決意
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・。
静かな空間にバイタルモニターの電子音が流れている。
病室に設置されているカプセルの中に目が閉じられた愛花が横になっている。
修太は愛花を黙って見つめる。
彼女が意識を失って俺は泣き叫んだあと、闇夜の中に光が見えて、それが病院のマークであることを思い出した。
俺は急いで彼女を背負い、病院に向かった。
病院は無人でカプセルの中に人を入れるだけで治療やその他の処置をしてくれるらしい。
死んでしまったと思った彼女は生きていた。
だけど・・・。
修太はカプセルの画面をタップする。
意識が今後もどる可能性・・・0%。
表示された文字を見て、修太の表情が暗くなる。
俺なんかのために、この残酷な場所の希望になりえたかもしれない人が昏睡状態になった。
愛花のポーチから生徒手帳と鍵を取り出す修太。
「打水愛花・・・」
愛花の生徒手帳に記載されている寮の住所を見る。
時計は早朝の5時を回っていた。
俺は学校を休んだ。
修太は愛花の部屋の前に立ち、鍵を差し込んでドアを開けた。
女の子の部屋に初めて入る。
彼女の部屋はシンプルな部屋だった。机の中の引き出しを開けるとその自伝はあった。
修太は自伝を開く。
最初のページには写真があった。
4人家族のようで、父、母、息子、娘が一緒に写っている。
奥さんは美人で優しそうな顔をしていて、まだ小さい息子や娘も可愛かった。夫の方は、お世辞にも顔がいいとは言えず、平均的な顔立ちよりも下、不細工とまでは言わないが、そちらよりの顔の男だった。
そして読み始めると、それはその男の自伝だった。
男は30歳まで誰とも深く関わらずに生きてきた。
自分の顔にコンプレックスを強く持っていて、それを払しょくできずに他人と深く関わることを恐れ、人を避けて生きてきた。
ある日、動画サイトで自分自身の顔にモザイクをかけて、馬鹿なこと・アホなことをして撮影した動画の投稿が流行っているのを男は知り、自分もそのような動画を試しに投稿すると注目が集まり、自分のような人間が多くの人に影響を与えられることに喜びを見出し、徐々にその行為がエスカレートした結果、身元を特定されて実名と顔が晒され、さらにそれが炎上して、自分のどうしようもない愚かで恥ずかしい映像が実名と顔のセットでネットを駆け巡った。
それにより、男は両親にも縁を切られ、会社も退職せざるをえない状況になる。
なぜならば、男の名前を検索すると、検索結果のトップに実名と顔が晒されたその動画が出てくるので、どの会社でも自分の名前を検索した者からすぐに噂が広まり、誰からも嘲笑の的になったからだ。
男は絶望し、部屋に引きこもっていたが、ある日、ある小説を読み、その物語の自分と似たような境遇の主人公の生き方に感化され、その主人公と同じように自分も過去に縛られず、他者に思いやりの心を持つことを大切にし、何事にも精一杯取り組んで生きていこうと決意する。
そこから男は小説の主人公をお手本にして、生きていく。会社に入って以前と同じように過去の動画について何か言われれば、若気の至りだ、とか、30歳までこじらせてたんだ、とか冗談っぽく返し、30代は若気の至りとは言わねぇだろ、とか、その年齢までこじらせてるのはヤバイとか言われながらも笑って返す。
当然、すぐに主人公を手本とした行動が実るわけでなく、嘲笑の的になることは変わらなかったが、それでも小説の中の主人公に倣い、男は前を向いて生きていく。
中には動画の件を知らずに、男に好意を抱く者も現れるが、やはり動画の件が発覚すると離れていく。その繰り返しだった。
しかし男は主人公と同じ考えで、最期まで報われないことも覚悟の上で、それでもいつか過去だけでなく、今の自分をちゃんと見てくれる人に出会えるかもしれないという希望を持って、他者を思いやる行動、必死で精一杯どんなことにも取り組むことをやめずに日々過ごしていく。
