棗、面白がる
野田棗と鈴木舞衣は幼馴染でクラスメイトで親友同士である。
一言に親友と言ってもタイプはたくさんある。その中には好きというわけでは無いが、妙に気が合うというタイプも含まれるだろう。だが、棗と舞衣の関係はそういうものではない。少なくとも棗は舞衣のことが大好きである。
高校に入学してから数カ月経ち、棗はすっかり高校生活にも慣れ、それなりに楽しい生活を送っていた。
今日もいつも通り学校に行き、いつも通り退屈な授業を受けている。今のところ、事件も何もなくいつも通り時間が過ぎていた。
そして、3時限目と4時限目の間の休み時間。
棗は、舞衣に声を掛けようと席を立つ。だが、舞衣に用事があるというわけでは無い。
棗は大抵の休み時間、舞衣と過ごしており、昼食も一緒、登下校も時間が合う時は一緒、まるで双子の姉妹の様に同じ時間を過ごしていた。よって、今、舞衣の元へ歩いて行くのも習慣的なことだ。
しかし、今回は少し違った。舞衣に話しかける為に席を立ったのに、彼女の背後に来ても声を掛けなかったのだ。
舞衣は教科書を広げ、その中に視線を向けていた。……これだけを聞くと棗は舞衣の勉強の邪魔をしない為に声を掛けなかったと大抵の者は思うだろう。しかし、残念なことに棗はそういう性格ではない。例え映画のクライマックスシーンだろうが、ドミノの最後の一駒を立てる瞬間だろうが平気で声をかける。そういう人間だ。実際、今の棗の表情を見ればそれがわかるだろう。彼女は今、いたずらっぽい笑みを浮かべ舞衣を見ているのだから。
棗には今の舞衣の姿が面白くてたまらない。一見すると教科書を読んでいるだけのその姿が。
しかし、少し注意して見てみるとそれが教科書など読んでいないことがわかる。
彼女は教科書を読んでいるふりをして斜め前の席で話す男子生徒の会話を盗み聞いているのだ。余程気になるのだろう。しかし、それも仕方ないことだ。斜め前の男子は舞衣の思い人、設楽勇気君なのだから。まあ、本人は好きだということは認めていないのだが……。
しかし、その程度のことだけなら棗は特に面白がったりはしない。では、何に面白がっているのか。
それは、舞衣の開いている教科書が保健の教科書だったからだ。
次の時間は国語でしかも小テストがあるというのに保健の教科書を読むやつは相当な変わり者だ。しかも、今日の保健の授業は男性と女性についてのそういう授業であったのだから、このタイミングでそれを読むとなるとそういうことに興味津々ですよと言っているようなものだ。
舞衣は以前にも似たようなミスを犯したことがある。教科書を読んでいるふりをしていたのだが、その教科書が上下逆だったというミスのお手本のようなミスを。流石に今回、それは学習したのだろう。上下は逆転していない。しかしそれが逆に面白い状況になってしまっているのだ。
そう、棗は舞衣のそんなところが大好きなのだ。そういう抜けたところが好きで好きでたまらないのである。