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無法学校  作者: AuThor
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慟哭

屋上に吹く風で愛花の黒の長髪がさらさらと揺れている。

制服姿の愛花は修太を見つめて口を開く。

「それとも屋上からの素敵な景色を眺めていただけ?」

ジャージ姿の修太はため息をつく。

階段を上る足音が聴こえなかったので気づかずにびっくりしたが、たぶん最初からこの場所で待ち伏せ、貯水タンクの後ろに隠れていたんだろう。

まあ、死ぬ前に美少女と会話するのも悪くないかと思った。彼女が何を言おうが死ぬつもりだった。

「あんたも観たんだろ、あの動画。だったら、自殺以外にこの状況は考えられないだろ」

「どうして死ぬの?」

静かに愛花は聞く。

「あたりまえだろ。あんな動画が広まれば、この場所じゃ恋人どころか友達もできない、おまけに誰からもずっと蔑まれて3年間を過ごすことになる」

修太は語気を強める。

「そんな地獄にいる意味なんてあるのか!?」

愛花は遠い目をして屋上からの景色を見たあと、修太を見つめる。

「どうして誰からも蔑まれるって決めつけるの? 山乃さんを悪く思わない人もいるかもしれないよ?」

「ありえないね!」

どうやら自殺するのをやめさせようと説得するつもりらしい。

「ありえない、か・・・宇宙人が地球に来るなんてこともありえないって思ってた?」

「・・・」

修太は黙り込む。不毛なやりとりになりそうな気がしてイライラしたと同時に、自分が体験した絶望とは無縁そうで中途半端に良い人であろうとする彼女を最期に傷つけてやりたくなった。俺に今日どうしようもない過去ができたように、この場で自殺することで、説得に失敗して救えずに目の前で自殺されたという過去を彼女につくってやりたくなった。だからもう少しだけ会話に付き合ってやろうと思った。

「宇宙人は・・・宇宙は広大で未知な部分が多いから、そういうこともあるって納得はできた。だけど、人間についてはわかる。俺が人間だからだ」

「私は山乃さんのこと、悪く思ってないよ」

「信じられないね!」

口だけならなんとでも言える。

あの動画を観て、俺を悪く思わない奴なんているわけがない。

目の前のこいつは、自殺しようとする人間を説得して思いとどまらせ、自分が絶望してる人を救った良い人であると浸りたいのだろう。

俺を本気で救いたいという気持ちは絶対にない。

「私の部屋にね、ある人の自伝があるの」

「自伝?」

「その人も消し去りたいと思う過去を持っていたけれど、その過去に縛られずに前を向いて生きていくお話」

「その自伝を読んでほしい」

「それを読めば、俺の心が動くかもしれないって?」

「それはわからない。でも、読んでほしい」

本を読ませるという行為で、自殺を一時的にやめさせようって魂胆が見え見えだ。

自殺をやめさせるために、どう説得しようとするのか少し興味があったけど、そんな方法か。

とたんに話すのが馬鹿らしくなった。

もうここで終わりにしよう。

「くだらないやりとりに付き合うのはここまでだ」

何を言っても止められないと愛花はその瞬間に悟る。

「じゃあ、最後に聞かせて。どうしたら信じてくれるの?」

「あんたが何をやっても信じられないよ」

「そっか・・・」

哀しそうな顔で愛花は微笑み、思う。

絶望している彼にかける良い言葉なんて私には思い浮かばない。だから、私の全てを懸ける。それで彼の心が動けばいいな・・・。

修太は背中から落ちるために両手を左右に広げた。

「じゃあな」

愛花は修太に向けて右手の手のひらを伸ばす。

「?」

手を伸ばして立っている愛花の姿を修太は疑問に思ったが、どうでもいい彼女の儀式的な行為なのだろうと勝手に解釈し、星空を見上げる。

自分の今のありさまから、ある映画を観た記憶が修太の脳裏に蘇った。

そういえば、以前観た映画で人間不信のヒロインが自分を命懸けで救ってくれた男を信じることができたって話に感動したっけ。

今の俺が誰かを信じることができるとしたら・・・。

修太は愛花に視線をもどす。

「あんたが俺を悪く思ってないってことを、どうすれば信じられるかって話だけど」

修太はシニカルに笑む。

「・・・今の俺を命懸けで助けてくれたら信じるよ。そんな人間がいるなら救われる。まあ、この世にそんなことができる奴なんて絶対にいないって思えるけどな」

愛花は目を見開く。

「よかった」

微笑んで、そうつぶやいた愛花の姿が修太の目に映る。

「は?」

愛花の言葉に耳を疑う。

「どうあっても飛び降りられたら同じことをするつもりだったけど、私は山乃さんのことを救えるかもしれない」

俺を救う?

