キョーコ、溜息を吐く
ある日、第1階層の草原にて。
「ふむ、なかなか楽しいもんだな」
村上は剣で猪型モンスターに止めを刺しつつそう言った。
村上もゲームに段々慣れてきて、少しはその楽しさが分かってきたようだ。
「ふーん、まあちょっとは様になってきたかな」
キョーコはその近くでそんな村上の戦う様子を眺めている。
そして、村上に近づいて行き、彼に話しかける。
「そうだね。これくらいできれば、もう一人で十分楽しめそうだね。
私もあんまり村上さんの相手ばっかりしてるわけにもいかないし、もう私はいなくて良いよね」
まあ、本来ならわざわざモンスター討伐にまでついてこなくても良いのだが、村上があまりにも素人すぎる為、仕方なく付き合っているのだ。
「いやいや、一人で楽しむためにゲームを始めたわけじゃないんだぞ」
「んっ? そうだっけ?」
ASOを始めるよう勧めたのはキョーコだ。勿論村上がゲームを始めた理由は知っている。
しかし、取りあえずはそう惚けてみる。
すると、村上は呆れたように言う。
「いやいや、マインの動向を知る為に始めたんだろう」
「動向……」
……動向を知る為……キョーコはその言い回しには微妙に引っかかるが、まあ、間違っているわけでもないだろう。
「まあ、そうだったかな」
「それで、マインに近づくにはどうしたらいい?」
(近づくって……何となく怪しい言い方だな……)
キョーコは村上の目的が微妙にずれてきているような気もするが、それはそれで面白そうなので、取りあえずは村上の質問に素直に答える。
「うーん、まあ、取りあえずマインのギルドに入るのが手っ取り早いけど……」
「そうか、どうやったら入れるんだ」
「まあ、マインのギルドのギルマスに言って、入れてもらえば良いと思うけど」
「んっ? 簡単に入れて貰えるものなのか?」
まあ、ギルドマスターがメンバーを入れる権限を持っているのでギルマスに認めて貰えばギルドには入れる。
しかし、簡単に入れてもらえるかどうかはそのギルマス次第だ。
「うーん、マインのギルドって、以前はともかく、今は誰でも彼でも入れているわけじゃないみたいね」
「そうなのか?」
「ええ、ギルドに入りたいって人が増えてきたんで、取りあえずは断ってるみたい」
そう、マインのギルド『明訪成功』は、今そこそこ人気のギルドになっている。
しかし、急にギルドに入れて欲しいと言う人が沢山押し寄せたため、そこまでの大ギルドにするつもりはないのか、新メンバーは断っているようだ。
まあ、親しいプレイヤーなら快く入れるのだろうが……。
「なら駄目じゃないか」
「……」
(……そうなんだけどね……。
まあ、ギルドメンバーの誰かと親しくなって、それから入れさせて貰えば良いんだけど……)
……キョーコは村上の言葉にそう思うが、そこでキョーコの悪い癖が出てしまう。
「いや、ある条件を満たした人はギルドに入れてくれるみたいよ」
……どうもキョーコは偶に人をからかったり、嘘を付いたりしないといけない病気のようだ。
「何? どんな条件だ?」
勿論キョーコはそんな条件など知らない。
だから適当に答える。……適当すぎる答を……。
「えっと、確か、ブーメランパンツ姿のプレイヤーはギルドに入れてくれるってことだったはず……」
……村上はその言葉に一瞬ポカンとする。
「……何言ってるんだ? いくら何でもそんなウソには騙されんぞ」
そして、村上はキョーコの言葉にバカバカしいといった表情でそう言う。
しかし、それに対しキョーコは真面目な顔で言う。
「んっ? じゃあ、マインのギルドに行ってみよっか。
ブーメランパンツ姿の男の人がいっぱいいるよ」
「はっ? 嘘つけ……」
村上は若干呆れた表情だ。
「嘘じゃないよ。行けばわかるよ。
そうだ。今から見学に行こう。ギルドホームの見学……」
「見学? ……まあ、行ってみてもいいが……。
マインがどんなギルドにいるのかがわかるしな……」
……村上はブーメランパンツの話は信じていないようだが、マインのギルドホームには興味があるようだ。
まあ、マインのことを知ることが目的でASOをやっているわけだから興味を持って当然なのだが……。
「よし、じゃあ今から行きますか」
村上も乗り気の様なのでキョーコはマインのギルドホームに行くことにする。
「ああ」
「それじゃあ、イーヴィマ・シティに戻るよ」
そして、キョーコはそう言い、イーヴィマ・シティへと歩き出す。
「あっ、マインのギルドホームに着く前にトイレに寄りたいんだが……」
すると、村上が急に訳の分からないことを口にした。
「トイレ……?」
「ああ、トイレだ」
「……? なんで? 覗く気?」
「はっ? なんで覗くんだよ。トイレしたいからに決まってるじゃないか」
「……何言ってんの? ASO内にトイレなんてないわよ」
…………本当に何を言っているんだという感じである。
「へっ? じゃあ、トイレ何処でするんだ……? 草むらか?」
……キョーコは溜息を吐く。キョーコにとって村上のその言葉はあまりにもあり得ない言葉だ。
(草むら……草むらねえ……そうだったなら凄いゲームだね……。
……あああああ、YESって答えたい……。
しかし、さすがにねー。現実で大惨事になるかもだし……)
性格の悪いキョーコでも流石にそれは……と思う。
「……村上さん……。トイレしたいのって村上さんというキャラがしたいわけじゃないよね。
現実の自分がしたいんだよね」
「…………あっ…………」
……どうやら村上は理解したようだ。顔がゆでだこの様に真っ赤になっている。
……まあ、VR初心者ならば、こういう勘違いも仕方ないのかも知れないが……。
「あっ、そうだな。すまん、一旦ログアウトする」
……相当恥ずかしかったのか、村上はキョーコから目をそらしそう口にする。
そして、次の瞬間、村上の身体は光の粒となり消え去った。
キョーコはそんな村上のいた場所を見つめ、呟く。
「はぁ、少しは慣れてきたのかと思ったけど、相変わらずのど素人のままだったか……」
そして、キョーコはやれやれと再び溜息を吐くのだった。




