舞衣はゲーム初心者の為、ごくごく当たり前のことにも疑問を感じてしまうのだ。
「あ、なるほど、うん、ちょっと待ってください。今、決めますので。……すいません。うん、随分、時間かけちゃってますよね?」
「ええ、そうですね。本来なら私は、プレーヤー名と性別が入力された時点で登場して、『マイン様、アップルスター・オンラインへようこそ』って言うことになっているのですが、全然、入力してもらえなかったのでつい出てきてしまったんですよね」
「ああ、すみません。すみません。急いで入力します」
「あっ、私は急いでないのでゆっくり考えていただいて結構ですよ。もしかして、入力方法がわからないのかなーと思って出てきただけですから」
「そうですか。うん、ありがとうございます」
舞衣はそう言い、女性を選択しようとする。しかし、そこでとある疑問が脳内に浮かび上がる。
「あのー。男同士で結婚ってできるのでしょうか?」
少女は舞衣のその言葉を聞き、不思議そうな顔をする。
「はあ、ASOでは問題なくできますよ。男女間でも、女同士でも、男同士でも」
ゲームなのでもしや可能なのではという予想は当たったようだ。
そこで、舞衣は少し考える。男同士の結婚というものに魅力を感じたからだ。それは決して現実では体験できないことなのだから。
……しかし、結局その考えは捨て、女性を選択する。
「あの、入力しました」
「あ、はい、女性ですね。…………あっと、そうだ。マイン様、アップルスター・オンラインへようこそ」
少女はおざなりにそう答える。……少なくとも舞衣にはそのように聞こえていた。しかしそれも仕方無いだろう。舞衣がトロトロしていた結果がこれなのだろうから。本来なら少女のそのセリフはもう少し感動的なものであっただろうことを考えると少し残念に思うが、そこは深くは考えず、礼の言葉を述べる。
「あっ、ありがとうございます」
「あっ、いえ、どういたしまして……それと、申し遅れましたが私、アップルスター・ザ・ワールド第1階層の案内人、野々乃と申します」
「野々乃さん、第1階層の案内人さんですね。うん、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
「……あの、ところで第1階層ということはたくさん階層があるということですか?」
舞衣は野々乃が口に出した第1階層という単語を少し不思議に思い、そう質問する。舞衣の想像していた世界観からは複数の階層というものがイメージできなかったからだ。
「あっ、はい、現在この世界は第1から第7階層まで実装されておりまして、ゲームを進めることで先の階層へ行けるようになります」
「現在ということは、今後、階層は増えるということですか?」
「はい、その通りです。鋭意作成中であります」
「はあ、そうなんですね」
舞衣は実際のところ、階層が増えると言われてもそれがどういうことなのかいまいちピンとこない。しかし、それはゲームを進めていくうちに理解できることだろう。
そこで、舞衣は他の気になることを質問する。
「それで、あのー、野々乃さんはNPCなんですよね」
「勿論、そうですよ」
「やっぱり、そうですよね。うん、あまりにも人間っぽいのでびっくりしちゃって」
「AIが優れているのはASOの売りの一つですからね。この世界のNPCとはどれも違和感少なく話していただけると思います」
(へええ、ASOのAIってすごいんだな……)
舞衣は感心する。そして、ふとあることを思う。
「あのー、それだけAIが凄いんだったら、プレイヤーとNPCが普通に会話……例えば世間話みたいなこともできるんですかね?」
「はい、会話の内容によるとは思いますが、できますよ」
「ふーむ、だったら、NPCと友達になったりもできそうですね」
「どうでしょうか……相性が良ければ…………いえ、きっとNPCとも友達になれますよ」
野々乃は少し迷ったようではあるがそう答える。
(…………あれ?この会話って……)
舞衣は野々乃の言葉を聞き、考える。この話の流れ的には、そうすべきであろうことが頭に浮かんだのだ。
(ん?この流れは……あれを言うべきなのかな……いや、うん、そうだよね)
舞衣は緊張で顔をこわばらせる。例え、そういう流れなのだとしてもそれを言うには勇気がいるのだ。
しかし、意を決し口を開く。
「それなら、野々乃さんとお友達になれたりもしたりするのかな?」
……こんなことを言うなんて、舞衣自身、自分のことなのに予想外である。
舞衣は現実でこのようなことを言ったことは無い。舞衣にとって友達とは、いつの間にかできているもので、わざわざアプローチして作るものではないのだ。
……尤も、相手がNPCだからこそ、それができたのかも知れないが……。
それに対し、野々乃は一瞬驚いた顔をする。しかし、直ぐに平静な表情に戻っていた。
その表情の変化は人間そのものである。
「えっと、はい、勿論です」
「えっ、本当に……野々乃さん、私の友達になってもいいってこと?」
「はい……あの、それと、そうなると、さん付けじゃなくていいですよ」
「えっ、それじゃあ、野々乃ちゃん……でいいかな?」
「いいですよ」
「……それじゃあ、野々乃ちゃん、友達になってもらっていいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「……やった」
舞衣は嬉しさで思わずそう声を漏らす。そして、それと同時に気恥ずかしさも込み上げてくる。
(友達……友達かあ……NPCと友達…………でもNPCにとっての友達って……)
舞衣は喜びながらも、NPCと友達になることがどういうことかを考え始める。すると、舞衣の脳内に幾つかの疑問が現れる。
「どうしました?」
そんな舞衣の様子を読み取ったのであろう。野々乃がそう声をかける。
それに対し、舞衣は1つの疑問を投げかけることにする。
「あの、第1階層の案内人って、たくさんいるんですか?」
「いえ、案内人という肩書のNPCは、第1階層には私しかいませんよ。近い役割を持ったNPCは他にもいますが」
「だったら、第1階層にいる全プレイヤーのナビゲートを1人でこなしているんですか?今この時間も野々乃ちゃんのナビゲートを必要としている人がたくさんいるのでは?」
「ああ、私は分身スキルを持っているという設定ですからね。他のプレイヤーの対応は分身体が行っているんですよ。そういう意味でいうと、ここにいる私も分身体なんですが……」
「えっ、じゃあ、プレイヤー全員がお友達になりたいなんて言ってきたら大変なことになるんじゃ?」
「それは大丈夫ですよ。AIが優れていますので。それにNPCと友達になろうとするプレイヤーはまずいませんよ」
「そうなんですか?」
「そうですよ。……それで、そろそろ本題に入らせて頂きたいのですが」
「あっ、うん、わかりました」
舞衣は、とりあえず聞きたい最低限のことは確認できたと判断し、そう答える。
そして、その答えを聞いた野々乃は話を本題へと切り替えるのだった。