舞衣、ASOを始めようと思う
「ASOって何だっけ?」
学校からの帰り道である。舞衣が棗にそう尋ねたのは。
「ASO?……アップルスター・オンラインのこと?」
舞衣の問いに棗は考える素振りも見せず直ぐにそう答える。ASOがアップルスター・オンラインの略称だということは高校生には常識だ。
「あっ、それだ!うん、それそれ、アップルスター・オンライン」
棗の言葉を聞き、舞衣は思い出す。CMで聞いたことがあるその単語を。
(うん、そうだよ。CMでアップルスター・オンラインって言ってたもん。思い出したよ)
「アップルスター・オンラインがどうかしたの?」
棗は僅かに不思議そうな表情でそう尋ねる。
棗も設楽と太田の会話を盗み聞いていた為、舞衣が何故そんなことを聞いてくるのかは理解している。しかし、惚ける。当然のように惚け、そう尋ねたのだ。そして、勿論、舞衣は棗が惚けていることに気付くはずもない。
「うん、えっと、うん、それやろうかなと思って」
「へえ、舞衣がゲームやりたいだなんて珍しいね」
……確かに珍しい。なので舞衣は少し考える。
舞衣はゲームを好んでやりたいわけではない。設楽がやっているから自分もやろうとしているだけだ。でもそれを言う訳にはいかない。……よって、ここは誤魔化すしかない。
「えっ、うん、たまにはゲームも良いかなって。棗ちゃんはやったことないの?」
「ASOはやったことないな~」
「そうなんだ。どんなゲームなんだろ?」
「えっ?どんなゲームか知らないのにやろうとしてるの?」
誤魔化せそう。舞衣がそう思った矢先である。棗のその言葉は。……確かに不自然である。知らないゲームをやろうなどとは。なので更に誤魔化してしまう。
「えっ、うん、有名そうだから面白いのかなって思って。棗ちゃんはどんなゲームか知ってる?」
「残念ながら知らないな~」
嘘である。棗のこの言葉は。……確かに詳しいわけでは無いが、知らないと言えば嘘になる。
棗の姉がこのゲームをやっており、姉からたまに話を聞くのである程度は知っている。いや、姉に聞くまでもなく、常識の範囲内のことは元々知っているのだ。
「そっかー」
舞衣は棗の言葉を疑いもせずそう答える。少し残念そうだ。
「……本当に知らないの?詳しくは知らないにしても、何かしら知ってるからプレイしようとしてるんでしょ?でないと、いきなりゲームするなんて言い出さないだろうし」
何も考えずに聞くと、この問いかけは至って普通の問いかけに聞こえる。しかし、棗が舞衣の内心を見透かしているということを考えると意地の悪い問いかけである。
「えっ、いや、うん、少しは知ってるよ。CMでも見たことあるし」
「ふーん、で、どんなことを知ってるの?」
舞衣は棗にそう聞かれあたふたしてしまう。どんなゲームかのヒントはあのCM……CMを思い出せなければ、あの会話だ。そして、その会話の中にヒントがあった……たぶん。
「えっと、えっと、そう、うん、結婚ゲーム、結婚のゲームなんだよ」
(ちゃうわ!結婚ゲームって何?)
舞衣の言葉に棗は心の中で素早くそう突っ込みを入れる。
確かに設楽と太田の会話に『結婚』という単語は出てきていた。しかしそれは、とある武器かアイテムかの性能解放に結婚するという条件があるというだけのことだろう。
(さすが舞衣、面白すぎる)棗はそう思う。そして、にやけそうになるのに耐えながらなんとか返事をする。
「へー、そうなんだ」
「うん、そんな感じ……だと思う」
(どんな感じだよ)棗はそう思いつつも面白いのでそのまま会話を続ける。
「それで、何で、その結婚ゲームをやろうと思ったの?」
「えっ、いや、結婚ってやっぱり憧れるじゃない。それをゲームだと気軽に体験できるわけだし……」
舞衣はまたもや誤魔化す。しかし、憧れるというのは本当のようで、瞳は僅かに輝いている。……恋に恋する少女の様に。
「まあ、そうだね。で、気軽にって、どんなことしたいの?」
「えっと、うん、そうだね……ゲーム内だとクラスメートとも気軽に結婚できるだろうし、そこから発展して現実でも結婚できるかも知れないし……」
(おっと、妙な妄想口走り始めましたねー)
棗は吹き出しそうになるのを何とか堪える。
(いやー面白いなー、若干、妄想の世界に入っちゃてるなー)
こうなればもうちょっとからかいたくなるのが人の常だ。それが、棗のような人間ならなおさらである。
「へー、それ、楽しそうだね。それだと、例えば設楽君とゲーム内で結婚とかできちゃうかもしれないわけだ」
「うん、そうなの」
舞衣は瞳を輝かせながらそう答える。
「へぇ~、そうなんだ」
棗はいたずらっぽい笑みを浮かべる。ここまで来るとポーカーフェイスを保つ気もなくなったようだ。
「うぴょ、いや、何で設楽君が出てくるのかな!」
不意に舞衣が入りかけた妄想の世界から戻ってくる。慌てた様子で。
「いや、例え話で例を挙げただけだから誰でも良かったんだけど、設楽君だったらなんかあるの?」
「いや、何もない。何もないんだけどね。」
「ふーん」
棗はいたずらっぽい笑みを浮かべたままだ。
「ホントに何にもないんだからね!」
舞衣は一生懸命そういい張る。
(可愛いな~)
棗はある程度満足し、とりあえずからかうのはここまでとする。
「わかった。わかった。で、結局のところ結婚目的でゲームを始めるわけね」
「言い方がちょっと引っかかるけど、まあ、そういう事です」
舞衣のその言葉遣いからは今までの焦りが消えていた。棗がわかってくれたみたいなので、舞衣は安心したのだろう。……まあ、棗はわかってなどいないのだが……舞衣が思っているようには。
(ホント可愛い)
棗は舞衣の横顔を見ながらそう思う。そして舞衣の返事に心の中で突っ込む。
(……結婚目的って……史上最低のゲーム始める動機だよそれ…………知らんけど)