希望
あのあと雨の中、俺はパンツ一丁で帰ろうと歩いていると、たたまれた自分の制服がすぐ先の屋根の下に置かれているのを見つけた。
結女が倉庫から持ってきてくれたのだろうと修太は思い、制服を着て寮に帰る。
寮の部屋で動画サイトを見ると、やはり今日の動画がアップされていた。
全裸でうんこをするという下品な映像も含まれているので、リピートで再生する人が減ったのか、再生回数は前回の動画よりもずっと少なく、殿堂入りはしなかったものの、しかし全校生徒は確実に視聴している再生回数となっていた。
修太がいじめをやめさせるためにそのような行為をしたという部分が完全にカットされているので、どうみても最低人間の奇行にしか見えない。
修太はため息をつく。
明日は今日以上にしんどい1日になりそうだな。
修太はベッドに寝転がる。
次の日、休み時間に修太はトイレに向かうため廊下を歩いていた。
昨日アップされた動画により想像以上に悪口を言われたり、冷淡な態度をとられたりした。
「人としてのプライドが微塵もないよね」
「俺だったら殺すぞって脅されたとしてもあんなことはしないね」
「倒れてる人を踏みつけてるの見た? やらされてるとしても、あそこまでやるのはさすがにひくんだけど」
ここから人間関係を形成するのは絶望的に思えた。
それでも修太はあきらめずに人に関わっていこうとしていく。
しかし、誰からも拒絶的な対応を立て続けにされることは変わらなかった。
放課後になり、修太はジョウロで花壇に水を撒いている。
うつ病になる人を以前まで心が弱い奴ってバカにしてた。だけど、こんな状況が続けば心が壊れてもおかしくないって思う。
でも、俺は最期まで、あるいは俺の心が壊れるまで力の限り生きてみる。
修太はそう思い、花を見つめる。
「昨日は散々だったね」
修太はゆっくりと振り返り、いつの間にか後ろに立っている透子を見る。
「やっ」と透子は軽くあいさつして修太の横に立つ。
「もしかしたら来るかもしれないって思ってた」
修太は少し笑う。
「何? 何? あたしに会いたかった?」
透子はおどけて言う。
「今日、いじめがおこなわれる場所を教えてくれ」
「・・・」
透子は遠くの景色を見る。
「知ってどうするの? また行くの? 次は殺されるかもしれないよ」
ああ・・・わかってるさ。でも・・・。
「苦しんでる人がいる以上、見過ごすわけにはいかない」
「また説得しにいくの?」
「いや、説得できるような連中じゃないし、体育館倉庫にバットがあったからそれで止めに行く」
「勝てると思ってるの?」
「全然。返り討ちにあうことは間違いないだろうね」
下校途中の生徒たちが、修太の方を見て、やばい奴だと笑って話している。
今の俺なんかと、こんな目立つ場所で話していていいのだろうか?
「他に方法はないの?」
「教師にも言ってみた。でも、どこの場所でおこなわれてるのか事前にわからないのと、教師が学校から帰ってる時間帯におこなわれてるんじゃ対応は難しいってさ。攫われないように集団で動かなかった自己責任だって言われた」
「いじめをしてる奴らについても、証拠がない以上、問い詰めることは無理だって」
「それに2年、3年の校舎には来月になるまで立ち入り禁止だし・・・」
「法律もない、警察もいない、協力してくれる人なんて皆無。まあ、そもそも命の危険のあることに誰かを巻き込みたくないしね」
修太はジョウロで水をまく。
「今日死ぬかもしれないのに、どうして学校で人と関わろうとしてたの?」
「絶対に死ぬとは限らないから。もし明日も生きてるなら、過去だけでなく今の俺を見てくれる人を探すことを続けたいし」
「あんな動画が広まったのに、まだあきらめてないんだ」
修太は真剣な表情で透子を見る。
「あきらめないよ。俺が死ぬか、壊れるまで」
透子は目を見開く。
「そっか・・・」
透子は微笑む。
途端に透子が鮮やかに見えたような気がした。
「あたしの名前は霧谷透子」
「・・・山乃修太だ」
「知ってるよ」と透子はくすくす笑う。
「この学校では2年生で、17歳だよ」
「俺は16歳だ」
「よろしくね」
透子は笑顔で言った。
「ああ、よろしく」
修太も笑顔になる。
下校途中の生徒たちが、クソ野郎の隣に女の子がいるぜと騒いでいるのが聴こえる。
まあ、そういうことを言いだす奴もいるよなと修太は思いつつ口を開く。
「場所を教えてくれ」
「いいよ」
透子は修太に場所を伝える。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「またね」
透子はそう言い、去り際に修太に軽く手を振る。
修太は笑って返しただけで返事はしなかった。
透子は去っていく中、頬を赤らめ思う。
・・・ドキドキする。
あたしは恋してしまったんだ、この男の子に。どうしようもない状況の中でも、あきらめずに前を向いて生きようとする姿に惹かれてしまったのだ。
透子が去っていく中、修太は花壇に視線をもどす。
またね、なんて言えない。今日、俺は死ぬかもしれないんだから・・・。
死を覚悟すると、感傷的になり、目の前の花が綺麗に見えて目に映る景色がにじむ。
花を見て感動するなんて、初めてじゃないか?
気持ち・考えの持ち方次第で同じ景色でもこんなに美しく見えたり、感動したりするもんなんだな。・・・そんなことに今ごろ気づくなんて。
修太は苦笑する。
でも今の状況じゃなきゃ、もしかしたら一生気づけなかったかもしれない。
やっぱり世界って自分が思ってるより、ずっと奥深いみたいだ。
打水の目に映るものは、いつもこんなに美しく見えるのかな? いや、彼女の目に映るものは、もっと素敵なものに見えるのかもしれない・・・。
さわさわと風に揺れる草花をしばらく見ていると、キラッと花壇の中に光るものが目に入った。
「?」
修太はそこに手を入れ、それを取り出す。
それは手におさまるサイズの精巧につくられたような機械だった。
修太は直感でわかる。
・・・アイテムだ。
アイテムにはひもがついており、ひもの先にビニールテープで水から保護された紙がくくりつけられていた。
修太はその紙を開く。
~お花に水をあげる心の持ち主のあなたにこの力を託します~
打水の字だった。
愛花の部屋に行ったとき、修太は道徳の授業で愛花の書いた作文を読み、字が印象的だったので覚えていた。
彼女は2つもアイテムを見つけてたというのか・・・。
「ははっ・・・」
修太は思わず少し笑ってしまう。
前日にアイテムに気づかなかったのは、水を撒くという行為に意識が集中していて、草花をじっくり見てなかったからだ。
水を撒いたことでアイテムについた水滴が光を反射して気づくことができた。
このアイテムで得られる特殊能力が今抱えている問題を解決してくれるのに適したものかはわからない。
でも、そうでありますように、と祈って胸にアイテムを当ててみる。
宝くじとか他のことでも大概、俺がそう祈ってその通りになったことなんてないんだけどね。
胸にアイテムを当てた瞬間、修太は直感で自分が得た能力を知る。
「・・・」
しっかり握っていたはずのアイテムは、いつの間にか手元から消えていた。
修太は立ち上がる。
そして、いじめがおこなわれる場所に向かって修太は歩き出す。