始まり
新学校生活が、まさかの無法地帯であり、余命3年という衝撃の事実を宣告されたことで、絶望のどん底に突き落とされた俺は入学式の日の夜、やけ食いした。
寮の部屋には自販機のような機械があって、画面に表示されるメニューの中から選んだ料理が機械から出てくる。味はふつうだが、お金が一切かからず、好きなだけ食べることができるようだ。
修太はチキンやカレー、ラーメンなど吐く寸前まで食べ続けた。
そしてベッドに寝転がる。腹が膨れていたが、ベッドに特殊な素材が使われているのか眠りに落ちていく。
アラーム音で修太は起きる。おなかが重く感じトイレに行くが快便というわけでなく、飲食自販機のメニューの中からおなかすっきりと説明書きされたゼリー状のものを選んで食べてみる。
それでも即効性があるわけではなかったので、仕方なく制服に身を包み、部屋を出た。
道を歩いていると、赤い線が左右に見える。
たしか、赤い線の向こう側は無法地帯って校長が言ってたな。入学式の日から翌日の朝の登校時まで新入生は特別に用意された道を歩くことができるんだっけ?
昨日の校長の話をおぼろげに思い出しながら歩いていると急な便意に襲われる。
朝に食べたゼリー状の食べ物が頭をよぎる。
「なんで今になって効いてくるんだよ!」
やべぇ・・・トイレどこだ?
修太は周囲を見回すと、赤い線の向こう側にトイレがある。
少し考えたのち、もらしたらシャレにならないと思い、修太は赤い線を越えてトイレを目指してよろよろと歩いていく。
無法地帯に足を踏み入れた緊張感で便意が少しだけマシになり、早歩きする。
トイレまであと5メートルのところで突然、横から鳥が羽音をたてて飛び立つ。
「うわっ!」
修太はびっくりする。その瞬間、小さな音がお尻から鳴る。
「!」
少しもれたな・・・。
急いでトイレの中に行き、個室に入る。
トイレで水を流した後にパンツを見ると、シミができており、シミの部分に鼻を近づけ臭いをかぐ。
「くさっ。最悪だ・・・」
まずいな。このパンツをはいたままじゃ、この臭いに周囲の人間が気づき、うんこ野郎のあだ名がついてしまう。
パンツを便器の横に捨て、そのまま直にズボンを履き、トイレを出る修太。
股間がズボンに擦れて痛い・・・生地が荒いのか?
もぞもぞと歩き元の道にもどろうとすると、細い道の中にある自販機が目に入る。
自販機の前に立つ修太。
メニューの中に雑貨や下着などがあり、修太はパンツを探す。
すると女性用のパンツだけが表示される。
ナプキンが隣に表示されていることから、女性の生理のときのためのパンツだろう。
修太は苦渋の表情を浮かべる。
どうする俺!? これを履いたら変態になるんじゃないのか? いや、好き好んで履くわけじゃない! 学校内でズボンを脱ぐ可能性がある時は健康診断や体育の授業だが、今日はオリエンテーションと道徳の授業が終わったら下校だったはず。今日、学校内でズボンを脱ぐようなことはまずないだろう。
このズボンを直履きの状態で1日を過ごすのは無理だ・・・。
修太は周囲をきょろきょろと見回す。
誰もいないことを確認して、女性用のパンティのボタンを押す。
『女性用のパンツを選択しました』
自販機から音声が流れる。
「わわっ!」
修太は慌てる。
なんで音声が流れるんだよ!!
確定とキャンセルのボタンが表示される。
ここまできたら押すしかない。
修太は辺りをもう一度見回し、誰もいないことを確認してから確定のボタンを押す。
『女性用のパンツを注文しました』
再び音声が流れる。
だから、いちいち音声を流さなくていい!!
