舞衣、聞き耳を立てる
舞衣は教科書に視線を向けながらも斜め前の席で話す設楽とその友人太田の会話に聞き耳を立てていた。
「ASOの例のあれ、どんな感じ?」
「うーん、思った程の威力じゃなかったんだよね」
「あれ一応ブライダルアイテムみたいだから、結婚したら威力出るんじゃない?」
「そっかー、結婚かー、どうすっかなー」
『ガタタッ』
設楽の口から『結婚』という単語が出た瞬間、舞衣は思わず立ち上がる。
すると、その音に気付いた設楽が舞衣の方に振り返り、設楽と目が合った舞衣は慌てて口を開く。
「何でもない。うん、何でもないよ」
そう言いながら舞衣は椅子に座り、先程までと同じ体勢をとる。すると、その様子を見た設楽が舞衣に声をかけてくる。
「へえ、勉強してるんだ」
「うん」
「そっか、頑張ってね」
「うん、ありがとう」
設楽は舞衣のその言葉を聞くと、太田の方に向き直り再び会話を始める。
一方の舞衣は舞い上がっていた。
(頑張ってねって言われた。うん、頑張ってねって言われた)
頭の中はお花畑状態だ。しかし、その花たちは直ぐにしぼんでしまう。『結婚』という単語を思い出したからだ。
(結婚……結婚ってどういうこと?……でも、まだ高校生だし……婚約ってことなのかな?)
舞衣は混乱しながらも先程の設楽と太田の会話を思い浮かべる。
(そういえば、ASOって言ってたな。……うん、確かそれってゲームだ。CMで見た気がする。うん、そうだ。ゲームの話なんだ)
ゲームの話とわかり、舞衣はほっと胸を撫で下ろす。しかしそうなると、そのゲームがどのようなものかが気になってくる。
(うーん、どんなCMだったかなー。うーん、思い出せないなー)
CMの詳細までは思い出せないものの、ASOという言葉の響きは頭に残っている。
(ASOってなんてゲームの略称だったかな。……うーん、思い出せない)
舞衣は一生懸命そのゲームタイトルを思い出そうとする。思い出すことに夢中で、もはや設楽と太田の会話は耳には入ってこない。しかし耳への集中が途切れた為か、今度は瞳に映っているものへと意識が流れる。
(……ん?男の人の裸の絵?……………………)
舞衣は硬直する。教科書に書かれているその絵が一体何なのか理解できない。
「ウピョッ」
その絵が何かを理解できた時、舞衣は思わず奇声を上げてしまう。
そして、そんな自分の声に慌てて斜め前の席を確認する。どうやら設楽は会話に夢中で奇声には気付かなかったようだ。
(うん、大丈夫。気付いてない)
舞衣はそう思いながら急いで教科書を机にしまう。そして、机にしまった後、ふと考える。
(あれ……私が開いてたのが、保健の教科書だと気付いてたのかな?
それとも国語の教科書だと勘違いしたのかな……)
これは、由々しき問題だ。もし国語の教科書と勘違いしたのなら設楽の『頑張ってね』という言葉は文字通り舞衣を応援しているのだろう。しかし、保健の教科書だと気付いてたのなら…………。
(うーん、うーん)
舞衣は頭を抱える。…………そして、そんな舞衣の背後で棗は、お腹を押さえながらひたすら、ただひたすらに笑いを堪えるのだった。