「・・・何言ってんだ?」

「私が命懸けで証明してみせるね。世の中にはそんな人もいるってことを・・・」

「意味不明だ」

命懸けで証明すると言ったのに、こっちに向かって駆け寄ろうともせず、離れた場所から俺に向かって右手の手のひらを伸ばしてる少女。

ふざけてんだろ、こいつ。

修太は両手を広げた状態で背中から落下しようと体を傾ける。

体が傾き、修太の視界から愛花が消える瞬間、修太は気づく。

気のせいかもしれないが、愛花が少し震えているような気がした。

そして、修太は落下し始める。

星空が目に映りながら、ゴーという音が耳に入り、修太は背中から落下していく。

しかし、一瞬で視界に映っていた星空が屋上の景色に切り替わる。

修太は右手をのばした状態で愛花がいた位置に立っていた。

そして、少ししてドシャッと何かが落ちた音が聴こえた。

「え?」

修太は何が起きたかわからず、急いで自分が飛び降りた位置に向かって走り、下を見る。

「!?」

下の地面には愛花が横たわっている姿があった。

「なんで・・・」

修太は急いで階段を使って下に降りていく。

・・・そういえば、宇宙シティという広大な空間のどこかに特殊な能力を得られるアイテムが数個あるって話を聞いた。

でも、宇宙シティ自体がとてつもなく広く、今まで特殊な能力を持った者が現れた記録がないことから、誰にも見つけることは困難だろうという話だった。

あいつはそのアイテムを見つけたというのか? 入学してまだ2日目だというのに・・・。

修太は急いで愛花のもとに駆け寄る。

草むらに横たわる愛花は意識が朦朧とした表情だった。

「おい! 大丈夫か!?」

修太は草むらに膝をつき、叫ぶ。

「信じてくれた?」

愛花はか細い声で言う。

「・・・え?」

「私は山乃さんのこと、悪く思ってないよ」

「!!・・・ああ、信じるから! たのむから死なないでくれ!!」

修太は辺りを必死に見回す。

「病院ってどこだっけ!?」

「いいの。もう私はたぶん助からない」

修太は愛花を見る。

「そんなのわからないだろ!!」

「そんなことよりお願いがあるの」

「何だ!?」

「さっき話した自伝を読んでみて」

「わかった! 読むから!」

愛花は安心したように笑む。

「それを読んで、どうするのかは山乃さんの自由」

「ただ私としては、希望を持って生きてほしいな」

希望・・・。

修太は愛花を見つめる。

「私の意識が途切れる前に何か聞きたいことがあるなら聞いて」

「俺に何をしたんだ!? 宇宙シティのどこかにあるっていうアイテムを見つけたのか?」

「そうだよ。私が得た特殊能力は物体の位置を入れ替える力」

「位置?」

「両手をかざせば、右手と左手で捕らえた物体の位置を入れ替えることができるし、片手をかざせば、片手で捕らえた物体と自分の位置を入れ替えることができる」

こういう状況ではテンパったり、頭が真っ白になったりする修太だが、なぜかこの時はめずらしく不思議なほど頭が回った。

足音もなく、屋上に愛花が現れたのはその力を使ったからかと修太は気づく。貯水タンクにつけられている備品と自分の位置を入れ替えることだってできるのだから。ということは俺の部屋番号がわからないから、俺が部屋のドアを開けて出てくるのを寮から離れた場所でずっと待って見てたんだ。

「じゃあ、落下してる時にその力を使えば助かったはずだろ!?」

落ちている瞬間、寮の窓に片手をかざして窓と自分の位置を入れ替えることだってできたはず。

「それをやれば、山乃さんは私を信じてくれないでしょ?」

「!!」

だから、その力を使わずに、死ぬことを覚悟して落ちたというのか・・・。

「なんでっ! なんで俺なんかのためにこんなことしたんだよ!!」

修太の目から涙がこぼれ始める。

「・・・私も同じように助けられたことがあるから」

「え?」

「私を助けたことでその人は亡くなった。その人の自伝が私の部屋にある」

「苦しんでいる人がいたら、その人の力になろうとする人間でありたいと思って生きてきた」

「簡単にあきらめないで。力の限り生きてみようよ」

「でも! あんなことがあった以上、俺はもう終わったも同然だ」

「過去は消せないよ。でも、過去に押しつぶされないで」

「どんな過去を持っていたとしても、過去だけで決めつけずに、これからの山乃さんを見て決めてくれる人もいるかもしれないから」

「そんな人間・・・」

「少なくとも私はそういう人でありたいと思って生きてきたよ」

「だから、精一杯生きてみようよ」

「・・・ああ、わかった! 生きてみる」

「よかった」

「だから、あんたも死ぬな! 一緒に生きるぞ!」

愛花は微かに笑みを浮かべる。

修太も笑む。

「まさか、あんたみたいな人が現実にいるなんて思いもしなかった」

「ありえないことなんて、そんなにないと思う。だから・・・」

愛花の目が閉じ、首の力が抜けたように顔が横に傾く。

「おい・・・」

落ちる静寂。体を震わせる修太。

「あああああああああ!!!」

修太は泣き叫ぶ。

このとき、俺は誓った。精一杯、力の限り生きることを。


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