すると5年経った頃、動画を観た上で、男と友好的に関わってくれる人が現れる。
その者は、男にとってかけがえのない親友となる。
2年後には運命の女性と出会う。
その女性も動画を観た上で、それでも今の男をちゃんと見て、男のことを好きになる。
そして、男と女性は恋人になり、結婚する。
贅沢はできない生活であったが、2人は幸せで、やがて子供ができ、幸せな家庭を築くことができた。
最後のページに書かれている文章を修太は読む。
~この自伝を読んだあなたに伝えたい。どうしようもない過去があったとしても、この先できたとしても、それだけで全ては決まらない。大切なのは今の自分がどうあるかだと私は信じている~
修太は読み終わり、自伝を閉じる。
この時、俺がこれからの生き方を決めた瞬間だった。
これから俺は負の過去に縛られずに、どんなことにも精一杯の力で取り組んでいこう。
そして思いやりの心を持ち、誰かのために行動できる人間になろう。
打水が命懸けで俺を救ってくれたのだから、俺も苦しんでる誰かを命懸けで救おうとしなければならない。
日が暮れて夜になると、修太は寮の屋上に行き、夜景を眺めていた。
遠くに都心を思わせるようなビル群が立ち並び、明かりが灯っている。
宇宙シティに会社なんてあるはずがなく、何のために使われるビルかはわからない。
考えてみれば、超巨大のドーム型の建物の面積以上に宇宙シティは広いような気がする。選者学校に入学する前はドームの内部に学校だけがあるものだと思っていたけれど、実際は違って、宇宙シティという、都心にいるのではと錯覚してしまうほど色々な建物・場所のある広大な空間であり、ドームの内部を外からどのような方法でも知ることができないのに、太陽や月や星空はふつうに内部からは見える造りになっているようだ。
そして、宇宙シティに数個あると噂される特殊能力を手に入れることができるアイテム・・・。
打水がアイテムを使って得た特殊能力は物理法則で説明できない力であり、この宇宙シティという空間がそれを可能にしているのかもしれない。
改めて宇宙人のテクノロジーの凄さがわかり、やはりそんな宇宙人に人間が勝てるわけがないと思い知らされる。
アイテムの形状は知らないが、それを見ればアイテムだとわかるらしい。一人、一つのアイテムしか使うことができず、実際に使ってみなければ、どのような特殊能力を得られるかはわからないという話だ。アイテムの使い方は、胸の心臓の位置にアイテムを当てることで、特殊能力が付与されるようだ。
打水がアイテムを見つけることができたのは、やはり打水が特別だったからだろう。彼女のような人間は極めて稀だ。俺みたいなどうしようもない人間のために死を覚悟して命懸けで救おうとすることができる。あんな人がこの世に存在するなんて思いもしなかった。
部屋の壁に埋め込まれている液晶画面の情報端末にはアイテムのある場所のヒントの情報なんて一切ない。
つまり、何も特別でない俺がアイテムを見つけることなんてまず無理だろう。
だから俺は特殊能力も持たずに、この困難な状況から一人で行動していかなければならない。
夜景を見つめている修太は真剣な表情になる。
あの自伝を読んだおかげで前を向いて生きていこうと思えたが、そもそも打水が命を懸けて俺を救ってくれなければ、あの自伝を読んだとしても何も心に響かず絶望から抜け出すことができなかっただろう。
俺が打水の代わりになることなんて絶対にできない。
打水は美人だし、信じられないくらい心に余裕があって、そのうえ特殊な力を手にしていた。もしかしたらこの残酷な場所で希望になりえたかもしれない存在が俺なんかのために消えてしまった。
だから、俺は打水の代わりになれなくても、俺にできる限りで、誰かを救おうとしていこう。たとえ救うことができなくても、救おうと行動していこう。