美少女
霧谷透子は驚いた表情をした修太を見つめている。
「どうしてって・・・」
修太は自分に話しかけてきた綺麗な女の子に驚いており、返答に詰まる。
「あんなことがあったのに、1日しか学校を休まずに登校するなんて」
俺こそ聞きたい。
こんな時間に極めて美しい子が一人でいて、しかも多くの生徒に避けられてる俺に話しかけてくるなんて。
「・・・そりゃ、出席日数1/2を下回って馬鹿げたゲームに参加させられるとなれば、ふつうは登校するか、自殺するかのどちらかの選択肢しかないだろ? だったら・・・」
「その話は今朝、聞いたんでしょ?」
・・・なんで、そんなことを知ってるんだ?
「その話を聞いてもいないのに、なんで学校に来たのかなって思って」
「・・・」
「昨日、何かあったの?」
透子は不思議そうにじっと修太を見つめる。
「いいのかよ? 嫌われ者の俺なんかと話して」
後ろの下校途中の集団は相変わらず、修太の方を見て歩きながら笑っている。
「それにこんな時間に1人で行動するなんて危ないと思うけど」
美人は特に事件や事故などに巻き込まれてもおかしくないという教師の言葉を思い出す。
透子は風で揺れる髪を手でおさえて笑む。
「大丈夫だよ」
修太は何が大丈夫なのかわからなかった。
なんでそんなこと言いきれるんだよ・・・。
「ねぇ、何があったのか教えてよ」
透子は修太をのぞき込むように顔を近づける。
「話せば長くなるけど・・・」
「構わないよ。教えて?」
そして俺はこの謎の女に一昨日の学校から帰ったあとの出来事を全てありのままに話した。
「なるほど。その女の子が君を救ってくれたんだ」
「妄想野郎って思ってる?」
「ううん、全然。納得かな」
信じるのか・・・。
「ねぇ、教室でもらしたのはわざと?」
「いや、わざとじゃない。あれは耐えきれなかっただけだ」
透子はくすくすと笑う。
「じゃあ、女性用の下着を履いていたのは? 趣味?」
「違う。あれは、もらしてパンツの替えがなかったから、仕方なく自販機で購入したんだ」
「おなかがゆるい体質なの?」
「それも違う。前日にやけ食いして、登校直前にゼリーを食べたら急激な腹痛に襲われてだな」
「そうなんだ」
透子はふふっと笑う。
「面倒くさいから、それも最初から説明するよ」
そして俺は入学式の日の夜からパンツ一丁で学校から走り去るまでの出来事をありのままに話した。
「そうだったんだ。それは災難だったね」
「ああ。でも、爺さんに罪をかぶせようとしたのも、いじめられたくないから爺さんをターゲットに指名したのも事実だよ」
「正直なんだね」
「どうして俺に話しかけた?」
「不思議に思ったから。あんな酷い目にあったのに学校でふつうに過ごしている君を」
・・・全然ふつうじゃなかったけどな。
「校舎を歩き回ってたみたいだけど、何してたの?」
「校内でいじめが行われてるのは動画サイトからわかる。だから、その場所を突き止めようとしてた」
「突き止めてどうするの?」
「そこに行って、いじめをやめさせるように説得してみる」
「説得に応じる相手だと考えてるの?」
「話してみないことにはわからない。だけど、俺にできることは何でもしようと思ってる」
透子は少し考えて口を開く。
「教えてあげようか? いじめがおこなわれてる場所」
「え?」
修太は驚いて透子を見る。
「たぶん今まさにいじめがおこなわれてる時間帯のはずだよ」
「場所を知ってるのか?」
「うん」
「どうして?」
「あたしは情報収集のエキスパートだから」
「なんで教師にその場所を伝えない?」
透子は修太から視線をはずし無表情で遠い目をする。
「誰がどうなろうと、どうでもいいから」
風が吹き、透子の髪がさわさわと揺れた。
修太は透子を見つめる。
「そうか・・・」
「うん」
「教えてくれ。その場所」
「今から行くの?」
「ああ」
「教師は全員帰ってると思うよ」
「わかってる」
「一人で行くの?」
「もちろんだ」
「わかった。場所はね・・・」
場所を聞いた修太は立ち上がり、透子を見る。
「教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
透子は振り返って、校舎の中へ去っていく。
修太からは見えなかったが透子は微笑みを浮かべて歩いていた。
透子の姿が見えなくなるまで、修太は透子の後ろ姿を見つめていた。
夕暮れ時になっており、辺りを見回しても人が見当たらず、校内に人が残っているのかわからない。
十数分後、修太は校内にある倉庫の前に立っていた。
心臓が早鐘を打つ。
説得に失敗すれば、おそらく俺はいじめを受けることになる。
でも、今もいじめがおこなわれてる以上、黙って見過ごすわけにはいかない。
最悪、俺がいじめの身代わりになることで、いじめられてる人を救えれば・・・。
勇気をふりしぼり、倉庫の扉をノックする修太。
返事がないので、扉を開ける。
すると、奥にはおっかぱ頭の男子が一人、床に頭をかかえてうずくまっていて、その周りに数人の強面の男たちがいる。
そして奥のソファに青星大地がどかりと座っており、大地の隣には吉良が立っていた。
女子も数名おり、その中でも一人だけソファに座っている一際綺麗な女の子が修太の目に入る。
金髪のセミロングヘアーの赤糸結女はソファで足を組み、無許可で倉庫の扉を開けた修太を見ている。
「なんだ? おまえ?」
大地の低い声で修太はびくりと結女から視線を大地に移す。
「大地さん、こいつが変態クソ野郎ですよ」
吉良は笑う。
「ああ、あの動画の」
修太は恐怖で体が固まった。いじめを受ける覚悟で来たが、やはり怖いものは怖い。
「学校に来てたっていう話は本当だったのね」
結女はくすっと笑う。
修太は結女の声を聴き、もう一度、結女を見る。
・・・やっぱり綺麗だ。
愛花や透子に並ぶほど整った顔をしている結女の美しさに修太は驚く。
こんないかにも悪そうなグループの中にそんな飛びぬけた美しさを持った女の子がいることに修太は驚いていた。
「何しに来た?」
大地の声で修太はびくりと再び大地を見る。
「・・・」
修太は予想以上の怖さに頭が真っ白になり、なんと言えばいいのか考えがまとまらず無言だ。
「てめぇ、なめてんのか?」
大地の鋭い眼光で修太は背筋が凍る。
「い・・・いじめをやめよう」
なんとか咄嗟に絞り出した声で修太は震えながら言う。
その場にいた男たちは一瞬呆気にとられた表情で修太を見る。
「死にてぇらしい」
大地は鋭い目を伏せながら言う。
修太は大地の怖い表情に凍り付く。
周りの男たちは全員、修太の方へ向き直る。
終わった・・・。
いじめを受けるだけじゃすまない。半殺し・・・いや、殺されてもおかしくない。
大地の顔は人を殺したことがあってもおかしくないほど怖かった。
修太は死を覚悟する。