復活
結女と修太しかいない音楽室に静寂が落ちる。
「・・・治せるのか?」
「うん、治せるよ」
「意識不明の人間は治せないって・・・」
「あれは、嘘」
「嘘?」
「この能力を広める可能性は少しでも減らしたかったし、慈善で人を治していたわけじゃないから、嘘ついただけ」
「だったら今すぐに治しにいこう!」
「まだ条件をのんでもらってないけど」
「・・・条件?」
「そっ」
「どんな・・・?」
「修太が私の恋人になってくれること」
「シンプルでしょ?」
結女は笑む。
「そんなことで打水を治してくれるんだったら、いくらでものむよ」
「約束してくれる? その子が回復すれば、修太が私の恋人になるって」
「約束する!」
「決まりね」
満面の笑みを浮かべる結女。
結女は修太の横を通り過ぎ、音楽室のドアを開ける。
「今すぐ打水を治しにいこう!」
修太は結女を急かす。
「焦らないで。まだ授業が残ってるし、今日中に治せばいいでしょ?」
「そうだけど」
もし結女先輩が本当に打水を治せるんだとしたら、放課後までに結女先輩の身に何かが起こったり、考えが変わったりすれば、打水を治す希望が消失してしまう。
修太は3年の校舎の近くまで結女を見送ろうとするが、2年の校舎の近くで結女は立ち止まる。
「ここで、もう大丈夫だよ。授業、遅刻するよ」
たしかに悪い集団の元幹部で有名な以上、ここから先は大丈夫か。
「じゃあ、授業が終わったら3年の校舎の近くで待ってるから」
「わかった」
修太は1年の校舎に歩いていく。
結女は修太を見送ったあと、数歩だけ歩くと急に前方の壁に寄りかかった透子が現れる。
「どういうつもり?」透子は結女に視線を向ける。
「・・・何が?」結女はとぼけたような表情で答える。
透子は焦りの表情を浮かべ結女を睨む。
「その子を回復させれば、あたしたちに勝ち目はなくなるよ」
「やっぱり盗み聞きしようとしてたのね」
余裕の表情を結女は浮かべる。
「質問に答えて」
結女は立ち止まり、口を開く。
「その子が修太に恋をしてるって確証はあるの?」
「してなかったとしても、これから修太くんに恋する可能性だってあるでしょ!?」
「そうね」
「そうなったら、あたしたちじゃ絶対に勝てない」
結女は少し考えたあと、透子を見る。
「本当に好きなら修太が幸せになるのが一番なんじゃない?」
「っ・・・そうだけど!」
「それにその子はまだ修太に恋してるわけない。話を聞く限り、苦しんでれば誰であっても同じように救おうとする子でしょ。だったら、その子が修太に恋する前に自分のものにすればいい」
「・・・」
「それとも恋のバトルに勝つ自信がないの?」
「そんなことないっ!」
「じゃあ、いいじゃない。お互い頑張ろうね」
結女は意味深な笑みを浮かべて歩き出す。
そんな結女の後ろ姿を透子は睨んで見ていた。
放課後になり、修太は急いで3年の校舎の近くまで行く。
結女が校舎から出てきた。
「結女先輩、行こう!」
「うん」
透子も駆け寄ってくる。
「透子さん」
「あたしも行く」
修太は透子を見て、思う。
結女先輩と付き合うことになるなら、透子さんの告白を断らなければいけなくなる。
でも、俺にとって打水が回復すること以上に優先すべきものなんてない!
打水が回復するためなら、俺は死んでもいい。
3人そろって病院に向かう。
そして3人は病院に着き、病室に入る。カプセルを開ける修太。
カプセルの中のベッドに綺麗な顔で眠ったような表情の愛花が横になっている。
透子は愛花を見て、思う。
あたしたちは希望を持っている修太くんを好きになったけれど、この子は絶望の中にいる修太くんを命懸けで救うどころか、希望まで与えた存在。
そんな子が修太くんに恋すれば、あたしたちじゃ絶対に勝てない。
結女に視線を向ける透子。
この人も修太くんに気持ちを伝えたはず。この子を治したとなれば修太くんはこの人に感謝することになる。つまり圧倒的に有利な状況を手にすることになる。でも、あたしが一番に修太くんに恋をしたんだ! 絶対に負けたくない!
ベッドの横にある椅子に修太を挟んで結女と透子が座る。
「頼む」
修太は結女に言う。
結女はうなずき、愛花に左手をかざす。
しばらく手をかざしたあと、結女は手をおろす。
すると、愛花の目が開いていく。
修太は涙がこぼれる。
愛花は修太たちに気づき、上半身だけ起こして修太たちを見る。
「山乃さん・・・」
きょとんとした顔で愛花は修太を見る。
「打水・・・!!」
修太は大粒の涙を流す。
「・・・私、生きてたんだ」
「よかったっ!!・・・・よかったっ!!!」
修太はうつむきながら泣きじゃくる。
透子と結女は目を見開き、そんな修太を見たあと思わず微笑む。
微笑んで修太を見つめる透子と結女を愛花は見る。
「ね? 言った通りでしょ? 過去だけじゃなく、今の自分を見てくれる人はちゃんといるよ」
愛花は涙を流す修太に優しい声で言う。
「ああ!・・・・うん!!」
修太は泣きながらうなずく。
愛花は綺麗な花のように笑った。
夜空を見上げながら、ビルが立ち並ぶ歩道を透明化して1人で歩く透子。
・・・よかったって思っちゃった。
修太くんが心の底から安堵して泣いている姿を見て。
「本当に好きなら、その人が幸せになることが一番か・・・」
そうだね。今日、実感しちゃったよ。
「でも」
あの子と修太くんが結ばれることが、修太くんにとって一番の幸せとは限らないよね。
修太くん、あたし負けないから! 誰が相手でも修太くんを渡したくない。
だから、あたしは戦う。
夜の海の砂浜の上で修太と結女は歩いていた。
結女の少しあとを修太がついていく。
「今日はありがとう。本当に感謝しかない」
「いいよ。いいもの見れたし」
「約束だけど、ちゃんと守る。結女先輩、俺と・・・」
「その話は白紙でいいよ」
結女は夜の空を見ながら立ち止まる。
「え?」
修太も結女の後ろ姿を見て、立ち止まる。
「修太の泣いている姿を見てたら、なんか自分が汚く思えたから」
「そんなこと・・・」
「こんな方法で修太の恋人になりたくないって思った」
結女は振り返り、修太を見る。
「だから、これからの私をちゃんと見て決めて」
「修太が誰よりも私を恋人にしたいと思ったら私を選んで」
たとえ、それで私が選ばれなかったとしても、受け入れるよ。
「結女先輩・・・」
「でも、白紙にする代わりに一つお願いを聞いてもらおうかな?」
結女は修太に近づいていく。
「お願い?」
「今、目を瞑って」
結女に言われて修太は目を瞑る。
結女は修太にキスをする。
修太は驚き目を見開く。
顔を赤く染めながら修太から顔を離す結女。
「白紙にするんだから、これぐらいはいいよね?」
結女はえへへと笑う。
修太は顔を真っ赤にして結女を見つめる。
「好きだよ。大好き!」
髪を手でおさえながら、少し前かがみの姿勢で笑顔を浮かべる結女。
修太は胸が熱くなるのを感じた。