絶望
修太は振り返り、3人組の男を見る。
自分に向けられているのか、自分の背後の人たちに向けられているのかわからないような携帯電話のカメラの位置の高さに嫌な予感がした。
「なんだこの教室、くっせぇなー」
「やべぇだろ、この臭い」
男たちは教室の中に漂う悪臭に文句を言う。
「まぁいいや。はい、注目―!」
3人組の男の中の1人である船丸吉良は大きな声でクラス中に呼びかける。
クラス中がしんっと静まり返る。
「俺は3年で、お前たちの先輩なわけだが、これからいじめのターゲットを決めようと思う」
生徒たちの中から「数の力で」と誰かが口にするのが聴こえた。
「馬鹿なことは考えない方がいい。まだお前らは学校の事情を知らないだろうから言っておくが、俺たちのバックには教師も手だしできないヤバイグループがいる」
吉良は修太に指差す。
ぎくりと修太は固まる。
「ちょうど目の前にいるから聞いてみよう」
「お前、誰をいじめのターゲットにしてほしい?」
「・・・俺?」
修太は驚き、背後にいるクラスメイトたちを見回す。
クラスの中のほとんどの生徒たちは固唾をのんだ表情で、修太を見ている。
修太の脳裏に嫌な記憶がよぎる。
・・・一番やばいのは俺がいじめのターゲットになってしまうことだ。それだけは絶対に避けなければいけない。たぶん携帯のカメラで動画を撮ってることからネットとかにアップするつもりだ。今こいつらの命令に逆らったら間違いなく俺がターゲットにされる。
「早く決めろよ。イライラするな」
その言葉にはじかれたように、修太は思わず、前の席の老人を指差す。
老人は驚く。
「理由は?」
背後から吉良に聞かれ、修太は老人を見ながら少し考えて口を開く。
「・・・さっき、おならしたから」
「貴様まだ言うか! わしじゃないと言っとるだろうが!」
老人は怒って席から立ち上がる。
「なんかお前むかつくなー」
背後から吉良の声が聴こえた。
老人は視線を上げ吉良たちに見るが、すぐに修太に視線をもどした。
「?」
修太は老人の視線の動きを不思議に思い、振り返って吉良たちを見る。
すると、吉良たちは修太を見ていた。
・・・むかつくって、俺に向けられた言葉だったのか?
修太は凍り付く。
「おい」と吉良は合図し、屈強そうな男が修太の横に来て、修太を無理矢理立ち上がらせる。
そして、背後からがっしりと、修太を羽交い絞めにして、クラスの生徒たちの方向に修太を向ける。
修太の斜め前からもう一人の男が携帯電話のカメラを向けている。
「!? 何すんだよ! やめろよ!」
修太は暴れるが、背後の男はびくともしない。
何人かの生徒が席から立ち上がるのが修太の視界に入る。
「誰かー! 助けてー!」
修太は必死で叫ぶ。
そして、屈強そうな男の背後から吉良が修太のズボンをつかむ。
「やめろー!! うわー!!」
修太は叫んだが、ベルトを緩めていたせいで、ズボンが簡単にずりおちる。
修太に駆け寄ろうとしていた何人かの生徒たちが足を止める。
吉良は声を張りあげる。
「なんだこいつ? 女用のパンツ履いてやがる!」
「変態じゃねぇか!」
吉良は笑いながら修太の両足を掴んで持ち上げ、修太は宙に浮く。
「!」
吉良は修太のパンツの後ろを見て気づく。
「おい、見ろよこれ!」
「こいつ、うんこもらしてやがる!」
吉良は爆笑する。
「なんなんだこいつ!? マジやばすぎだろ!」
全てが終わった。
修太はそう悟り、抵抗する気力を失った。
そのあとパンツからうんこが落ちるところを生徒たちの前で晒される。
そして上着やシャツを脱がされ、パンツ一丁の状態で、床に落とされた。
「女物のパンツを履いてる変態野郎の上、うんこをもらすキモ野郎で、人に罪をかぶせるクズ野郎だったわけだ」
修太は床に座り込み、茫然とした表情でうつむいている。
「やべぇ、俺たちは今日、悪を退治した」
吉良は満足げに言う。
修太は立ち上がって駆け出し、教室から飛び出る。
女性用のパンティだけを身につけた状態で廊下を走った。
休憩時間中に廊下に出ていた生徒たちは驚きの表情で修太を見る。
修太はグラウンドに出て、そのまま突っ走り校門を出る。
最悪だ! 最悪だ! 最悪だ!