よく見ると、画面の斜め上部に音声のON/OFFを意味するようなマークのボタンがあることに気づき、修太は舌打ちする。
トイレの中にもう一度入って、修太は個室の中で女性用のパンツを履く。
そして、赤い線で区切られた道にもどっていった。
校門を通過すると、制服姿の様々な年齢層の人々が校舎に向かっている姿が見える。
教師は統一されたスーツ姿で声を張り上げて、新入生たちを校舎へ誘導している。
ふとグラウンドの端の方を見ると、花壇の草花にジョウロで水をやっている女の子がいた。
修太は見覚えがあった。
入学式の日にホールで見た綺麗な女の子だ。
修太は不思議に思い、花壇に歩いていく。こんな特殊な状況でなければ、声をかけるようなことはしなかっただろう。
「なんで、花に水なんてやってんの?」
修太の声で打水愛花は顔を上げる。
愛花は少し考え、にっこりと微笑む。
「だって水をやらないと枯れちゃうでしょ?」
修太は枯れかけの草花を見る。
「違う。なんでこんな滅茶苦茶な状況の中で、花に水なんてやれんのって意味で聞いてる」
愛花は花に目を向ける。
「この花壇に水を撒いていた人の想いを大切にしたいと思ったから」
「想い?」
愛花は花壇の端を指差す。修太はその方向に目をやる。
『誰もが幸せになりますように』
そう書かれた小さな看板が土にささっている。
愛花は修太に目を向ける。
「始業時間まで余裕があったからグラウンドを見て回ってたんだ」
「それでこの花壇を見つけたの。花は枯れかけてるし、ジョウロもほこりをかぶってた」
「水をあげていた人の身に何が起きたのかはわからないけれど、こんな残酷な場所でそんな想いをもって花に水をあげていたことが素敵だなって思ったの」
「その想いを大切にしたいから、今度は私が代わりに水を撒こうって決めたの」
愛花は優しく笑む。
「・・・」
修太は立ち尽くした。
目の前にいる美少女は自分と同じ新入生なのに、どうしてこれほど心に余裕があるのだろうと思う。
どんな人生をおくっていれば、こんな人間になれるのだろうかと不思議に思う。
次の瞬間、始業時間10分前を知らせるチャイムが鳴り響く。
修太はびっくりして校舎の方へ振り返る。
愛花は立ち上がる。
「そろそろ行かないとね」
愛花の声で修太は向き直り、驚きの表情のままで愛花を見つめる。
1年1組の教室に入ると、やはり10代から70代までの幅広い年齢層の生徒が30人いた。
愛花が1年5組に入っていくのを見たので、違うクラスであることに修太は少しだけ内心がっかりしていた。
黒板に貼ってある座席プリントを見て、自分の席に座る。
少し経つと40代くらいのスーツ姿の担任の教師が入ってくる。
そして、ふつうの学校と同じような流れで自己紹介などが終わり、校内見学ということでクラス全員と担任で校内を見て回った。
その後、教室にもどって担任が学校生活についての基本事項を話し始める。
「日本にある超巨大のドーム型の建物の中が宇宙シティと呼ばれ、宇宙シティの中に選者学校があることは、みんな知っていると思う」
「昨日、校長先生も話したが、宇宙シティのあらゆる場所が無法地帯であり、法律が存在しない。もちろん、警察もいない。じゃあ、暴力をふるう悪さをする者にどう対抗すればいいのか?」
「それは数の力だ!」
「だから校外ではもちろんのこと、校内でも基本的に一人で行動しないこと。最低でも5人以上で行動することを推奨する」
「やむをえず一人で行動する場合は、周りにたくさん人がいる場所に限ること。たとえば多く生徒が周りにいる登校時間や下校時間のグラウンド・通学路、休憩時間の人けのある廊下とかだな。それでも安全とは言えないが」
・・・やばい。
修太はおなかを必死におさえている。
またかよー!!
突然襲ってきた本日二度目の便意で顔が歪む。
冗談じゃねえ! こんなところでうんこもらしたら全てが終わる!!
あと5分で休憩時間であり、必死に我慢しようと拳を握りしめる。
少しでも腸の圧迫をなくそうと、ベルトを緩める。
修太は一番後ろの座席に座っており、休憩時間になったら速攻でトイレめがけて走っていくつもりだった。
しかし、とてつもなくお腹が痛く、限界がすぐそこであり、5分が気の遠くなる時間に思えた。
「暴力をふるってる者がいれば、見て見ぬふりをせず、みんなで一斉に飛び掛かること! こんな状況であっても人としての良心を決して失わないこと!」
担任が目の前で熱く語っている。ほとんどの生徒が真剣な表情で耳を傾けている。
「無法地帯だからこそ、我々の良心が試されてる!」
バボっ!
担任の言葉に異音が重なる。
・・・限界だった。我慢できず第一波の液状のうんこがもれた瞬間、全てがどうでもよくなった。
バボボボボボ!!
静まり返った教室に大きな音が響く。
担任は言葉を失う。
生徒たちは何が起きたのかと驚きの表情で振り返り、音がした後ろの方を見る。
次の瞬間、強烈な臭いが教室内に漂い始める。
「くさっ!!」
「誰か屁こいたろ!」
おならどころの話じゃない。完全にうんこをもらしたのだ。
「信じらんねぇ、このタイミングで! 頭おかしいんじゃねぇのか?」
「サイテー!」
「やばいよ、この臭い!」
「換気しろ!」
教室中が騒がしくなる。
修太の前の席に座っている老人が修太を見ている。
「あんたか?」
修太はぎくりとするが、近くに座っている周りの生徒は命に関わる担任の話を真剣に聞いており、また不意打ちのような突然の大きな音により、何が起きたのかと体を強張らせていたため、音の発生源が修太なのか微妙なところであった。
「俺は、前から聞こえたけど」
修太はとっさに嘘をつく。
若者より老人の方がもらしそうな印象があるからだ。
「ふざけるな! わしは屁などこいとらん!」
老人が激怒する。
「俺も違うし」
修太が言い返したときにチャイムが鳴る。
担任の教師は、この場をどうおさめればいいのかわからず、「とにかく10分休憩をはさんでから、話の続きをする」と言い、悪臭漂う教室から出ていく。
すぐに教室から出て行けば、自分が怪しまれるため、修太はすぐに席を立てない。それにもう手遅れだ。
そして担任が教室から出ていった数十秒後、3人の不良のような風貌の男たちが入ってくる。
その中の一人は修太に携帯電話のカメラを向けていた。