修太は泣きながら心の中で叫び続ける。
寮にたどり着き、部屋に入る修太。
そして玄関で崩れ落ちる。
「ああああああああ」
修太は思いっきり泣いた。
泣き疲れると、シャワーを浴びて着替えたあとベッドの上でうずくまる。
学校にはもう行けない。
出席日数が1/2を下回って生徒として認められなくなったらどうなるんだろう?
修太は壁に埋め込まれている大きな液晶画面に目を向ける。
昨日観た動画では学校で説明があるって言ってたけど、今日、聞けなかったな。
ベッドで横たわって、これからどうしようかと考えていると、修太は教室で携帯電話のカメラを向けていた男を思い出す。
液晶画面を操作して、動画サイトを見てみる。
ランキングで変態キモ野郎というタイトルの動画が1位になっており、修太の顔がサムネイルに設定されている。
修太はその動画を観る。
自販機で女性用のパンティを注文する修太の姿から始まり、校内見学の時に教室にカメラが仕掛けたのか、修太が教室でうんこをもらしたところからパンツ一丁で走り去るところまでの姿が見事に撮られていた。
修太は愕然とする。
本当に終わりだ。
動画の視聴回数から全校生徒が閲覧しててもおかしくないということがわかる。
修太の実名と顔も晒され、さらには住んでいる寮の場所まで特定されていた。
自販機での動画は、おそらく自販機側からは見えない死角となっている場所から撮られていたのだろう。
その頃、吉良は仲間と騒いでいた。
「ほら見ろ、ランキング1位になってるぞ」
「これで今月の収入は前月を余裕で上回るな」
「運がよかったぜ。あの場所でたむろしてたら、あんな変態が偶然来たんだからな」
ゲラゲラと笑い吉良たちは食事をしながら話していた。
日が暮れる頃、修太はベッドで布団を頭までかぶっていた。
動画サイトは1つだけであり、学校や宇宙シティの様々な出来事を知る貴重な情報源であることがわかる。そんなサイトでランキング1位の動画となれば、あたりまえだが、全校生徒が視聴するだろう。
さらに無法な場所なだけあって、そんな動画が殿堂入りしている。今までに殿堂入りした動画は数個しかなく、それらの動画の視聴回数すらもぶっちぎりで抜いてしまっている。ずっとこの動画はこれからの新入生にも視聴され、語り継がれるということだ。
コメント欄を見ようと恐る恐るスクロールしてみたが、すぐに見ることをやめた。あたりまえのように修太に対しての誹謗中傷のコメントがされていて傷つくだけであった。
平気でいじめのターゲットに赤の他人を指定できるクズ。教室でうんこを盛大にもらす気持ち悪い男。女性用の下着を履いている変態。他人に罪をかぶせる最低な人間。
宇宙シティに住んでいる人は選者学校の生徒と教師として選ばれた人だけであり、宇宙シティという空間の中であの動画が知れ渡るというのは社会的に死んだも同然なのだ。もう、この空間から出られない以上、この空間内に住む人間とだけしか関わることができない。
つまり、今の自分の状況は日本中の、世界中の人があの動画を観たという状況と同じであり、そんな中で人間関係を今後形成していくのは絶対に不可能に思えた。
あんな動画を観て、誰が自分と友好的に関わろうと思うのだろうか。
そんな人間はまずいない。
・・・死のう。
その結論に思い至った修太は人けの少ない深夜になるまで待つ。
幸い部屋番号までは特定されていないから、夜に部屋から出て屋上に上がり、飛び降りて死ねばいい。
修太は23時ごろに、玄関のドアをそっと開けて、廊下を見る。
誰も廊下におらず、4階の廊下から下を見下ろすと、道にも誰もいなかった。
まぁ、無法地帯なんだから、こんな時間帯に外を出歩く人はいないよな。
修太は屋上へ続く階段に向かって歩き出す。
階段を上っている最中、足音が少し響く。
屋上に立ち、端の方まで歩いていき、立ち止まって下を見る。
この高さから落ちれば死ねるだろう。
そう思って目を瞑る。
「死ぬつもり?」
後ろから声が聴こえ、修太はびくっとして振り返る。
修太とは反対側の端の場所に愛花が立っていた。